映画『エゴン・シーレ 死と乙女』★エゴンシーレにまつわる“死“の匂い

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/171551/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

エゴン・シーレのこと→コチラ

関連過去記事→コチラ

主演:ノア・サーベドラ☆

エゴン・シーレの絵は、部屋に飾るには抵抗ありますが(汗)
独特のタッチの強烈なインパクトには、
心掴まれるものがあります。

彼の絵は、~死とエロス~を感じさせると言われますが
死の匂いは、死臭とも言えそうなインパクトです。

薄幸で短命な画家~と言うイメージですが
作品は、主演のノアの美男ぶりでか
ドン底感は少ないです。
(今作!超見たかった!\(^o^)/)

▼~▼ 内容にふれて雑談です。
▼▼▼

モデルの女性は、色々いたようですが
クリムトから紹介されたモデル:ヴァリとの関係は
特別だったようです。

エゴンは、画家の性(さが)なのか、いちいちスケッチを始めます。

いいムードで抱擁か―と思っても
サッと離れ、スケッチブックと鉛筆を取り
横たわり、自分を振り返るヴァリを
舐めるように凝視して、描く…….
それが、エゴンの抱擁か……

そんな二人を描いたのが『男と乙女』~これには続きが~。

気の毒なのは、“少女誘拐事件“。
家に帰りたくない、という少女を、よそに送ってあげただけなのに
少女が偽証して、誘拐したことになってしまった…orz
ヌード画を描いていたエゴンだから、未成年虐待?の容疑もかかり
裁判では、猥褻画とみなされた絵を、燃やされるという屈辱も……orz

ヴァリとは、結婚しない関係を続けていましたが
出征前に
自宅前の、お金持ってそうなお宅の娘エディットと、結婚することにしたエゴン。
(その家の姉妹は、二人ともエゴンを好きそうなの。男前だから?)

↑この男心は、打算ですか?経済的な安定ですか?
結婚したのに、ヴァリとも、“定期的なつきあい”をしたいと申し出るエゴン。

↑この男心は、欲張りですか?ズルいんですか?
私のことも、まだ愛してくれているのねーと、女が想うと思ってか?
そのまま、ズルズル行ってしまう腐れ縁もあるけれど…
好きだからこそ、結婚した彼氏を、そばで見ていたくないです……

ヴァリは、エゴンのもとを去り、従軍看護師に志願し
猩紅熱で亡くなったと、知らせが届きます。
ヴァリが、緊急連絡先に、エゴンを指定していたのが切ない。

ヴァリの死に際し、『男と乙女』の絵は、『死と乙女』になりました……

干からびたような“男“は、生気のない死神のよう…でもありますが
『死と乙女』のテーマからすると
死にゆく乙女に、安らぎを与えんとしているようなんです……

それもありの
ヴァリの死で、エゴンは、かなり打ちのめされたのではないか…
心残しながら去った人が、亡くなってしまうのは
今度こそ、やり場のない喪失感だけを、残すものだから………

それでも、妻エディットとお腹の子と
この先、生きて行こうというときに
シーレ家は、スペイン風邪に罹り
夫婦ともに、亡くなってしまいます……

両親亡きあと、頼り合って生きてきた妹が
看病する瀕死のエゴン。
死の影が忍び寄る、エゴンの表情をみると
こんなふうに、若くして(28歳)亡くなってゆくことが
ただただ、残念で残念で、たまらなくなってくる………


▼▼▼

実在の人物だと
ドラマチックな作り込みを、しにくいのか
淡々と、受け止める感じになるかもしれません…

が、そこは、主演のノアが
イケてる存在感で、エゴンを魅せてくれました。
彼の絵を、改めて、鑑賞してみませう……


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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『あ・うん』★健さんのさりげない切なさに感じる純愛

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/10857/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

原作:向田邦子
門倉:高倉健☆


原作は原作として、これは、高倉健さんで純愛を感じたい作品です。
純愛と一口で言っても、いかにもな、ドロドロ純愛でなく
親友:水田とその妻:たみ――との、見た目“仲良し3人組”。
なのに、語ってはいけない愛が、さりげなく潜んでいる――
その微妙なニュアンスは、ある意味、現実的かもしれない……

表面的には見えにくい、門倉のたみへの想いが
水田夫妻の娘:さと子へ投影されていくことで
もどかしさが、清算されていくようです。


▼~▼ 内容にふれて雑談です。(記憶違いご容赦)
▼▼▼

時代は、戦時中。
門倉が、やたら、水田家に入り浸って
ドラマは成り立っています。
それは、父の親友だから――だけでなく
母:たみに、好意を持っているからだと
娘:さと子に、気づかれている。

けれど、
門倉は、水田にお金も都合して、“親友“全面押しの関係で
“家族ぐるみのつき合い“が、和やかに繰り広げられる。

しかし、秘めた思いをそのままにするのは、苦しいのです……

そこで、気持ちを代弁するように、一般論的に
名台詞が、吐かれます。↓

見合いした石川と恋に落ちるも
父に反対されたさと子が、門倉に相談する。
「1番大切なことは、人には言わないものなんでしょ。」
「皆、本当の事を言わないで、生きてる」
それは、まさに、たみへの恋慕を押し殺している門倉のことでもあって……

石川に、もう逢わないと言われたさと子に
「逢いたいときに逢うのを我慢するのも愛情だよ」
と言った門倉は、さらに
「人生には諦めなくちゃならないことがある」と言うけれど
それは、門倉自身へのことでもあった。

門倉は、たみへの想いが、それ以上、踏み込まないように
わざと、水田に喧嘩を吹っかけて、絶交した。

いや、想いは、門倉だけではない。
たみは、門倉のハンカチで、楽しそうに踊っていた――
これ以上、3人でつるんでいたら、バランスが崩れてしまう……
恋は、ナマモノだから、一所に留まらない。
バランスもいつか、どちらかに傾いてしまう――

「みすみす実らないとわかっていても、人は惚れるんだよ」by門倉。
↑健さんの切なさが、たまらない……

やがて、運命のように転帰がやってくる。
水田は、ジャワ支店に転勤になり
石川は、出征することに。

運命に任せて、別れゆくのもアリですが(涙)
「逢えないのはいつでも決められるが、逢わないと後悔するぜ」
と言うは、スリの男。彼は、後悔なく、スッているんだろうな……

「これ以上、想いが深くなると、取り返しがつかなくなる」
と、分別のある門倉は思うけれど
その分別が、後悔を残すことにもなるなら…….

出征する石川を追ったさと子を、門倉は止めなかった。
「さと子ちゃん、今夜一晩が一生だな」
さと子には、諦めも後悔もさせたくない。
そこには、門倉の叶わぬ一夜が、切なくある。
健さんの切なさに、私は、自分の想いを重ねたよ…….

▼▼▼

さりげない関係の中でも
人は、心の深いところで、
やり場のない熱い想いを、抱えている――

門倉の人妻への想いは、不謹慎(汗)ではあるけれど
それでも、好きなものは好きなんです…
なのに、涼しい顔で接しなければならないから
苦しいのです…

健さんの、さりげない切なさに、
純愛の魅力を、とても感じる作品です。



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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『アサシン クリード』★マイケル目当てでもパルクールに興奮!(^_-)-☆

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/171198/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


テンプル騎士団vsアサシン教団の
バトルゲームから生まれた作品だそうなので
時代考証などには、目をつむろー……^^;

豪華な出演陣に惹かれて鑑賞しました☆
《アサシン》
・マイケル・ファスベンダー :カラム・リンチ(=アギラールの子孫)
《テンプル騎士団》
・マリオン・コティヤール :ソフィア(科学者)
・ジェレミー・アイアンズ :ソフィアの父
・シャーロット・ランプリング :長老

「エデンの林檎」の争奪戦です。(本物の林檎ではない。腐ってしまう…)
ソレがあると人類を支配できると言う。
テンプル騎士団は、ソレを捜すも
アリかを知るのは、アサシンのアギラールだと言う。

現代まで残るテンプル騎士団は、
「エデンの林檎」を捜すべく
アギラールの子孫から、アギラールの記憶を呼び覚ますための装置(アニムス)を
開発する。

▼~▼ 雑談です。
▼▼▼

1.アニムス

祖先の記憶を動き回って、追体験します。
動き回らなくても!と思いますが
映画的には、それで盛り上がります。

キモなのは、開発したソフィアは、その装置は
アサシン=暴力的遺伝子を持つ人たちの“治療“ができると
信じこませられていたこと。

けれど、ソフィアも騎士団の末裔。
「エデンの林檎」の争奪への意欲が、最後に残ります。

2.パルクール!(=逃げ技!かわし技!)

1492年のスペイン(グラナダ)でのシーンです。
アギラールは、騎士団により火刑になりそうなところで
脱出し、逃げ回る。
↑その逃げ技が、パルクール全開です!見どころ!

それを、現代のリンチが体感して、
装置につながれたまま、ジタバタやってます。^^;


3.1492年のグラナダ

劇中、グラナダのアルハンブラ宮殿が
騎士団に攻められます。
(1492年 グラナダ陥落のレコンキスタと一致)

アルハンブラ宮殿の
“ライオンのパティオ”(中庭)が見られます。(*^_^*)

イスラム文化とキリスト文化が混在したグラナダですが
以前、ガイドのお姉さんいわく
レコンキスタ前のイスラム時代のほうが、平穏な社会だったようだと。
見解は立場によるのですよね……

4.セビリア大聖堂のコロンブスの棺~ネタバレ!?

そんなこんなで「エデンの林檎」は
“コロンブスの棺”のところにあることがわかります。

アギラールが逃げていた1492年には存命中だから
いつ誰が、隠したのかな?(私の見落とし??)

立派な棺の前のシーンです。
大聖堂の一角に、棺が華々しく置いてあるのは
ちょっと怖い……ソコにおられるのって生生しい……

せっかくなので、大聖堂のショットがもっとあっても良かった。


▼▼▼

体を十字にして落下する、イーグルダイブは
美しい。でも
あのまま、ビタッと落下したらどうしよー……(汗)

マイケルのガサガサした声が聴きたいので
続編もきっと観ます。^^;



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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『溺れるナイフ』★ナイフの様な菅田さんと小松さんの瞳にヤラレル

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/168798/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

・夏芽:小松菜奈     ~転入生
・航一郎(コウ):菅田将暉~神主の子


(中)高校生男女の物語―
〇〇君が好き♪と言う気持ちはあれど
あればあるほど、かすり傷がこすれるように痛むよう……
小松さんの眼差しの深い底に、引きずり込まれる…


そして
タイトルどおり、ナイフのような菅田さんのエッジ!
触れたら切り傷を残すような怖さの中に潜む
熱い熱い!情熱の炎!


ある年の火祭りに起こった事件とその後――
そして
それを“払拭“するような翌年の火祭りのシーン!
この映像の“乱舞“に翻弄されて、何を期待しただろう。


さらに
無難に沈んでいくようなエンディングから
息を吹き返すように、浮上していったラストシーン!


いずれも、この男女2人のインパクトあればこそ☆
刺されまくったし、沈みまくった!\(^o^)/


▼~▼ ネタバレして雑談です。(解釈違ってたらスミマセン)
▼▼▼


まずは、小松さんの眼差し☆
妖しいです。(*^_^*)
可愛いだけでなく、引き込むのです。
(役柄から言えば)災いをも、引き込む―――


トゲトゲした雰囲気のコウと知り合って
惹かれたのも、“そう“かもしれない。
相思相愛とはいえ、コウは、するりとどこかへ行ってしまいそうで、コワイ…


そして、夏芽がストーカーに襲われてしまった、火祭りの夜!
あーゆー男、本当にやめてほしいです!(―_―)!!
コウが駆け付けたとき、夏芽は、“未然“に防げて良かったと思った。
コウはコウなりに、体を張って立ち向かったのだけれど
男に打たれたコウは、男を倒すことはできず
夏芽に、責められることに……orz
(あとから来た応援に助けられるが)


“未然”で良かったと思ったのも、束の間。
思えば、それに限らず、“不慮の出来事”というのは
それまで、バランスのとれていた関係を、一気に傾けてしまうことがある……


コウと別れた夏芽は、ほかの男子と“友人“として付き合う。


ところで、コウは、東京から来た夏芽が
それまで、モデルをしていたように
再び、東京で、羽ばたいてくれることを願うシーンがあった。


コウは、神主の子で、この先もずっとこの地に留まるのだろう。
普段、奔放に振る舞っているようでも
コウには、制約が、すでにあった。


好きな女子が、羽ばたける可能性があって
羽ばたくその子が好きだーーとしたら、応援するだろう。
一方で、好きな人とは一緒に居たいと思うのは自然なことで
夏芽は、キャリアより、コウと一緒にいるほうを選ぼうとする。


けれど、“事件“もあり、距離の開いた二人。
コウが、夏芽を避けるように、足早に行こうとするシーンがもどかしい。
「コウちゃん、待って!」


好き合った者同士でも、こんなふうに、いつしか
ナニカで距離があくと、もう、同じ速度で歩くこともできないことがある…orz


それは、火祭りの事件だけでなく
将来を見据えての
早く別れたほうが、お互いのタメってやつ????
確かに
若い時の傷は、浅いかもしれないけれど……….


そして、翌年の火祭りの夜。
懲りもせずに、また、あのストーカー男が来やがった!!(>_<)
ああ、また襲われちゃう、夏芽!(T_T)


そのシーンが絶品☆
火祭りの炎燃えたぎるシーンと
男に立ち向うコウたちが、交互に
メチャクチャに入り乱れる!
もはや、それが、現実か夢なのかわからない!!
そこで起こったことが!!(>_<)


わかるのは、コウは、別れたとはいえ
そっけなくなったとはいえ、心底
夏芽を命がけで、人生を賭けて愛していたということ!
(男は自殺を図り、遺体をコウらが海に沈めたらしい)


その後、夏芽は女優として賞を受ける。
授賞式の記念上映作品が流れ
情熱の赤色が、画面に散りばめられたあと
そこには、バイクで二人乗りする夏芽とコウの姿が――


哀しみも、切なさもなく、そっけなくもない。
たわいなく、「海ー!」「空―!」と言葉を放つコウと夏芽。


嫌な過去も、不透明な未来も
よくないことは、ぜーんぶ、ナイフで切り刻んで、海に沈めちゃえ!
今は、この二人だけを見ていよう!
二人で、同じ速度で走ろう!二人で一緒に走ろう!


▼▼▼


好きな人が、いつまでも
今日と同じように、明日も恋い慕ってくれるかはわからない……
今日と同じように、明日もそばに居てくれることさえ……


けれど、作品に強烈に咲き乱れた
“赤いモチーフ“の数々が、
今ある情熱を、約束してくれるようなのです。


菅田さんと小松さん♪に吹く
ラストシーンの風を、感じてください!





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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『インフェルノ』★殺されそうになりながら旅行気分で(^_-)-☆


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作品について:http://cinema.pia.co.jp/title/169049/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

・ロバート・ラングドン教授シリーズ
主演:トム・ハンクス


前2作『『ダ・ヴィンチ・コード』『天使と悪魔』も
スケールの大きな背景で、豪華なミステリーを見た!
(わりには振り回された…)という印象のシリーズ第3弾。


今回は、ダンテの『神曲 地獄篇』がらみという。
(知的好奇心くすぐられつつ、地獄へようこそ~(^^♪)
ちなみに
・神曲のウィキ→コチラ(地獄篇)



冒頭から、スピーディな逃亡劇!
わけわからないまま襲撃された教授が
搬送された病院内でも、侵入者に殺されそうになり
記憶が曖昧なまま、若い女医とともに逃げまくります。
(何やら、教授を追うのは、1つの組織でなさそう)


ボッティチェリの地獄絵図が、謎解きの始まりを告げ
次々現れる手がかりに導かれながら
フィレンツェ~ベネチア~イスタンブールを旅します。
(観光旅行気分が楽しめる☆)


何が起こっていたかというと……
そもそもは、ある富豪が
100年後の人口増加問題を憂慮などと言って、
今の人口をウイルスで削減させようとするもの。
(金持ちはろくなこと考えない?^^;テロじゃん!)


信奉・加担するものがいて、まさに実行されそう!
バイオテロの決行を阻止すべく、教授やWHOが奮闘します。


途中、敵味方が入り乱れ
信頼が崩れるなどする“揺らぎ”もあり。


ダンテの愛の象徴:淑女ベアトリーチェを思わせる女性と、
教授との“アベック旅“でもありますが
これが、途中、意外な展開を見せていくのもイイ☆


▼~▼ 内容にふれて雑談です。
▼▼▼


イタリア内での逃亡劇――なかでも
★ヴェッキオ宮殿★でのドタバタは、最高☆
古い宮殿には無数あるという、秘密の通路。
そこを使って逃げる教授。


そして、大広間の天井裏を伝って逃げる教授たち。
音で、テキに見つかるまでは想定内。
そして、もしやとは思っていたけれど
テキが、天井裏でこけたら
勢い余って、天井をブチ抜いて、床まで落下!!(>_<)
華麗なる宮殿の天井、壊れました…….(―_―)!!
スゴイもの見たな~。


やがて、教授と女医の逃亡に転帰が!

▽~▽ネタバレ↓(要反転)
▽▽▽

実は、女医は、富豪の彼女。
富豪亡きあと、彼のテロ計画を継ぐべく画策していました。
女医がテキとなってからは
WHOの熟女が、教授のパートナーとして援護する。
実は、彼女とは、事件に巻き込まれる直前までいたことが
教授の記憶の蘇りのように、あとでわかる。

若い美女とのアベック・ミステリーもいいけれど
熟年・熟女のしっとりした関係も
なかなか乙なものです(*^_^*)



▽▽▽
▼▼▼


事件そのものは、手がかりとか言って
面倒なことしてるなと思いつつ^^;
観終わると、旅行に行った感じで気分転換になります。


個人的には、インフェルノは
食事バランスガイドに似てる^^;


512px-Sandro_Botticelli_-_La_Carte_de_lEnfer.jpg         syokujib.gif







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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『或る終焉』★ティム・ロスの人間味全開の“経過”と“衝撃”

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/169424/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

原題:Chronic


在宅介護をする男性:デヴィッド(=ティム・ロス)。
彼が、何人か介護する様子を見せます。


ティム・ロスの人間味全開で
それだけでも、思うところはありますが
それだけが、
ずっと(慢性的に?Chronic?)続くわけでなかった!(>_<)


▼~▼ ネタバレして雑感です。(解釈違うときすみません)

▼▼▼


冒頭は、若いエイズ患者(女性)の入浴シーン。


ときに、看護や介護は、女性にして欲しいとの声を聞きます。
デリケートな面では、そう思うのもわかる一方
力を要する介護は、男性向きとの面もあります。


そんなことを思い出しながら
全裸で、体を洗われる女性を見ているうちに
自分なら――と思ってみる…


体を洗ってくれているデヴィッドを見ているうちに
誰がいい―ではなく
“介護してくれる人“のいることが、ありがたいです。


そして、デヴィッドの献身的な姿勢は
彼女の葬儀への参列や
妻の死と同じ悲しみを抱いている様子から、うかがえる。


そんなデヴィッドの次の要介護者は
脳卒中発症後、間もない老人。
現状を受け入れきれず、将来も悲観的な様子で
家族へも辛く当たったりしている。


身内だと近すぎて、お互いに、遠慮がない分厄介なこともある。
ましてや親子だと、他人のような割り切り方は難しく
特に、性的な(汗)ことは、ムズカシイ…(>_<)


自由に動けるうちは、プライベートなことで済むけれど
“介助“が必要になると、人の手や目が、ソコに入ってしまう。
良い悪いを、言われる筋合いのないコトも
人の目(ましてや子供は!(>_<))は、検閲してしまう……(>_<)


デヴィッドは介護人であり、
良き友(老人の仕事にも興味を示す)でもあり
家族には、秘密にしたいコト(キャ!)の“同士“でもあって
それは、老人の生き甲斐的には、悪いコトとは言いかねますが……
子供たちは、デヴィッドを“セクハラ“で、解雇してしまいました。(>_<)


デヴィッドを見ているから、わかりますが
介護を任せている家族は、その点は、親子と言えども“他人”ですもんね……
父親に、sexyなことなどあってはいけません……(>_<)
ソコが子供の面倒なところ……(―_―)!!


そうこうして、化学療法中の熟女と出逢います。
彼女は、治療の継続を勧められるも
中断を、決意していました。


それ以上、治癒の望めない治療はしたくないと…….


考え方は様々ですが、今日の私は――
たとえ一日しか伸びない命でも
たとえば、お茶の時間を心地よく過ごせたなら
生きててよかったと思う――という感じなのですが……


今日で命を終わらせたい―――との決意の実行を
もし、頼まれたらどうしましょう…….


実は、デヴィッドは、過去に、息子の死に関わったことがあるらしい。
(安楽死?)
よかれと思ってしたこととはいえ、死の関わりは
重いモノを残すはず。
デヴィッドの介護人生活は、その贖罪?とも思えますが
敢えて、その一語では、済ませ切れないと思うので……


原題:Chronicの意味するところは
監督インタビュー中の“Chronic Depression”もあるかもしれないけれど
これは、
“終わりがない”ということではないかと。


介護を、してもしてもしても
誰かを、看取っても看取っても
自分が息子に対して抱いている“負い目”や“後悔”は
やむことはない…….
だから、次々、介護し続けるほかない…….


そして、安楽死を望む彼女の意志に添ってあげたのも
その“Chronic”の延長上のこと―――


そして、その後のことが、衝撃的で
見る人に、答え捜しを求めるのです!!!

▽~▽要反転
▽▽▽

その後、デヴィッドは、ジョギングします。
運動も、いつものことです。(これもChronic)
そして、赤信号で渡ってしまった横断歩道で
車に轢かれ
“Chronic“な彼の日々が、終わりました――――


要介護の時間を経て、段々に枯れていく命もあれば
誰かに、終わらせてもらう命もあり――
意図せず、突然に終わってしまう命もある………


どんな死に方であれ、人はいつかは死ぬもの――
という普遍的なことのみを、抱けばよいのでしょうか……??


デヴィッドの“事故“に、茫然としながらも
何故?なぜ??と思ってしまうのは
死が、ただ、人に課せられた“運命“だからではなく
人の死には、意味があるものだ――と思うからです。


そして、死に、意味があるならば、それ以上に
生きていることに
生まれてきたことに
意味があるのだ、と思いはじめるのです。


Chronic~慢性的とは、なんだか惰性のようですが
生きている、ということが
Chronicに、意味を為すと思えてくるのです。


追記)
デヴィッドは死なないで、要介護者になるのかも。
それもchronicな流れ。







▽▽▽

▼▼▼


邦題からは、“終わり“に何かあるなと思われ
確かに、ガツンと来ますが^^;
そこに至るまでの“過程“も
見入り、思うところある作品でした。

(解釈違うときすみません)





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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『アングリーバード』★“怒り“~からのハッピーエンド(^_-)-☆


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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/169057/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

ゲームの映画化だそうです。

ゲームは、ブタに奪われた卵を、
親鳥たちが、奪還するものだそうで
映画は、それにストーリーをもたせています。

飛べない鳥たちが、ドタバタと
早いテンポで、やたらとかましてくれるのが
面白かった!☆

―――だけでなく、アングリー(怒り)のかなめも
効いていたのが良い(^^♪

・ レッド:怒りっぽい鳥
・ チャック:すばやい鳥 (キイロイトリ)
・ ボム:怒ると爆発する鳥!


▼~▼ 以下、ネタバレして雑感です。


▼▼▼


冒頭から、レッドが、卵っぽいものを携えて
せせこましく登場☆
それは、卵でなく、配達のケーキ。
(しかも、グルテンフリーと!)


けれど、時間の遅れをとがめられ
レッドが、怒り暴れているところで
その家の卵が、かえってしまう。


…で
レッドを初めて見たヒナは
そのあともずっと、レッドを見ると、パパ~と呼ぶ……^^;


そんな“怒り“を、抑えるセラピーを、受けることになったレッド
(その仲間が、チャックとボムなど。)
セラピー中も、ドタバタやっていますが……^^;


そんなある日
鳥たちの島に、一隻の船が、レッドの家を破壊しながら漂着。


島の鳥たちは、下船した2匹のブタを
温かく歓迎します。


家を壊されたレッドは、怒りもあって
ブタの船内を探ると
船内には、ブタがたくさん!
彼らは侵略者か!???


自分が友好的なら、
相手も友好的で、好戦的なことはしないだろうと
心優しい人は思うのでしょうが
自分が平和を願っても
相手が(テキが)そう思っているとは、限らないのですよ……


大量のブタが、島内になだれ込み
ブタのペースで、回されているような、鳥たちの島。
このまま、侵略されるのか?
警告するレッド!
でも、ピンと来ない、ほかの鳥さんたち。


やがて、ブタたちは、卵を全部盗んでしまうが
なかなか気づかない、親鳥たち。
(恐ろしや……平和ボケ…)


レッドは、卵を取り返すため
唯一飛べる、伝説の鳥:マイティ・イーグルの助けを求めるべく
仲間3人で、山頂へ向かう。
(行くまでも大変で、ギャグなどあり)


やっとこさ、マイティ・イーグルに逢ったら
年取ってメタボになってた……(―_―)!!
ので、自分たちでなんとかしようと奮い立つ。


それには、卵を奪われた”怒り”が
闘う活力になるとばかり
平和ボケから覚めた親鳥たちに、怒れ!とレッドは鼓舞する。
いざ!一丸となって、敵地へ乗り込もう!
さて、どうやって??


そこは、ゲームっぽく、パチンコで弾いてビューンと!(^_-)-☆
一羽一羽、ビューンビューンとスッ飛ばす…(ココは漫画だ^^;)


怒り抑えるセミナー講師のおばさん鳥も
ココでは怒って、卵の奪還に参加するのが良い(*^_^*)
もしも、参戦反対で
「私は卵を取り戻す“戦い”には参加しませんのよ」などと言おうものなら
唐揚げにしてくれようか….と思ったり。^^;


▼▼▼


カワイイ小鳥さんたちが、
仲良く、ピーチクするだけでないのは
坂上忍さんの吹き替えでもわかります。^^;


毒と愛のあるセリフ回しとハイテンポ☆
案外
パンチの効いた作品でした♪


PS:鳥(とり)と島(しま)が似てて読みにくいのご容赦^^;





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映画『怒り』★矛先を向けても行き場を失う”怒り”

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/166839/
あらすじ・配役はこちらを参照ください。


顔を変えて逃亡中の殺人犯が
親しい人かもしれない――

作品は“信じる”ことをテーマの1つにしたようですが
3人の男性の、誰が真犯人なんだろうという
ミステリーを感じつつ
素姓知れずの3人の男性を巡って
思い知らされたのは
“信じる”ことの軽さ・危うさ。

そして
そこに見えた“怒り”の爆発的な強さと
それでも手ごたえのない虚しさ――

自分の中にある偽善への腹立たしさも含め(汗)
吐き出さずにはいられません!


▼~▼ 以下、個人的雑感ですので。(ネタバレ御免)

▼▼▼

犯行現場の「怒り」の血文字が挑戦的です。
それは理由らしいが、言い訳にもならない。

その場所で、途方に暮れていた犯人に、
その家の奥さんが、親切に麦茶を出してくれた“同情”に
腹が立ったらしい……?
(“同情に腹が立つ“というのは
その後の少女襲撃事件の前フレかもしれないが)

腹立たしい善意の押し売りのこともあるけれど(汗)
麦茶に罪はないよー(―_―)!!
この時点で、犯人の人間性アウトにさせて頂きます。
のちの彼の行動言動は、信頼できません……

残り2人の男性は犯人と疑われる過程があります。
愛する人を信頼したい――
愛することは信ずること――
美しい思考過程のようですが、作品は
“美しいコト“にはしていなかったよう。

と言うのは、信頼は、実は
本人にとって都合の良いコトのようだから。
悪しき感情を持たなくて済む。

疑念というのは抱かれる対象もだが
抱くほうもブラックな想いに包まれます。
もちろん、信頼するとは、勇気も要ることだけれど……

だから、信頼を裏切られたときに
激しい怒りが生じてしまう。
信頼とは対象の実評価以上に
勝手に、自分の心のなかで生まれたものなのに……

逆に、同居男性の信頼に応えられなかった自分に対しても
怒りがこみ上げる。
悔しさと情けなさで、自分を罰したくなるような感情が
怒りとなって責め上げる…….

そんな信頼云々は、やがて
少女襲撃事件に集約される。(↓ネタバレ)

▽要反転▽
▽▽▽

少女が襲われたとき、男友達(少年)はただ見ていただけだった。
助けさえ呼べなかった。
居合わせたと言う、例の殺人犯さえ叫んだと言うのに…
(実は違うらしい)

(もし少年が迷子にならなければ、少女は彷徨うこともなく
被害に遭わずに済んだかもしれない)
少女を助けなくても、少年には、
傷ついた少女を気遣う(同情?)気持ちはある。
けれど
そんなものは、少女には何もならない!!!
「誰にもわからない!」
と慟哭する少女の痛みには、永遠に近づけない……

少女を”見殺し”にした少年の、もどかしさと情けなさは
信頼に値されない、自分への怒りとなるが
あまりに大きすぎて
持て余した怒りは、自分の中には納まりきれず
必然的に他者へと向かう。あの殺人犯へ。

彼は、少年を責めるように、言い訳がましく善人を気取るだけでなく
隠れ家に、少女を侮辱した文言を残していた。
それを、怒りまくり、必死に消す少年。

しかし、そんな文字をいくら消したところで
少女の状況が変えるわけでなく
ただただ膨れあがるばかりの腹立たしさが
ついに、怒りを沸騰させた!

少年は、殺人犯を殺した―――――


▽▽▽

……どこまでいっても、少女の何が変わる?
あとには、ただ空回りする”怒り”が
虚しく、私を越えていくばかりで
信頼という美しいはずのテーマすら
淡く、消えていきました…………orz

▼▼▼

観終わってみると
”怒り””信頼”―2つの重みのある言葉は
私の中で、行き場を失って
ひらひら浮遊していました……

そんな心を、否が応でも
揺さぶるのが、坂本龍一さんの音楽♪

人との関係が、暫時、ぐらつきそうです……




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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『X-MEN:アポカリプス』★エリックを思えばこの世に失望もするかも(―_―)!!

T0020767p.jpg

作品について http://cinema.pia.co.jp/title/168277/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

若いX-MENシリーズの3作目です。
前前作→コチラ
前作→コチラ


今回は、神のごときミュータント:アポカリプスが蘇って
こんなはずじゃなかったと、
ベートーベンの交響曲第7番第2楽章をBGMに
壮大に世界を壊しにかかる(―_―)!!
それを、阻止しようとするチャールズたち。

印象は、対アポカリプスとのド派手な闘いに尽きます。

▼~▼ 以下、内容にふれて雑感です。

▼▼▼


第1作目からのミュータントが若い姿で登場するので
懐かしいナ~とか、イメージ違うナ(汗)などと思いつつ……


クイックシルバーの登場は、コミカルでリズミカル♪
ささっと瞬間移動して、しでかしまくる^^;
それが、ユーリズミクスの♪スイートドリームスと
よく合うんですヮ♪→コチラ


チャールズが、車椅子を使うことになった理由が、前々作にあり
今作は、髪が無くなった理由がわかります。
(アレは、相当なストレス……(>_<))
マカヴォイ☆ユル・ブリンナーのような男っぷりですよ♪


さて、今作で1番雑感したいのは
マグニートことエリックのことです。
ユダヤ人である彼は、前前作で、母を殺され
本作では、妻子を失います……orz


前作とのつながりが、よくわからないのですが
エリックは、今回、工場勤務をしています。
工場内で危険なことがあり、それを阻止すべく
エリックは、人前で“フォース“を使い、工員を助けます。


エリックは、ミュータントだとばれてしまい
今までの生活を、壊されてしまいます……


↑なんてことでせう……orz
善意のために、“秘密”を露わにしたのに
人は、その善意よりも、隠していた本性のほうに重きを置いて
疎外するなんて……


自分が、善意を示したからと言って
相手(他人)が、善意で返してくれないことは
よくありますが……(T_T)


性善説に期待するところがあって
人は自分を理解し、大きな心で受け入れ、赦してくれるもの――と
思い込みそうなときもある、未熟な私ですが(汗)
結局、人は、美味しいところだけを都合良く、取捨選択するのかな…orz
恩とか義とかは、どっかにやっちゃって……(T_T)


アポカリプスが、この世に失望しますが
そのような人の気持ちも、失望に値するかな…と思います。
秘密よりも、人命を優先したエリックに
“人災“がふりかかるなんて、納得できません!
気の毒です。(T_T)


▼▼▼


時系列に、疑問も残りますが……(汗)
エリックの“痛み“が
マグニートの“怒り“へ、そして脅威へと増幅されていく途中を
見た気がして、切ない…




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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『雨あがる』★きっと浪人夫婦の苦労の雨上がる!トトン!

Ameagaru.jpg

作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/1510/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。
・ストーリー詳細→コチラの方の記事おすすめ

イイ話だったナ~というのと
うちわ太鼓をトトンッと叩く、芸人さんの調子良さしか、
覚えていなかったので(汗)、再見しました。


・浪人 :寺尾聡
・妻  :宮崎美子


雨で川止めにあった浪人と妻が、他の旅人と宿を共にします。
滞在中、浪人は、賭け試合をして勝ったお金で
宿泊客に、ごちそうします。
ひょんなことから、殿様の目に留まった浪人は
剣術指南役として、仕官できそうになりますが
賭け試合の過去をとがめた家臣により、破談に。
後になって
浪人の妻の“申し開き“を聞いた殿様は
自ら馬を駆り、旅立った夫婦を追った―――


▼~▼ 以下、内容にふれて雑感です。

▼▼▼


1.「人間はみんな悲しいんですから」by浪人


川止めで、宿泊がかさめば、路銀も使い果たす。
ひしめきあう宿の中は、食料をめぐってピリピリする。


そんなとき、浪人は、道場で賭け試合をして来て、
勝ったお金で、客たちに、大盤振る舞いする。
満腹は、人を落ち着かせ、幸せにし
お酒が入れば、陽気になり、盛り上がる♪


この宴のハチャメチャな盛り上がりは、
見どころでもある、楽しいシーンです♪
人が、憎んだり疑ったり、奪ったり、悪しき者になるのは
物心ともに、満たされていないときなのでしょうね…
満たされていれば、優しくなれる―――
たとえ、快く思っていない相手にでも
自分が満たされていれば、優しくなれる――


「人間はみんな悲しいんですから」(優しくしてあげましょう)

↑色々、苦労してきたような浪人の寺尾聡さんが言うと
しみじみ、痛みが優しさになるように、沁みてくる……


の一人で、うちわ太鼓を叩く人がいるのですが
話の合いの手に、トトンッと、太鼓を叩くのが
調子よくていいんですよ。
その場の雰囲気が、和む。(*^_^*)
アレ、私生活でも持ち歩いて、話の終わりに叩こうかと、思ったことありました。^^;


2.優しさは人の心を傷つける(汗)


そんな温かや優しさは、心地よいとは限らないのが
人の世のムズカシイところ……


偉ぶらず人当たりも良い浪人は、宿泊客からの好感度もGoo★
剣の腕も立つし、仕官しても上手くいきそうだけど……


成行き上、殿様とお手合わせした浪人は
勢い、殿様を池に落としてしまい(汗)、詫びます。
けれど、そこで気遣われたことで、
殿様は、自尊心を傷つけられたと感じます。


気遣い・労わりなどの優しさは、他意はなくても
それを受ける側には、多少なりとも
上から目線?に感じてしまうこともあると……
(宿泊客へのご馳走は、身分が上の浪人がしたため、違和感なかったとしても)

けれど、この殿様は、イイ人でいてくれて
池ポチャが原因で、浪人を仕官させなかったわけでなく
あとで、挽回してくれるのが、救い(*^_^*)。


3.何のためにしたのか>>何をしたか


仕官がダメになった理由が、賭け試合がバレタから……
賭け試合は、妻もダメだと言っていました。(>_<)


けれど、ココゾというところで、妻が家臣に言ってやる!
賭けそのものは、よろしくないとしても
宿泊客の食費のためにしたことであって
夫の本質を見なさいよ!でくの坊!(←言い方はソフト^^;)


この奥様は、夫の生き方として、もう仕官できなくてもいいー
そのままの夫を信じ、ついて行こう――と思います。
尊敬できる関係は素晴らしい!憧れます(*^_^*)。


そんな二人は、そのままでも、心の幸せはありそうですが
殿様が、浪人を引き止めるべく、追いかけてくれます!
なんだかんだ言っても、仕官は、妻のためにも、浪人の望み☆


殿様がたどり着く前に、物語は終わりますが
清々しく、海を臨みながら、夫婦が並んで立つラストシーンが
この夫婦に冷たく振ってきた“苦労の雨”の終わりを、告げていたと思います。


▼▼▼


浪人夫婦が、宿屋を出る前
太鼓を持った人が、「円満大吉!」と言いながら、トトンッと太鼓を叩きます。


どうであれ、この夫婦の行く末は、きっと上手く行く!
と思わせる太鼓の響き♪


雨あがる――イイ作品です、トトンッ!



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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』★20年後のド迫力倍返しに一“丸”で闘う!

T0020249p.jpg


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/168278/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


20年前に、エイリアンの地球侵略を阻止した続編です。
・20年前の前作→コチラ20年経ったら、倍返しでやって来た!(>_<)


予告編での、“空を覆う物体”の大きさに、ド肝を抜かれ
鑑賞意欲が高まりました☆
被害のスケールアップの他、雑感ポチポチあります。


▼~▼ 以下、雑感です。

▼▼▼


1.共通の敵だと味方


地球外の敵に対抗するため、この20年間
各国が一丸となったので、世界平和が保たれた――らしい。
平和は良いことですが
敵がいないと、味方同士になれないという現実ョ……(涙)
(外国の敵を想定して国内をまとめると言うやり方もあり…)


今回の強大な侵略に抵抗するには、やはり味方が大事。


すると、“白い球体”(=白丸さん:以下)登場☆
はじめ、敵だかナンだかわからないのですが(汗)
白丸さんは、巨大エイリアンに滅ぼされた星の1つから来たらしい。
その白丸さんを、巨大エイリアンが追っているらしく
エイリアンをおびき出して、攻撃するためにも
人類と白丸さんは、共闘する。


2.インデペンデントな元大統領


20年ぶりに、眠りから覚めたり、現場復帰したりする旧仲間たち。
元大統領は、はじめは、杖をついているのですが
段々、カクシャクとして、ついには、杖無しに!
↑まさに、インデペンデント☆!を象徴するよう


20年経ったら、戦い方は、危険や犠牲の少ないモノにしたいけれど
やはり、ココゾと言う作戦には、特攻的犠牲感が漂う……
ココゾで、志願する元大統領。
援護する娘も凛々しい☆ 成功させて生還してほしい!


3.スクールバスのこと


宇宙船からの攻撃で、壊滅していく地球……orz
デヴィッド長官の父も、航行中に被害に!(>_<)

――と思ったら、避難中の子供たちの車に助けられる。(*^_^*)
↑犠牲の多い中でのラッキー☆嬉しい(*^_^*)


やがて、ガス欠になりそうなとき
運転手が失踪したスクールバスで、途方に暮れている子供たちに出逢う。


デヴィッド父は、スクールバスを運転することにして
子供たち丸ごと一緒に、避難走行します。
ガス欠しそうな、デヴィッド父と子どもたちには、スクールバスは渡りに船。
運転手が見つかった、スクールバスの子供たちも、ラッキー☆
持ちつ持たれつで、支え合うの好きです。(*^_^*)


4.人類が滅びないと会えない?^^;


そんなこんなで、たまたま、デヴィッドとデヴィッド父が出逢います。
お互い、生きてて良かった!
父いわく「人類が滅びないと会えないのか?」
現役世代だと、多忙を理由に、実家と疎遠になってしまうことも…orz
(私も身に覚えが…)
人類の存亡に関係なく、家族は、連絡取り合わないとですね。^^;


▼▼▼


20年前の皆さんの活躍も、懐かしい“いぶし銀“の一方で
若人の活躍も、キラキラ☆
主演のリアム・ヘムズワースの
爽やかな血の気の多さは、他でも、観たい(^_-)-☆




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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』★時間泥棒:アリスが時間の荒波を遡る面白さ!

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/168778/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。
(教訓などもそちらで済ませてください)


前作は、それほどノレなかったのですが
今作は、予告で、大きな振り子がいくつも揺れている
“時間“と言うキーワードに、惹かれていました!
時間を遡ろうとする設定、好きです!


前作で、会社勤めすることになったアリスは(←スゴイ設定)
今作では、亡父を継いで、商船の船長になっていました!


そんなアリスには、
船を手放さないと、自宅を失うという、きびしい現実が……(>_<)
にも関わらず
マッドハッタ―の具合が悪いことを心配したアリスは
鏡の中を通り抜け、ワンダーランドへ向かいます。


マッドハッタ―は、子供の頃に作り、父に捨てられたはずの
小さな帽子細工を、見つけたことから
亡くなったはずの家族が生きていると思い
逢いたくてたまらず、ふさいでいたのでした。


白の女王から、時間を戻せる可能性は
“タイム”が管理する“クロノスフィア”にあると知ったアリスは
“タイム“から、クロノスフィアを盗み、時間の海を遡りますが……


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


1.タイムの存在  ~サシャ・バロン・コーエン☆


時間は、惜しみなく奪う……(愛と同じ)
愛する者を引き裂いていく、残酷さあり…
時間はまた、多くも与える……(愛と同じ)
思い出を残すという、慈しみもあり…
その、孤高かつ畏怖の存在感が、サシャにピッタリ☆


アリスは、“時間“との闘いをしますが
そもそも、時間の大元(=クロノスフィア)を盗むのアリスだし……^^;


アリスが船長だったことが生かされて
クロノスフィアを駆使して
時間の海を遡る航海ができます!
この荒海の迫力は、アトラクションもの!(>_<)


2.マッドハッタ―のこと~ジョニー・デップ★


どこか
シザーハンズの悲しみと可笑しみを思わせる、マッドハッタ―♪
彼も、父との“しこり“を抱えていたのですね…


子供の頃のマッドハッタ―君が、とてもかわいい!
作った“帽子“を、父に捨てられたかと思っていましたが
父は、拾っていたのでした。(親の心子知らず)


確執が残ってしまった親子は、けっこうあると思いますが(汗)
誤解で、こじれてしまうこともありますよね。
時が戻って、こじれる前に戻りたい……


(↑ソレは、白の女王にも言えること。
言い直せるなら言い直したいことがあった)


けれど、アリスが、時間を戻ったところで
事実は変えられないというのが、ミソ☆
そのときの誤解も、過ちも、変えられないのです……


ましてや、死んだ家族を甦らせるのは“不可能“……
アリスは、マッドハッタ―の願望に同意できない…
「僕を信じられないなら、友達のアリスじゃない」
溝化できてしまう二人…

↑コレ、ズキンッと来ました。
不可能だと思うことこそ、はなから否定されては
失望してしまう……
哀しみに暮れるときは、理屈云々でなく
“気持ち“だけが、支えだったりもしますよね。
気休め?――でもいいんです。
真実の絶望より、ウソの希望のほうが嬉しいこともありますよ……orz


ですが、このファンタジーは
ミラクルなど使わずに、合理的に、“真実“をくれるのです!!\(^o^)/


3.お茶の時間♪


アリスが必死に、時間をどうにかしようとしている一方で
“お茶の時間“のシーンは
絵も明るくてイイ☆なごむ~(*^_^*)


ただし、そこに、“タイム”がやってきて
ひと悶着あるので
お茶の時間の一分前から先に、進めなくなってしまうのだけれど……


▼▼▼


“時間泥棒”したアリスのドタバタ劇ですが
画が美しくて、ダイナミックで
とても楽しめました☆


青い蝶は、アラン・リックマンの声♪
アリスを、不思議の国へいざなうのにふさわしい
素敵なお声でした☆





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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『愛と哀しみのボレロ』★繰り返す人生の荒波を感動に変えるボレロ!

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/5174/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

監督:クロード・ルルーシュ
ボレロ舞踏:ジョルジュ・ドン



第2次大戦をまたいだ、各国の芸術家たちの家族の物語。
例えば、↓彼らをモデルとしながら、ドラマチックな人生劇を見せます。

・ベルリン:指揮者 ヘルベルト・フォン・カラヤン
・モスクワ:バレエダンサー ルドルフ・ヌレエフ
・パリ:シャンソン歌手 エディット・ピアフ
・ニューヨーク:楽団のグレン・ミラー

同じ役者が、子供や孫になるので、家族の絆を強く感じます。
(一瞬、死者が蘇ったかと^^;)

オープニングの言葉に
人生には、2,3のことしかなく、それが繰り返される――とあり
まさに、シンプルなテーマを、何度も繰り返しながら
大きなうねりとなって、飲み込んでいくような『ボレロ』を暗示させます。

・ラヴェル ボレロ

ラストシーンは、
それぞれの家族の激動の歴史を背負った芸術家が、一堂に会し
ボレロを演奏し、歌い、踊る――

高まっていくボレロの曲そのものの力強さも、感動を呼びますが
そこに集う人々の人生・命を思うと、
ああ、この一瞬一瞬こそが素晴らしく
四の五の言わずに、
このひとときを大切に生きていこう!と思う気持ちにさせられます!

▼~▼ 以下、エピソードにふれて雑感です。(長い)


▼▼▼


《ドイツ人ピアニストの場合》


戦時中、彼は、ドイツ軍楽隊長として、占領国フランスに赴任しますが
そこで、ラヴェルの曲を好きになったと言います。
↑そのシーン好き☆
(戦争は国を分けても、音楽は、人の心を分けませんもの)


彼は、若い日に、ヒトラー総統に褒められたことを誇りにしていますが
戦後、それゆえに、ユダヤ系の人々により、
演奏会開催の邪魔をされてしまいます。
ドイツ憎しの気持ちは、否めないと思いますが
音楽家や音楽までも憎むきもちー戦争が(ナチスが)、人の心を蝕む悲しさよ…orz


だから、ラストに、皆で同じ曲を演じるシーンに、胸が熱くなります。


《ロシア人バレリーナの場合》


バレリーナの女性と結婚した男性が、出征します。
彼の言葉に、戦争は人同士の憎しみでなく
愛するものを引き裂くだけだーのようなのがありました。


彼は、戦死し、妻は、バレエ教師として生活しながら
息子にバレエを教えます。


その小さかった息子が、やがて、
若くたくましいダンサーとなって、踊るときが来ます。(=ジョルジュ・ドン☆)
小さい子が、立派になるのを見るのは
感慨深くて、私は、それだけで胸がいっぱいになってしまうのですが^^;


この親子は、戦死した父が、ダンサーになった息子も演じ
その母と、ダンサーの娘を、同じ女優が演じていて
スゴ~~く強い、親子3代の絆を感じさせます。(*^_^*)


《ユダヤ人の音楽家夫婦》


収容所に送られる列車から、父は、赤ちゃんの息子を“逃がした“(線路に置く)。


収容所で父は亡くなり、戦後、生き残った母は
“捨てた“線路近くを、何度も訪れるが、赤ちゃんの消息はつかめない。

↑この様子は、胸が痛みます……
赤ちゃんの“無事“のために、手放したとはいえ
身が裂かれるように辛かったはず……
もう逢えないかも……と諦めたくないけれど
もしも、逢えなくても、せめて、どこかで元気に生きていてほしい!
そう願っていたと思う……


そんな赤ちゃんは、教会に移され、無事に成長していたことが
“父親そっくり“の音楽家として、登場することで、わかる。(*^_^*)


そして、今度は、息子が母を捜し、病院に逢いに行く。
↑このシーンが、すごくイイ☆
背を向けて座っている母に、すぐに近づかないんです。
(時間ためたな~)
期待と不安が入りまじって、息子の歩みを止めている。
でも、逢いたい確かめたい気持ちは、母へと向かっている――


そして、さりげない“気づき“だけで、この場は終わるけれど
ボレロを鑑賞する席に、二人で並んでいるので
ああ再会できてよかったな~と思う。(*^_^*)

(他のエピソード省略)

▼▼▼


ボレロの合わせた、ジョルジュ・ドンの踊りに始まり
ラストシーンは、再び、ジョルジュ・ドンが踊る。


第2次大戦のいばら道を通ってきた
たくさんの人々とともに、演奏されるボレロを聴く――


あとは、もう、聴いているだけで、観ているだけでいい……


愛と哀しみ、喜びと苦悩が
繰り返し、大波になりながら、人生に覆いかぶさるものだとしても
想いは、最後には、生きていることの大きな感激へ達していく!!


あー観てよかったー\(^o^)/
絶賛です☆(^_-)-☆





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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『エンド・オブ・キングダム』★壊滅!?のロンドンで大統領を守り抜くスゴSP

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/169722/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

主演:ジェラルド・バトラー☆

エンド・オブ・ホワイトハウス』の続編です。
キングダムと言うと、なんだか
ファンタジーバトルを、想像してしまいますが…^^;
原題:『LONDON HAS FALLEN』
ロンドンが、壊滅的打撃に…orz


設定は、イギリス首相の葬儀に、各国首脳が
ロンドンに集結するところを、テロリストに襲われる――というもの。
ジェラルド・バトラー演ずるSP:マイクが、身を挺して
アメリカ大統領を守ります。


この作品のイイところは
バトルエンタメに、徹してくれているところ☆


テロ・復讐・同盟etc.…
政治やイデオロギー的な含みも、無くはないけれど
必要以上にメッセージしない。


アクションも展開も、カメラワークも、割り振りも
時間配分も丁度よく、安心しながらも
ドキドキ楽しめる☆


▼~▼ 以下、内容にふれて雑感です。


▼▼▼


1.テロリストは武器商人


世界が平和にならないのは、武器商人が居るからー
と聞きますが、まさに、ソレ。


なので、各国首脳の合意で、武器商人を
ピンポイントで襲撃したつもりが、結婚式中の娘が死亡。
生き残った武器商人と息子たちが(そりゃ怒るわな)
各国首脳への復讐に燃えます。
(エンタメと申しましたが、殺戮・戦闘には、心痛みますよ…)


犠牲大の報復は、さらに、憎悪が膨らむ。
用意周到に
ロンドン社会に入りこんだテロ集団として、膨れ上がります!(>_<)


2.ロンドンの葬儀でテロ

サミット集合とはいえ
急死の葬儀なので、警備も、急ごしらえになりがち。
(そのために首相は暗殺されたとも)
一方のテロリストは、用意周到に準備万端。
映像では、サクサク、やらかしてくれます。(滝汗)


警官や救急隊に、なりすましていたらもう
誰も、信じられない!(>_<)


3.大統領危機一髪!←お約束か


各国首脳が殺されて(汗)
残る外国首脳は、アメリカ大統領だけ。
テロリストは、公開処刑をYou tubeで放映しようとする。


マークの奮闘虚しく、大統領は捕まってしまう…
放映もされてしまう……orz
けれど、その後の急展開が、また盛り上がる!


そして、アメリカは何があっても滅ぼされないゾ!との
テロリストへの雄叫びは
大統領でなく、護衛のマークが言うからこその説得力が、ひびく。


4.副大統領:モーガン・フリーマン


アメリカ本国で、キモを据えて、貫禄十分。
テロリストとの電話シーンでも
ああ、アメリカには勝てない…と思うだろうな。


そして、フリーマン副大統領の演説。
自分だけよければいいんじゃなくて
テロには共同して立ち向かわないと!――のようなこと。
国や民族を越えたテロ集団への対応は
国家間の戦争反対とも異なる対応を迫られているんだな…と
ふと思います…


▼▼▼


どこに行っても、ガンガン大統領を守り抜く、
マーク=ジェラルド・バトラーの勇姿を
今後もまた観られそうで、期待しています。
(辞表もとりやめたし(^_-)-☆)




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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『I am ICHIHASHI 逮捕されるまで』★ブザマな逃亡劇だからこその意味

T0018301q.jpg

作品について http://cinema.pia.co.jp/title/163133/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

主演・監督・主題歌:ディーン・フジオカ☆


英会話講師(リンゼイさん)を殺して、逃げ回った市橋の手記が、元ネタです。

何も、殺人犯の手記を映画にしなくても……とも思いましたが(>_<)
個人的には、観て良かった☆(*^_^*)  (2回観た)
逃亡に、引き込まれました。
(贔屓目というだけでなくですよ)

▼~▼ 以下、ただ雑感ですが、話したくてウズウズ。

▼▼▼


市橋の原作が元ネタなので、
本人目線で、擁護的だとアレだな~と懸念しましたが
全然、美化も擁護もしていないので、安心してください。(*^_^*)

(字幕でも明言するように、むしろ
こんな犯罪に自分が堕ちないよう、注意喚起。)


内容は、逮捕されるまで~のタイトルどおり
2年7か月の逃げまくりだけです。


が、それでイイのは
ディーンさんが、出づっぱりだから――だけでなく^^;
市橋に感情移入せずに済む――と言うか
彼の何かを知る必要も、共感する必要もないからです。


リンゼイさんを殺害するいきさつは、チラッとは触れられますが
それすら
それ以上でも以下でもない、市橋の心の薄っぺらさを見る。


リンゼイさんと何があって、何を思ったか――について
映画的には、もっと、深い人間描写が欲しい?と思うかもしれないけれど
ここで、もし、心の闇?なんてのを、
市橋の心の中に勝手に作り上げたら、むしろダメしょ?


だから、ただただ逃亡しまくる姿で、いいんです。(キッパリ☆)
視覚的には、ブザマなんですが……(汗)


顔を変えるために、自分の顔に刃物を当てて悶絶する――
別人になって勤めても、人目を避ける――
バレそうになったら、金を盗んで逃亡――
いざとなったら、ゴミ箱をあされば……


日が経つにつれ、被害者家族の苛立ちも高まり
懸賞金の高まりに表れる。
(犯人逃亡に、どれだけご遺族が心痛めていたかも
改めて思い知ります。)


そして、通報した同僚に言われる。
「ごめんね“井上”君。お金が必要で。でも、人殺しよりいいでしょ。」
けれど、市橋は、人を殺しても、自分は生きたい――――
無人島で、生き延びたい――


取材した人にも、ケチョンケチョンに非難される。(>_<)
殺人犯ですもん、言われ放題……orz


こんなんじゃダメだよね、というムードが
ダメ押しで、ラストシーンの彼の背中に、絶望的に漂う…….


そして、エンディングのディーンさんの美ショットと主題歌は、
ファンサービス的でもあります。^^;
市橋の逃亡ボロボロ劇だけで終わっては、後味が……


主題歌の『My Dimension』は、映画版だと、CDより
シンプルに聴こえました。(気のせい?)
新しい“FUJIOKA’s Dimension”が、
静かに、でも確実に、始まったんだな…….


▼▼▼


個人的には、ディーンさんが、主演だけでなく、監督したことも加えて
この作品に関わったのは、良かったと思います。


イケメンで、凛々しくも美しいディーンさんのファンには、すみませんが^^;
この“汚れ役“を通過したのは、彼のネクストレベルへの
ターニングポイントでもあると思います。
今後の役柄のふり幅に、大いに期待しています!


PS:リンゼイさんには、心より哀悼の意を表します。




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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『海よりもまだ深く』★母:希林さんの包容力に見る“幸せの予感”


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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/169459/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

母:樹木希林☆←絶賛です!
息子:阿部寛~売れない作家で探偵兼業
元嫁:真木よう子~長男と暮らし再婚考え中

(タイトルは、劇中に流れる
テレサ・テンさんの『別れの予感』の詞からの引用です。)


台風の夜に、実家(団地)に泊まることになり
久々に、一緒に過ごすことになった息子と元嫁(と長男)は――
ということですが、是枝監督のオリジナル作品は
監督の経験に基づいたということもあってか
モノスゴイ事件は、待っていません。^^;


けれど、日常には、そこまででなくても
傷つきながら、なんとか生きている人だらけなわけで
樹木希林さんの母ぶりに、特に、心ひかれるものがありました。


▼~▼ 以下、ネタバレで雑感です。

▼▼▼


離婚した元妻子に、養育費の支払いもままならない男は
元妻子にだけではなく、母親に対しても、親不孝なんですよね……


最近、亡くなった父も、お金に困った生活をしていたようで
その分、母も、苦労してきたらしい冒頭。


けれど、おばあちゃん世代のすごいところは
苦労慣れがそうさせるのか、
苦労に潰されない、明るい強さを持っていること!
↑希林さんの、飄々とした柔らかさ、大好き☆


(コレは、私の義母にも言えることです。
義母の昔話を聞くと、かなり、辛かったようで
若嫁の頃は、農薬を飲んで死のうと思ったこともあるらしい……
その後、四半世紀、義父の介護をしているときも
台所で、泣いていたこともあった……
けれど
普段は、冗談を言ってドンと構えた、肝っ玉母さんに見えます。
少々のことじゃ、凹んだスキを見せない。
大きな包容力には、つい、私も、甘えてしまいます…^^;)



希林さんの母親も、そんな義母と重なります。
普段、平気にしているけれど
生活に困っている息子が、心配なわけがない。
甲斐性のない息子もだが
そんな息子を捨てた元妻にも、不満が無いと言ってはウソになる……?


(仕事を持つ女は、男に頼らなくても生きていけるーという状況が
自分の時代には叶えられなかったーということの恨み節もありそうな…)



だが、現実を嘆いても、息子自身が、どうにかしなければ
生活の安定も、家族の復活はないので
母は、ボヤきもせず、“凍らせたカルピス“を、
ふらっと帰ってきた息子に、さらっとご馳走する。
(息子よ!母の胸中をわかってんのかねェ~(―_―)!!)


風の近づいたある日
息子は、面会の長男にかこつけて、実家に来る。
迎えに来た元妻も、台風で帰れず、実家に泊まることになる。
(皆が泊まってうれしそうにする母親が、イイ☆)


“あらしのよるに“――
何があるわけではないけれど
じっくり語れるのは、いいことです。
たとえ、改めて、ズレを感じてしまったとしても(汗)
“理解“は、その先に進むために必要なことです。


母いわく
“海よりも深く”、人を愛したことはないけれど
そこまでの愛情はなくても、幸せは作れるものなんじゃないか――みたいなこと。


“そこまで”の深いこだわりは、夢想にはいいけれど
(たとえば、作家息子の純文学へのこだわり含む)
とりあえず、普通に生きることすら、貴重なものだと痛感してくると
この母が願っている、自分と息子たちの生活こそ
今は、海の底深く潜んでしまったものなのかも……orz
老母の笑顔に、甘えてちゃいけないよ……


台風は去ったからと言って
お金の雨が降ったり
復縁するほど、人生は甘くない。(>_<)


けれど
花も嵐も踏み倒し、酸いも甘いも知り尽くした老母が、
ドンとかまえて居てくれれば
小さな幸せくらいは、いつでもあってくれそうな
希林さんの存在感に、グッと来る。


▼▼▼


「花も実もつけない木でも、何かの役には、立ってるのよ」
という老母のセリフ好き☆


そう言う目で見てくれていることに、甘えちゃいけないけれど^^;
その想いに救われると
そろそろ役に立たなきゃなと、
幸せへのエンジンも、かかりそうに思えてくる☆



PS:池松壮亮さんの
「親父が買ってくれたグローブずっと持ってますよ」も、ポイント☆


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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『あやしい彼女』★若返れば心ウキウキ♪実年齢にもローマの休日(^_-)-☆

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/168755/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

映画『怪しい彼女』は面白いと評判だったのに、未見だったので
日本版リメイクは、楽しみでした!


・73歳のカツ(=倍賞美津子)が若返ったのが
・20歳の節子(=多部未華子)
外見は若いのに、中身は、熟女の迫力あるのが面白い☆


多部さんは、TVドラマ『浪花少年探偵団』での、“しのぶセンセ“が好き☆
(同じく、ドラマ『ドS刑事』も良かった!)、
骨太のパンチあるお姉さんで、教師なのに、事件に首を突っ込んでは
「〇〇小のしのぶやでェ!」(誰?^^;)と、関係者(容疑者?)を
スゴみ倒しては、事件解決するのが、スパッと爽快でした!


今回の“若返り“キャラでも、コミカルな凄みが、十分に発揮☆
そして、ひたむきな“老婆心“が、感動もくれました(*^_^*)


▼~▼ 以下、内容にふれて雑感です。

▼▼▼

1、基本形は、倍賞美津子さん♪


♪『東京ブギウギ』を、ウキウキ歌いながら踊りながらの登場♪


毒舌と言うか、遠慮が無いと言うか^^;
イケシャーシャー?図々しい?
因縁つけて値切るのは、ツラの皮がナントカ?……(―_―)!!


んな“モーレツおばあちゃん”のカツですが
女手ひとつで、苦労の末に、娘を育て上げてきたのは、母の鑑☆


けれど、“苦労の末“は、娘には重荷に……
もちろん、親に、恩は感じているけれど
“子供のために自分の人生を犠牲にしてきたオーラ“の母には
反発もしてしまう……


母は、いちいち、“あんたのために“と、恩着せがましく言ってしまいますが
決して恩を売りたいわけでなく、子供(娘)を大切に想っているよ――
と、言いたいだけなんですよね……


けれど、もし、写真を撮っただけで、若返れたら
出来なかったことを、アレコレやってみたいのも、女ゴコロ…(^_-)-☆


2.変身形の多部未華子さん♪


若返ったら、オシャレをして、やりたいようにやりたい!\(^o^)/
(老年でも、それなりに“放題“だったとは思うが…)
名前も節子と名乗って、別の人生を楽しむカツ。


年季の入った節子が、のど自慢大会で歌った歌が
皆の心に響く。~見上げてごらん夜の星を~


すると、孫が、節子(―祖母)を見初めて
バンドのボーカルに、スカウト。
デビューに向けた、歌手活動が始動する。


~真っ赤な太陽~で、ノリノリに歌うも良いけれど
~悲しくてやりきれない~は、選曲がイイ!


ああ、昔は、イイ歌がたくさんあったなァ……
悲しい歌も、自分の悲しみを乗せて、歌い流したなァ……
それで、気持ちが軽くなったりしたなァ…..


節子=カツも、懐メロのリアルタイムを、思い出すはず……
やがて、幼馴染のお爺さんが、カツの“変身“に気づく――


3.その後のてん末(ネタバレです)


若返ったまま、時間が過ぎてしまうのか――?
しかし、同期の病死が、避けられない運命を知らしめ
節子は、血を流すと、元に戻ることに気づきます。



▽▽▽(要反転)

バンドの命運がかかったある日、孫は事故に遭い
瀕死の重傷を負います。
節子は、緊急の献血を申し出て、孫の無事と引き換えに
元の姿に戻ります。
それまでに、娘とも、親子の愛と絆を再確認でき
感動的で、温かなエンディングへと向かいます――

が、それだけではない。^^;
青春を取り戻したい人は、ほかにもいて(←幼馴染のおじいさん)
実年齢に戻ったカツを、青年になった自分が
“ローマの休日“に誘うのが、とても良い\(^o^)/


▽▽▽
▼▼▼

人生やり直せるなら、やり直そう!
2度目の青春は、謳歌しよう!


若返りのドタバタ劇は、シンプルなテーマですが
観る人の思い出や願望とも重なって、かつ
バレたらどうしよう^^;という、ハラハラもあって
楽しかった!


各国のリメイクも、色々見てみたいです。(*^_^*)



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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『赤いアモーレ』★愛人の愛~ピンクの鏡と赤いハイヒール

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/11254/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

ヒロイン~ペネロペ・クルスに惹かれて鑑賞しました。
監督・主演:セルジオ・カステリット←原作者の夫!
原題:『NON TI MUOVERE(動かないで)』


娘が交通事故で瀕死の折、外科医は
窓辺から、15年前に
我が腕の中で、亡くなったはずの愛人の幻を見た――


外科医に乱暴されたのち(!)、愛人になった女;イタリアを
ペネロペが、演じました。
ペネロペは、小悪魔のような可愛さも
火炎のような、恐ろしいまでの情熱をも、
愛にして見せてくれる女優さんです。


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


妻のいる外科医と愛人イタリア。
始まりが、暴力的なのはショックですが(―_―)!!
そんな男にも、愛を見出してしまう女。
安っぽいようで、激しい恋愛が、繰り広げられます。
↑ココは、ペネロペの独壇場☆


やがて、イタリアと妻が、同時期に妊娠しますが
外科医は、待ち望んでいたはずの、妻の妊娠を喜べない…
察しのいいイタリアは、彼に黙って、堕胎していた。


それを知った外科医は、妻子を捨ててまで、
イタリアと駆け落ちしようとしますが
堕胎が原因で、イタリアは亡くなってしまう。
一方、妻は、娘を無事に出産し、その後、外科医は
何事もなかったように、15年が過ぎる。


そして、今、娘が、事故で瀕死のとき
愛人の幻を見た外科医が想うことは
蘇る思い出とともに、娘の回復。


イタリアの、激しくも、はかなく散った命そのものが
劇中に、力強く、浮かび上がってくる。


印象的なのが、ピンクの鏡と、赤いハイヒールの方っぽ。


昔、ピンクのカバーのミラー越しに
イタリアが、外科医に「愛している」とささやいたことがあった。
遊びゴコロと茶目っ気☆


そして、幻のイタリアも、背を向けて座っていて
あのときのように、ピンクの鏡越しに、何かささやくのだが
外科医には、きっと「愛している」だと、わかるのだろう。


娘が瀕死の今、それは、「あなたの愛する娘さんを助けるわ」
と言うことに、ほかならないと思う。
愛とは、好きな異性への激情だけではなく
愛する人の愛する者すべてを、愛することなのだと思えるシーンだ。


そして、赤いハイヒール☆
瀕死のイタリアが、死ぬ直前に履いていた。
外科医が担いで運んだ時に、シンデレラのように、片方落とし
亡くなったときには、片足だけ履いていた。


外科医が、目の前のイタリアの幻を見て思うことが、イイ。
死後、人はどこに行くのかわからないけれど
命ある限り、どこに留まるかはわかる――と。
そして、たとえ気づかなくても
愛する人は、いつも目の前にいるのだと――
それは、死別した愛人への、たらたら未練などでなく
娘の命も含めた、包括された愛の気づきのようでもある……


イタリアが、最後まで、背を向けたままなのも、趣深い。
そこにあるのは、かつて求め合った、色恋の愛ではないから………


と、思いつつ
ラストシーンに置かれる、あの赤いハイヒールが、また、イイ☆
命を想う、人道的で、高尚な愛を漂わせていても
やはり、愛し合った男と女の愛は、色あせない。
その赤さが、強い“アモーレ“を印象づけるのが、ステキだ☆


▼▼▼


女の、生生しい愛憎劇を演じさせたら、ペネロペは絶品です!


原作者の夫が、監督・主演で
ペネロペ・クルスの愛人を演じる――という設定も
心を、ざわつかせるものがあります。^^;





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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『エヴェレスト 神々の山嶺』★試練と愛と―最高峰に挑んだ男たち

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/165592/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

・写真家(深町):岡田准一
・登山家(羽生):阿部寛

映画『エべレスト3D
』では、観光登山での登りやすい工夫を知りましたが
攻める登山家:羽生は違う。
エヴェレスト山頂を目指すだけでなく
敢えて、困難なルートで制覇することに意味を持つ。
それは、冬季・南西壁・単独・無酸素―― (ムリだろー(>_<))


そんな羽生の凄みに惹かれた写真家:深町が
シャッターを切りながら、羽生を追う視点に連れられて
見入ります。


やがて、羽生と“一体化“した深町が
たどりついたところは―――
(結果よりも、経過に哲学を感じます)


▼~▼ 以下、内容にふれて雑感です。

▼▼▼


1.羽生が攻める!


世界最高峰のエヴェレストは
マニ車を回し、“お祈り“して登る、まさに神の山。
登山者は、登頂への試練に挑み、
神に愛されたかどうかを知る――と言う。


神は試練を与える、と言いますが
神は愛した者に試練を与えるのかもしれない……


垂直の壁を登る羽生を見ていると、そう思えてくる。
結果はどうであれ、チャレンジする勇気とて
誰もが持てるわけではない――としたら
神に選ばれた者だけが、持てる勇気というのもあるのかもしれないから…


そんな神がかった羽生の、ザイルパートナーとして同伴した深町だが
力尽き、宙づりになってしまう……
これでは、羽生の足手まといに…(>_<)


かつて、羽生は、
いざというときは、パートナーのザイルを切ることもためらわないと
明言していたことがあった。
そして、その後、羽生のパートナーのザイルが切れた“事故“が起こり
仲間内では、羽生がザイルを切ったとささやかれ
深町も、それを知っていた。


すると、羽生は、ザイルを切るどころか
深町のところまで来て、深町を背負いながら、登り始めた!
申し訳なくて、深町はやめてくれ!と言うが
力を振り絞って、なんとか登る羽生。(ここは涙出そう)
どうにか、窮地を脱した二人。


ココは、羽生が、ザイルを切ったことへの罪滅ぼしかと思いそうですが
違いました。
ザイルを切ったのは、パートナーのほうで
羽生は、やめろー!と絶叫した…….


クールで、非情っぽい羽生は、実は
絶対にあきらめない男でした。
(伝説の執念を語るのは、佐々木蔵之介さん)


そんな男が、ムリだろーという崖をよじ登る。
激写する深町。
(写真を撮ると言う行為には、食い入るほどの熱さを感じる)


そして、あと少しかというところで
神は、微笑むのをやめた――
深町の目の前で、悪天候に消えていく羽生………………


2.深町もアタック!


羽生の写真集を出版するどころでなく
その写真すら、燃やしてしまう深町。
カメラを通して、ともに登頂を目指していた深町に
やるせなさが残る。


そして、神は、新たな試練を与えるべく
「俺は頂上に立つ!」と決意する深町。


わざわざ、死にに行くような山男たちに対して
「山ってナンなんですか!」と尾野真千子さんは激高するが…



そこに山があって、登れ!と神の声が囁くなら
その試練を、神の愛と信じて登り抜く――
というのも、1つの選択なら
(神ではない)人間が、己の限界を悟り
命の尊さを思い知るのもまた、神の愛でもあるのだろう…….


山頂をめざす深町は、途中、羽生の遺体を見つける。
死して凍り付いても、なお、ギラギラした情熱を発する羽生。


足がダメなら手で、手がダメなら指で、そして
最後には、目でにらみ、“想い”で行け!と鼓舞する羽生。


羽生の“言葉”を受け止めた深町は
羽生と“一体化”して、ともに、かつ
生きて下山することに、全霊を傾けることにする。
(登山よりも下山のほうがむずかしいと言いますもんね)


行くか戻るか――山でのココゾの決断には、哲学を感じます。
この壮絶さは、観て感じるしかありません!


▼▼▼


世界最高峰のエヴェレスト☆
迫真のスケールで、行ったつもりで
“壮絶に“、楽しみました☆


イル・ディーヴォの♪喜びのシンフォニ―も
壮大で、高らかに、感動を盛り上げてくれました☆




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テーマ : 邦画
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映画『あの頃エッフェル塔の下で』★愛も悲しみも怒りもそのまま切なく吹き去るような

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/168529/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

原題:Toris souveniers de ma jeunesse 青春時代の3つの思い出
英題:My Golde Days わが黄金の日々

主演:マチュー・アマルリック☆

モスクワからパリに戻ったポールは
パスポートの疑義で、拘束される。
過去のことを尋問され、ポールは、昔のことを思い起こす――


3部構成の前2章「少年期」「モスクワ期」は、
次の「エステル」へのホップ・ステップに過ぎず
恋人エステルへの強い愛と悲しみが、メイン(ジャンプ!)です。
(ポールとエステルの物語は、『そして僕は恋をする』にもあり)


恋の思い出は、甘くときめいて、キラキラ輝きながらも
それが思い出であることに、苦しい陰りを落とすこともあります……orz


アマルリックは、可笑しみと悲しみが絶妙な俳優さんで、好きです。
ラストシーンのやるせなさがたまらない……


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


パスポートの件は、若い頃、若気の至りで
ソ連から亡命しようとしたユダヤ人に、あげてしまったからです!
子供の頃も、母の自殺などあり
複雑な事情があったとわかります。
人一倍、確かな愛を求めていたのかも――などと思います。


人類学を専攻したポールの学問的意欲もあり
彼は、地元を離れて、パリで学生生活をし
終末に、地元に帰り、恋人エステルと逢うー遠距離交際を続けます。


彼らの尽きせぬ恋心は、愛の言葉に埋め尽くされた
便箋にしたためられます。けれど
すべて投函できたわけではないのも、ミソ。
手紙は、今、この想いを吐き出すべく、綴りますが
すぐに届くわけではないから、書いて終わってしまう“不発便“もある……orz


逢いたくて逢いたくてたまらないのに、逢えないのは辛すぎて
どうにかしてほしくなってしまう――と、どうなるか……
“心の隙間“を埋めてくれるモノに、なびいてしまうんです…(―_―)!!
浮気?――と言えば、そうなんですが(>_<)
求める吸引力が強すぎると、ほかのモノを引っ付けてしまう……orz
しかも、二人とも…(―_―)!!


ポールとエステルは、お互いに、すごく愛しているはずなのに
二人とも、ほかの人とも(愛に関係なく)近い関係になってしまうんです。
でも、本命はお互い同士だから、離れたり付いたりして
月日は、過ぎていきます。


邦題がらみでは、エッフェル塔の見えるベンチでの
睦まじい二人――あのときが一番いいときだったね、ということです。


そうして、何十年かたってから
ポールは、偶然、旧友と再会する。
たわいない話でよかったはずなのに
ポールは、かつて、エステルと浮気した彼に、言っておきたいことがあった!
(旧友は妻同伴なのに(>_<))


それは、彼にだけではなくて、今さらではあるが
自分とエステルとの関係が、ついには満たされた顛末ではなかったことへの
爆発的な怒りと悲しみという、愚痴の集積であった……orz


ポールは言う。
「本当の愛は友情には変わらない」  名言だ……
そして
「愛も悲しみも、怒りも、そのまま」だと――


この“怒り“の気持ちは、悔恨と言うべきでしょうか。
浮気した相手にでも、去ったエステルにでもなく
愛する人を留め置けなかった自分自身への、ふがいない怒りですよね……


そして、ラストシーンが、とても、切な苦しくてイイ☆
町を歩くポールに、風が、何枚もの手紙を、吹雪のように散らす。
拾い集めるポール。
しかし、とてもすべてを拾えない……


その手紙は、おそらく、お互いに投函できなかったのも含めた
彼らふたりの、真の愛をつづった、すべての心。
それが、怒涛のごとく、降りかかっても
すべて受け取ることなどできず、手紙は、後ろへ吹きやられていく――
↑ココたまらん!


ああ、どんなに愛しても、失った人は、もういない――
どんなに愛しても、あの想いを、“生で”留めておくこともできない――
時は、風のように、流れていってしまうだけ――
「そのまま」の想いは、はかなく、自分が思い返す思い出にしかないのだ――

(解釈違ってたらご容赦)


▼▼▼

ひょんなことから、過去を振り返った男の
一途な恋の物語を
アマルリックが、絶妙に、甘辛く魅せてくれました☆

邦題の『あの頃――』という振り返りも、切なくてイイ(^_-)-☆






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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『縁(えにし)The Bride of Izumo』★出雲大社で縁結び!紫陽花は家族の絆(^_-)-☆


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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/168430/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


出雲大社で縁結び――
冒頭から、佐々木希さんの“白無垢綿帽子”で
赤い糸の、縁(えにし)ムード高まります!

幼い頃、両親を亡くした真紀を
育ててくれた母方の祖母が、他界した。
遺品の中に、白無垢と何枚もの婚姻届を見つけた真紀は
婚姻届に記入された男性:秋国が、祖母と深いつながりがあると感じ
転々と記入された住所を尋ねるべく、故郷の出雲に向かった――

秋国さんを捜すのも、祖母との“縁続き“ですが
人捜しの旅そのものも、真紀には、“袖振り合うも他生の縁”となります。

シジミ漁や、出雲大社の神楽なども
ご当地に、ふれた気持ちにさせてくれます♪


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼

1.彼氏とケンカします?^^;

出雲で、真紀の“足“になってくれたのは、
しじみ漁師の充(みつる)さん。

そっけないけど、いい人の充さん♪
フトコロ深さに甘えて、いいたいことも言えてしまった真紀。
で、気まずくもなるのですが……^^;

そこで、真紀が気づいたのが、婚約者とはケンカしたことがないこと!

個人的には、我慢しすぎないで、本心の“ガス抜き”が出来る関係が理想です。
それで、小さいケンカをしたとしても、そこから修正しながら
もっと近くて、イイ関係になれたら、いいな……
上手にケンカできるカップルは、最高だな~と思います。(*^_^*)

真紀の彼氏は、優しくて、気遣ってくれるらしい。(それはそれでいいナ(*^_^*))
けれど、本心を抑えた関係で、夫婦をやっていけるのか――と。
(長い目でみればそれが極意かも……(―_―)!!)

そんな不安は
真紀が、両親(=夫婦)の記憶が曖昧ということも、一つあった。


2、秋国さんを捜して

住所が変わるたびに、祖母に婚姻届を出していた秋国さん♪
祖母の古い恋人???
どんな人なのかと、訪ね歩くうちに、真紀は、知るのです――

▽▽▽ ネタバレ!


秋国は、死んだはずの、真紀の実父でした。
祖母が、借金を抱えた父から、真紀と母を引き離したのです。
身辺整理が出来たら、妻子を迎えに行こうと、祖母あてに
婚姻届を、出し続けていたようです。

大人には大人の事情で、不本意でも、納得づくの離別もありますが
子供には、事情など関係なく、親への思慕が、消えることはないのでしょう。

秋国さんの、紫陽花の絵にまつわるエピソードも
花言葉=家族の結びつき=どおりで、趣きがあってイイ☆

そして、(ネタバレ!)
真紀が、花嫁として乗る小舟の船頭さんが、(名乗らずに)
そっと、新郎新婦に挨拶するのには、じ~~んとする。



▽▽▽

3.ご当地の☆

出雲大社だけで、十分、ご当地感ありますが
・ご当地アイドル:Age Koge Soge  ←ネーミングの方言が良い(*^_^*)
・ご当地ゆるキャラ:えにしちゃん ←かわいい巫女さん♪

↑かわいいモノがあると、萌えます(*^_^*)

充さんも、実は、昔、一枚かんでいたという、“神楽“☆
ご縁が戻って、神楽の舞を披露してくれます。
いつか、ナマで見てみたい♪


▼▼▼

ラストシーンは、出雲大社で、真紀の結婚式。

人を結ぶ、色々な縁がありますが
花嫁が、小船を降りたあとのシーンには、グッと来る。
ああ、ついに、そこの糸がつながったんだ……




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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『女が眠る時』★西島秀俊さんの眼差しが誘うスリルとエロス(*^_^*)

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/168282/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


・ビートたけし~佐原 (若い女とホテルステイ)
・西島秀俊 ~健二 (スランプ中の作家)


海辺のリゾートホテル。
プールサイドで見かけた年の差カップルが気になって
観察(のぞき?)する作家=西島さん目当てに鑑賞しました☆

彼はいったい、ナニを見てしまうのか!?
健二の“目”になって、鑑賞にひきこまれます。
が、期待した“答え“は、得られないかもしれない…(―_―)!!
でも、だからか、メランコリックに話したくなってしまう……^^;


▼~▼ 内容にふれて独白です。

▼▼▼


まずは、好奇心に惹かれて、見つめまくる西島さんの眼差し!
見つめるという行為は、それだけでドキドキさせます。


恋人同士なら、それは、惹かれる愛の強さを意味する。
健二は、妻を見るよりも、熱い視線をカップルに向ける。


リゾートホテルで、夫婦でゆっくりするでもなく
健二の妻は、他の作家の編集者で、仕事で外出がち。
視線が、ほかに引っ張られるのもムリないでしょう……
(けれど、あながちさっぱりした関係でもないのは、終盤
妻の身を案じてくれるところで、ホッとする。)


“見つめる“ことの異形として、画像を撮るのが、佐原。
若い女の“寝姿“を、毎日、上書き保存していると言う。
毎日、最期の日の記録だと言い、彼女を殺してしまいたいとも――(汗)


そして、要所要所で、佐原の言うことがいい。
・夢は、目覚める最後に、物語を作る――(だったか)
・刃物を当てるべきは、のどでなく、手首のほう――(のようなこと)


女が眠っているとき、刃物で、うなじの後れ毛を剃る佐原。
刃物という凶器を、眠る女のうなじという、無防備で
色めき立つ場所にあてがう――
健二は、そこに、乱暴な愛の匂いを感じたかもしれない。
恐ろしいほど、乱暴な……


そして、(私の思い込みですが)
この二人のインパクトにやられた健二は、現実を見つめながら
作家の白昼夢を、見ていったのではないか…….


小娘のときは、両親よりも、その男と生きることを選んだのに
次第に、日々、開花していく自分に
息が詰まるほどハマっていく年上の男を、女は、鬱陶しく思い始めるだろう――


やがて、修羅場と化していくであろう男女から
目が離せなくなっている健二は、二人の部屋に忍び込んだりして(!)
もう、絶賛巻き込まれ中だ!
(大胆な行動も、夢だからなのか、そこまでの好奇心がさせるのか……9


雨の中、逃げるように走って、あわや崖から飛び降りそうな女を、
抱き止める健二。
(雨に濡れた西島さんに、私は、夢ごこち…^^;)
その女は、健二の部屋にもやってきたりして
もう、健二とこのカップルとの縁は、ぐるぐる巻き(>_<)


妻のあの帽子、どこに行ったんでしょうね――
そして、なぜ、そこで見つかるんでしょうね――
佐原と妻の間にも、何かあると思わせるが……


個性的な居酒屋の亭主:リリー・フランキーさんも、
エキセントリックなもんだから
非現実感を煽るんですよ。^^;


なんやかや、夢ならば
支離滅裂であっても、自分が、最後に納得させればいい。


どれも、現実かもしれないし
どれも、健二の小説(フィクション)かもしれない。
殺人事件も、本当にあったのかどうかさえ……(汗)
なんでもないカップルであったとしても
リゾートホテルで、のんびりしながら、
いらんことを考えるのも、バカンスのうちでしょうか……^^;


結局、このリゾートホテルで見たカップルとのことを
健二が小説にしたら、ベストセラーになったらしいラスト。
そこで、健二が、佐原を見つけるのがいい。
このまま、幸せで安定した終わりを迎えさせない。
佐原=ビートたけしが、見る者に、置き土産をするのだ。
あのリゾートホテルでの数日は、ナンだったのかを――

(解釈違うとき容赦)

▼▼▼

『MOZU』では、本当の真実を!と力んでいた西島さんが
スリルとエロスで、ケムに巻いたような世界に、連れていってくれました。^^;
(西島さんと、リゾートホテルに滞在したような気分になれるのもOK(^_-)-☆)





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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『X-ミッション』★Xスポーツのスゴ技てんこ盛りを楽しむ\(^o^)/

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/168915/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

映画『ハートブルー』のリメイクだそうで
前作以上に、”Xスポーツ“のてんこ盛りがメインです。
・Xスポーツのこと→コチラ


ストーリーは、取ってつけたようなものと割り切りまして
スゴ技目当ての鑑賞です^^;


しいて言えば、“Xスポーツ”と呼ばれるスポーツが
ただ、“危険で過激“というククリではなく
心情も含めた、ある種の“スタイル“だとすると
劇中の彼らが繰り出すスゴ技が
思想・心情的な背景を背負ったもの――という動機は
面白いかもしれない。


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


世界中でお騒がせの“X集団“が、
なぜ、Xパフォーマンスをするかの理由が
“オザキ8”なる秘儀の達成。


オザキさんが、自然保護を訴えるために
自然と一体化したようなパフォーマンスを提唱したという設定です。
ソレらが、命知らずなもので
達成できたら悟りが啓ける?との伝説を匂わせつつも
X集団は、それは関係ないとも言う……(―_―)!!


そもそも、自然保護と言いながら
山を爆破(汗)などするので、理由はいらないです^^;
スゴ技に集中、集中…


冒頭のバイクシーンで、テンションはすでにマックス!
尾根のスジみたいなところを走るだけでも、オオ!なのに
飛び出して、向こうの小スペースに着地!(下は崖)
けれど、ジョニー・ユタのお友達は、落下…….orz


その不幸がきっかけで、ユタは、めぐりめぐって、FBIへ。
犯罪者と化した“X集団“逮捕のために、潜入。


X関係で有名なユタなので、X集団のボス:ボーディも、既知。
友人の死に気が咎めるユタに、ボーディは
彼自身が選んだ道(自己責任)だったと、言います。
(ほかのシーンでも、繰り返されますが
私は、“自己責任“という姿勢は、好きです。
ときに、ムリに誰かの責任にしたがる場合を見かけますが(汗)
自分が選んだ行動の結末は、自分自身に還ることだと思っております)



前作を思わせる大波のサーフィンも、スゴイ!
30mの大波は、ムリだろー(―_―)!!
でも、見てるぶんには、楽しい~\(^o^)/
大波のシーンは、さすがに、ラストにも繰り返される。


雪山での、スノボ滑走も☆
ラインが見えないから、ここはムリだろーと思わせておいて
滑りだすんだな~これが(^_-)-☆
ほとんど垂直のような壁面!転べないよね~。
見てる私が、足に体重かけてどうする^^;


フリークライミングも☆
(ボーディらを逮捕するために、ユタも追いかける設定)


体一つで崖を登る――のだけれど
指への依存度かなり大です。
反ったところは、どうするの?(―_―)!!
見てる私のほうが、指も手も、汗でべっとり…(>_<)


ときに、山寺の修行僧が、崖登りをさせられたとき
信心があれば完遂できる、と言われたけれど
その険しさで、バタバタと修行僧が落下したらしい話を聞いたのを
思い出しました。(記憶違いご容赦)


信念だけでは、崖登りはムリ……
ボーディのお仲間は、落下…….あ~


一方、完遂したユタとボーディ。
逮捕か?と思いきや、なんのなんの
ボーディは、滝にダイブ!追いかけるユタも!ドボン!(>_<)


▼▼▼


ストーリーは、ストーリーとして^^;
非日常のドキドキを、楽しみました☆


ラストの“大波”いかんによっては
続編もありそう(^_-)-☆



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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『アデライン、100年目の恋』★愛する人たちと同じ時間を生きられる有難味


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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/167083/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

主演:ブレイク・ライヴリー
↑彼女の美しさが要!☆


昨今、アンチエイジングがお盛んで
若くありたいと思う、特に、女心をくすぐります。


アデラインは
ひょんな事故に遭い、29歳のまま年をとらなくなりました。


もし、29歳で、加齢が止まったらどうですか?
しばらくは嬉しいとしても、
何十年もとなると、厄介です……


作品は、いつまでも若く美しいことの“悲劇性”を帯びながら進み
光明が見えたあたりで
加齢の重鎮ことハリソン・フォードの登場で
人に歴史ありの、重厚な人生観に包まれたようでした。


▼~▼ 内容にふれて独白です。

▼▼▼


1、実年齢との差


実年齢45歳くらいで、29歳に見えてしまうアデラインが
警官に、不審に思われるシーンがあります。
が、
実年齢52歳だったのに、20歳は若く見えた某食堂のオバサンを
私は知っています^^;
それくらいで、しょっ引くのは、ないだろう…….(―_―)!!


ともあれ、見た目も美しすぎるアデラインは
実年齢を隠すために、別名で生き、転居を繰り返します。
若くて美しいことが、こんな面倒なことになるなんて…orz
(逆に、老けメークしたら、どうだったのかな……(汗))


娘とは、姉妹みたいと言われるのもつかの間
娘を母といつわり、やがて、祖母といつわるようになる……
このままでは、いつの日か
老いた娘を、看取ることになってしまうのだろうか….
(それは、老けメークでも追いつかないか……orz)


2、偽りの人生を終わらせたい


いつまでも若いと、人生を謳歌できそうですが
↑そんなわけで、アデラインは、実名を隠し
事実を知られまいとして、他人との深い関係(恋愛含む)を避けてきました。
(夫にも先立たれている)


若さのために、人生をよく生きられないなんて、なんてこと…orz
彼女の美しささえ、悲しく映ります…
老い先短い“娘“が、母を案じます。
隠したり逃げないで、好きな人と、本当の人生を歩んでほしいと。


かくして、ある青年と相思相愛になったアデラインは
(仮名のままですが)真実を告白するつもりで
彼の両親とも、逢うことになりました。


3、「アデライン!」 by ハリソン・フォード


彼氏の父(ハリソン・フォード)が、彼女を見てビックリ!
元カノが、当時のままの姿でいるではないか……
とっさに、ごまかすアデライン。


この二人の再会には、思うところありますね……


ハリソンにしてみれば、結婚を考えた元カノが
同窓会での再会とは違って、当時のままの姿でいるわけです。
当時の感情が、否が応でも蘇りそうでしょう?


いくら、アデラインがごまかしたとしても
二人しか知らない、アデラインの手の傷で、確信するハリソン。
ハリソンの白髪やしわが、彼が生きてきた時間の長さと
抱えてきた感情の重さを、語るんです……


同時に、若く見えるアデラインにも、同じことは言える。
29年どころではない、その何倍も
悲しみを背負ってきた……
本当は、ハリソンの求婚を受けたかった想いも
自分の呪わしい若さのために、封印してきた……


通り過ぎて、捨ててきたはずの想いが
今、目の前にあったら、心の時間のバランスをどう取りますか??
今は、好きな人の父親――それでも、いいのですけどね……


ニクイことに、天本学者のハリソンは、
研究していた星に、“デラ”と名付けていた。
息子には、オバの名だと言っていたが、アデラインでしょう。(*^_^*)


アデラインは、若さの時間をとどめていたけれど
愛する人は、星に、自分への想いを永遠に重ねてくれていた――と思うと
胸がいっぱいになります………


しかし、もう、時間は戻せません。
元彼の息子を、今は、心から愛しているなら
彼に、本名の「アデライン」と呼んでもらえる人生を歩むべきでは…


そうこうするうち
アデラインは、再び、ひょんな事故に巻き込まれ
今度は、止まっていた“加齢“のネジが、動き始める――


▼▼▼


白髪を見つけて、ホッとすることはありませんが^^;
愛する人たちと、同じ時間を過ごせることに
生きる意味があるのだ――と思えてきます。


年相応が吉☆(^_-)-☆





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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『ウォーム・ボディーズ』★愛あればこそのゾンビ再生\(^o^)/

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/161573/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


心温まるゾンビ映画―というので、気になっていました☆
(この頃は、イベントもあって
ゾンビ、皆さんお好きですよね。(*^_^*))


人間の敵として、容赦なく、頭をブチ抜くのが爽快なのか――(汗)
あるいは
元は人間だったのに…というやるせない絶望か――orz
(例:『アイ・アム・レジェンド』)


作品は、ゾンビ青年の独白で始まるので
ゾンビ青年の視点で、見始める。
ただ、彷徨うばかりなのは、絶望的だけど……

▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


人間の視点だと、彷徨うゾンビは、不気味で怖いだけでしたが
ゾンビ青年の身になってみると、辛いものがあります……


人間の記憶は、失っていても
まだ生きて(心臓が動いて)いるので
空腹を満たすために、人間を食わないといけない…
あとは、ただただ、彷徨う……


人間として生きているので、漠然と死にたくない……と思うことがありますが
こんな状態で生かされてしまうなら、
ひと思いに、ヤッテほしいと思ってしまう…(―_―)!!
意識があるのが辛い…orz


で、あまりに辛いと、ゾンビは“ガイコツ“になるらしい……
しかし、ガイコツになっても
結局、心臓が動く者を襲って生きている……(汗)
ちゃんと死ねないのはつらいナ……


などと、死生観の哲学をツツかれていると
ゾンビ青年は、人間の乙女と出逢う☆
と言っても、
人間vs.ゾンビの戦闘中、
青年(以下R)は、彼女を、つい救ったのです。


戦闘中、Rは、彼女の元彼の脳を食って(汗)、
彼女との思い出も共有した――というオマケつき……^^;


出逢いは、恋の火を灯し
恋は、人の感情を掘り起し、ゆさぶる……
そんな愛の力は、やがて、命の炎となり
身も心もウォームアップして
魔法が解けるように、ゾンビも人間に戻れるか!?
という、“愛の奇跡“高らか\(^o^)/なのが、良いみたいです(*^_^*)
(Rだけでなく、ほかのゾンビたちも、救われそうなのがイイ☆)


さて、このゾンビ・R。
血色のよい顔にもなりますが
ゾンビ顔のほうが、ゾクゾクする美しさ☆に見えるのは
私だけ?^^;
(トム・クルーズがヴァンパイアになったときにも、ゾクゾクした^^;)


ゲテモノのゾンビでなく
クールビューティなゾンビというのも、視覚的な引力ありか ^^;

▼▼▼


人間vs.ゾンビの関係は、ハートウォーミングに向かいますが
死ぬに死ねない“ガイコツ“たちは、どーなるんだろー(―_―)!!
成仏させてあげるのも、愛かも…





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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『オデッセイ』★火星から生還する知恵と勇気(有機?)(^_-)-☆

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/168108/
あらすじ・配役はこちらを参照ください。

火星に、ひとり置き去りになった飛行士は
はたして地球に帰れるのか!?


火星とか宇宙とかいうところでは
酸素なし、水なし、食料なし!
どーするんだろーという心配と興味に煽られながら
のめり込みました。


知力も体力もあるマット・デイモンなら
安心してください、帰れますよ――と思わせますが…


クールかつ必死に、サクサク対処しながら
時折みせる絶望感を、
必要以上に、情で流さない感じが
逆に、生き残ろうとする人間らしさを、印象づけてくれました。


▼~▼ 内容にふれて雑感です。



▼▼▼



1.有機栽培とは!


火星にひとりぼっちになった彼は
幸い、植物学者。
クルーが残していったジャガイモと、“肥料”(排泄物とも言う)で
有機栽培する。


有るものがなくなったら終わりーーというのではなく
栽培・育成しようというのは、ナイス☆
葉が茂り、収穫することにも、命を感じる。
生きられるゾ!という覇気がある。


水を生成する果敢なトライも
知恵と勇気が、あればこそ。

(じゃがいもは、保存が利くし、ビタミンCも豊富でイイ☆)


2.困難をつぶしていく


火星で食いつなぐこともですが
地球に、どうやって帰るか……その前に
生存に気づいてもらわないと…
気づいても、どう交信するか?
やっとこさの交信の工夫も、知恵だな~と敬服。


飛び立ったクルーが、戻ってくれるのが手っ取り早いのではないかと
素人目には思うのですが
当初、“事情”があって、そうもいかず……



そんなこんな、有るもので工夫して、計算して――
ダメかもしれない、という恐怖もあるとしても
“手段“を持つ人は、ムダにあきらめないんだな……
神への祈りも、人事を尽くしてから。



作品で印象的だったのは
困難に際し、家族や思い出などの回想シーンが
目立たなかったこと。
きっと、彼の心の中には、あったはずですが
1つ1つ、クールに対処する“現実”の姿が
ホットな人間味で、グイグイ惹きつけます。


3.いよいよ!


結局、クルーが、彼をピックアップする段取りになります。
置き去りにした/された、というわだかまりはありませんが
ここでも困難が!(汗)
船が速過ぎて、彼を、つかまえられないかも……orz
どう計算して、どうします?


――ここで、船長は、交信スイッチを切ります。
地上に聞かれないように。
現場には、現場の判断があります。
しいて、神を言うなら
彼を助けるために、地球の人の声でなく
宇宙の神の声に従う――と言ってみよう。
(船で爆発((!)して減速させマス)


そして、いよいよ
彼をつかまえる!と思ったら、手がすべって―(汗)すぐ
ロープで絡めて、からめとって、からめる、カラメル…….



▼▼▼



頭の回転の速い対処には
ついていかれない部分も、ありましたが(汗)
そこがまた、スピード感あって良かった☆



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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『エンド・オブ・ザ・ワールド』★この世の終わりをともにする“友“を


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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/161340/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


原題:SEEKING A FRIEND FOR THE END OF THE WORLD


小惑星の地球への衝突を、3週間後に控え、
なすすべが無くなった人類の様子ですが
“この世の終わり“の絶望を、大スペクタクルで見せる作品ではありません。
(『渚にて』や『メランコリア』に通じるものがありそう)



邦題は、なんだか絶望的ですが
原題は、”友を見出す“前向きさがあります(*^_^*)。


▼~▼ 以下、内容にふれて雑感です。

▼▼▼


あと3週間足らずで、地球滅亡すると悟ったとき
人は、どうするのでしょう……
悔いのないようにしておきたい――とも言えますが
どうも、一度は“悪いコト“をしておきたい面もあるようで(汗)
その1つは、本能に従うこと^^;――乱痴気や、呑めや歌え。


一方で、世界が終わらなくても、命にはいつか終わりが来るのだから
『生きる』のように、自分のすべきことを見つけて
全うすることが幸せ――というのもある。


劇中のメイドさんは、来週、またそうじに来ると言う。
地球滅亡を3週間後に控えていたら
それは、意味がないことでしょうか?
いや、普段通り過ごすことこそ、心の平安が得られそうです。(*^_^*)
それに、生活していれば、滅亡寸前まで、何かしらゴミも出る。^^;


劇中、出逢った男女は、それぞれ直前に、パートナーと別れ
親とも一緒に居られない状況でした。
男は、女をなんとか親元へ送ってあげようと
自家用機を持つ“知人”に、はるばる逢いにいくことにした。

↑この旅が、ロードムービーになっていていいです。(*^_^*)
この二人が、仮に最期の友として、ひとっところで
片寄せ合って死をみつめるよりも
たとえわずかでも、何か目的をもって旅するほうが
楽しくてイイ☆

そして、実は、たどりついた“知人“というのが
縁切り状態になっていた、男の父だとわかる。
この期に及んだ再会は、和やかで良かった。


いつまでも、時が続くと思うと、赦せない人は赦せないかもしれない(汗)。
しかし、“全ての終わり”がわかれば、それに免じるように、赦せてもいい。
死ぬ直前には恨みを残すより、笑って安らかなほうが幸せです。(キッパリ☆)


そして、自家用機に乗せてもらい、親元に向かったはずの女は
引き返してくる。
最期に、一緒に居たいと思った人へ向けた
キーラ・ナイトレイの笑顔がまぶしい☆


▼▼▼


この世の終わりでなくても、
いつか人には、終わりが来る……
一緒に居たい!と想い想われることが、究極の幸せかもしれない。
いい終わりを迎えるかどうかは、心の持ち方☆自分次第でもある。


“SEEKING A FRIEND ” 
↑大事なことですね(^_-)-☆





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テーマ : ヒューマン・人間ドラマ
ジャンル : 映画

映画『ヴェルサイユの宮廷庭師』★“わずかな無秩序”が生む幸せの調和♪

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/165412/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

原題 『A LITTLE  CHAOS』 ←カオス!
監督・脚本・ルイ14世: アラン・リックマン←惹かれました!
・サビーヌ: ケイト・ウィンスレット

広~~~いヴェルサイユ宮の庭園の一区画
『舞踏の間』を造園した女性:サビーヌに
光をあてています。(架空らしい)

・ヴェルサイユ宮殿の庭→コチラ
・庭園>木立→コチラ


指揮を執るのは、設計士:アンドレ=ル・ノートル。(実在)


“調和”を重んじるアンドレとは、対照的に
“わずかな無秩序“(原題:A LITTLE CHAOS)を、
造園に生かす、サビーヌ――ということですが…


サビーヌの手がけた「舞踏の間」は、“ロカイユ調”で
貝を埋め込んだ、階段状の壁を水が流れるという
新鮮なアイディア☆


そんな造園作業も見せながら
“わずかなカオス“は、それだけではないゾ!というのがミソかも。
それは
アンドレとサビーヌの間に生じた情愛も、そうかもしれないし
サビーヌが、押し隠していた“苦悩”の表出も、そうかもしれない……


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


1.サビーヌの庭園造り~水~


『ロカイユの木立』とも呼ばれる庭には
貝をびっしりと土に埋め込むという、手の込みよう(>_<)
そして、
そこには滝のように、水も流すという趣向――

↑この作業は、大変です(>_<)
嫌がらせで、まともな人足が来なかったときもありますが(汗)
協力的な人もいてくれて、作業は進んでくれる♪


それにしても、“泥と水の祭典”のような作業の苦労も知らずに
サビーヌに嫉妬した、アンドレの妻の嫌がらせよ!
水門を開けさせて、庭を、流し崩してしまった!!!(>_<)
まさに、カオス状態の庭……


2、心の隙間を潤す水~情愛~


アンドレは、“水害”は、妻の仕業だと見抜き
冷え切った関係は、ますます氷結。
サビーヌへの好意が、もっと傾いていく……


この二人は、同僚以上の気持ちを持つのだろう……と予想しつつ
サビーヌが、安易に、男女の淵に溺れないのがイイ☆


独身のサビーヌが、仕事のできる男性に惹かれるのはわかる。^^;
彼の夫婦仲が良くないからと言って
不倫関係に躊躇するのもわかる……?
いや
彼女のためらいは、時折現われる、“娘”の幻にあったのかもしれません。


サビーヌは、まずは、女<庭師として存在しますが、やがて
夫と娘を失った女性として、見せていきます。
心に隙間があるならば、何かで(仕事でも愛情でも)満たしたいもの。
それが無意識であっても、心の水面下では
ざわついているはずです…….


3.心のつかえを流す水~涙~


目の保養は、宮廷の様子☆
サビーヌも、王に招かれ、貴婦人たちと
上っ面の社交辞令を交わすのか――?と思ったら
そうではありませんでした。


なんの悩みもない貴婦人たちかと思えば
子供を亡くしたご婦人の多いこと……
彼女たちは、そんな悲しみを、慰め合って
心の隙間を、埋めていたようです。


そんな貴婦人たちとの出逢いで
宮廷の造園への意欲を新たにするとともに
娘の事故死を自責してきたサビーヌに、
心の震えを(カオス?)、起こしたようなのです。


そして、波涛のような悲しみと悔恨を、吐き出したとき
そばには、アンドレがいて、受け止めてくれました。


おそらく、その“吐露の涙“の受容がなければ、
幸せ(恋愛を含む)には、進めなかったと思います。


4、アラン・リックマンのこと☆

監督としてだけでなく、ルイ14世の役柄も良かった☆
威厳に満ちた怖さもあるけれど、品格と包容力が素晴らしい☆


サビーヌと二人で、よその農園で語るシーンがいい。
王でもあり、悲しみを知る人間でもある、この方の庭を
私は作るのだ――という情のようなものを感じます。


事務的な発注でない、“人間の仕事“というものを
感じるのです。


▼▼▼


男と女がいると、結局は、そういう成行きになるのかな――(汗)と
思ってしまう面もありますが^^;
雨降って地固まる――とも言えます^^;


わずかなカオスが、
新たな調和と新しい希望を生む――としても
その“わずか”は、微妙かもしれない…….


その辺が、この作品の、奥ゆかしい魅力なのかもしれません^^;



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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『いしゃ先生』★志田周子先生のご遺徳を銀幕に美しく清々しく


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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/168962/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

・志田周子の生涯を銀幕に甦らせる会→コチラ
・過去記事→コチラ


昭和初期。
山形県は旧大井沢村で、初の診療所の医師になった
女医:志田周子(ちかこ)さんの物語です。


初!女医!ということでのご苦労は多々あったようですが
作品は、苦労まみれ(>_<)ではなく
苦労の中にも、清々しい息吹を感じさせてくれます。


元村長の父の頼みで、周子先生は
3年だけの約束で、東京から故郷の診療所へやってきた――
(年表を見ると、お父様は元校長とあり)


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


父親は、“いしゃ”の必要性を感じても
村の人は、受診する気配なし…(―_―)!!
そこで、歩いて営業?して回る周子先生。
なんともなければ、かかる必要はないのですが……
かなり悪そうなのに、追い返して、祈祷師に頼る人もいます。


国民皆保険のない当時では、よっぽどのことがなければ
いや、よっぽどのことがあっても
“いしゃ”にかかる生活ではなかったんですね……


意外だったのは、むしろ死んだときに“いしゃ”が必要だと言うこと。
かなり悪そうだった方を治療させてもらえず
逢わせてもらえたのは、亡くなってから。
理由は、死亡診断書を書いてもらうため。


↑なんということか……と思うのですが
患者さん第一号のおばあさんの言うことには
村に“いしゃ“がいてくれれば、すぐに死亡診断書を書いてくれるから助かると。
無医村では、死んだあと、
峠を越えて、遺体を町の病院まで運ばないといけないと。
冬の峠越えは、それはそれは寒いのだと……


生前の治療より死後のための“いしゃ”というのも
キビシイ現実をみるようですが……
雪の峠越えのシーンは、確かに、大変だ……


自動車などなく、人足数人がかりで、荷車を押すったって
雪が深くて、前に進まない!(>_<)
重病の人なら、余裕をもって(というのも変ですが)
早く町の病院に運ばないと!そ
の判断は、周子先生の言うことをきかないと!(>_<)
雪の中で立ち往生したら、もう、どうにもこうにも……(汗&涙)
雪の中で、こときれたら、悔やんでも悔やみきれない……orz


自動車はもちろん、はじめは、自転車もなかった周子先生。
歩いて、家々を往診する。
田舎の隣は、遠いなぁ…………………..


そうこうして、約束の3年が経った頃
周子先生の母親が、お産のトラブルで(昔は子だくさん)亡くなってしまい
“いしゃ“だけでなく、弟や妹の母親代わりにもなることに。


が、そこには、恋人との別れがありました。
人生には、選択を迫られるときがありますが
女性には、特に、仕事か家庭(結婚)かを、迫られる傾向があります。
東京に戻らず、故郷の“いしゃ”として生きる選択をするシーンには
切ないものを感じます。


かくして、村で医療を続けた周子先生は
保険文化賞を受賞する栄誉に浴し、喜ばしい☆
するべきことをしてきただけ――との謙虚なお言葉どおり
その後も、村の“いしゃ”を続けていかれるのですが
長くは、続きませんでした……
満51歳(数えで53?)で、この世を去ってしまわれます!


ご生涯の短さには、惜しまれて、言葉もありません……
しかし、
劇中にはありませんが、周子先生は、“いしゃ”のほかに
村会議員となったり
よそのお子さんを預かって愛育されたりと
千手観音のようなご活躍ぶりで
スーパーウーマンとお呼びしたいです。
ご自分のことは、二の次で、生き抜いていかれたのでしょうね。


▼▼▼


平山あやさんの周子先生が、チャーミングです(*^_^*)
(周子先生にそっくり☆と)


ご遺徳を銀幕に残したい、という想いが
温かく叶ったような作品だと思います。



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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』★姪が取り戻したかけがえのないモノ

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/167829/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

・ベルヴェデーレ宮殿公式サイト→コチラ



第二次大戦中、ナチスに奪われた伯母アデーレの肖像画を
姪マリアが、(裁判してでも)取り戻そうとする――ということですが……


教会やユダヤ人家庭などから、ナチスが略奪した芸術品の
保管場所をつきとめて、当時、奪還しようとした様子は
映画『ミケランジェロ・プロジェクト』にありました。



その中で、無人のユダヤ人宅の壁に、絵を戻すシーンがありましたが
それは、象徴的な理想の姿で
実際は、なかなかむずかしかったんだろうな……と思われます。


当時、子供だったマリアも、“返還キャンペーン“の波に乗れたときは
すでに、80歳を過ぎていました。
ヘレン・ミレンは、ただ、見た目の高齢女性を演じたわけではありません。
随所で挿入される過去の映像から
彼女が、背負ってきた重いモノの正体に、心を動かされます。


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


1.「クリムトの絵」か「個人の絵」か

アデーレの絵は、夫がクリムトに注文して描かれたもので
個人の肖像画として、自宅に飾られていたものでした。が
ユダヤ人である彼らの家から、ナチスが剥がし取って
ウィーンのベルヴェデーレ宮殿に、移動されました。


しば―――――らく、ベルヴェデーレ宮殿(美術館)に置かれていたので
その絵は、“クリムトが書いた「黄金の女性」の絵”として
公共物のような感覚になり
“オーストリアのモナリザ“とも呼ばれる。


本当は、個人が支払った所有物で
相続も遺言されていた、私的な絵だったのに……orz
美術館においたままでもいいから“返還“して!と、マリアは譲歩しましたが
美術館は、美術館のものだと譲らない(>_<)


2.遺言か遺志か


話し合いによる返還はされず、
事情で、マリアが在住するアメリカで訴訟を起こすことになります。


アデーレが、死後、ウィーンの美術館に置かれることを希望したフシもありますが
所有権は、マリアの夫にあり、相続は親族へ、と遺言していました。
(ややこしいでしょう?)


美術館は、至宝としての芸術的価値で譲れないし
マリアの弁護士は、当初は、金銭的価値(汗)でがんばりました。
けれど、マリアには
“懐かしい伯母さんの絵“――だけじゃない、譲れないモノがあったようです。


3.ウィーンへの想い


絵の返還にあたり、マリアは、
ウィーンに行く必要があるなら、及び腰になっていました。


故郷ウィーンは、思い出の場所であるけれど
ナチスと、一般の協力者からも
迫害に遭い、家財もろとも奪われ、
マリアは、泣く泣く両親を置いて、夫と逃げ延びてきたのです。
(そのシーンは、まさに生死の境を逃げきった!という緊迫感です)
アメリカ人として、すでに長く生きてきたマリアは、
あのウィーンに、戻りたくないのです…………….


↑この気持ちは、本当に、いたわしいことです……….
そのような想いの中で、“あの絵“だけは返してほしい!と
切に思うことの意味が、画面から伝わってきます。


そんなウィーンには、
自国の罪を贖おうとする青年(ダニエル・ブリュール)がいて
滞在中のマリアの助けになってくれるのが、嬉しい☆


▼▼▼


ナチスにより奪われた時間や家族は、戻りません……
壊れた幸せも、元通りにはなりません……


けれど、端的には、形ある絵は、元に戻れます。
それがすべてではないけれど
奪われっ放しでなく、“取り戻す”という行為は、
家族の尊厳をかけた気持ちだったかもしれません。


意地でも取り戻したとはいえ、個人でしまっておくのでなく
「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 1」と、
アイデンティティを持ったその絵は
苦難の歴史を背負った、かつ、クリムトの名画として、
別の場所(ノイエ・ガレリエ)で展示され、
広く鑑賞できるのはありがたいことです(*^_^*)



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Author:yutake☆イヴ
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