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映画『ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館』★これが現実なら絶望的に怖い……

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/160567/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。


原作は、スーザン・ヒルの小説「黒衣の女」
19世紀末のイギリスを舞台にしたホラーです。


同時代を背景にしたイギリスの物語には
19世紀イギリス 『ウルフマン』
19世紀ロンドン『フロム・ヘル』
19世紀~20世紀初『シャーロック・ホームズ』……etc.があります。

これらの作品のイメージは、格調高くも、天気は曇天、という雰囲気です。
かつ
男性は、フロックコートにベストという、紳士の姿が上品で、
恐怖や気味悪さの中にも、品がある、といった風情でしょうか。

この作品も、まさに、そのイメージにどっぷり浸かった作品でした。

ストーリーは、子供がらみの不幸な話で、心が痛むみますが
シンプルな怖さを展開します。
……と言いつつ、ラストは、解決するのかと思ったのですが……
解決というより、“昇華“と言いましょうか……

そもそも、“黒衣の女”は亡霊なので、除霊・祈祷・お祓い・お願い……
でなんとかコントロールついてほしいのに
母の怨念というか、女性の思い込みの強さというのは、恐ろしい……
問答無用で、訂正不能……
最後に、足元すくわれるというか、救いようがない?……orz

いや、
救われるといえば 救われる?
浮かばれるといえば 浮かばれる……?(おっと!)

あとは、ハリーポッター後のダニエル君を、見てあげてください、(*^_^*)

(ブロ友さんの“正統派ホラー”とのご評価あり(*^_^*)。)

▼~▼雑感です。
▼▼▼   

ハリポタのラストでも、ダニエル君は、パパになっていましたが
今作も、若いパパでした。^^;

いちいち、ハリポタを懐かしがっては悪いのですが
初めてハリポタに出ていたときは、可愛い子供だったのに、もうパパになって……。
息子も、年齢が近いせいか、ハリポタシリーズは夢中になって本を読んでいたので
ハリーの成長が、重なるのです。
ということは、息子も、間もなく、パパになってもおかしくないと……………………


それはそうと

あれだけの大作・ハリポタのあと
どうするのかは、悩むところだったのではないでしょうか…
(と要らぬ心配をする^^;)

想起してはナンですが、『タイタニック』のあとのディカプリオは
数ある作品の中で『ザ・ビーチ』を選びました。
だからどうとは 申しませんが^^;
選んだら選んだで、ナンだカンだと言われてしまうのかもしれませんが
前作の想い出が強いと、その後、どういう役で見せていこうとするのか、
気になってしまいます。

今作のダニエル君は、ダークなものとの関わりということでは
似たようなところに立ったかもしれませんが
フロックコート姿がバッチリ決まったダニエル君には、品格と存在感があって
ハリポタのイメージを引き継いだわけでなく
青年ダニエルの存在感あっての作品だったと思います。
ほとんどのシーン、ダニエル君の求心力で見せていた、と言えると思います。

で、これはこれで、いいのです。
が、私の願望としては、もっと
その人の生活感をともなう生き様を見せるような作品に
出てくれるほうが、より
ハリポタのイメージが一新できるのかな~などと思ってしまいました。
(別に、今すぐ、一新することもないのでしょうが^^;)


たとえば、
ジョニー・デップで言えば 『ギルバート・グレイプ』
トム・クルーズで言えば 『遥かなる大地へ』
ブラッド・ピットで言えば 『リバー・ランズ・スルー・イット』

いずれも、あるエピソードや大事件というより、
“日々の生き様で、その人物をじんわり見せていくタイプの作品”
だと思っているのですが、そのような作品には
特に何が、というわけでもなく、引き込まれていきます。
そんな感じの作品で、ダニエル君を じっくり見てみたいと思っています。

ところで

これは『黒衣の女』ですが……

黒衣というと、すぐに思い出してしまうのが
『ベルサイユのばら 番外編 黒衣の伯爵夫人』です^^;

黒衣の伯爵夫人も、ヤッてることが、ホラー的に、相当、怖ろしかった……

実在のエリーザベト・バートリがモデルらしかったです。

若い女性の生き血を吸って、美を保とうとするのです。
見た目の美しさを追求する、女心もわかりますが
オゾマシイことをする時点で、
人相から美しさは消えてしまう と思うのですけどね……(―_―)!!

黒い服でなくても、怖ろしかったのが
『白いドレスの女』(←邦題は謎めいて良かった☆)

“白いドレス”というと、白百合のような清楚なイメージですが、
それに 騙されちゃいけません(>_<)
この女性の怖さは、いかにもホラーです、という覚悟をさせないところで
普通の生活のなかで、しでかすところが、怖いのです。

白い服を着ていても、心は黒い闇……orz

▼▼▼

“黒衣の夫人の姿を 絶対に見ないでください………”

これ、現実なら、絶望的に怖い……


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映画『1917 命をかけた伝令』★彼らと一体化したような現実味で“実感”する戦争

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/182641/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。

第一次大戦中。イギリス対ドイツの戦場。
撤退したドイツ軍を追って、進軍予定の部隊に対し
罠だと判断した将軍は中止させるべく、伝令2人を、前線に派遣した。
彼らは、戦場を通過して、命からがら、命令を伝えましたー
と言う事なんですが……

戦争の悲惨さ・理不尽~などとは、よく言われますが
机上で、あらすじを理解しただけでは、きっとダメで
“身をもって”、“体感“?しないと!
――と思いまして、鑑賞☆(^^)/

▼~▼内容にふれて.雑談です。
▼▼▼

まず、伝令に選ばれたのは、ブレイクで
ブレイクが(バディに)選んだのは、近くで寝ていたスコフィールド(スコ)。

戦闘中止で、1600人の命が守られるという。
ブレイクには、その部隊に、兄がいたので
兄を守りたい気持ちで、行く気マンマン!
明るいうちにすぐに行け!との命令にも、前進あるのみ。
(人選をよく考えてる……)
(スコは、暗くなってから、行きたかった…orz)

わりと安心な“塹壕”を出て、野ッ原に出ていく二人。
彼らの目線で進んでいくので、ホント、怖い!(>_<)
どこかから、撃たれソ…
人も馬も、倒れたまま、ゴロゴロ置かれて……

そうして、敵の“塹壕”についた、二人。
誰もいない塹壕を進んで、“寝室“に入った。
食料を見つけた!と喜んでいたら
ネズミが、“線“を切ってしまい、爆発!!!!
埋まったスコを、引っ張り出すブレイク。
ああ、この先も、色々心配……(>_<)

その後も進んで、静かに、牛乳を調達できたと思ったら
空中戦で敗れた飛行機が、こっちへ落ちてきた!(>_<)
コレ、当たるかと思った!(>_<)

彼ら二人は、親切にも、敵兵パイロットを救出してあげたのに
スコが、水をくんでいる間に
敵兵は、ブレイクを刺してしまった!!!
スコは、すかさず、敵兵を撃ち殺した!
スコの腕の中で、息絶えたブレイク……
兄への想いと無念は、いかばかりだろう……
(緊張感と虚無感が、なんとも言えない……)

一時は、自分を連れ立ったブレイクに
恨み言?を言ったスコだったが、もはや
ブレイクの想いをつなぐべく、伝令を果たす想いに燃えていた。

途中、味方の部隊と一緒になり、車で移動もできたが
壊れた橋では、撃たれて、死にそうな目に!(>_<)
逃げて隠れた先にいたのは、民間人(女)だった。

殺気だった兵士が来たら、怖いです……
が、スコは、紳士的にふるまい
調達した牛乳を、その家の赤ちゃんにあげた。

一見、抱っこしている、その女性の子供だと思うのですが
実は、母親ではないと言う……
戦禍で、親を失ったのだろう~と予想されることが
戦争の酷さを、語る……
それらしく見えないところに、潜んでいる不幸は
言葉にするよりも、痛ましい……

川に流され、滝に落ちながらも、スコは進んだ。
と言うか、ちゃんと着くのだろうか……?
川波に、もまれもまれる臨場感は、スゴイ!
苦しくなりそう……(>_<)
そんなこんなで、めざす部隊に、到着!(^^)/
ヨシ!
だが、目的の将校は、塹壕の先の先のほうにいるらしい……
長い長い塹壕ョ……

人をかき分け、かき分け、やっと着いた!

将校面会は、すんなりいくかと思ったら、じらすのョ…
会ってくれなそうな“壁”もあって、それをクリアし
会ったけど、命令無視の“壁“が…
ダメじゃん!( 一一)
とにかく、将軍からの命令書を読んでほしいんです!と。

そうしたら、カンバーバッチ将校は、命令を受けて
作戦中止命令でました!!!\(^o^)/
良かった!
命を賭けてきた甲斐が、あった…….(T_T)

そして、、もう1つ。
スコは、ブレイクの兄を捜した。

弟は、スコと一緒に来たと思った兄が
トムはどこ?と嬉しそうに、尋ねるのが切ない…

彼の“遺品”を、兄に渡すときに
スコは、彼が独りで、旅立ったわけでなく
自分がそばにいたことを強調したのが、印象的だった。

為す術のないときには、どうしようもないのだけれど
せめて、何か、寄り添える“心”を、少しでも表したい。
「最後、一緒にいてくれて、ありがとう」
兄が、ひと呼吸おいて握手したのは、きっと深い悲しみのせいだが
弟の死に、悲惨な悲しみだけを、残すのではなく
感謝で包めたのは、よかったと思う。

▼▼▼

味方の兵の命を守るため、必死に向かった、伝令。
途中の銃撃に、一緒に?ハラハラしながら
彼らの“感情”も、共有・実感できた印象です。
↑コレは、言葉では、うまく説明できません。(^_-)-☆


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映画『影裏』★渓流のふたり


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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/177736/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。

・今野: 綾野剛☆
・日浅: 松田龍平☆


東日本大震災の前。
埼玉から岩手に転勤した今野は、同僚の日浅と
“家呑み“や”渓流釣り“をしたりして、親しくなった。
が、あるとき、日浅は、今野にも言わず、突然、退職―-
したかと思ったら、互助会の会社に就職したと言って
今野の家に、やってきた。
日浅のノルマのため、互助会に入会した今野だが
ある夜釣りのとき、すれ違いを感じてしまう。
その後、大震災が起こり
沿岸部に出張していた日浅は、行方不明になり
捜索願を出すように、今野は、日浅の実父を訪ねるが
実父は、息子とは縁を切ったと言う――

日浅に、ナニがあったのかーというムードですが
人は、それぞれに、ナニかあります。(^^♪

二人が趣味にした“渓流釣り“~川のせせらぎ~がイイです!
川の流れが、年月や人生
川の清濁が、人の裏表のようで、深い☆(*^^)v

▼~▼内容にふれて.雑談です。(ネタバレ?)違うときスミマセン
▼▼▼

今野と日浅が、親しくなるのは
孤独な転勤先には、心強いコト!
日浅が、営業先で怒鳴られても慣れてくるーと言ったのにも
今野は、励まされるようだったし。

そんな今野で、暗示的に、ドッキリさせられたのは
寝姿のおみ足が、美しかったこと!
(女性の脚かと思い、女性と寝ているのかと…)

日浅に、ナニがあったのかーの前に――
今野は、“家呑み“に来て泊まった日浅に
強引にキスをしようと迫り、襲った。
(美しい中村倫也さんは、元カノだったよう……)

今野が、日浅に、どんな感情で、付き合い始めたかはわからないが
転勤した頃、禁煙したという今野は
愛煙家の日浅と付き合ううちに、再喫煙した。
(タバコが男性関係とのメタファー?)

親しき仲にも礼儀ありーではないが
自分が心許したとしても、相手は、どこまで
心のドアを、開けているのだろう……
キスで襲った件は、険悪にはならなかったが
夜釣りに行ったとき、日浅は、いつになく神経質に
今野に“ダメ出し“をした。(ニット帽のこと、駐車場所のこと)
そして、話の中で、日浅が言った。

「人の影の濃い所を、見るんだよ」

日浅(=松田)の眼差しは、絶品です!
虚ろなようでいて、奥の奥まで、見透かそうとしている…
冷たいようでいて、体温を感じる優しい光も見せる……

~中略~

震災後、行方不明になった、日浅の実家を訪ねた今野は
日浅の学歴詐称で、実父が、脅迫されていたことを知った。
(だから、急に退職したんだね…)

今野は、実父や、実兄から、
実母が亡くなったときのことなど、日浅のことを聞いた。
(他人の話のほうが、その“本人“の輪郭を、
色濃く知ることが、ありますよね)

とはいえ
その人の本当のナニがわかるーというものでもない…

渓流で、ニジマスを釣った今野。
日浅と来た時は、誰かがどこかで、放流しているのかもしれないが
そこまで追わなくていいョーみたいなことを、日浅は言っていた。
遡って、知りたいこともあるし
裏の闇まで、知りたいこともあるーのは
気になるその人が、好きだからなのだろう……

震災で、日浅の生死もわからない中
日浅の互助会から、“案内“が届いた。
(発送は、日浅がしたとは限らないが)
そのとき、今野は、放心の表情をした?(違うときスミマセン)
↓以下、私コト不明なので、要反転 違うときスミマセン(>_<)


日浅の所在は、わからないけれど
その互助会に入会していることで
今野は、担当者:日浅とつながっていられるーと
思った安堵かと、思いまして…….




▼▼▼

情熱に任せて、ガバッと、表現するのは
わかりやすいかもしれませんが(汗)
ゆっくり、じわじわと
深い影に蓄えた熱を、放熱していくほうが
人間関係は、つながって行かれそうです……

それと
川のせせらぎを、楽しめるなら
“ソレ以上”を、追わなくてイイー
それも、大事かも☆(^_-)-☆

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映画『AI崩壊』★AI修復にたどりつけるのかドキドキ!

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/177947/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。

・桐生: 大沢たかお   AI「のぞみ」開発者
・桜庭: 岩田剛典☆   警察庁理事官

暴走したAIが、人(命)の選別を始めたー
のを、阻止しようとする話と、予想しつつ
岩田さん目当ての鑑賞デス…

予告編?だと、岩田=桜庭理事官が、“監視”する場に
AI開発者:桐生がいないので
どんな状況なのだろうと、思っていたら――
桐生は、AI“暴走“の濡れ衣を着せられてしまい
逃亡することになってしまった。尚且つ
暴走AIのプロブラムを修復できるところに
たどり着こうと、奮闘する――

見どころは、冤罪の桐生が、うまく逃げてほしい!ことと
AIの“修復“を遂行してほしこと。
そして
たまたまAI「のぞみ」のそばで、閉じ込められてしまった娘を
救出すること!

そしてそして、AI暴走の黒幕を知ること!

▼~▼内容にふれて.雑談です。(ネタバレはないかと)
▼▼▼

桐生のAI開発の大きな目的は、妻の病気の治療のため。
けれど
色々な“しばり“があって、使うことはできず
妻もそれを受け入れながら、亡くなった。

“利便性”のあるものは、その“恩恵“にだけ
あやかりたいですが、いいことばかりでもなく
AIの産業使用による、人々の失職も、負の側面…

桐生は、妻の死後は、AIの第一線を退き、外国にいて
このたび、表彰などで、娘と一時帰国しただけなのに
AI暴走の濡れ衣を、着せられてしまった!(>_<)
開発者の手から離れ、“学習・成長“しているAIを
名実ともに手中に収めて、フル利用したいものの仕業らしい……

AIなしでは、生活がままならなくなっている社会では
AI暴走(不具合)で、大混乱になってしまう。
(東日本大震災直後の信号停電による道路パニックのような)

そんな混乱の中、AIを狂わせる操作信号を
桐生が発していると、みなされるや
すぐに警察に囲まれた緊迫の中
冤罪におののきつつも
果敢に脱走した桐生!   ←スゴイことかも!

そこから、警察に追われまくる桐生!(>_<)
警察の監視体制も、細かい!
監視カメラは、水ももらさない感じで
桐生は、顔から歩き方から、すぐに割り出されてしまう!(>_<)
見事としか……
(この調子で、ほかのもっと極悪犯を、チャチャっと逮捕してくれれば(^^♪)

警察の指揮官は、桜庭理事官☆
眼差しに、賢さと冷静さを感じさせる、インテリさん。
(―なんですが、笑顔を見せると、岩ちゃんなんだナ…)

AIは、さらに困ったことに
命の選別を始めてしまい、一定時間後、不要?の人を死なせると言う…( 一一)
桐生の娘は、落とし物(家族写真)を探して
AI室に入ったところで、アクシデントに遭い、閉じ込められ
挙句、命の選別で、死ぬ対象にもなってしまった。

桐生=大沢さんの必死の逃亡(移動)に、ドキドキ!!
すぐに、パトカーやら、特殊班(銃+)やらが来て
撃ち殺さんばかりで迫ってくる……
というか、撃ったよね…….(滝汗)

アナログな三浦友和:刑事や、義弟の賀来賢人さんなどの
応援を得て、桐生は、巻き返します!(^^)/

~中略~

AIを操作し、“命の選別”を図った真犯人は
“正当だとする根拠“を、力説するのですが……

確かに(汗)
妻子を顧みないDVクズ夫などは、消えてしまえーと思うことも…orz
でも、“いらない人を死なせる“なんて
それを言っちゃあ、おしまいョ……

▼▼▼

AIは、人を幸せにするか――
面接試験のお題みたいですが (^^♪ 
幸せになるような使い方をするしか、ないでしょうね。
命を奪える刃物も、禁止されたら、不便ですし。(*^^)v

PS:主題歌「僕らを待つ場所」をAIさんが歌うのって…(^^♪



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テーマ : 邦画
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映画『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』★ カワイイ~だけじゃない!涙出た~

180034_1.jpg


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/180034/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。

コロコロしたキャラクターが、カワイイ~だけでも十分ですが
ブロ友さんが絶賛されていたので、やっと鑑賞☆(*^^)v

すみっコたちが、入り込んでしまった絵本の中で
出逢ったのが、“ひよこちゃん“♪
(チラシ画では真ん中に☆)
絵本の中の物語を(桃太郎・人魚姫・マッチ売りの少女etc.)
いくつも見せてくれて、ドタバタしますが
“ひよこちゃん“のお話が、なかなか見つからない……

灰色のひよこ?と言うと
ああ、アノお話かな……と、わかった気になってしまいそうなんですが
チッチッチ、そんな王道ありきたりな、真ん中をいく話ではない!(^^)/
“ひよこちゃん“は、すみっこの極意のようなところにいたのが
そもそものミソ☆

▼~▼内容にふれて.雑談です。(ネタバレ!)
▼▼▼

イラストで見ていただけの、すみっコちゃんたちが
画面で、ちまちま動いているのが
カワイイ~!!!!!
コロコロした、ちっちゃいのが
すみっこに固まってるのが、カワイすぎるゥ~!!
ムギュムギュしたいィィィ!!!!!
カワイイョォォォ~~~~!!!!!

そんなすみっコたちは、ひょんなことから
コーヒーショップの物置にあった絵本に、入り込んでしまった。
(入れるサイズ(^^♪)

そこで、「桃太郎」が始まったと思ったら、途中で
「マッチ売りの少女」「人魚姫」などが、次々、始まって
終わったのか途中なのか、わけわからないけど
カワイイから許しながら、見ておりますと
迷子?らしき“ひよこちゃん“に気づく。
(ひよこちゃんも、すみっコサイズ☆)

そんなこんなで、ひよこちゃんは、白鳥の子かもー
と、安心しそうになったら、違った…orz
ひよこちゃんは、どの物語の子???

▽要反転(ネタバレ)


実は、ひよこちゃんは、
絵本の表紙裏に書かれた“落描き”だったので
物語はなかったの……orz

すみっコたちは、仲間に入れてあげるのですが
彼らが、帰るべく、絵本から出ようとしたとき
絵本の中の物事は、出られないことに気づきます。
↑ココ、とてもショッキングで哀しい……orz

のみならず
出口へと、積み上げた“足場“が崩れそうになったとき
ひよこちゃんは、率先して、崩れるのを防いでいたの…

すみっコたちが、元の世界に帰れずに
絵本の中にいれば、一緒に居られる……?
でも、ひよこちゃんは、“友情”を曲げることはしなかった。

下から、出口を見上げるひよこちゃん……
切なすぎるし、可愛すぎるョ……
お別れなんて、悲しいョ……orz

そしてそして
帰ってきたすみっコたちのしたことが、イイ!!!
ひよこちゃんが描かれた余白に
たくさんたくさんたくさんたくさん、お絵かきしてあげた!
ああ、これで、仲間がいっぱいになったね!!!!
↑私、ココで、涙だだもれです……


▽▽▽
▼▼▼

いい話だと聞いていましたが
涙だだもれするとは、思わなかったです!(^^)/
ますます愛おしくなっちゃう!
すみっこちゃん♪

PS:なんか格言あったナ~
「神は“すみっコ“に宿る」(*^^)v


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テーマ : 邦画
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映画『おみおくりの作法』★寂しくて悲しすぎて温かくて切なくて


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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/166225/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。

担当地区で、孤独死者の葬儀を、執り行っていたジョンは
丁寧な仕事が非効率とされてしまい、解雇が決まった。
最後の案件は、向いに住んでいたビリー。
ジョンは、事務的に済ませることはできず
ビリーの遺品から、遺族や知人を捜すことにした――

で、孤独死のビリーの遺族が見つかってよかったねー
という(だけの)話ではなく (^^)/
深い味わいがありました。
人生の味は、甘くもあり、苦くもあり……


▼~▼内容にふれて雑談です。
▼▼▼

ジョンが、身よりのない方の“おくりびと“として
葬儀に、ひとり参列する様子は、寂しい……

しかし、死者には、死後のことはわからないので(汗)
ジョンが、遺族捜しをするのは、死者のためでもあり
葬儀は、生き残った者たちのためでもあるような……

親子でも確執があると、ケンもホロロで
葬儀すら、関わりたくない人も……orz


(↓私ごとです)
母の葬儀の前まで、息子と娘とは、祖父を避けていました。
(幼少期に怖い想いをしたようで、
私自身も、子供の頃、何度もブン殴られたことは、赦し難し…(汗))
しかし、母の葬儀で、子供たちは
すっかり、弱弱しいお爺さんになった祖父の姿に驚きつつ
私の弟の嫁が、優しく接しているのを見て
身内の自分が、いつまでも、過去を引きずってはいけないのだと
反省したそうです。
それからは、自然に、優しく接してくれています。
亡くなった母が、家族をつなげてくれたと、感慨深い想いがしています。


ジョンは、遺族や知人をたずね歩くうちに、気づかされます。
生前、寄り添える人のいることが、最高の幸せではないかと。
そんなジョンも、一人暮らし。(下手したら、孤独死予備軍?)
質素で、実直。真面目でイイ人ですが
解雇されたあとの人生には、どんな仕事・どんな出逢いがあるのか…?

そうこうして、最後の案件:ビリーの実娘:ケリーを見つけ出します。
そんなこんなで、ケリーは、ビリーの葬儀に、出てくれることに。
そうして、葬儀のあと、お茶する約束まで!(*^^)v
ああ、亡きビリーが、ジョンに、いい出会いをくれたのかも!
ジョンには、その後も、幸せに生きていってほしい!

▽ネタバレ(要反転)


――と思った矢先、ジョンは、事故死してしまった!(>_<)
なんて残酷な展開!orz

ジョンの葬儀には、誰一人来ず、寂しい…orz
一方、同日のビリーの葬儀には
ジョンの尽力で、多くの参列者が。
参列したケリーが、キョロキョロしていたのは
ジョンを探していたのだと思うのが、切なすぎる…
(代わりに、参列者と知り合うことはできたようだが)

死んだ人には、何もわからない――などと
事務的なことを、先ほど言ってしまいましたが
人の気持ちとして、不適切でありました。

誰も参列しなかった、ジョンの葬儀でしたが
お墓の周りに、次々と集まってきた“人たち”がいました。
彼らは、ジョンが、葬儀・埋葬を取り計らってあげた人たち。
死者である彼らが、ジョンに感謝し、ジョンを悼んでくれた姿には
死しても滅ぶことのない、人の“心”の尊さを、ひしひしと感じ
目頭が、熱くなりました………

▽▽
▼▼▼

母の死後、心の整理は、まだつきませんが
死は、誰にも、必ず訪れるものなので
私自身、少しずつ、身辺整理を始めることにしました。

“おみおくり”ではありませんが
“さきおくり”しないで☆(^^♪


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テーマ : 洋画
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映画『うさぎドロップ』★愛菜ちゃんが娘なら親バカにもなりますネ。

155223_6.jpg


作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/155223/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。

松山ケンイチさんと、芦田愛菜さんの出演ということに、惹かれました。

独身男のダイキチが、祖父の隠し子(6歳のりん)をひきとって
育てることになります。
りんは、ダイキチの叔母に当たるという…
ドタバタコメディを予想していましたが
どちらかと言うと、アタフタ・ラプソディのようだったかな……^^;


▼~▼ネタバレして雑談です。

▼▼▼

① 「(子育てに)どれだけ自分を犠牲にしたと思ってるの!」

と、母親に言われますが(犠牲かどうかは各人各様?)
子育てしてきた人は、
それなりに大変さを知ってますからね。
甘いぞよ、独身男くん、と。
「実の子だって、可愛いときばかりじゃないのに
よその子を育てるのは大変だ」とは義母の弁。
養子を育てている方に、敬意を表していましたよ。

子育ては、可愛い・可哀そうだけでは、むずかしいよと言うことです。
覚悟といいましょうか。


② 保育園の送り迎え

ダイキチが、初めて、りんを保育園に連れていくシーン
大変だな~って思いますよ。
で、ソレ、今日だけじゃないからね。
明日からず~っとですから^^;
お迎え時間が迫るプレッシャー!
経験した人には、よくわかると思いますが、
自分も、気がきでなかった(>_<)
出張先から急いで車飛ばして
でも、遅れて、先生に怒られたの思い出しました…(T_T)

~~

そんなこんなで
松山さんの、普通の日常会話を、素でしゃべってるアットホームな感じと
愛くるしく、感性ゆたかな愛菜ちゃんの、2人3脚で、話は進み
香里奈おや子も加わって、”事件”が起こります。

やがて、ダイキチのように実の親ではなくても
人は誰かの親たりうるのだ、というまとめムードが
誰かを慈しみ、いとおしむ温かさで、良かったと思います。

一方、じゃあ、りんの実母は、なんなんだ?と思いつつ
悪気はないにせよ、関係した祖父にも
後先のことは、よく考えたほうがいいのではないか、などと
思ったのでしたが……

(反転してください↓)

あとになって、祖父は、りんの実の父親ではないことがわかるらしいです。
そうなると、祖父も、ダイキチと同じことをしていたのですね。
そうすると、祖父とダイキチが、瓜二つという設定にも、納得☆


~~

さて、りんは6才で
今の世なら、大人が面倒をみなければ、ということになりますが
母が、よく私に言いました。

「私(母)が、6歳のときには、一人暮らしの祖父のところにやられたよ。
面倒を見てもらうどころじゃなくて、祖父のご飯の支度をするようにだよ」

当時は、物心がついた女児は
もう子どもではなくて、女としての働き手に、みなされていたんですね。
男性の祖父に、面倒を見てもらうなんていう、価値観もなかったと思います。

と言うことは
子どもは、子ども扱いしないで
きちんと仕込めば、しっかりするということでしょう。
(私はムリでしたが^^;)
今は、逆に、いくつになっても
大人になれていない人のほうが多いかも(>_<)。
~~

愛菜ちゃんが、ご飯を、塩むすびにして
ダイキチに差し出すシーンがありましたが
愛菜ちゃんは、しっかりもの、と言う感じでした☆

原作では、りんが高校生になったあとまで、続くそうですが
家族の成長物語は、1つのエピソードの顛末だけでなくて
いくつもいくつも、小さなことでも、積み重なっていくと、
人物に対する観る人の感情も、より醸成されていくと思うので、
続くのなら、続いたほうがいいかな~と思いました。

それはそうと、愛菜ちゃんは、カワイイですね~♪
愛菜ちゃんが娘なら、皆、親バカになるでしょうネ☆


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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『早春』★あなたと暮らすところに幸せがあると思える幸せ♪

キャプチャ125


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/11966/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。

・監督:小津安二郎☆
・夫:池辺良
・妻:淡島千景 
 共働き
・夫の恋人(金魚さん):岸恵子

戦後の、とあるサラリーマン夫婦に起こったコトは
夫の不倫と元サヤ。
――と言ってしまうと、簡単ですが
この夫婦の“スキマ”を、殊更に、お寒く見せていない
“日常感“が、ニクイ。
(それだけに、心の深いところに、効いてくる)

夫の戦友や、通勤仲間など、人間関係が賑やかな分
夫婦関係が、細い線のようにも見え
騒がしい人の渦が、これからの日本の波のようにも思え……

▼~▼内容より雑談です。(^^)/
▼▼▼

共働きの夫婦に、同じような朝が来ているようですが
実は、幼子を、数年前に亡くしていたことが、あとでわかります。
子供を失った悲しみと喪失感は、いつも無言で
彼らに、漂っていたのかもしれない……

命に“代わり“はないけれど
また、子宝を望む気持ちは
妻が、敷いた布団に感じたのは、気のせいではないと思う…
(淡島さんの眼差しは、美しくて哀しいのが絶品☆!)

夫は、交友関係広く
通勤仲間と、ハイキングなど行くことに♪
そこで、積極的な女性:金魚さんに気に入られたみたい…(汗)

金魚さんのあだ名のいわれが、スゴイ…
“煮ても焼いても食えない、ズべ公”だからと  ←劇中より
そんな“ズべ公“姐さんに、目をつけられた夫は
ヘビににらまれたカエル?
なすがままデス……(汗)
拒めよ!断れよ!と思いますが
ズべちゃんと、お泊り…….( 一一)

外泊の言い訳は
病気療養中(肺病)の同僚の“見舞い“に、行ったことにした。
が、妻は騙せない!わずかな口紅も見逃さない!
妻は、愛想をつかして、家を出ていった……orz

やはり、ウソはダメなので、
夫は、後日、病人を本当に見舞ったが
“ダシ“にしたのが申し訳ないほど、弱っていた……
独身の彼は、母に来てもらって、看てもらっていたが
その翌日に、亡くなってしまった……

独身で、仕事バリバリの人生もよいけれど
結婚して家庭をもって、家族をもつのも
“幸せの形”の1つなら   (諸問題もなくはないけれど…汗)
それを経験せずに亡くなってしまったのは、残念なこと……

自ら、夫婦関に亀裂を作るようなことを、してしまった夫は
これから先、生きる上での“幸せの形”について
考えを巡らせたと思う……

その前に、夫は戦友との、飲み会があった。(^^♪
酔っぱらい二人を、自宅に連れてきて
酒を出せと言うが、妻は、酒はないし
夜の1時(!)では店も閉まっていると、言ってきかせた。

↑コレ、実家でも、あった。(汗)
父が、アレ出せコレ出せ、と言うけれど
母は、急に来られたって、アルもんじゃないと…( 一一)

そのときの飲み会での歌が、懐かしい!
♪ツーツーレロレロ ツーレーロ~ (歌詞引用)

美ち奴姐さんの“ツーレロ節”(シャンラン節?)だと思う。
【歌詞引用】
♪一目惚れなら 山ほどあるが
 しみじみ惚れるは ただ一人 ただひとり

昔聞いた物事が、遠くなっていって
懐かしいナ~と思いながら
詳しく知っている人も、次々、亡くなってしまって…orz

デジタルリマスターで、若々しく蘇った銀幕スターたちを見ると
今の今に、“あの頃“の時代の空気までもが
蘇った錯覚をして
これから、高度経済成長の時代がやってくる
そんな勢いを感じるのが、なんとも言えない……

▼▼▼

転勤を機に、夫は、心機一転。
妻も、戻ってくれる。(ネタバレ御免!(>_<))

どこで暮らしても、支え合って生きていけるなら
幸せを感じられると思う。
慣れないうちは、事務的に大変でも、どうってことない。(^^)/
助け合って生きていくことが
愛情の育みだと、思うから☆

~あなたと暮らすところに幸せがある~
そう思えるのが、とても幸せ☆(*^^)v


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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『王様と私』★ユル・ブリンナーの存在感!腹筋!etc.


137513_1 (2)


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/5702/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。

・シャムの王様: ユル・ブリンナー☆
・アンナ(私): デボラ・カー


ラーマ4世の実話に基いているらしいです。
やっと鑑賞!
西洋を意識した王は、子供の家庭教師にイギリス女性を雇った――

ほぼ舞台は、王宮ですが
その華やかさに埋もれない
ユル・ブリンナーの力強い存在感が、ステキです!

▼~▼内容にふれてetc.etc.雑談です。(^^)/
▼▼▼

時代考証はわかりませんが
まずは、王様の衣装・いでたち!
シャム=暑い国ということでか
上半身“裸”に、きらびやかな上着を、直にお召しに。

昨今、イケメンさんの腹筋まわりの肉体美を
チラ見せする雑誌の表紙を、まま、目にしますが
ソレに近いものが……(^^)/

王様=富貴の象徴=ふっくらメタボ  ではなく
筋肉質の、たくましい王様の頼もしさよ!(^^)/
とはいえ
アンナにとって、王様も完璧ではない……  (by王妃さま)

宮殿の外に住むはずが、宮殿に住み込むことに!
契約とちがう!と詰め寄るが
王様は、約束を忘れるものだと言うし(by大臣)
王様の気分にひれ伏すのが、ならわし???

すると、アンナは、契約(や法)を無視して
王の気分で、物事が決まっていくなんて
近代国家のテイをなしてない!と非難した。

(条約や国際法を、無視する国もあるようですが(汗)
会社でもありますね……
法なんて無視。俺がルールだという社長さん……( 一一))

人の意識や価値観は、すぐには変わらないので
少しずつ、なだめなだめ、エトセトラ・エトセトラで……(^^♪

男尊女卑・女性蔑視は、根強い価値観でありますが(汗)
女は、男を楽しませるためのものと、王様は、ワル気なく思っていて
王妃たちも、女は卑しいものだからーと思っていた。

王様は、ビルマの乙女を貢物として、“快く“受け取ったが
彼女は、恋人が恋しくて、宮殿から脱走を図った。
(もし私が女王で、青年を貢がれても、困る……汗)

そうこうして、シャムが、征服されそうなムードになった折
アンナの知人のイギリス関係者(大使一行)をもてなすことで
イギリスへの好感度を高め、味方にしようということになった。

その際、西洋のダンスに触れ
王様とアンナが、ダンスを踊るきっかけが生まれる。
その前、アンナが、知人男性とダンスを踊るのを
王様は、嫉妬ぎみに見ていたのですが
ここの絶妙なムードが、イイ☆
あからさまな、軽い恋ではないのよ……
♪Shall We Dance?  を
息を弾ませながら踊るアンナが、
いわゆる、ガチガチの“模範的教育者“っぽくなくて
酸いも甘いも知っている、余裕ある大人の女を感じさせる……

そして、もてなしで上演されたのが『アンクルトムの小屋』シャム版!
↑コレ、アンクルトムでなく、脱走した女奴隷の話に置き換わっている。(^^♪
とはいえ、劇の仕上がりが、美しく楽しく、飽きさせず
よくデキているんです!!!
イギリスの客人も、大満足。(*^^)v

これは、脱走したビルマの乙女が、書き残していった劇なのですが
彼女は捕らえられ、相手の男は殺されてしまった…orz

王様は、彼女への愛ではなく、メンツをつぶされたから
罰しようとするのですが、アンナに止められます。
同感です。
むしろ、罰するほうが、恥ずかしいかと……
器が、小さそうで……
彼女の気持ちを、くんでやったほうが、立派かと。

で、アンナの価値観に晒されてきた王様は
悩み崩れるのですが……
心労が、エトセトラエトセトラ、たたったようで
アンナがシャムを去ろうとした日に、亡くなってしまいます。
アンナは、子供たちに説得されて、留まることを決意しました。

▼▼▼

鑑賞後は、ユル・ブリンナーの強烈なインパクトが残りました。
主役とは、スジ書きの主体―というだけでなく
いるだけで、その場の空気全体を包み込む人のことなんだなと
感じました。



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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『あるじ』★殿様あるじをギャフンと言わせる胸のすく思い

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/800159/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。

http://movie.goo.ne.jp/movies/p15234/story.html
↑あらすじはこちらも参照ください。


“”名匠C・T・ドライヤーの、サイレント時代のコメディ“”とあります。

妻への気持ちをかえりみない
わがままな、殿様亭主(あるじ)をいさめるべく
元乳母が、“しつけ直し“ます。

亭主をギャフンと言わせるところが
コメディというか、胸のすく思いで
私などは、観たのですが……^^;

サイレントなので、字幕セリフの前が、口パクになります。
口パクであっても
元乳母が、しかめっ面で、子供だった亭主に、小言を言うところは、
きっと、こんなふうに言っているだろう、とか
私だったら、こう言ってる!などと
興奮ぎみに(立腹含む)言葉を、重ねてみましたよ。

亭主は、妻の料理が熱いの冷たいのと、妻を振り回しているのに
外で仕事しない妻は、家で遊んでいるかのように、バカにします。

元乳母は、そんな亭主に
「妻を虐待するのは見ていられない」などと言ってくれ
妻を休ませるために、元乳母は、妻を出ていかせるので
亭主は、妻がしてきたことを、自分でしないといけなくなります。

亭主よ!
妻がしてきた、細やかな家事労働を思いしれ!(>_<)
と思いつつも
どうか、奥さんのことを思いやってあげてください、と祈るような気持ちでした。

自分でやってみて、初めて、妻の重労働を知り
いたわる気持ちを持つ夫になるという、ハッピーエンドで終わります。

もちろん、世間には
はじめから、理解あるダンナ様もたくさんいらっしゃるでしょうけども
私には
こんなふうに、ダンナ様が変化されるなんて、ピンと来ません……(>_<)
映画だけでも、ハッピーエンドで良かったと思います。


C・ドライヤー作品は
主役の女性が、抑圧に対して、強く抗う作品が多いと言われますが
女性の苦労に近づいて、理解してくれる男性もいる……
と思えるのは、なんだか、嬉しい……


ダンナ様方には、ご不快ありますれば、どうかお許しを。


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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『いなくなれ、群青』★微妙で切ない感情が“どうしようもなく“尊い

181548_1.jpg


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/181548/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。
(原作未読です)

・七草: 横浜流星☆
・真辺: 飯豊まりえ

予告編から、青春の美しい痛みを伴う作品―を感じ
楽しみにしていました☆

魔女?が支配するという島(階段島)での
ファンタジーですが
大人の階段を登る年頃の
七草の心の機微が、“青い棘“のようで
心に刺さった作品だった――

階段島で暮らす人たちは、その生活に慣れて
島を出ようとすることも、なかった。
「出たければ、失くしたものを見つけること」(byタクシー運転手)

あるとき、島にやってきた真辺は(七草の“知人“)
島からの脱出を、七草らに、もちかける――
(注:脱出モノではない)

気になるのは
「僕たちは、本来、一緒に居ちゃいけないんだ」(by七草)
「私たちは、必ず、また出逢うんだよ」(by真辺)

▼~▼ネタバレして雑談です。(違うときスミマセン)
▼▼▼

“島民“が、状況を受容して生活している中
真辺の到来は、革命的。
どうにかして、島から脱出しようと奮闘する。

誰にも行きつけない階段の先に住むという
魔女にも、逢いに行こうとし
手漕ぎボートで、海にも出たが
島を出ることは、できない……

孤軍奮闘し、島民を脱出へ鼓舞する真辺に対し
七草の言うことが、ズキュンだ。
「(人は)不幸を受け入れる権利だって持っている」

同じようなことは、ほかにもあった。
バイオリンの弦が切れた女子生徒のために
弦を入手してあげた、同級生。(♂)

彼女が喜ぶかと思ったが、発表会へのプレッシャーから
自分で弦を切った彼女には、余計なことになってしまった…
(結局は、演奏してよい流れになった♪)

~中略~   ←複雑なコトになっていきます。(^^)/
こうすべきーと信じたら、突っ走る真辺が、理想主義者なら
七草は、悲観主義者(諦観?)として、映っていく。

七草は、そんな真辺を
宇宙の彼方で輝いているはずの
“ピストルスター“に、なぞらえていたようなのがイイ☆
自分とは違う世界で、輝いてほしいと願っていたらしい…

↑ココの感情は、泡のように、淡い……
ソレが恋?かどうか、確認することもない。
この、微妙で切ない感情がイイ!
横浜流星さんの、アノ雰囲気で、ソレを感じさせる!
ソレだけで、尊い!

そして、彼らは、ナニに捨てられたのか?
ナニを失くしたのか?
七草は、気づいていた!
「失くしたのは僕でなくて、七草です」

▽要反転↓

捨てられたのは、成長過程で捨てていった
自分の人格の一部だと言う。

すると、この島にいる、完璧理想主義の真辺が
捨てられた人格ならば
成長した彼女は、なあなあでうまくやってく大人に??

七草にとって、真辺は、“輝くピストルスター“で居て欲しかったのに
どうやら、同じ高校で、自分と出逢ったことで
生き方が、変わったらしい……?

ならば、僕らは、逢うべきではなかったと思う七草……



逢うべきでないなんて、悲しいことを言ってくれるナ…
チッチッチ、ソレが青春なのか?
青いナァ~、七草くん♪
君こそ、“理想“を求めるロマンチスト☆なのか?

一度は、“脱出“した真辺だったが
彼女は、島に、七草のもとに帰ってきた!

崇高で、高潔な想いを、
ただ大切にして、生きていたい年頃もあろうが
理想も、悲観も、過去も、未来も
現実も、希望も――
すべてを、ひっくり返しても
また逢いたい!一緒に居たい!という切望に
抗えない強い想いが、存在する!

▼▼▼

「この物語はどうしようもなく、彼女に出会ったときから始まる」

“どうしようもなく“
実は、この言葉の曖昧さが、私は、好きでないのだけど(汗)
ココでは、
下半身の力が抜けて、倒れながら感じためまいにも
甘美な心地良ささえ感じた、とでも言うような………

この“どうしようもない“余韻、好き……



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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『ある海辺の詩人~小さなヴェニスで~』★人を恋うー詩情豊かに耐えて哀しくー

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作品について:http://cinema.pia.co.jp/title/161236/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。



イタリアのヴェニス近くの猟師町。
中国移民の女性と、かつてユーゴから移民した老人の“交流”なのですが…

この“交流“は
ただの男女の愛情モノではありません。
恋ではなく、人が人を恋う、と言いましょうか……


(↓ヤフーレビューの転記です。ネタバレ表示なし)

長江哀歌』のチャオ・タオさんが主演で、かつ、
詩人と言うタイトルに惹かれました。

ヴェニスのような、海辺(潟)の猟師町:キオッジャでのこと。

タオ演じるシュン・リーは、借金のために
子供を中国に残して、イタリアに出稼ぎに来ています。

キオッジャの酒場に派遣されて知り合ったのは、
今は、すっかり、イタリア人漁師でも、実は
30年も昔に、旧ユーゴスラビアから移民した老人、べーピ。

慣れないお酒の名前を言われても
その前は、縫製工場にいたリーは、わかりません。
お客さんに教えられて、カクテルを作ったり
お客さんが、自分で混ぜてたり…^^;

酒場で働く、と言っても、リーの雰囲気は
いわゆる酒場ムードムンムンではなく、
食堂のお姉さん、という清楚な雰囲気です。

リーとベーピは、親しくなりますが
中国人女性と、今はイタリア人男性の親密な関係を
周囲は許しません。
中国マフィアにだまされるな!と
暴力沙汰になるほど、許されないのです。
(中国移民の現実を見せられる印象アリ)

リーの店にも入れてもらえないベーピの顔が
酒場の窓に映るのが、切ない…………

やがて、リーは、ボスから移動を命じられ
この猟師町を離れますが
再び、この街を訪れたとき、ベーピを訪ねます……

“異邦人同士”の男女が、出逢い、別れ、
再び出逢おうとすることが
ストーリーの主軸になっています。
しかし、いわゆる“男女の恋”ではないところが、深いところです。

好意を持つことが、イコール恋ではないですよね。
敢えて言うなら、恋というより、“人を恋うということ“。
温かな優しさを感じる人と一緒に時を過ごしたい、と思うのは
自然な気持ちでしょう?
そんな想いです。

その、複雑で深い想いを、うまく表現しているのが
老人ベーピが、“詩ごころ”のある男性であるということです。
自分の気持ちを、さりげなく、詩にする……ステキです。
(演じるラデ・シェルべッジアさんが、味わいのある包容力のある方で
作品の魅力大です。)

そして、猟師町という光景も、情緒的です。

生活の場としての静かな海に、時を刻むのは、静かに寄せる、波、波……
遠い沖をながめるとき、
リーは、本国に残した子供のことを思っているのでしょうか……
ベーピは、今は消滅した祖国の想い出を、偲んでいるのでしょうか………

二人が、沖合いの、“漁師の家”で、過ごした時間は
現実の世界から隔絶された、ゆるやかな世界だったはず。
友達として、同じ異邦人として……

そうして、終盤には、無念の哀しみもあり
衝撃的に燃え盛る、炎のシーンもありますが。
作品のトーンは、
呼吸をするように、静かに、流れていきます。

しかし、逆に、そんな抑えた演出が、心にしみて来るのは
そのさりげなさが
どうにもならない普通の人生の痛みを、感じさせるのです。

抗っても、どうにもならない。
ただ、耐えて、従うほかない人生もあります。
哀しみに、泣き叫ぶこともできない。
ただ、静かに、目頭を熱くさせることしかできない人生もある…………

そんなとき、荒涼としそうな心に、1敵のしずくを落としてくれるのが
真心から生まれる、一篇の詩なのかもしれません。

「川はすべて海へ降りてゆく 満たせぬままに」 (byベーピ)

満たせぬままに……
というのが切ないけれど、こう終わります。
「……心を温め、小さな花のように、リーを微笑ます」

異国の海辺に咲いたのは、二人の心を結ぶ、微笑みの花。

余白にも、詩情ゆたかな波が、キラキラ光りを放つような
芳醇な逸品です。


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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『アラビアのロレンス』★バイクに思うアラビアにあってこそのロレンス

 



作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/150495/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。

ロレンスはアラブの英雄なのか?と聞かれると
う~~ん、英雄というか……
どんな話か?と聞かれると
う~~ん……と黙って、かみしめたくなってしまいます……
2回目を見た、チョイ雑感です)

~~~
 
英雄か大義か正義か……と言ったら
ロレンスは、良心なのかもしれません。

砂漠に仲間を置き去りにできないから……
運命だと言って、割り切れないから……
自分が良かれと信じて戦って……

しかし、結果と評価は
必ずしも釣り合うものではなく
ロレンスの“英雄的”な働きも
上層部関係者にはコトが終われば用済みで
「ハイ、ご苦労さん。あとは帰っていいよ。大佐に昇進しといたから」となる。

帰りの車の運転手が、帰国を祝してくれても、
ロレンスの心は、砂漠よりも渇いていたかもな~と思えます。
 
その砂漠の風景のすばらしさは
言い尽くされているので、省きます。

アラブの民の生き様が広がるこの地に、ロレンスは、ひととき、
自分の人生を染めたんだな~と言う想いがします。
 
そして、含みあるバイクシーン。
 
砂漠を走るロレンスの乗ったジープを追い抜いていくジープ。
まるで、アラビア時間のロレンスを追い抜いていくようでした。
これは、冒頭と呼応しているので、じわ~と来るのですが、
冒頭で、帰国したロレンスがバイクに乗って加速しています。
 
それは、イギリス時間というか、
イギリスの速度で走って(生きて)いるロレンスでした。
けれど
それはロレンスの生きる速度・時間ではなかったんだな~ということを
思わせる結果となります。
 
『アラビアのロレンス』というタイトルですが、
これは
ロレンスのアラビア日記というような意味ではなかったんだと
思えました。
 
人には、自分を生かせる場所というのがあって、
ロレンスは、アラビアにあってこその人物だったんだな~と思えてくる
絶妙な演出でした。

だから『アラビアのロレンス』なんだ~と思いつつ、
彼の“良心”に加えて、“失意”も思いやると
広い砂漠に、ポツッと見えたロレンスのアラビア時間が、
なおさら素晴らしく思い起こされるのです。
 


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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『アメリカン・ギャングスター』★”ひとり勝ち”は、恨まれる

147638_5.jpg


映画レビューは、さらっとしてます。
https://movies.yahoo.co.jp/movie/329107/review/90/post/


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/19722/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。


黒人で、初めて暗黒街の王となった、ということも興味ある題材ですが、
その後、自分を逮捕した刑事が、弁護士となってからは

弁護を依頼した、という関係も、
ドラマチックに思えました。
(ただし、そこはあっさりと流されましたが)

キャッチコピーの1つにも、なっている、

『勝って敵をつくるか、負けて友をつくるか』

この台詞に、思うところあるので、ここで話しますね。

暗黒街の王となったフランク。
王となる、ということは、一人勝ちなのです。
他を出し抜いて、自分が、人より先を行った、ということなのです。
今まで、共存共栄でやってきた同業者からは、恨まれますよ。
同業といっても、仲間のようでいて、実はライバルなのですから。

このような状況に、心あたりありませんか?

私は、結構、感じています。
「一人勝ちしても、恨まれるからね。適当に、負けとかないと...。」
この台詞は、独白で、よく言っています(笑)。
自分にだったり、誰かにだったり。
実際、わざと負ける、という事はしなくても

負けてしまったときの言い訳なのですけどね(苦笑)。

クラスや、同業者。
”仲間”と呼ばれる集団が、
実は、一番、ライバルだったり、商売がたきなのですよね。
そこは、むずかしい関係ですが。
情報収集や、同業だからわかる苦労のねぎらい、などで、
行動を共にしながらも、
お互いに牽制したり、成績に嫉妬したり、されたりするのでしょう。

自分が、勝っていないときは、助けてくれても
ひとたび、”勝ち”に転じれば、意地悪したり、足を引っ張ろうとしたり...。
そのようなことも、見聞きすると、切なくなりますね。
それでも、上を目指したいから、
友を失ってでも、勝ちに行く.....。
つくづく、人は、孤独な生き物なのだ、と思います。

”困ったときに助けてくれるのが本当の友”ともいいますが、
本当の友ならば、その人が、勝ちに転じても、離れていかないで、
友でいてほしい、と思います。
勝つか、負けるかなんて、勝負は時の運。
誰でも、勝つときも負けるときもある、と思いますからね。


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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『雨のしのび逢い』(1960)★絶叫:何事もないという非情さが….


キャプチャ103


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/804905/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。

悲鳴から始まった、ある殺人事件がきっかけで、
社長夫人は、夫の会社の元社員としのび逢うようになります。

ですが

これは、単調な “殺人事件の犯人さがし”でもなければ
安っぽい “有閑マダムの不倫話”でも ありません。

“普通”という日常の中にいるからこそ
悲痛として聞ける悲鳴が あるのかもしれません。

ジャンヌ・モローのラストの悲痛な叫びを
聞いてください!!

(以下、ヤフーレビューの転記:ネタバレです)

社長夫人のアンヌは、息子のピアノ教室で、女の悲鳴を聞いた。
階下のカフェで、殺人事件が起こっていたのだ。

女の遺体にすがっていた男が逮捕される。
アンヌは、なぜか、この事件が気にかかる。
この男女に何があったのか?
なぜ、彼女は死んだのか?
なぜ、彼女は叫んだのか………?
カフェに居合わせた男から、アンヌは、真相を聞こうとし
その後、何度も、カフェで逢う様になった……。

これは、殺人事件の解明モノではなく
邦題『雨のしのび逢い』のとおり、
いかにもな不倫モノだが、なんだ不倫モノか、と侮ってはいけない。
そこには、秘めた想いをくすぶらせた女が、“生きて”いるのだ。

原題は『MODERATO CANTABILE』(←息子のピアノつながり)
意味は“普通の速さで歌うように”

そこには、社長夫人が
なぜ、夫の会社の元社員である男に逢いたいのか、の意味が含まれている。
それは、所詮、有閑マダムの気まぐれ、と言えばそれまでだが
生活に困らない程度の“MODERATO”で
無難な毎日だけが幸せではなかったのだという、ある種、“女の目覚め”でもある。

だから、知りたいのだ。
情事の果てに死んでいった女のことを。
“MODERATO”なんかでなくて、“APPASSIONATO”に……。

やがて、アンヌには、事件の真相はどうでもよくなってくる。
彼らの恋の想像は、自分たちの現実に重なってきた。
「作り話でもいいから、話して」
真相に、行き詰まりたくない。
あの二人がどうだったかより、今は、自分たちを続けたい。

しかし、アンヌと男の行く末は、続きようがないのは
ジャン=ポール・ベルモンドならではの“苦虫”が
すでに物語っている。
アンヌには、彼は命でも
男は、俺はただの情夫だろッと冷めている。
たった7日の逢瀬のあと、彼が、この街を去るのは運命ともいえる。
でも、アンヌは別れたくない。
彼は、言う。

「君は、死んだらいいじゃないか」

ヒドいね……
女は、自分なしではいられないことを知った上で、言っている。
そのあとのアンヌの答えは……絶叫だった。
!!!!!(←相当、スゴイ…)
殺された女よりも、もっと凄いアンヌの絶叫が、画面を切り裂く!
この叫びを、捨てられ女のヒステリーと、せせら笑ってはいけない。

しばしば、女は(私・含む)、男に絶叫しているのだ。(聞こえなくても)
暴言へのうすっぺらい怒りなどではない。
言い尽くせない思いのたけを
奥ゆかしさとして、秘めていたものを
道徳として、耐えていたものを……
あなたなしでは生きていけない、という純愛も
女の想いに応えようとしない、男へのじれったさも
もちろん、捨てられたことへの絶望も……
それらは、強すぎる愛ゆえに、憎しみにも色を染めながら
女は、心の叫びをあげているのだ!

……なのに、彼には(男たち含む)届かないんだナ……
涙にまみれた女の叫びは
そのまま虚しく、涙に流されていくだけなのだ……
も~、イヤになっちゃうね…>>
だから、アンヌも、こうつぶやくしかなかった。
「もう、死んでるわ」

(私も絶叫したいけど、ケンシロウみたいに
「お前はもう死んでいる」と言われるのがオチね…。)

そして、この作品のスゴイところは、その後
何事もなかったように“MODERATO”に終わっていくところだ。
多分、明日もあさっても、生ける屍のアンヌの日々さえ
虚ろな“CANTABILE”に、過ぎていくのだろう……

そこには“何事もない日常という非情さ”があり
アンヌの絶叫が、強烈に印象付けていた。

作品は、感情移入できないと
“モデラート”に通り過ぎるだけかもしれない。
でも、ジャンヌ・モローのあんな悲痛な叫びは
忘れられないと思う......



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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『アド・アストラ』★星の彼方より隣にある愛こそ!(^^)/



177647_1.jpg


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/177647/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。

・ロイ; ブラッド・ピット☆
・ロイの父: トミー・リー・ジョーンズ☆


静かな映画―と聞いていましたが
ブラピの出演に心さわぎ、鑑賞☆

16年前、地球外生命体を探索するため
宇宙の彼方で、行方不明になった
宇宙飛行士(父)を捜しに行くロイですが
父を無事に、生還させられるのか!?
が、メインのSFミッション話ではなかったです。

内面の要素つよい、心の旅であり
“仕事熱心“なお父さんには、ありがちな…….

▼~▼内容にふれて雑談です。
▼▼▼

父の船が、彼方から“サージ”を起こしているらしく
その影響で、困っていました。
とにかく、まず、行って、“サージを止める“ようにするー

息子:ロイが、月~火星~経由で、海王星に向かいますが
劇中、月までは、飛行機旅行のようで、簡単♪

しかし、月には、国境がないので
資源をめぐる“紛争“があり、治安が悪い……(汗)
ロイは、賊に襲われながらも、火星行きの船に乗った。
(月も宇宙も、先に行ったもん勝ちなんですね…)

父の友人の言うことがいい。
探索の遠い旅は、“エスケープ“の可能性も含むという。
“遠出“を知らないと、ピンと来ないですが
通常ではいられない、心モチになりうるのは
ロイが、度々受ける、心理テストの存在が、暗示する。

ロイは、いつも冷静で、妻が家出しても取り乱すことなく
宇宙への対応力は、高く期待されていた。

ロイは、仕事熱心で(イイことですが)
それ以外の、個人生活は、誰かとワチャワチャするのは
いやなタイプのよう……
(私こと、忙しいときは、誰かといる煩わしさより
孤独でいる淋しさのほうがイイ…なんて感じたり…)

父を“発見“する旅の途中
救援信号を送った船に行ったところ、ロイは
実験用の猿が、怒り狂っているのに、遭遇した。

“怒り“を露わに、襲い掛かった猿を見たロイは
恐怖と驚愕とは別の“感情”が動いたことを、感じた。
↑ココは、キモ☆かも。

冷静なロイは、感情をコントロールできるーというより
抑圧・凍結してきたみたい……
それは、父が行方不明になってから……
業務上は、“名誉”の行方不明ということで、受容していても
家族を残したままいなくなったー   (しかも、仕事熱心<家庭的でない?)
その不満は、父を愛すればこその怒り。

父は、“生命体“の発見に、固執していた。
いないかもしれないモノを、遠くに、見つけようとして
近くにいる家族の存在は、眼中になかったらしい。
(仕事熱心の方には、ありがちな?……汗)

▽ネタにすすみます↓

父の元にたどり着くまでに、長い時間
ロイも、1人で、船を進めながら
“独り“でいることの、底知れぬ寂しさを、知ったようー

“独り”でいることが、自分の望む“解放感”以上に
“絶望感”として、痛感したとき
地球では、何気なく、自分の隣を温めてくれた人々の存在が
とてつもなく、いとおしく懐かしく、感じられたかも…….

ロイが、父を見つけ、一緒に帰ろうと言いますが
父は、いまさら、帰るところがないと言う……
(仕事ひとすじのお父さんも、ソノ家あるかも…汗)

父は、ロイの手を振り払うと
まだずっと、“生命体“を捜し続けると
宇宙の果てに、落ちていった――
いや
時間も距離も果てしない、宇宙の“永遠”にー
と行うべきか………
父を見送ってしまったロイの胸中は、いかばかりか…….

その後、命からがら、地球へ生還したロイ。
彼が、帰ってきたのは、“地球“だけではなかったらしい。

冷静―だったロイは
温厚な表情で、語っていた。
“独り“を、クールにキメるのではなく
愛を分かち合うべき人と、生きることについて。
↑このブラプの表情は、素晴らしい!
(妻の姿が見えるのも嬉しい☆)


▼▼▼

端的には、いるかいないかわからない“生命体“を捜すよりも
身近に存在する人と、愛を確かめ合うように生きるほうが
ずっと、手ごたえありかと☆(^_-)-☆



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テーマ : 洋画
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映画『アイネクライネナハトムジーク』★運命の出逢いのボディブローが効く!(^^)/


175529_1.jpg


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/175529/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。

・原作: 伊坂幸太郎☆
・佐藤: 三浦春馬☆
・紗季: 多部未華子☆


“出逢い“を待つ青年が、運命の女と出逢ったー
という話では、なくはないけれど
のみならず
色々な人との“出逢いの糸“が、
面白いように、からみあってくれて
繰り返しのエピソードにも、運命とニヤリを感じつつ
普通にありそうな光景が、続いているだけ?なのに
かえって、ソレが、スッと、自然に心に入ってきて
温かい感動で、涙ぐみそうにもなった……

ナイスだったのは、“ボクシングの試合”!
ボクサー:小野が、折ってみせた“枝“も含め
随所に、エールのボディブローを効かせてくれた!

▼~▼内容にふれて雑談です。
▼▼▼

“出逢い“については――

学生時代、数人で、野球を見に行ったときのこと。
友人(♀)が、多くの観客を見て、言ったことがあった。
「ここにいる人たちも、それぞれ、パートナーがいるんだとしたら
私には、どうやって、相手が見つかるんだろう…」
確かに……

出逢ってはいるのだ、と思うのですが
若いときは、“次”とか“いつか”に、
漠然と、過大な期待もしつつ
みすみす、大きな魚を逃してたりしてソ……

佐藤は、アクシデント的に、することになってしまった
“街頭アンケート”をきっかけに、紗季と出逢った。
(そのときはそれきりで、後日、偶然、再会する)

その日は、ボクシングの試合で
小野選手が、チャンピオンになった劇的な試合だった。
小野の勝利は、多くの人の励みになり
“告白“の後押しにした人も、いたくらい……
(↑このエピソードも、サプライズだったり!(^^)/)

他人の勝利で、“告白“を決めるなんて、他力本願だ!
―という批判もありつつ(汗)
それもまた、1つの“運命“と、受け入れるのも、アリですが
負けたらどうしましょう。
しかも、ずっと、負け続けてたら??
頼りにしていた人たちは、くじけたままに??
いやいや、自分で、勝負しないと!
(枝をバキッと折って!)

佐藤は、偶然の再会を生かし、紗季とつきあった。
そして、(同棲をふくめ)10年の時が流れたー
(↑長いね……)

~中略~   ←それやこれや飽きない

佐藤の親友の娘が、高校生になり
そこでまた、新たな甘酸っぱい“出逢い”を、見せてくれる。

そして、10年前、1度、チャンピオンになった
ボクサー:小野が、人々の“期待“を受け
再び、リングに上がるときが来た。

ところで
佐藤は、10年経ったしーということで
紗季にプロポーズしたが
紗季は、疑問を感じながら、家を出てしまった。
「10年経ったら、結婚するもの?」
「私たち、なんで一緒にいるんだっけ?」

10年前、佐藤の上司は
“運命的な出逢い”をした奥さんに家出され、離婚していた。
(小さい不満が積み重なった爆発らしい)

佐藤の親友の言うことがイイ☆
どう出逢ったか、でなくて
出逢ったのがその人でよかったか、と思えるかが大切だと――
↑コレは、しみじみ、思えば思うほど、深いデス……

なんでこんな人と!と、思ったとしても(汗)
大切でカワイイ子供の存在を思えば
“この人”と出逢ったから、授かった命なのだし……
小さい不満が、山盛りになる前に
プスプスッとガス抜きして、“幸せ”を吹き飛ばさないようにしたいです。(^^)/

私としては、10年経ったからーという惰性でなく(汗)
何年経っても、“愛しているから“とか
“ずっと一緒にいたいから”という理由でもって
プロポーズをお願いしたいデス!(^^)/

佐藤が、紗季の乗ったバスを、追いかけ回すのがイイ☆
そうそう!
一緒にいたい!離れていたくない!
その想いが、伝わってきましたゾ!(^^)/

▼▼▼

ものすごくドラマチックというわけではありませんが
すごく、温かく、前向きな気持ちが残りました☆

(がんばれ!)(がんばる!)
この手話のシーンの繰り返しも!
枝を、バキッと折るところも!

そして、その“枝“を拾ってくれる”出逢い”にもまた――(^^)/



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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『アドレナリン』★私のアドレナリンは出ませんでした

146023_1.jpg

作品について http://cinema.pia.co.jp/title/18337/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。

体内でアドレナリンが噴出していないと死んでしまう
という薬物を打たれた男の奮闘ぶりを
ジェイソン・ステイサムが演じます。

ジェイソン・ステイサムは、
緊迫感を見せ場とする作品では、絶対、観たい!俳優さんです。

この作品は、アドレナリン出しまくり☆という設定にはとても期待していましたので
それなりに緊迫感を魅せてくれるのですが
ちょっと、イタダケナイ場面が……

今でいうと、『テッド』なら許せても (この頃はテッドを基準としてマス。)
大の大人が公衆の面前
しかも、幼稚園バスの前では許されないのではないか……(>_<)
と思った記憶があります。

というか、今では、その場面しかよく覚えていないのが哀しい……orz


(以下ヤフーレビューの転記です。ネタバレ表示)

危機に立ち向かおうとする時に出て来るホルモン・アドレナリン

“体内のアドレナリンを出し続けなければ、即死亡”
そんな毒を打ち込まれた男のストーリーを、
ハートは熱いが、クールにキメテいる「トランスポーター」のジェイソンとは、
一味違ったアクションムービーで期待していました。

オープニングの朝の目覚め。
彼の目で見た視界から始まり、グラグラするめまい感を体感する。
視野のブレは、こっちにも気持ち悪さが伝わって、いいぞいいぞ…。
トーンダウンしそうになったら、ハメラレタ事に気付いて、
キレタゾ!!怒れ~!アドレナリン放出~!!!

でもね……それからがね………
いくら、興奮していないとダメだからって、病院で暴れていいってことないでしょ。
点滴棒を倒したり、救急カートを襲ってエピネフリンを奪ったり。
(あの救急カートも、すぐにエピネフリン=アドレナリン取り出せなくて、
イザと言う時、慌てそう…….)
病院には、死にそうに弱っている人がいるのだから、
弱者へのいたわりのないシーンは、冗談になりません。

そして、
病院で着替えた病衣の下から、ジェイソンの生尻が、
見え隠れしたときに、嫌な予感がしたのです。
興奮していないとダメ、という設定。R15の縛り。
ああ、アレが絶対くるなあ、と…………………
………………………来た……………
しかも、公衆の面前で……。面前ですよ!?
おバカ過ぎないか!?
アドレナリンどころじゃなくない?
本人よりも、見ている人のほうが、興奮するかもだけど、
私、完全に引いた…………….撤退…………………………没………
(しかも、彼女の名前が ☆イヴって言うのよ!私と同じ名前。
☆は付かないかもしれないけど…)

解毒剤の無い、彼の行く末はどうなるの?
せめて、終わりには期待しようと思いましたら、
上空から、落下……………。
落ちながら、感傷的に、遺言するように彼女イヴに留守電して、
墜落。昇天。………………………合掌か?

アドレナリンを出し続ける、という
アクションムービーには、持って来いの良い素材を
アクションというより、パニクったハチャメチャな男を
見せられた気持ちになってしまったのが、残念でした。
音楽は、ガンガンに熱かっただけに
惜しかったな……………………


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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『愛すれど哀しく』★絶望的だけど哀しみの涙にもきっと決意が

img_1303021_40679351_0.jpg



作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/13298/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。


原作は、シャルル=ルイ・フィリップの『ビュビュ・ド・モンパルナス』
映画は、舞台を、フランスからイタリア・ミラノ(20世紀初頭)に移しています。

内容は、↑のあらすじ通りなので、雑感を述べます。

美少女ベルタが、自分にぞっこんなのをいいことに、
パン職人のブブは、仕事をやめて
ベルタに娼婦になって、自分を養うことを強要します。
「俺は、カネは欲しいが、働きたくない」


もう、序盤から、重石を頭に乗せられたような気持ちに……orz

大抵の方は、こんなダメ男と縁を切ったらいいじゃないか、と思うと思います。
でも、ベルタは、ブブが好きで
嫌われたくない一心で、“仕事“をするのです……orz

私も、こういうふざけたヤロウは、ダメなんです(>_<)
……が、ベルタの気持ちも、わかる……

この男といても、自分がダメになってしまうことは、理屈ではわかるのだけど
彼を好きでいたいし、彼に愛されていたい……などと、思ってしまう……
それは愛でなくて、彼には、金づるでしかないのに
彼の愛を失いたくない気持ちで、ズルズル行ってしまう……

ベルタは悪くないのですが、このような女性のいることが
ダメ男を、のさばらせてしまうのかも……と、嘆きつつ
さらに……

ベルタが、性病を病んでしまったときのこと。
ブブも、病気が移ったかも云々というときに
ブブの母親が
「私の息子になんてことしてくれたんだ」と、ベルタを責めるのですが……

ちょっと待てでしょ?
ブブの母親は、ダメ息子に、働け!というべきであって
養ってるベルタには、むしろ感謝すべきでしょう???

こーゆー母親が、息子への甘やかしを
愛と勘違いしてきたのかもなー&
ベルタのような小娘ちゃんが、愛を勘違いして
ダメ男のダメダメを図らずも助長させるのかもなー
…………ということは、ダメ男は、
結局、女たちが作ってる側面も!???(>_<)

ベルタの姉も娼婦で、ヒモがいて
ほかにも、そんなようなのがゴロゴロいて、めげそうなのですが
田舎から出てきた好青年ピエロと、ベルタが出逢います☆

ひどい境遇のベルタを、気が重くなりながら観ていられたのは
映像が、美しいこともありますが^^;
きっと、救いの道があってほしいからで、それを観たくて観ていたわけです。

ベルタに恋したピエロは、貧乏ですが
自分の元で暮らすように言ってくれます。

ブブは、窃盗罪で捕まったことだし、この際、ブブとはきっぱり別れて
二人で、再出発してほしい!そう願うばかりなのですが………

けれど、恐ろしいことに、この原題が『ブブ』であることに気づくのです……
ベルタとピエロのハッピーなエンディングで、
終わるはずがないと言っているようなもの……(―_―)!!

案の定、ベルタとピエロの元へ、出所したブブがやってきて
ピエロを脅しながら、ベルタを奪っていきました。
しかも、ピエロをベルタの客扱いして、カネまでふんだくってです!
……絶句するしかありません……


この作品は、どうも自然主義的で、人生の美化を否定しているようで
それのどこが名作なんだ、と思われそうですが
この絶望的な出来事のあと
ピエロが、失意で街を歩くシーンが、絶品なのです!!!!

『愛すれど哀しく』という邦題が、素晴らしいと思うのですが
ピエロが誠意を持ってベルタを愛していたとしても
ベルタとブブの腐れ縁を断てるほど
ピエロは、お金も力もありません。ただ、無力なばかり……

どんなに愛していても、どうすることもできない。
ただ、哀しみを嘆くことしかできないピエロ……

……………….けれど!

所詮、この世に美化された希望なんてないのだ
ということには、私は、したくありません。

うがった観方かもしれませんが
ピエロが、悔しくて悲しくて流した涙は
ただ、哀しい感情だけの涙とは、思いたくないのです。
そっちがダメ男なら
こっちは、イイ男になってよ!と、ピエロに願いたいのです。

ピエロだって、このまま、泣いて終わりたくないと思う。
ベルタとともに、幸せをつかみとりたいよね!

ベルタを愛して守りたい!と心底思うなら、その哀しみの涙にも
きっと、決意もあるのだと信じることで
ささやかな希望を、私は、感じたい………..


ベルタを演じたオッタビア・ピッコロが、とても愛らしい☆
肌もキレイ☆



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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『愛を読むひと』★本を読んでくれるのは、あの頃の“坊や”…




作品について http://cinema.pia.co.jp/title/25157/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。
(原作と異なるエピソードを入れたようです)

以下、ヤフーレビューの転記です。(ネタバレ表示)


ひょんなことから、15歳のマイケルは、
21歳も年上の彼女のもとに通い始め、
本を読み聞かせることになった。
ある日、突然、姿を消した彼女の姿を再び見たのは、
法学生になった彼が、見学した裁判の被告人としてだった…。

とても難しい作品でしたが、私なりに思うことを述べさせてください。

1)ハンナのこと

経済的理由で進学を断念せざるを得なかったある女性は、
学歴の代わりに教養を身につけようと、働きながら、
幾つも、習い事をしたという。

読み書きのできないハンナも、それを隠しながらも、
その代わりとなるべく車掌の仕事を、
強い責任感で、つとめてきたのだと思う。
しかし、それが裏目に出て、読み書きの必要な仕事に
昇進してしまうという不運。
さらに、ユダヤ人収容所での仕事も、責任を果たそうとするほど、
非人道的であったことが、彼女を追い詰める。

作品は、文盲を知られまいとするような彼女を、
プライドや、硬い態度として、見せてくる。
当たり前に何かを持っている人には、
それを持ちたくても持てなかった人の気持ちを、
完全に共有することは、むずかしいと思う。

彼女は、“それ”を知られまいとして、恐らく、人との接触は
出来るだけ避けて、自分を守るように、閉じこめるように、
孤独に生きてきたのだと思う。
ハンナの、何かを拒絶するような、はねのける様な強さを
ケイトは好演していた。

そんなとき、ハンナは、15歳のマイケルと出逢った。

2)年の差

この作品では、彼が21歳も年下、ということに
意味がありそうに思う。

母子ほど年下の彼は、まだ世の中を知らない子供でもあり、
大人になり始めている、微妙な年頃。
かたくなに生きてきた彼女だって、独りがいいわけではない。
自分に近づいてきた彼が、若かったからこそ
身を任せ、「本を読んで」と、言えたと思う。
彼が、本のページを開くたびに
完全武装だった彼女の心も、開かれていったのだと思う。

そして、歳月が流れ、彼も大人になった。
しかし、年の差は縮まるものではない。
彼女が、“秘密”を守ることを選んだのならば、
はるか年下の彼は、それを受け入れざるを得なかったと思う。

では、彼が彼女より年上であったら、どうだろう。
(年上であれば、この関係はなかったかもしれないけれど…)
彼女の選択に対し、彼女を“庇護”する立場で、強く
なんらかの行動を試みたのではないか、と思えてくる。
彼女だって、本当は、そんな選択をしたくはなかっただろう。

母子ほど違う年の差が、
彼の彼女に対する立場と行動を決めた、としたら
とても、興味深く思った。
私たちも、日常、無意識にしていることかもしれないから。
年の差は、変えられない。
年上の人は、いつまでも、見上げる存在だ。

けれども、彼も、
いつまでも、少年ではない。
彼女の尊厳を守りながら、彼女の置かれている状況に、
何がしか、アプローチしたいと思うのが人情だ。
彼は、再び、本を読むことにした。
彼女のために、あの頃の“坊や”が、したように…。
いや、あの頃の“坊や”に戻るために、
彼は、本を読んだのか…。

それは、裁判から10年経って、彼が出した結論。
結果的に、彼女は、字を学べ、
彼と朗読でつながっている、それだけでも救われたかもしれない。
しかし、それ以上に、大切なのは、
何年たとうと、彼女にとって、朗読してくれる人は、いつまでも
あの頃の“坊や”なのだ、ということかもしれない。
それは、彼女にとっても、彼にとっても
1番、幸せな時であったと思うから…。
レイフの朗読には、過ぎ去った時間の長さが
深みに感じられた。

~~~

出所を前にしたハンナの結末は、思うところ多いと思う。
朗読の関係は、昔のままであっても
出所後は、もう昔の二人にはなり得ない。
彼は、もう、あの頃の“坊や”ではないから。
年の差は、そのままであっても…。

「過去を語っても、死者は生き返らない」とハンナは言った。
それは、償い切れない罪の重さ、ということであり、
時間は、もとに戻せないということでもある。

しかし、マイケルは娘に言う。
「ハンナのことを語ろう」と。
過去を語ること、死者について語ることは
決して、無意味なことではない。
ユダヤ人生存者の言葉も、忘れてはならないことだ。

年上の女性と、年下の少年との出逢いは、
アバンチュールではなかった。
人間を完全にするものが愛ならば、
彼女の心に芽生え、彼から与えられた愛は
彼女を、少しでも、高みへと導いたと信じたい。

彼が、ハンナの年齢に達したとき
それは、彼にとって、ひとつの節目となるだろう。
そして、彼女への新たな想いが、きっと、
去来するのかもしれない…。


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テーマ : 洋画
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映画『愛されるためにここにいる』★愛し合うために...

146186_3.jpg

作品について  http://cinema.pia.co.jp/title/16636/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。


以下ヤフーレビューの転記です。(ネタバレ)


今は、独身生活の、初老の裁判執行官ジャン=クロードと、
結婚を控えた女性フランソワーズ。
二人は、タンゴ教室で、ちょっとした知り合いとして出逢った。

確かにフランソワーズは、結婚前の、心が揺れていた女性かもしれないが、
婚約者の男性が、仕事大事とはいえ、彼女が誘ったタンゴ教室に、
興味がなさ過ぎで、彼女の心にすき間が出来てしまうのも、うなづける。
積極的に、アプローチしてくる男性には危険を感じても

ちょっとした知り合いのジャンには、友人として接することができる

と言う気持ちもあったかもしれない。
帰りにジャンの車で送ってもらったり、その車に忘れ物をして、取りに行ったり、
ステップの練習をしたり。
段々、距離が近くなる二人。

タンゴショーの帰り、ダンスの情熱の余韻のまま、二人が車に乗るシーンへ続く。
「この車、好きよ。気持ちいいわ。」
降車する間際に、ジャンに軽くないキスをしたフランソワーズ。
好きなのは車ではなく、ジャン、あなたなのよ…..と言っていると思ったのは、
私だけではないだろう。

ジャンも、彼女の気持ちに気付き、自分の彼女への気持ちにも気付いたのか、
彼女への香水を選び、他の女性と踊っても、彼女を見つめてしまう…
二人で踊る時、瞳を閉じて、微笑みながら、彼に抱きついていた彼女が、
どこか、後ろめたそうに見えたのは、
本当は、いけないことかもしれないけれど、
ジャンと踊っている時が1番幸せよ、と言っているようだったからだろうか?
そして、それは、ジャンにも伝わったかもしれないと思った。

しかし、彼女が婚約中だと知るや、裏切られたと思うジャン.。
「あなたを弄んだわけではないの。あなたとは、お友達でいられる。」
「僕は、友達でいたいとは思わない。もう、2度と逢いたくない。」
結婚予定の彼女とは、その先のないことはわかる。
彼女の気持ちがどうであれ、現実を見れば、そこで自分の気持ちに、
けりをつけざる得ないだろう。
ジャンは、お互いの本心を見ることをやめたのだと思った。

その後、彼と彼女の関係を近づけた、伏線以上のエピソードが
ジャンと父との関係だ。
この父子の描写は、ただ、彼と彼女の関係のお膳立てという簡単なものではない、
思うところあるシーンだった。

父は、老人ホームに、唯一面会に来てくれる肉親であるジャンに、悪たれをつく。
ジャンは、せっかく来てやっているのに、感謝もされない、と不満に思いつつ、
帰り際に、父の個室の窓辺に、視線を向ける。
年老いた父のわがままな行動や言動は、唯一、心許せる息子だからこその甘え、
ひいては愛情の表れなのだと思う。


大人になった息子には、他人行儀的な、礼儀や感謝を
親にも期待するかもしれないが、
親にとっては、子供はいくつになっても子供であり
所有物のような感覚がどこかにあって

それが、親近感だったりするのだと思う。
だから、ジャンのテニスの優勝カップを処分したとうそぶいた父親が、実は、
カップはもちろん、新聞の切抜きまでも、大切にしまっていたことが、
父の死後に、ジャンにわかるシーンには、胸が熱くなる。
言葉や態度の奥にある、人の心の奥深さを再確認させられるのだ。

では、友達でいられる、と言った彼女の本心は?
父の死後、それに気付いたジャンが、タンゴ教室で、彼女を見つめる眼差しは、
今までのそれとはまるで違い、彼女への想いを、まっすぐに向けていた。
その後の彼女の婚約事情については明確にされないが
それ以上を語るのは野暮だろう。
彼女のジャンへの眼差しも
もはや友人を見るそれではなかったことで、十分だと思った。

そして、二人は、タンゴを踊った。
音楽とリズムと、お互いの心に身をゆだねながら………
愛し、愛される男女のダンスである、本当のタンゴを…

お互いを、愛し合うために……


~~~ヤボな追記↓(^^♪


彼女の婚約の有無を問わずに、愛するのは、不適切なのでしょう。

しかし、私は、例えグレーゾーンでも
黒=想う人を失う、よりは、いいと想っています。
ただ、その人に想いが向いている、それだけでいいのです。

だから、希望的観測では、彼女は、きっと婚約解消したと想うことは、
安心材料ではありますが、絶対条件ではありません。
倫理を恐れずに言えば

たとえ結婚しても、彼女の気持ちは、自分にあることを
ジャンは、知ったからです。

作品中、彼女の婚約がどうなったのか、結婚したのかについて触れなかったのは、
むしろジャンの想いの強さについて言えば、効果的だと想っています。
彼女の結婚に左右されるほど
ジャンの想いは、実はゆるくは無かったのだ、ということを、
私には、印象づけてくれました。

そうしてみると、これはタンゴがふさわしいです。
ワルツなどでは、健全な上品さが、むしろ徒となってしまいそうです。
二人が1つなにって踊るタンゴは
手に入らない、陽の当たらない恋であっても、
ひたすら想い続ける情熱の強さを、ひとしお感じさせるのです。


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映画『愛さえあれば』★完熟レモンたちに問われる酸っぱくも“誠実な愛”

T0017094q.jpg


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/161702/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


監督:スサンネ・ビア
・イーダ (トリーヌ・ディルホム): 乳がん治療中の美容師
・フィリップ (ピアース・ブロスナン):イーダの娘ムコの父

(デンマーク語の)原題は『坊主頭の美容師』(Den skaldede fricØr)で
乳がん治療中の美容師:イーダを指します。
(相反するようですが、イーダのありのままの状況を、如実に表していますよ)

子供の結婚式に集まった、親たちの物語です。
結婚式という人生の転機は、本人だけでなく
そこで出逢った人たちにも、大きな転機になるようです。

そんな結婚式は、南イタリアはソレントの
ムコの父の別荘で、行われます。(レモン果樹園がある♪)

タイトル『愛さえあれば』(Love is all You Need)からすると、
ベタに甘アマな、軽いラブコメのようですが
スサンネ・ビア監督作品ですから
完熟(熟年?)レモンのほどよい酸っぱさで、愛を問われる期待度大です!


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


1.ありのままへの愛は?

がん治療で、髪は抜け、乳房も原型を失う….というイーダですが
「夫は、あるがままの自分を愛してくれている」と信じています。

私も、ソレに憧れます……
加齢や病気や事故で、どんな姿になったとしても
以前からの私を、内面で見てくれて
愛する気持ちを向けてくれることを実感できたら
どんなに、うれしいでしょう……………………

けれど、人の心は変わるし、目移りもする。
夫の心のスキ(隙間)を埋める、若い女性の肉体こそ
愛という美名がふさわしい?ことも、無きにしもあらず……orz

君はあるがままでいいんだよ――という言葉の信憑性は
案外、危い……orz と、私も、体験しているからわかる ^^;


2、夫への愛?について

夫の浮気現場を、自宅で目撃したイーダ!!

なのに、開き直る夫!
さらに、娘の結婚式にも、愛人をお持ち込み!

↑もう、絶対アウトだと思う……(―_―)!!
なのに、夫の長所を子供たちに説くイーダ……

それは、一見、
夫への愛?のようではあるけれど
未練か、取り繕いか、妻である自分の擁護だったのか……

たとえ、そんな気持ちであっても、それが夫婦愛???
と錯覚するのもアリなのか???

愛の実体を知るには、どうしたらよいのでしょうね……

もし、浮気現場を見つけなければ、イーダは
老後も、この夫の隣に座って、中庭を眺める生活を
幸せだ――と疑わなかったはずなのです。

年余(!)にわたった“浮気“の発覚は、
”愛”と信じていた感情の“再確認”を、イーダにさせたと思われます。


3.イーダの出逢い

娘の結婚式に出席するイーダが、ひとり、運転する車で
事故を起こし、その相手が、ムコの父だったという
コメディっぽい設定となります。
(ムコの父:フィリップは、男やもめ――というのも、出来スギ。)

そんなフィリップの別荘には、レモン果樹園があるのが、ステキ☆
「私、レモンが一番好き!」と、イーダでなくても、言いたくなりますよ。

ここで、フィリップが「レモンは果実(ベリー)か?」と聞くのですが
質問は、話題提供でもあり、その人の見解(内面)を、知るものでもあります。
ちょっと、慎重になりつつ答えるイーダ。

――答えは、違ってもいいんですね。
“距離”があっても、それを縮めようという気持ちがあれば、
それは愛かもしれない…
あるいは
“違い“を、そのまま、受け入れる気持ちがあれば、それも愛かもしれないから……

ともかく、レモンの樹は、さわやかな木漏れ日を、落としてくれるよう…


4.最後まで甘酸っぱい(ネタバレ御免・反転なし)


3ヶ月のスピード婚のカップルは、結局、破局。
式は中止されます。

しかし、“他人”になっても、フィリップは、イーダを追いかけて
ハッピーエンドか!と思いきや
イーダは、改心した夫を赦して、やり直すつもりだと言います。

エエッーー!と思ってしまう反面
スゴク好きな人なら、それもありかも….と、納得もできる――

愛さえあれば、ともに過ごせる?
そんな愛とは、なんなのでしょうね….

と思っていると、イーダは、(今でない)老後の時を、思ってみるのです。
将来も、この夫と、同じ中庭を眺めていられるのかと……

↑コレ、恐ろしいですよね……
当たり前に、明日は来ないのデス……
未来のあなたとはムリ…と思われたら、そこで、引導を渡されるのデス。
(ターミネーターみたいdeath(>_<))

かくして、イーダは、レモン果樹園のフィリップに、逢いに行く――


▼▼▼

出逢いがあり、別れがあり
隠し切れない嘘があり、あるがままがあり
開き直りがあって、本心がある――

もし、迷ったら
「愛さえあればOK。愛がなければムリ。」
と思うだけで、いいのかもしれない。


何せ、レモンイエローから始まって
レモンが、そこここ、効いている物語。


レモンの花言葉――誠実な愛――を信じてみましょう(^_-)-☆


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映画『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』★人捜しの答えは慈雨につつまれて…





作品について http://cinema.pia.co.jp/title/26244/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。


以下ヤフーレビューの転記です。


探偵となった元刑事のクラインは、
シタオの父から、シタオの捜索を依頼され、
ロスから、フィリピン、香港へと飛んだ…。

3大スターの競演というだけで、見に行きました^^;
一言でいえば、人捜しなのでしょうか。
もの凄い感動ではありませんが(失礼)、
思うところある作品でした。
以下に述べます。

① 映像☆                    

一見、何気なく無造作に見えるのに、
写真を撮るような構図で組まれたようなショットに
ハッとする。
斜に構えた車窓からの風景、バラまかれた写真…etc.
切り取られたような十字の形も、印象的だ。

② ラインの“同化”

殺人鬼の“苦痛と美”についてのノーガキはさておき、
その残虐性が、クラインと“同化”したという衝撃度はある。
さらに、クラインは、探偵の仕事の依頼人の妻にも、
“同化”を思わせることを述べている。
クラインが、誰かと、あるいは、誰でも“同化”しやすいキャラならば、
それは、無条件の“受容”でもあるのかもしれない。
そして、その“同化”を踏まえれば、
依頼人であるシタオの父と“同化”した彼が
シタオを見つけることに、意義がありそうだ。

③ ドンポの涙

冷酷な彼には、愛などないと思わせながら、
恋人には、執着というほどの愛を持っている。
(もし、単に、性的所有物にすぎなければ、アノあと、恋人も
殺したかもしれない)
愛も酷さも、人間の極端に深い感情であり、
相反しながらも、紙一重なのかもしれない。
彼の流した涙は、激しい感情を昇華させたようでもあり、
彼の罪を、洗い流す雨であったのかもしれない。

④ タオの痛みと救い

とても言いたいことなので、念のため…。(内容にふれ)

▼▼▼▼

彼は、他人の傷や痛みを癒しながら、身代りになる。
彼は、見返りを求めず、痛みを自らに刻み続ける。
しかし、人は、自分の痛みが癒えれば、それでいいのか?
見る限り、子供を助けてもらった母親なども、とりあえず、
シタオをそのままにしていく。
特別な人であるシタオに対して、何もできないからなのか?
金箔を撒いていったと思われる男は、
神は人の苦痛を背負うのが当然、と言うようなことまで言って、
シタオを見捨てる。
(彼は、人間なのに)

しかし、シタオは言った。
「あんたを赦す。愚かさゆえ…。」
それは、ドンポに向けた言葉だったが、
全てに向けられていたのではないか。

自分の痛みには敏感でも、他人の痛みには、
(為すすべがないとしても)
無関心あるいは無関係になってしまう、愚かな者すべてに…。

だから、クラインがシタオを見つけたとき、それは
「お父さん!」
と、父に救いを求めたシタオが、
救われたときであったのだと、強く思う。
(クラインが、シタオの父と同化する意義があるかと)

どんなに特別な人であっても、
どんなに気丈に見える人であっても、
神ではない人間には、癒し、救いの手を差し伸べてくれる人が、
絶対に、必要なのだと思う。
あの人は放っておいても大丈夫なんてことは、ない。
(でなければ、辛いですよ…)

シタオを見つけたことで、
父も、クラインも、自分たちの過去の償いの1つが
出来たのだとしたら、それも、また癒しなのだろう。

クラインは、シタオを見つけた、というよりも、
シタオに救いの手を差し伸べた、と感じられた結末は
良かったと思う。

▼▼▼▼

作品に降る雨が、いい。
雨は、ときに受難であり、慈雨でもある。
そして、汚れを落とし、洗い清める。
ドンポの涙も、また
ひとすじの雨のように…。

人捜しから始まった物語の答えが、
その人が見つかったかどうか、よりも
“救い”だった、というのが良かった。

3大スターの競演という話題性以上に、
見ごたえというか、噛みごたえのある作品だったと思う。


PS
あなたに降る雨も
めぐみの雨でありますように…☆


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映画『愛、アムール』★老夫婦二人の愛:ともに生き、ともにいく…

161061_3.jpg

作品について http://cinema.pia.co.jp/title/161061/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。

以下ヤフーレビューの転記です。

『男と女』のジャン=ルイ・トランティニャン
『ピアニスト』のハネケ監督ということで、楽しみにしていました☆

音楽家夫婦のジョルジュとアンヌ。

今日が、昨日の繰り返しに思えても
人は確実に老い、死に向かっていると思い知らされるときが来ます。
それが、妻にやってきて
夫が、在宅で世話をすることになります。
(在宅で介護すること自体、愛にあふれたものだと思っています)

▼▼以下、内容にふれています。

老夫が、動けなくなっていく、知性が失われていく妻を
介護する様子が、そこにあります。
が、ドキュメンタリーではないので、
現実よりは、生なましさは抑えられていて
夫の献身さが、鮮明に、残るようです。

介護は尊い行動で、心をこめて介護していても
身体的な負担以上に、精神的な疲労を伴うのも事実です。
精一杯のことをしていても、限界は感じ、どうにもならないと思うことは
“あきらめ”ではなく、“受け入れ”だと、感じています。

一方、直接、介護に関わっていない人、たとえば嫁にいった娘が
母を思うあまり、もっと良い方法があるのではないかと、
誠心誠意、介護する父に言うのは
残酷なことでもあります。
(自分でやってみろと言う父の気持ちよくわかります。)

妻が、「痛い、痛い…」と言い続けたとき
どこが痛いのかわからないけれど
夫は手をさすりながら、穏やかに、昔語りを始めました。
体のどこが痛いのか…いや、妻は、心が痛いのか……と思ったときに…

あっという間にとった夫の“行動”を
私は、固まって凝視し、胸が苦しくなりました……

少なくとも夫は、自分のためでなく、妻を想ってのことだとしても
そのときそれを、“愛”と呼ぶのは、安易で、偽善的な言い訳だったかもしれない。

私の心が動揺していると
夫は、迷い込んだ鳩を逃がしたという手紙を書きました。
それは、介護の果ての夫婦二人の解放を、暗示していたのか……?

やがて、元気な妻が、きょとんとした夫に「コートを着ないの?」と促し
二人は、家を出ていきましたが
衝撃のシーンからこのシーンまでの流れが、とてもイイ☆

まるで、演奏会にでも行くように、妻と夫は、仲良く家を出る――
このシーンがあるから、“あの出来事”は、愛なのだと確信できる。
夫の愛の言い訳などではなく、妻から夫へのさりげない優しさが
夫婦二人の相互の愛を、輝かせてくれました☆

娘が訪れたこの家には、寂しさはあるけれど
父と母の“愛の営み”の余韻を、
再び、確かに娘は感じたのだと思わせる、ラストシーン。

~老夫が老妻を介護した~というよりも
老夫婦は愛し愛され、ともに生き、ともに逝ったのだと……


▼▼


妻が弾く、シューベルトの即興曲の、包容力ある豊かなメロディも
作品を通して、愛の深さを奏でるようでした。

“愛“というシンプルなタイトルには
ハネケの愛を、試されている気持ちにもなりましたが^^;
終盤のすばらしい展開には、席を立てず
二人の愛の余韻に、浸りました☆


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テーマ : 洋画
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映画『愛に関する短いフィルム』★愛の正体





作品について http://cinema.pia.co.jp/title/10876/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。

以下ヤフーレビューの転記です。(ネタバレ表示なし)


青年は、向かいのアパートに住む年上の女の部屋をのぞいていた。
彼女を、“愛しているから”
彼は、望遠鏡を盗んでまで、のぞき、見つめ、
彼女をだまし、そして、自らを傷つけた……。

~・~・~・

見つめることは、
静かで熱く、エロティックで、残酷だ。

誰もが、見つめる者であり、見つめられる者でもあり、
自身の人生と重なるドラマを見るようで、釘付けになる。
見るに耐えられない時、青年は、顔を背けた。
(私たちも、そうだ。)

愛することは、痛い。

相手を慕えばこそ、心が痛む。
その耐え難い痛みを、体の痛みで紛らわせようと
青年は、自分を傷つけた。
(私も、そうだ。)

愛に向かって、一途に見つめている時には、愛が得られなくても
孤独を、忘れていられる瞬間がある。
求めぬ愛であれば、バランスを保ちながら、孤独と一線を画すことも、
できるかもしれない。
しかし、愛を求める気持ちが強くなるほど、やがて、
自分の中の無意識に閉じ込めていた孤独が、浮き彫りになってくる。
そして、愛と孤独が、対立しながら共存していくのを感じながら
やがて、知る。

愛を感じられる時間は、まるで、
アイスクリームが、口の中で溶けるまでの短さしかないことを。
そして、
絶えず続く、永い孤独に、さいなまれていくことを……

見る・見られるのバランスが崩れ、
年上の彼女が、ラストシーンで、“のぞき”見たもの―
それは…

キェシロフスキが「真のテーマは孤独だ」と囁いたとしたら
それは、”孤独からの開放”でもあり、
更なる、”孤独による呪縛”にもなるのかもしれないが
それを、言葉にするには、切なすぎる............

それは、たわいない事。
けれども、そんな小さな事が
人には、大きな愛になるのだ。

逆に言えば、こんなことでさえも、得るのがむずかしいほど
人は、孤独なのだ..............................

涙がこみ上げてきた。
そこから、こみ上げてくる熱いものを、感じながら思った。

人は、愛されたいと思う時、
本当は、何を求めているのだろう。
孤独や淋しさから逃れたいけれど
それだけではなくて......

そばにいてほしい
話を聞いてほしい
気にかけていてほしい
自分を見ていてほしい
そして、
ほんの一言がほしくて
ほんの小さな優しさが欲しくて
いや、
ほんのちょっとの、いたわりだけでいい…………

どんなに真っ暗な孤独にも、ひとすじの光が、
いつか照らしてくれると、信じてみよう...。
それが、幻であっても……

モラルに興味はない、と言ったキェシロフスキは、
とことん、のぞいて見せている。
人間の姿を通して、観る者自身の心までを……

そして
瞳を通った光景が、心というフィルターを通ったとき、
見つめる眼差しは温かく優しく、いとおしい情景になった。

愛に傷ついた人には、傷口にしみるかもしれないけれど
孤独の痛みを知る人にこそ、感じられるものがあると思う。
愛されたいと思いながら、愛に迷う人にも.......

恋の成就…?
そんな御伽ばなしを、この作品に求めてはいなかったけれど
かといって、結末は、”終わり”でもないと思う。
目の前にいる二人が、日々の自分自身でもあるとしたら
それを、”始まり”にもしたくなった……

私を、刺さるように見つめてほしいと思っていた人の視線が
いつしか、それていくのを感じた時、同時に感じたのは、
今まで、じりじり見つめられていたはずの心の皮膚が
剥がされていくような痛みだった。
それが、孤独の痛みなのだとしたら、
この作品を見ることは、自傷行為だったかもしれないが
だからこそ、私には、この作品を見る必要があった。

彼女と私の見たものは、”愛の正体”だったのか............?

ああ、やっぱり観てよかったと思った。

PS:………愛に関する、1つの節目として............


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映画『アーティスト』★サイレントだからこそ生きたラストの“♪”

157984_3.jpg

作品について http://cinema.pia.co.jp/title/157984/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。


以下ヤフーレビューの転記です。

1920年代のハリウッドを舞台にした
モノクロ・サイレントの“フランス”映画なのに
アカデミー作品賞受賞ということで
もし、フランス語のトーキーなら
外国語賞だったかもしれないところを、英語でなく、
あえてサイレントにして、作品賞レースに食い込んだのかな 
などと思いながら、挑戦的な この作品を楽しみにしていました☆


『大スター・ジョージと新人女優ペピーによる
栄光と挫折と再生』ということですが
セリフが無い分、1シーン1シーンすべてが
魅せる演出でできていると思うくらいに
作りこまれた巧みな演出づくしで、かつ、サクサクとテンポ良かったです。

階段のシーンは、さりげなく、二人がすれ違ったと思ったら
ペピーが見下ろして、ジョージが見上げ……やがて
遠景になって、二人のその後を暗示する………

落ちぶれて困窮したジョージを、陰ながら支援しようとする
ペピーの“無言”の善意にも、じ~んとさせられたし
“言葉を話せない”愛犬が、ジョージを助けようと必死なのも
可愛くて、健気……
(このワンちゃんの占めるウエイトは思っていたより重い!☆)

~~人生の機微や哀歓が詰まっている~~

と言っても、重すぎず、シャレているんですね。
軽いのではなくて、軽やか♪(←ちょっと 物足りなく思われるかも…)

味わい深いコーヒーを、カフェで気楽に楽しむ感じで
広く、軽やかに楽しめる、小粋なエンタメ作品かと♪

ちょっと、雑感です。

▼▼▼

つけボクロ付けたペピーも、魅力ですが
ジョージが転落したスターというところに、興味を感じていました。

人は、絶えず新しいものを求めます。
進歩することは、もちろん、良いことで
前へ前へ、進んで、出っ張って(3Dになって?^^;)
過去は、過ぎゆく時間の 
砂時計の砂に埋もれていく運命なのかもしれません…orz

けれど、古いもの(ジョージ含む)は、
決して、時代から忘れ去られるものでもないと思っています。
あるとき、時代からはずれてしまったとしても、
このモノクロ・サイレントが、“新しいモノ”として
再び、時代のスポットライトを浴びたように、
“ジョージのようなモノ”たちも、いつかまた、軽やかにステップを踏んで
再生の日の目を見られるんじゃないか
との希望を感じられることが、嬉しいと思います。

逆に、誰もが、ジョージのように一世を風靡できるわけでもなく
地味に、それでも、なんとか生きているのだとしたら
人生そのものが、シックなモノクロなのかもしれないな~とも思ったり……

ところで、ジョージを初めて見たとき
あ、見たことある人だ!と思いませんでしたか?(笑)
(私は 『グランドホテル』のジョン・バリモアにそっくりだと思いました。)
往年のスターの雰囲気を、かもし出していて、昔の人かと思ってしまいました^^;

(見ているうちに、古い映画を思い出される方もおいでかと。
タップダンスは、
ジーン・ケリーのアクロバティックなすごいダンスを観たくなった!)


▼▼▼


モノクロ作品は、近年では(2006年)『グッドナイト&グッドラック 』が
アカデミー作品賞ノミネートされるなどして、
珍しくないと言えば珍しくないかもしれませんが
サイレントは、勇気ある“演出”だったと思います。

サイレントな分、BGMが良かったです。情緒を かき立てられました。
アカデミー作曲賞という事ですが、
作品賞受賞の大半を、BGMが支えていたようにも感じます。
(一部、パクリかオマージュかという話もあったようですが、
効果的ではあったかと……)

“サイレント効果”は、
声無き想いを語る、と言う、今までどおりのことだけでなく
ジョージと音(声)の関係を 強く印象づけました。

そして、意外に思えたラストシーンが良かった!☆(ネタバレか!?)

それは、冒頭シーンの (しゃべるもんか!)に呼応したようで
声無きスターであるジョージが、
心から “音”(声)を受け入れた瞬間のようでした。

そして、はずんだ息が、スゴクいい!!!
ジョージの“再生”の息吹のよう!
 
長いサイレントシーンがあればこそ、
ラストシーンで “音”が生きる……ニクイ演出です。
(監督が、“アーティスト”か……?^^;)


………ラストのタップダンスは、もう1テイク 観たかった(笑)☆



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テーマ : 洋画
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映画『いつか読書する日』★“その先”を望む以上の……



作品について http://cinema.pia.co.jp/title/13092/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。


以下ヤフーレビューの転記です。(ネタバレでもない)


高梨と美奈子は、若いころ、惹かれあっていたが
お互いの親の事件から、関係を封印していた。
死期が迫った高梨の妻は、牛乳配達の美奈子に、自分の死後、
夫と一緒になってほしいと言った……。

顔を合わせる場所にいながら、想いを無表情に封じ込めている男女。
それを知っている、男の妻。

妻の遺言ともいえる申し出は、夫を愛するがゆえの寛大さとも思うが

私が美奈子なら…と思ってみた。

自分が死んだら夫と一緒になれ、とは、寛大なようで、
残酷にも聞こえた。
私(たち)が、心の奥底で、どれだけ惹かれあっているか
どれだけの想いを押し込めてきたか、
妻は知っているからこそ、言っているのだ。
自分が死んだら……とは、裏を返せば、
生きているうちは許されないことだ、と
今更されなくてもいい制御を、感じてしまったのだ。
妻も妻なりに、空虚な愛を夫に感じてきた寂しさは、
あったのだろうとは思う。
けれど、不謹慎かもしれないが、心のなかで、
黙って誰かを愛することは、
人の生き死にとは、別のところにあると思うし、
誰かの許可とも、無縁のところにあると思う。

妻が亡くなったからといって、許可を得たとか、合法的だとか
二人の関係は、そんなものではないことは、わかりきっていた。

“そのとき”の二人は、
封じ込めていたものの重さが、
長すぎた時間の重さに重なり、
お互いの皮膚と体温に包まれた、
お互いの存在という、からだの重さを、
確認しあったのだと思う。
ただ、愛の重さとして……。

ほんのひととき。
かりそめの恋のように………。

そして、
美奈子の恋は終わった、と綴られる。
「(このあとは)本でも読むわ。」

夜の寂しさに気づかぬように、
クタクタになるまで働いた美奈子の夜は、
本ですき間を埋められるらしい……。

まだまだ未来がある年頃なら、その先に、
いくらでも、夢や希望を抱きたくなるのだろう。
恋愛にも、飽くことなく、貪欲にもなるかもしれない。
けれど、閉じ込めた想いを長年引きずって、崖っぷちに来て、
落ちる寸前で、たった1度でも、成就した恋には、
“その先”を望む以上のものがある。
自分の人生のすべてを、その“たった1度”に、
注いでいるから………。

だから、“その先”は、
本を友とする、余生でもいい……。
彼も、満足の笑みを、浮かべていたではないか………………。

物語の舞台は、坂の街。
上り坂もあれば、下り坂もある。
平凡に生きようとしても、
誰にも、坂があるようだ。

私は、今、坂のどのあたりにいるのだろう……。
心乱れて、夜の読書は、
まだ、できないみたいだ………。



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テーマ : 邦画
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映画『アントキノイノチ』★あなたと生きたい!という気持ちを…

156306_1.jpg

作品について http://cinema.pia.co.jp/title/156306/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。


以下ヤフーレビューの転記です。
(結末の核心は避けたつもりです…)

「遺品整理業」を通して出逢った、杏平とゆき。
“死”を背負った2人という設定だが、
誰しもが、何らかの“死”を背負って生きていると思うので
興味もあり、思うところもあった。

「遺品整理」で、思い出されたのは。
津波被災地の、がれき撤去作業員の方の話だった。
車両で作業中、がれきの中に、写真やアルバムを見つけるたびに、
車両を降りて、1つ1つ、拾い集めていたとのこと。
生き残った人には、流されなかった思い出であり
亡くなられた方には、遺品であり、生きた証なんだと―――
そう思うと、がれきとして、一気に片づけることは、とてもできなかったと。

「遺品整理」も、単に、処分=棄てる、ということではなく
慈しみをもって、その人の生き様に触れて、“整理”していることが
まず、故人の茶碗や箸を手にした、ゆきの姿勢に、くみとれる。

そして、入職したばかりの杏平が、“壊れていった”と言う過去を
現在の仕事ぶりに、はさみながら、見せていく。そして
「関係ないじゃないだろう!」
“人との関係=つながり”を、求めていることが、強調される。

↑これだけでも、いいテーマで惹かれるが、さらに
「ちゃんと生きたい!」という、ゆきに
“生=命のつながり”ということを、からめていったのが、良かったと思う。

言い換えれば、「みな、あの時の命なんだ」と言う、杏平の言葉だけに
作品を委ねなかったのが、いい。(それだけでは簡単だから…)

過去を映像化した杏平とは対照的に、
ゆきは、過去を言葉だけで語るのだが
現実問題として、ゆきの過去は、壮絶すぎる……
映像化していたら、立ち直りが困難になってしまっていたと思う。
榮倉さん=ゆきの表情の重さで、十分だった……。

だから
「アントキノイノチ」~~これが、アノ“写真”に、添えられた言葉であることと
アノ表情の変化に、意味があると感じられた。
(がれきの中でも、写真には、特別な感情を抱くように……)

ゆきが、遺品整理の作業中に、写真を撮るのも、
伏線としてだけでなく、感じるものがあった。
生きている間、私たちが、目にしたり、経験したりした、1つ1つの事柄も
心に残された写真なのかもしれない……と。

そして、命がつながる~~とは、
失われた命というだけでなく、
出逢った人の“生の力”の伝わりもあるのかも……と思えた。↓

「元気ですかァーッ!!」
猪木さんつながりの、この展開・この叫びは、ユルそうだが(笑)
思わず微笑んじゃうのが、いい。

ずっと、暗闇に閉じ込められていた、ゆきの表情が
この時には、まばゆい笑顔になっているのがいいのだ。(榮倉さんの笑顔☆)

暗闇にいる自分が、光あるところに救い出されるには、最初は辛くても、
自分から、他の誰かに、笑顔(明るさ)を向けること――
そこから、救い(=生きること)が始まるのかもしれないな……と
個人的に、痛感することがあったから
この、ゆきの笑顔は、ゆきの救いの始まりに思えて、嬉しかった☆

……けれど
「遺品整理業」という設定を、ムリに生かしてしまった結末が、待っていた……
(やるナー、と思いながら、なんでそうなるかなーと思ったのも、事実…orz)

それでも、小さな希望を感じるのは
「アントキノイノチ」が、これからも続いていく……との伏線や
消えることのない“心の写真”が、きっと、あると思えるからか…………。

皆、色々と、あると思う。
私も、人を殺そうとしたことはないけれど
投身自殺した人の死を、責められたときは
生きている自分が申し訳なかった………。

忘れたくても忘れられないこと
恥ずかしいこと、隠したいことを、抱えながら生きている部分もあったり^^;
神も仏も、天国も地獄も、信じられないこともあると思う。

でも、あなたと生きたい!という気持ちを
今、“生きる”と言うことを、信じたい……

涙ぐみながら、そう思った。



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映画『あなたへ』★健さんが伝えてくれること、それぞれに…

T0011137p.jpg



作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/157446/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。

以下ヤフーレビューの転記です。(ネタバレ)

遺骨を 故郷の平戸の海に散骨してほしいとの妻の遺言を果たすため
夫は 富山から1200Kmの道のりを、ドライブする。
「あなたへ」と書かれた、妻からの手紙の“真意”を胸に……


これは、号泣する映画ではありません。
日めくりカレンダーを 1枚ずつはがしていくような
静かな 心深い作品でした。
けれど、冒頭から積み上げられてきた熱いものが
グッとこみあげる部分もありました。

~~大人の映画を作りたい~~

そういう意味では、日々、生きる日を重ねながら、
ついに 愛する者と出逢いながらも、
別れることを経験したことのある、熟年の方(R45^^;)には、自分と重ねながら
想うところある作品ではないかと思います。

以下、思う所を述べます。(サプライズ?は残す)


▼▼▼

なぜ、散骨の遺志を、妻は直接、夫に言ってくれなかったのか?

夫が、妻の遺言を知ったのは、死後、他人を通じてでした。
妻の故郷へ向かいながら、夫の心には、モヤモヤしたものが あったよう。

けれど「夫婦はお互いをすべて知っているわけではない」ことも、事実。

夫が、海で、“遭難死”したという女性(余貴美子さん)の出現で
作品は、新たな局面が、浮き彫りになってきました。

この作品は、ただ、亡き妻の希望を叶えてあげるという、夫婦のセンチメンタルな
ラブストーリーというだけでは なかったのです。

・。。・。゜・☆。・゜。・・。


妻の故郷へと向かう旅路は、前へ前へと進みながら
妻との想い出にも ふれるものでもありました。

新たな誰かと逢い、助け、助けられ、とんだハプニングや事件にも遭遇し(>_<)
もうこれきりと思う人と、また、再会する喜びもあり……
(ナイナイ岡村もそこにいたか!^^;)

まさに 旅は 人生の縮図のよう☆

そうやって、夫は、妻(の遺骨)に見守られながら、“自分の旅”をしていきました。

結婚する前の妻が、大切な人を亡くした時、夫が妻に 言った言葉がありました。
「あなたは、あなたの時間を 進めないと…」

生き残った者は、ときに、自分も死んでしまいたいと
思うほどの苦しみを抱えながら、日々、
闇の中で、迷い続けるように生きるほかなくなって
しまうこともあります。
しかし、それでも、生き残った者は、生きていかなければならない……

・。。・。゜・☆。・゜。・・。

妻の故郷で、夫が、妻の若い頃の写真を見つけるシーンがあります。

妻が、ここで生まれて、自分と出逢ったという、“人生の凝縮”を
夫は、感じたのかもしれません。  (←とても、感慨深い!)

「さようなら」とだけ書かれた、妻の手紙ですが
夫が 「ありがとう」とつぶやいたときには、
妻の万感の想いが、夫に、伝わっていたと思います。

そして、夫は、妻からの手紙を、手放すのです!!
まるで、鳩を 飛び立たせるように……………….

吹っ切れるとか、ケジメとか
自分がつける別れの区切りは、色々あると思いますが
このシーンは、とても印象的で、何とも言えません……

そうして、紆余曲折の末、いよいよ、散骨のとき。

白い細かい骨は、キラキラ輝きながら
泡のように、海に溶けこんでいきました。
妻の魂が、海に抱かれていくとき、それは
夫の手から、離れていくときでもありました。

散骨とは、そういう意味が あったんだなあ……と思いながら
広く優しい海は、夫の気持ちをも、包んでくれているような光景には
グッとくるものが、ありました。

夫婦だから、何でもわかるわけではないことは
熟年夫婦には、もう実感されていることでしょう。
けれど、わかっていないと思っていても、
実は、1番、わかっている、あるいは
わかってくれるのも、夫婦なのかもしれません……


▼▼▼


このみちや いくたりゆきし われはけふゆく    by山頭火
(劇中の俳句です)
今日(けふ)も明日も、生きていかなければなりません、哀しくても……
「季節はずれの風鈴の哀しさ」は、年をとるほど、身にしみて来たりもします……

自分は、あなたに、どんな存在だったのだろう……
あなたは、最期に、何を言い遺したかったのだろう……

それは、誰にとっても、一言では言えないことです。

「私は、鳩になりました」
作品が、鳩になって、観る人々に伝えることは、それぞれなのだと思います。

そこに、高倉健さんだからこその味わいのあることが
作品の大きな魅力だと感じました。


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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『明日への遺言』★彼は「本望である」と言った。

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/19325/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。



以下ヤフーレビューの転記です。(ネタバレです)


ピカソ作『ゲルニカ』
一般市民への無差別攻撃を象徴するように、
冒頭に、この絵が掲げられます。
続く、各国の記録映像が、無差別攻撃の惨禍を伝えました。

名古屋への無差別攻撃を行った、米軍兵士を捕らえた岡田中将は、
略式裁判で処刑した罪を、戦勝国アメリカに問われ、
部下19名とともに、横浜の法廷に立たされました。

大岡昇平・著『ながい旅』の映画化となった本作は、
約2時間の上映時間のほとんどが法廷を舞台とし、
尋問と答弁が繰り返されますが、
裁判を、法による戦い=”法戦”と呼んだ、
彼の信念が随所に見て取れるものでした。

・軍事施設のない場所での一般市民への無差別攻撃は、国際法違反であること
◎国際法を違反した兵士を”処罰”したことは、戦犯には当たらないこと
◎米軍の上陸が予想された状況下では、略式裁判の処刑もやむを得なかったこと
・空襲した米兵の処刑は、“報復”ではなく“処罰”であること
・敗戦国に、すべての罪を負わせることへの批判
・すべての責任は、上官である自分にあるという姿勢etc.
(◎は、大岡氏が、この裁判のポイントとして、挙げておられますが、
減刑を念頭にした温情的質問にも、あくまでも”処罰”にこだわっています。)

軍人・上官・日本人としての彼の毅然とした姿だけでなく、
言葉は交わせずとも、夫・父としての彼の姿にも、胸打たれます。
のみならず、裁判官の好意・温情をも芽生えさせる事実があったことに、
彼の人柄が、しのばれました。

風呂場で、部下が合唱する「ふるさと」を聞くシーンは、
岡田中将が、自分が盾となり、全員、生きて“ふるさと”へ帰すのだ
と、法戦を戦い抜かんとする、あらたな決意をうかがわせる
印象的なシーンでした。

自ブログからの引用で、恐縮ですが、
南方のラバウル航空隊にいた方の話です。
爆弾を積んで飛行したのか、という若者の問いに対し、
「戦争だもの。良いも悪いもない。
俺だって、アメリカに撃たれた。」
と、傷跡の残る、挙がらなくなった肩を見せました。
そして、彼が絶句したのは、
私も含め、その時まで、
ラバウル航空隊で命を散らした人がいたことを知らなかった、と言うことでした。
「ラバウルを知らんのか……。」と。

大東亜戦争が、年表にある歴史の1事実でしかなくなりつつある今、
1つでも、“とある事実”について知る、
それだけでも価値のある、先人への敬意なのではないかと思います。

米サンタバーバラ国際映画祭での上映において、
エンドロール後の拍手が、鳴り止まなかったと聞きます。
好意的な反響は、誇りと信念を持った一人の男を、
淡々と見せることで感じる、真の反戦メッセージに、
共感したものかもしれません。

「本望である。」
絞首刑判決を受けた岡田中将が、法廷で、唯一、妻に向けた言葉に
あらためて、
彼が命を賭けて、遺そうとしたものの意味を
問いながら、鑑賞して頂きたいと思いました。

それだけの価値のある作品だと思います。

PS:岡田中将が、振り返って、月を見上げたシーンに、
言葉がありません......。

~~~

軍事裁判にかけられ、戦犯と呼ばれた方々。

「勝てば官軍負ければ賊軍」などと言いますが
それでいいとは思えません。
彼らの遺言として観るべき作品と思い、鑑賞しました。


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