映画『友罪』★人生いろいろ罪も悔いもいろいろ


173747_1.jpg


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/173747/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。原作未読です。

・益田(元雑誌記者): 生田斗真
・鈴木(少年A): 瑛太

↑同時期に、入寮して、町工場で働くことになった二人。

益田が、鈴木の“正体”を知ってどうした、ということだけでなく
益田自身と周囲の人の“重たい人生”も
グルグル巻かれていました。
殺人事件がらみで、「命について考えよう」というのもアリですが
それは、言葉で伝えるには軽い……かもしれない…

むしろ「生き残っていくことについてガツンと考えよう」
ということで、受け止めてみたかも…

▼~▼ 内容にふれて雑談です。(違うときスミマセン)
▼▼▼

1. 鈴木と罰    

少年Aたる鈴木が、なぜ子供を殺したのかは明らかでない。
淋しさの歪み?と思っても
明確にしきれないのが、本当のところか…
ただ、今の鈴木には、悔恨があるようで
死をもって、償いたいような気配をみせる。

元彼から執拗な嫌がらせ・性暴力を受ける女性をかばって、
その男から殴られ蹴られても、鈴木は反撃しなかった。
むしろ、男の前で、自分の頭を石で叩き
これでも死ねない!と叫びながら、血まみれになる様は
殺人の狂気を彷彿とさせ、すさまじい……

性暴力男(たち)は、吐き気がするほどヒドイ!
罪悪感なんて、かけらもない…
奴らが、殺人者よりマシなどとは、
絶対に思えない!


2.交通加害者の父

とはいえ、やはり、人を死なせる罪の重さは、重すぎるもの。
息子が、子供たちを交通事故死させてしまった父は
家族を解体させ、息子が結婚するのも反対している。

償いの気持ちから、被害者宅へ毎月送金し、挨拶にも行くが
遺族からは、もう忘れたいから関わるなと言われる。

“償い”は、誰に対してしているのだろう……
償うと言っても、命は還らない。
何かせずにはいられない“誠意“は、自己満足でしかないのか…?
この父に必要な“救い“は、なんなのだろう……


3. 指がつながる益田

工場で、益田は、指を切断する事故を起こしてしまう!(>_<)
急いで搬送される益田の本体。だが、指も行かないと!(汗)
鈴木が、氷漬けにした指を持たせてくれ
益田の指は、つながる。

これも、何かの暗示か?
スパッと絶たれたものであっても、早く適切に処置すれば
元通りになる可能性がある。
命は還らないけれど、戻れる可能性を、諦めてはいけないゾと(^_-)-☆


4. イジメ自死の同級生の母への告白

そんな益田は、昔、親友をイジメ自死で亡くしていた。
かばいきれず、自分も加害者になったことを悔いていた。

それをついに、死の床にある親友の母に、告白してしまう益田。(>_<)
親友の母は、益田がずっと良き友と信じていたのに…orz
隠し事は、苦しく辛い。告白は、心を軽くするだろう。
けれど、その告白を聞かされた人は、代わりに重荷を背負うことになる。
ましてや、死にゆく人にそんな苦しみを与えるとは…( 一一)

“正直“は真摯であっても、残酷であってはならないよ…

ヒドイことになってしまったが、それでも吐露せずにはいられなかった
“罪悪感の重さ”なのかもしれません………


5. 法務教官の娘

少年院で鈴木を指導し、鈴木が絵に描くほど
慕っていた、母のような教官(白石)がいた。

彼女は、少年らの更生を信じ、
家庭(娘)より仕事熱心に、やってきたもよう。
それが不満だったらしい娘は、妊娠・中絶の話をもちかけたとき
不満を爆発させる。

他で善き人でいるために、
家では、善き母(or妻)になれないことはあります。orz
仕事優先・仕事の虫などとも言われますが
仕事する以上は、そうなりますよ。
だからと言って、娘を、気にかけていないわけではないのョ。

「命を大切にしてほしい」
彼女は、殺人犯の少年に、切実にそう伝えたい。
その気持ちは、娘を愛する気持ちと重なっているんですよね。


6. 泣き笑う鈴木

不本意にも、益田が撮った鈴木の動画写真がもとで
鈴木は少年Aとわかってしまい、工場を出ていった。
この先、彼は、どこへ行き、どうなっていくのか?

鈴木は、泣き、そして笑う。
もう泣くしかないか、笑うしかないような
“為す術なし感”がある――

一方で、無表情・無感情な人間性の欠如でなく
喜怒哀楽・複雑な感情の見え隠れする、体温の感じる人間として
この先、生きていってほしいーとの期待も感じると言っては、おかしいか?
いや、ここは、鈴木はどう生きていくのかな~ではなく
白石先生が、家庭よりも優先してきた“更生”を思えば
鈴木は、それに応えて、しっかりした人間性をもって
生きていかなければいけない!と思うよ。

▼▼▼

同僚が殺人犯かも!?というだけではなく
あの人にもこの人にも、
人生いろいろ 罪も悔いもいろいろー
な作品でありましたョ(^^)/


Yahooブログ→コチラ



にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析



スポンサーサイト

テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『山の音』★息子の嫁への優しさといたわりnot恋

1122.jpg


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/13245/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


原作: 川端康成
監督: 成瀬巳喜男
舅:山村聰
菊子(息子の嫁); 原節子
息子:上原謙  
 ←復員  戦争未亡人と不倫!

「山の音」とは、舅が、死期=“老齢の自分”を感じたという“音“。
(でも60歳前半です)
あらすじには、息子の嫁に対する、舅の感情――とありますが
いわゆる恋愛感情は、感じさせないのが、ミソです。

息子の不倫、娘の出戻りーetc.
ゴタゴタしたホームドラマのようでもあります。
戦後間もない時代背景ですが、家庭内のこと
男女のことは、時代を越えて感ずるものがありそうです。


▼~▼内容にふれて雑談です。(解釈浅くてスミマセン)
▼▼▼

1番の問題は、息子かと。
劇中の彼は、元兵士というトラウマを、感じさせませんが
それも関係してか、戦争未亡人と不倫関係にあります。
スゴイのは、同居の両親は、“女の存在”に気づきながら
息子の嫁には、何事もなく接していること…

―――いや、舅は、それを知っているから
息子の嫁に、優しく接しているのかナ……

嫁は、ほとんどお手伝いです。
用を言われれば、そうするし
言われなくても、自分から、用を捜す。(それが普通だった時代か)
よく出来た嫁がいればこそ、その家は、回る感じ。

そんな嫁を、息子は、“子供“だと蔑む…( 一一)
(原節子さんの清潔感は、確かに☆)
(女として)物足りないんじゃないの?とも、言われますが(汗)
ときに、妻が、きちんと家政を仕切ることが、母親のようで、
アソビ心ある“彼女“を、別に、求めたくなる可能性も否めないのかも…

劇中では、下世話感はありませんが、
舅は、逆に、今や、いびきをかく老妻には感じない
“息子の嫁“の、無垢な子供のような清楚さが
心に響くかのように、思えます。

そんな舅の、息子の嫁への優しさに対し
姑が言った言葉が、私に刺さりました!それは――
その優しさのために、嫁は、気を遣って
息子のグチが、言いにくいのではないかー
あなたの優しさは、むしろ、残酷ではないかーというようなこと。
“優しさの先回りが残酷“とは!!!目からウロコでした!

原作では、嫁が能面をつけ、涙を流すシーンが
エロティックに、キモのようですが
映画では、舅は、恋なぞ持ち出さない“優しさ”にあふれていたのが
嬉しく思いマス。(^^)/
恋は、人をつなげる感情である一方
関係を壊す破壊力も、ハンパないですから…(汗)

大胆な決断は
子供連れで出戻った、義妹の様子のこともあったのか
嫁が、息子との子どもを、堕胎したこと!
よき嫁で、あり続けていた彼女の、堪忍袋の緒がついに切れたか…

子供を、夫婦のカスガイの道具にするのはよくないーと
舅も、言いましたが
不貞の夫への当てつけ?のように、堕胎するのはどうなのか……

いや、それを言うなら、妊娠した不倫相手に
暴力をふるったという息子は、目も当てられん!(>_<)

↑もう、家庭という山が崩れていく音が、聞こえそうな……orz

息子との離婚を、覚悟した嫁に、歩きながら、舅が言った。
もし、息子が手をついて詫びたなら…….?
親は、やはり、子供の味方。息子が、詫びるなら赦してほしい。
自分たち老夫婦とは、別居してもいいから
息子に尽くしてほしいもの。

でも、あの息子が、謝るとは思えないし……
下ろした子供の命も、戻らない……orz

作品は、そのまま、どうなるでもなく
舅と嫁の姿を、印象深く残しながら、終わっていく――

▼▼▼

山村聰さんが、フトコロ深い舅というのが、ミソです。
息子の嫁への、下世話な感情はいりません。
素晴らしい人なら、好意を持ち、優しさで応えるのが人情。

ただ、もしも、自分が、彼女の夫だったら
息子のような行動は、絶対にとらず
ラブラブなのにーというのは、あるかも……


Yahooブログ→コチラ




にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析


テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『ユリゴコロ』★血みどろも最後には愛で包まれる説得力



T0021594q.jpg


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/172066/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

原作:沼田まほかる  未読です。

予告編と出演者に惹かれて鑑賞しました!
・美紗子:吉高由里子  ←殺人魔!
・亮介:松坂桃李
・洋介:松山ケンイチ

殺人魔:美紗子ゆかりの、残虐&血みどろシーンはありますが(汗)
それゆえ、自分の“正義ゴコロ”を、確認されつつ
“その先“に進んでいく、なりゆきには
愛を感ずる感動が、ありました!

予告編から予想されるように、美紗子の手記を読む亮介は
美紗子の息子です。(オット!)←ネタバレはココではない(^^♪

美紗子の残虐性は、人の心理を読み解く云々というよりは
“その先“を語る上での、一種のアイテム。
美紗子の非現実的なイカレぶりは、
演ずる吉高さんの、“舌足らずなぎごちなさ”(←誉め言葉です!)
と合っていて、リアルすぎないのがイイ☆

血で血を洗い、無意味な血を流した果てには、血は水より濃い―と……
そんな展開が、面白かった!


▼~▼内容にふれて雑談です。
▼▼▼

1.リストカット!みつ子(>_<)

美紗子が、殺人を、生きる拠り所(ユリゴコロ)にするように
みつ子は、リストカットすることで、生の爽快を得ていた。
(リスカする方には悪いですが、やめたほうがいいですョ)

死に取りつかれてしまったら、そこから抜け出せず
生と死の境を、グルグルと、めぐるうちに
あるとき、”一線“を外れ、堕ちてしまいそうになる……

みつ子の場合、“死の友“:美紗子の手によって
流血の海の中、昇天していった。

その後、美紗子は、みつ子の部屋だけでなく
名前まで、借りるようになる。(それもユリゴコロ?)
(エピソード的には、血みどろもOKな美紗子、という伏線か)


2.美紗子の罪悪感

平気で人を殺せたのは、その人が、
自分の痛みとは、無関係の存在だったからでしょう。

けれど、美紗子と傷をなめ合うように、結婚してくれた洋介の
“心の傷”を知ったとき、美紗子は、初めて
自分の罪の重さを、知ったよう。

▽ネタバレ!(要反転)

▽▽▽
洋介は、昔、よその子を死なせたことで、人生を棒に振っていた。
実は、そのとき、手伝うふりをして、殺したのは美紗子だった!
愕然とする美紗子…
自分の罪を、償うのもむずかしいが
人に負わせた罪は、もっと、つぐないきれないものだ……
洋介から、容赦ない愛を得て、嬉しいと感じることで
“人間”になった美紗子は
罪悪感を感じることで、初めて、“人の心”を持ったように思う。

▽▽▽

一方、夫婦間の残酷なことは(汗)――
夫は、優しさから、妻の“心の傷”を、分かち合おうとしてくれますが
真実を知ったら、分かち合えないものなのです!
(夫婦とはいえ、心を許す“ユルゴコロ“は、ほどほどに…(^^♪)
夫は、妻を死んだものとして、別れることを選びます。


3.清野菜名さん♪ ←亮介のフィアンセ

婚約した矢先、失踪します。(>_<)
実は、彼女は、借金のカタ?に、やくざと結婚させられた境遇とわかる。
(ドラマ#はぴまり でも、ドS夫と、ムリヤリ結婚だったね(^^♪)

ひどい目に遭っていた彼女を助けだし、やくざ夫を、殺したいと思う亮介。
自分は、殺人魔の息子と知った亮介は、やけもあって
怒りを、“殺人“に向かわせようとしていた!(>_<)


4.母の愛☆(要反転)▽
亮介が、乗り込んだとき、すでにそこは血の海だった。
息子の手が汚れる前に
殺しは、母:美紗子がやっていた。
殺しの正当性は、おかしいかもしれないが
このときの母の殺しには、息子の将来を守りたい一心の愛があった、と言いたい!
そして、その愛は、夫への罪悪感から生まれた“人の心“が
生み出したものでもあると…….



▼▼▼

この血生臭い“殺人マニア“の話を、最後は、愛で包むのは
おかしいかもしれないけれど
“愛する”ということは、自分のすべてを失っても
成し遂げたいものなのだ――ということの
説得力は、あったと思う。



Yahooブログ→コチラ

にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析



テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『用心棒』★サンピン用心棒が魅せる痛快な逸品!

51Ct_h4um0L.jpg



作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/114138/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


監督:黒澤明
浪人三十郎:三船敏郎    
めし屋の親爺:東野英治郎
卯之助:仲代達也



「用心棒」とはシンプルな題で、ぶっきら棒?ですが
今更ながら、三船さんの存在感の大きさが
なんとも、素晴らしい!(^◇^)

殺陣の派手さは、よく言われますが
それ以上に、三船さんの“肩幅”も
演技の振り幅も大きくて
画面を揺さぶるようだ!と思いましたっけ。

弱い者の用心棒になって、敵対する者から豪快に守る――
かと思いきや、それではありきたり。(^^♪
けれど確かに、痛快にその通りになるのも、乙☆


▼~▼ ネタバレして雑談です。
▼▼▼

とある宿場に来た、浪人:三十郎。
二人の親分が仕切る宿場は、荒れ果ててしまって
めし屋の親爺も、嘆いている――
三十郎は、とりあえず片方に、売り込んでみるが……

最初に売り込んだほうは、姐さんが利口なケチ。( 一一)
三十郎に、お金を渡して、仕事をさせたあと
殺して(!)、お金を取り戻そうーという寸法。

それを知った三十郎は、敵方(仲代さん側)に付くか……?
と言いつつ、根城は、めし屋で
東野英治郎さんを、味方にして、様子見。(^^♪

結局は、用心棒になったふりをして
身内をバッタバッタと片付けて
囲い者になっている人妻を、逃がしてあげる三十郎。
↑そーゆーとこ好き!

けれど、卯之助(=仲代さん)にバレてしまって
いたぶられる三十郎…orz
閉じ込められてしまって、どーする…orz

しかし!
そこから抜け出す芸当が、スゴイ!!!!!
痛めつけられて、這うことしかできないのに
人目を盗んで、這いつくばって、ニョゴニョゴ進んで
脱出に成功する!!!
↑この“匍匐前進“のシーンは忘れられない!
絶対見つかるかと思った!(>_<)

死体のふりをして、棺桶に隠れて、速やかに移動―
のはずが、片方の組が、爆破されるところを見物するから
ちょっと待ってろと…(眺めてる場合か…(^^♪)

結局、三十郎は、二つの組ごと
ブッ潰してしまうの!(^^)/
宿場の大掃除!
めし屋の親爺さんも、大喜び☆

そんな最後まで、油断ならないのが
仲代さん=卯之助。

マフラー?を巻いて、短銃を構える。
そこだけ、ウエスタンな感じ♪
三船さんの重量感とは対照的で
チャラくない軽やかさは、スマート☆

それと、この三十郎は、女っ気ナシ!
強い男に美女―という構図ナシ。

恋のない男と言うスタンスは
やんちゃ坊主のようでもあり
聖人君子のようでもあり……
それがまた、独特の男臭さを、醸しだしてもいるのです。(^^♪

▼▼▼

今では、なかなか聞かない“サンピン”なる語。
三十郎は、“三一侍“で、サンピン呼ばわりされる。

下級武士ということですが
三船さんの、様子のイイ貫禄ぶりには
圧倒されます。

そんな姿を見ているだけで、気分イイ☆
さすらう男の後ろ姿は
イッピンの美学☆(^_-)-☆



Yahooブログ→コチラ


にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析



テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『山猫』★ランカスターの風格あればこその終焉の美学か


143031_1.jpg


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/809044/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

・監督:ルキノ・ヴィスコンティ
・サリーナ公爵 :バート・ランカスター
・タンクレディ :アラン・ドロン    
公爵の甥
・アンジェリカ :クラウディア・カルディナーレ  タンクレディの恋人

初めて観たときは、ただ、移り行く貴族社会の一端を見た!
との感銘しかなく、記憶が薄れていました。
今回は、留めておきたくて。

前は、アラン・ドロンのカッコ良さばかり見ていました。 (チラシもそう(^^♪)
が、主たるサリーナ公爵を演じた、
バート・ランカスターがなんと立派なことか!
(今頃…)
堂々たる貴族の風格!
これなくして、貴族社会の斜陽が引く影の深さは、得られまい……

▼~▼内容にふれて雑感です。(解釈違うときスミマセン)
▼▼▼   

1.サリーナ公爵

貴族である我々:山猫は(市民=)山犬に取って代わられる――

作品は、ひとえに、サリーナ公爵の“認識”を映すものだったようです。
劇中、彼は、自らに言い聞かせるように、
何度も、信条を述べます。

威厳あり、人望もあり、家でも領内でも主として君臨する公爵。
(かといって、聖人君子でもなく(^^♪街に出て、“旺盛な“男としての一面もある。)

新時代の貴族の在り方として、うまく生きていけそうでもあり
事実、新体制の議員に推薦もされる。彼なら、新旧の人々をまとめられそう。

けれど、時代に合わせて器用に生きることは
“生き方上手”かもしれないけれど、それは
自らのプライドを捨てた、迎合に過ぎないのかもしれず……

公爵は、“器用“に”利口“に振舞えそうな
富裕男性を推薦する。それは、アンジェリカの父だ。


2.タンクレディ☆

カッコいいアラン・ドロンは、そこにいるだけで華があります。(^^♪
貴族の青年で、これからの時代も
“迎合“ でなく、突き進んでいけそうな精悍さがあります。

公爵の、この甥っ子の気に入り方は、娘以上!
わが娘が、彼に恋しているのを知っても
彼にふさわしくないと思う……

タンクレディの欠点があるとしたら、資産のないこと。
これから、貴族としてでなく活躍するのなら、
資産家と縁戚になるほうがいいと、公爵は踏んでいると…

花に蝶が来るように、美男には美女がやってくる。
アンジェリカと出会うや、タンクレディは恋に落ち
公爵も、認める……


3.アンジェリカ♪

資産家の娘アンジェリカは美しい――のですが
公爵家での会食中、ケタケタと笑ってしまい( 一一)
お下品なムードが流れ
公爵が、中座する事態に……(>_<)

けれど、これで婚約解消になることはない。
美しく資産のあるアンジェリカとは、うまく行ってほしいはず……
貴族の価値観で、測ってはダメだ……

そして、舞踏会。
現れたアンジェリカは、やはり美しい。
そして、公爵に踊り(マズルカ)を申し込む。

美女と踊るのは、楽しかろう……
けれど、公爵には複雑な気持ちだったかも。
この小娘ちゃん(とその父)に、当家の未来を託している自分は
こうして、踊らされているも同然か……

どことなく、アンジェリカにリードされているように見えてくる……

延々と踊るシーンは、豪華そのものです。
このままずっと続くように見えながら
やがて、疲弊した踊り手たちが、やめていくように
踊り続けた貴族社会が、終わっていくのか……


▼▼▼

時代が移るとき、カメレオンのように
時代の色にうまく染まれれば、生き残れるーならば
そうでなければ、生き残れない=死ということになる……?

なりふり構わず、生き伸びようとしなくても
それは、敗北の死ではないように思う。

融通をつけない、曲げられない生き方もある。
誇りでも美学でもいい。
それは、貴族である彼だからこそ、選べることだから。
山猫の意地と言ってもいい。



Yahooブログ→コチラ




にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析


テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『夜の大捜査線』★“主演”は殺人課№1刑事のシドニー・ポワチエです(^_-)-☆

img_0_m-5.jpg



作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/9438/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。



主演:シドニー・ポワチエ☆  警官:バージル

黒人差別の根強い南部ミシシッピで
フィラデルフィアから来た黒人警官が
夜の殺人事件の捜査を、“手伝う“ことになります。

言葉の端々から、チクチク出てくる差別ムードが
イラっとさせますが( 一一)
シドニーは、紳士的に知的に、事件解決に向かいます。


▼~▼ 内容にふれて雑談です。
▼▼▼

そもそも、バージルが事件に関わることになったのは
たまたま、夜明け前の駅に居たところを、誤認逮捕されたから。

夜通しの捜査の話かと思いきや
捜査は日延べするので
夜“に起きた殺人事件”の捜査となります。

そもそも、この町の警官は、捜査が雑……( 一一)
思いつき?で、やたら、違う人を逮捕してくる。
被害者の奥さんにも、「それでも警官なの!」と怒られる…

バージルが、殺人課ナンバー1刑事とわかり
奥さんは、バージルに捜査に加わってもらわなければ
夫の事業を、この町から撤退させるとまでいう。
(殺された夫は、町の工場主。町はそれで潤っている)

署長は、“黒人刑事“に頭を下げたくないけれど
嫌々、居残ってもらうことにする。

けれど、よそものの黒人が警察権をもって
上から目線でウロウロされるのを、地元白人は不愉快に思ってか
ここに居たら、殺されるかも…という…

署長に同行してもらって、
白人の大農場主に“質問”するシーンは象徴的です。

そこの綿花農場で働く、たくさんの黒人さんは、
かつて、奴隷扱いであった方々。
時代が変わっても、地元の白人の意識は変わらない。
そんな中、警官としてバリバリやっているバージルに対して
署長が、「アンタはいい身分になったな」と言ったのは
嫌味ではなさそう。

時代の移り変わり、意識の移り変わりを、
自覚しなければならないのだ。

農場主は、警官とはいえバージルを、下に見ている本心が出て
生意気だと言わんばかりに、バージルを平手打ちする!
すかさず打ち返したバージルを、
署長は、すぐに連れ出した。

不当に殴られたバージルは、怒りをあらわにするが
以前なら、白人を殴った直後に、撃ち殺されたものだったらしい。
差別意識は、命の危険も含む残酷さが、
当然となっているのが恐ろしい。

そうこうして、署長と関わりながら、犯人捜しをするうちに
気持ちの垣根が、なくなっていくようですが
やはり、白人署長のプライド?は根強く
バージルの優しささえ、
「お前に同情されたくない」と不機嫌になる。
まだまだだな……( 一一)

やがて、露出狂の女がらみで、事件解決になります。
が、その露出の仕方が、絶妙☆
窓枠や窓の桟が、絶妙に、若い女性の“部分“を隠しているのです。
(実質、ほぼ見えない)
この映し方は、芸術ですな…(^^♪

事件が解決して、ようやく、駅から出発するバージルを
署長が見送る。

当初は、黒人警官など、ハナもひっかけなかったような署長ですが
それは、彼が、南部のこの町の価値観で生きてきたからで
根は、悪い人ではなさそう。
バージルのカバンを、列車まで、
さりげなく持っていってあげるのです!
このさりげなさは、友情ですよ。


▼▼▼

殺人事件の犯人捜しを軸に
見せているのは、黒人と白人との関係性。

この作品自体も、主演のシドニー・ポワチエでなく
アカデミー主演男優賞を、署長役が受賞したというオマケつき。
(できれば助演男優賞でお願いしたかった(^^♪)

シドニーの味方になって、鑑賞してください。(^^)/




Yahooブログ→コチラ


にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析


テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』★男女3人二度物語~ヴィスコンティでもニコルソンでもないほう

キャプチャ-11


作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/10086/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

監督:ヴィスコンティでも、主演・ジャック・ニコルソンでもないほうのです。
(名作ですが忘れてしまうので、↓備忘録です)

・ニック ♂:ダイナーの老店主
・コーラ ♀:ダイナーの美人妻
・フランク ♂:ダイナーの従業員


♂2人と♀1人~これだけでざわつきます。
住み着いた若い男と、妖艶な若妻が、親しくなって
老店主を亡き者にする――のではありますが
何かと、事情が入り組むのが面白い!

郵便配達は、“例え“なので、出てきません。
2度鳴らされた、注意すべき出来事が、大事☆


▼~▼ ネタバレして雑談です。
▼▼▼

魅力的なのが、コーラです。
愛のないことを公言して、ニックと結婚したと言うけれど
一緒に店をきりもりし、安定した生活で
それなりに、幸せに暮らしてきたよう。
そこへ、流れ着いた若者が、従業員として住み着く。
(一石を投じて波紋が出来たようなもの!)

フランクとコーラの初対面が印象的。
まさか、あの老人に
こんな若い美女妻がいるとは!という衝撃!
驚きついでに、恋に堕ちますよ……

初めは、駆け落ちしますが
コーラは、あてのない男との将来に不安を感じ
戻ります。(ハイヒールで徒歩もムリ……^^;)

その後、ニックには、自宅の風呂での事故死も画策しますが
未遂に終わる。
(たまたま警官が立ち寄って、バレそうでこわい…)

二人のことは諦めて、フランクは、一度は出ていくが
何も知らない夫が、連れ帰ってしまう。
何もなければ無いで済むのに
好きだった男が同居すれば、コーラの気持ちも、
悩ましく波立つ。

↑ある意味、“2度目“の感情は、やけぼっくいに火が着くようなものです。

そんな不倫のために夫が邪魔?ということでなく
“2度目”の大きなきっかけは、夫が、コーラを失望させたことでした。

それは、店を勝手に売って、実家に戻るーというもの。
コーラには、働かなくていいゾ、などと言いつつ、夫は
寝たきりの姉の介護をしてほしい、などと言います。

もし、フランクがいなければ…いえ
もし、あらかじめ相談されていたら
コーラは、夫に従っていたかもしれません……

けれど、今は、フランクという選択肢があるから辛い……
フランクは、悩むコーラのために、いよいよ“決行“を決める。

コーラとフランクは、ニックを酒酔い運転に見せかけ
事故死させることに成功する。
けれど、そのとき
フランクも、九死に一生を得るような目に遭ってしまう。

必死に助けを求めたコーラに、近づいたのは、地方判事。
冒頭で、フランクを、
あのダイナーまで、ヒッチハイクで連れてきた男だった!

家が近所だという彼は、冒頭の通りすがりで終わるわけでなく
“2度目”の出番で、彼らに、イヤラシク絡む。(―_―)!!

判事は、“風呂場の事故“から、彼らを怪しんでいて
今回の“交通事故”(2度目の事故)は、
保険金も発覚したため、二人を容疑者としてにらむ。
のみならず、判事のイヤラシイところは
フランクとコーラを、別々に“料理”すること。

判事は、コーラを有罪にすべく、フランクに書類にサインさせる。
さもなくば、フランクを有罪にさせると言う……(―_―)!!
ニック殺害の実行犯は、フランクなのに……

けれど、コーラの弁護士:キーツがやり手で(←この裁判手腕も見もの!)
なんとか、二人は、再出発できそうに……
司法関係者の“ゆすり“も撃退し、
愛を確かめ合うべく、浜辺に行く二人。

が、帰り道、フランクのわき見運転で、コーラは事故死してしまう

事故死なのに、また、フランクは、
コーラ殺害の容疑者にされてしまう。(>_<)
が、この“2度目”が、真骨頂にズルい!

それまでに、すでに、ニック殺害の経緯が
コーラの“遺品“から、明らかになっていて
コーラ殺害を否定しても、ニック殺害で有罪(死刑)になることが
フランクの運命だった。

フランクは、殺してもいないコーラのことで死刑になるのは忍びないが
フランク殺しは、受け入れられるーと言う。

“2度目”の出来事により、
それまでのことを“納得”へと導く、ニクイ展開でありました。


▼▼▼

男女3人の物語ですが
やはり、美しく妖艶な若妻がいてこその物語☆
何度もリメイクされるのも、わかります♪


Yahooブログ→コチラ


にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析




テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『ヤング・アダルト・ニューヨーク』★悪魔は若さ?だけとも言い切れないけど^^;

T0020953q.jpg


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/169510/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。



40代夫婦(子供なし)
夫ジョシュ : ベン・スティラー
妻コーネリア : ナオミ・ワッツ

20代夫婦
夫ジェイミー : アダム・ドライバー
妻ダービー : アマンダ・セイフライド



世代の違う夫婦が交流して
倦怠気味な40代夫婦に活気が戻ったーー話かと思いきや
(途中まではそんな感じ)
後半は、実は……的なネタばらしの展開になったのが面白い。

(一方、作品の着地点が、よくわからなく…orz)解釈違う時すみません。

▼~▼ 以下、雑談です。

▼▼▼

この40代夫婦は、同世代の夫婦とも交遊はありますが
子供の有無で、生活スタイルは変わります。


子持ちの女友達から言われたことが
コーネリアには、上から目線に思えてしまうくだり――


子持ちママは、子供に関することを言うのに、悪気はないのですが
不妊治療を経験したコーネリアには
癇に障る…


夫婦のみ世帯ということもあってか
この40代夫婦は、出逢った20代夫婦と
親しく付き合うようになります。


そもそもの出会いは、ドキュメンタリー映画監督であるジョシュに
共感したというのがきっかけ。


結婚生活を始めたときから
変わっていないつもりでも
年々、古めかしい自分になっていたことに気づくのは
若者に接したとき……orz


若夫婦のピチピチした生活に、刺激されていく40代夫婦。


――ではあるけれど、センスのピチピチは
果たして、若いからだけのことなのか?との疑問が…
個人の問題??


映像作品を、積極的に撮っていたジェイミー(20代夫)に
ジョシュは、やがて、遅れを感じ始めるとともに
あることに気づく―――


▽ネタばれ!▽

▽▽▽


20代夫婦は、ジョシュや妻の父が映像関係者であることを知って
近づきました。(それは悪くはないかと)
しかし、偶然性を重視するドキュメンタリー撮影にあたり
20代夫婦は、偶然を装い、仕組んでいたことを
ジョシュは、見抜いてしまいます。(>_<)


▽▽▽

製作がくすぶっているジョシュをしり目に
トントン拍子に、日の目を見るジェイミー。

ベン・スティラーの、うだつの上がらない中年男の
コミカルな詫びさは、圧巻です!


彼ら(のしたこと)は、悪魔でなく若いせいだーーと
納得しようとするジョシュですが
ソノことは、若さというより、個人の問題かも…?
(要領のいい人はどこにでも)


年齢とともに、経験が、何かを実らせてくれることに期待しつつ
年齢に関係ない、如才なさ・才能もある。


あるいは、むしろ
“若者の仕業“への羨望も衝撃もなしにして
ただ“若さ”のせいにしておくほうが、気が楽なのか…(‘_’)


▼▼▼


ともあれ、人は、親友と思った人からも
ノケモノにされることもあり(涙)
教えてあげるつもりの人に
先を越されてしまうこともあって
そのたびに、自分がグラつきそうになりますよ。(涙)


けれど、自分は自分のペースで
自分のスタイルでやっていくほかありません。
しゃーないです。


40代夫婦も、初老とはいえ(汗)
まだまだ先は長いのですから☆


それにしても、ラストシーンは
“悪魔的“が、若さのなせる技――のようなひと押し!
赤ちゃんの無限の可能性は
悪魔的(汗)でもあり、天使的でもありますネ☆



にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析




テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『陽光桜-YOKO THE CHERRY BLOSSOM-』★祈☆平和~教え子を想う花咲かじいさん♪


T0020527q.jpg


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/168583/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


主演:笹野高史☆   ←ソコに惹かれて鑑賞


平和への願いを込めて、愛媛で、新種の桜を作ったという
高岡正明さんの実話です。
高岡さんの、異様とも言える(汗)真っ直ぐさと
笹野さんの味わいで、(←まさに、花咲かじいさん♪)
ユーモラスありの感動的な作品でありました。
涙も、ポロポロこぼれましたよ……


元教師の高岡さんが
なぜ、新種の桜づくりにこだわったのか――
それは、戦地に送り出した教え子への、強い想いがあったから……


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


まずは、笹野さん演じる高野さんが、ひょーひょーとしててイイ☆
話の火ぶたが切られると、喋る、しゃべる、シャベル……^^;
お客さんに6時間とは……(汗)ホントか……(―_―)!!


この、夢中になれるエネルギーが
新種の桜を生み出す源になったのか。^^;


意気込みも、ハンパなければ
かかる費用も、ハンパない。(>_<)
お金のことは、息子に丸投げで
的場浩司さん(=息子)の狼狽ぶりにも、笑ってしまう……
(すごく困ると、笑うしかありません……^^;)


さらに、高岡さんの“平和祈念”のパワーは
天皇陛下やアメリカ大統領に、電話で、伝言するほど。
しかも、長電話。
(そんなわけで、公安警察が自宅に…息子滝汗!(>_<))


平和は、皆の願いとはいえ、
なぜそこまで、“桜と平和“にこだわるのか?


それは、戦時中、出征する教え子たちと
また桜の木の下で逢おう!と約束したから――


のみならず
当時の風潮では、神国日本が負けるなど考えられず
高岡さんも、日本は勝利し、教え子も皆、生還すると信じていました。
けれど、現実は窮状を極め
極寒や灼熱の地で、亡くなった彼らとは
二度と、同じ桜の木の下で逢うことは、叶わなくなってしまいました。


若い彼らは、命を落としたのに
送り出した自分が生き残っているとは、たまらん!!!
笹野さんの叫びに、涙がポロポロこぼれました………


高岡さんは、誰に何と言われようと
生徒が散った地の、寒暖に耐えられる新種の桜を作り出して
世界の隅々に、“平和の桜“として植えるのだ!!
この信念のために、生きていたのだ!


そうして、“陽光桜”が誕生し
世界中に送った高岡さん♪
(各国要人からのお礼状が死後、見つかる。ex.ローマ法王)


桜の木の下で、また逢おう――
その想いを、ずっと心に抱いていた高岡さんが
教え子たちと集う“願望”のシーンには
ただただ、胸が熱くなってしまいます。
陽光桜が、想像を越えて、叶えてくれたと思います……


▼▼▼


冒頭は、高岡さんの偉業を讃えるような葬儀シーンですが
ラストシーンは、のどかな高岡さん♪
桜のかわいい二葉を見つけて、ニッコリする。
笹野さんの温かさが、あふれています。(*^_^*)





にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析


テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『やさしい女』★ソレを若妻の“やさしさ“と言うのね…

167066_1.jpg


作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/167066/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

原作:ドストエフスキー
監督・脚本:ロベール・ブレッソン  ~1960年代のパリを舞台

質屋の男性が、貧しい若い娘を見染めて、結婚する――
この夫婦の物語は、衝撃的な“終わり“から始まり
夫の回想の独白で、進みます。

夫目線の妻の描写は、ホントのところはわからない“神秘”であり
美しくも寂しげな若妻の眼差しには、
諦めと拒絶が、色濃く見えてくるようでした……

▼~▼ 内容にふれて雑感です。(解釈違うよ、というときはご容赦です)


▼▼▼

1.「夫婦は皆、同じね」


そう言って、抱えていた花の束を、うち捨てた若妻。
(幸せそうな他の夫婦の車にも、同じ花が積まれていた)

端的には、お金や物(車、花など)をあてがっていれば
妻は夫に不満を感じないだろう、と思っていたなら
そうではないですよ――と言う感じでしょうか……(汗)

貧しかった若妻は、質屋(お金の象徴のような)の夫のおかげで
生き直すことができたのだけど
生活に余裕が出てきたら、やはり
文化や芸術で心を満たしたいし、価値観を分かち合えたらいいな…
と思うと思うのです。

けれど、花を捨てた若妻を見て、
花が嫌いなんだと、解釈した夫は、別の時に
花瓶に花を挿していた若妻に対し、“ある男”のことを勘ぐります。

2.ボーイフレンド

夫と若妻の間の亀裂は、表面的には
仕事のことで、夫が若妻に注意したことが始まりのようですが
若妻のボーイフレンド?の存在が、亀裂を広げました。

不満を埋めたい気持ちからか、成行き上か……
どの程度の関係かはわかりません。 (芸術上の趣味が合っただけかもしれないし)
二人が密会している現場(車中)を、夫が見つけたとき
若妻は、男に別れを告げていたと言う……

夫は、その“別れの言葉“は、若妻の小賢しい芝居だと、言い放ちますが
帰ってきてほしい若妻が、戻りにくくなるのにね……


3、風呂の石鹸

若妻が入浴中、滑った石鹸を、夫が拾って手渡すシーンです。

夫は、多分、失いたくないほど、若妻を愛していたと思われます。
一方、若妻には、夫の気持ちを、一応受け取りはする程度の“失意“が……(汗)
もし、この夫婦をつなぐものがあるとしたら
もう、この手渡した石鹸しかないのか……(―_―)!!


4、やさしい女

冷戦状態が続く夫婦。
夫婦喧嘩は犬も食わない――と言いますが
本音を言えるほど、仲が良くなければ、喧嘩はできません。
文句タラタラの本音を言ったら、
それが即、決別につながってしまう場合もあります…orz

とすると、若妻の“沈黙”は
“拒絶”を含みながらも(汗)
本音の怒りや不満、諦観や忍耐を抑圧した“やさしさ”なのか……

だけど
夫婦が、心から通じ合えたら、どんなに満たされるだろう…
心が1つになったと実感できたら、どんなに幸せな夫婦だろう……

若妻とて、そう思っていたと思う。
本当に欲しいものは、そういうものだと思うから。
だからなのか
「夫を尊敬します」と、夫に歩み寄ってみたのだと思う。

しかし、間もなく、若妻は、自分で二階から転落した。
そして、訪れた“永遠の沈黙“。
それこそが、彼女の本音だったのか、あるいは、
究極のやさしさか……????

遺された者は、???を前にして、ただもう、回想することしかできない…………


▼▼▼

よく言えば、怒り狂うこともない若妻は、
“やさしい女“だったのかもしれません。(詭弁か!!?汗)

それにしても、夫婦は、お互い、どこまで分かり合えているのでしょう……
「どの夫婦も同じね」と言えるくらい、分かり合えているなら、羨ましい……^^;
本音を、受け止め合える関係なら最高ね、きっと……

その若妻の本音の氷は、厚かった。
ソレがやさしさと言うのなら
私も、“やさしい女”かもしれない……(―_―)!!



にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析




テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『誘拐の掟』★過ちを直視し埋め合わせたマークの“掟”

T0019940p1.jpg


作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/167257/
 ↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


リーアム・ニーソン主演のサスペンスーということで、楽しみにしていました☆

誘拐事件ということですが、“犯人捜しと事件解決”が
この作品のツボではなかったです。(いい意味で)
犯人は、早期にわかります。

この犯人が、いかに、猟奇的なイカレ野郎かということを
序盤で、さんざん見せて(怖汗…)
いたいけな少女誘拐に、至ります…
少女の無事を祈りますが、“事件解決“が、この物語のゴールではないのが
深いところでした。
これぞ、リーアムの深み、渋みが効いています!


▼~▼ 内容にふれてネタバレ雑感です。(犯人は序盤にわかるし^^;)


▼▼▼


1、探偵マークのこと(=リーアム・ニーソン)

元警官で、無認可の探偵マーク。
ありがちかもしれませんが、ワケありで、警察を退職。

非番で飲酒中、突発した事件の犯人を射殺しますが
女の子が、流れ弾に当たり、死なせてしまいます。
犯人射殺で表彰されましたが、辞職を選び
それ以来、禁酒。断酒会に参加していました。

↑そんなマークの背景が、
物語を、事件解決だけでないサスペンスにしています。



2.猟奇的なイカレ野郎(怒!)

猟奇的なイカレ野郎は、苦手です……(―_―)!!

冒頭の演出が、いい意味で、イヤラシイんですよ。
横たわる女性の、“美しさ”を強調したような魅せ方は
まるで、ラブシーンかと思ってしまう……
なのに、段々、それが、イカレ野郎の“手の内“にある…とわかる
こぼれる女性の涙、ふさがれた口……
絶望的な恐怖……

イカレ野郎は、身代金要求しても、それが主目的でなく
殺すのも目的らしいので、困ります。(>_<)

猟奇的な道具をそろえているのに
住まい(キッチンの雰囲気)は、意外とフツウで
“業者“を装っていると、フツウの人に思ってしまう……
酒場で声をかけられたら、“ご同輩“だと思ってしまいそう……
フツウじゃないのに、フツウの生活に溶け込んでいるのは、コワイ……

そんなイカレ野郎は、思いつきの誘拐でなく、
サツに通報できない、ヤク関係者の家族を狙うのが、小賢しいところ。


3.断酒会の「12のステップ」

連続誘拐殺人での、犯人の卑劣さを、マークにも私にも、
たっぷり刷りこんだあとの、少女誘拐は
マークが、うまく交渉・誘導し、とりあえず解決はします。

サツでないマークは、あとは、通報して帰ろうとしますが
妻を殺された男性は、報復しようと、現場に残ります。
それからが、この作品の意味するところだったようです。

マークは自問します。
かつて、犯人を撃ったとき、少女まで撃ってしまったことを。
そのときの、マークの道しるべとして、断酒会の「12のステップ」が
唱えられます。

それは、
人生とは辛いものだけれど
自分を超えた力(神や良心か)が、健全へと導いてくれる。
それには、投げやりにならずに、祈りとともに自分を見つめ
神の意志(良心?)に従って、実践すること。さらに、
傷つけた人への埋め合わせ(贖罪?)をすること――など。

それを思い出したマークは、犯人のもとへ戻り、そして――――――


4.TJくん♪

マークが、図書館で出会った少年:TJくん。(身寄りがない)
IT危機が使えないマークの助けになってくれます。
少年の存在は、いいですね。(*^_^*)
頼りになるだけでなく、かわいいし、愛情の対象にもなります。

(しいていえば、TJくんは
誤射した少女への贖罪?として、神が、マークに遣わしたのかも)


▼▼▼


モデルになった犯人は、刑務所で存命中らしいです。
人を惨殺したのに生き残って、収監されることが
犯罪者の贖罪のあり方なのかもしれませんが
イカレ野郎の“猟奇“を、あれだけ見せつけられると
マークの行動には、納得します。

“マークの掟“、OKです。




にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析



テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『ゆずり葉の頃』★再会は心揺らす清水の波紋のように

T0019937q.jpg


作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/167207/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

八千草さんの、しっとりした佇まいに惹かれて、鑑賞しました☆
全体の雰囲気も、優しく、流れます(*^_^*)


市子(未亡人) :八千草薫
・宮・画伯     :仲代達也


市子は、お目当ての絵を鑑賞したく
宮画伯の展覧会へと、軽井沢に向かう。
軽井沢は、戦時中の疎開先で、思い出のとあるお寺にも、足を運んでみた―ー


若いときには、どうにもならない現実は、過去のこととして、捨て去って
未来を見て生きていこう!と思っていたと思いますが
年をとるにつれて、忘れたはずのことも、思い出の1つとして、
あるいは、捨てたがために、向きあっていなかったことにも
今一度(死ぬ前に)、悔いのない想いを注ぎたい、と思うこともあると思います。


一言でいえば、“初恋の想い出”さがし――ということになるのでしょうが
(そんなに簡単に言ってほしくないの)
“初恋“と、言葉にするのも恥じらうほど、儚げな”純情“が
今、清らかな波紋として、市子の心を、揺らしていく――と申しましょうか……


▼~▼ ネタバレで雑感です。


▼▼▼


1.軽井沢にて


子供の頃、宮画伯と市子は、軽井沢のあるお寺の池のほとりで
言葉をかわし、市子は宮から、アメ玉をもらった思い出がありました。
(宮はお寺の子)

“終の棲家“に移ることも見据えて、身辺整理を始めていた市子には
それが、心の整理?でもあったのか、
画家となった宮の展覧会へと、軽井沢に向かいました。

展覧会場で、作家に逢えることもありますが、宮は不在。
お目当ての絵も、個人所有らしく、展示はむずかしいとのこと。
それでも、何日か、軽井沢に滞在し、会場へ日参することにしました。

(同時に、海外勤務から帰国した息子が、連絡の取れない母を
軽井沢に捜しにやってきて、“スレ違い劇”もみせます^^;)

軽井沢の滞在は、コーヒーショップのマスターも、
マスターが紹介してくれた和食店の女将も
同じく紹介してくれた、オーベルジュの主人も
市子によくしてくれるのが、うれしい気持ちになります。
(お店の様子も、とてもステキ☆)


世の中、殺伐として、イヤな事件もありますが(>_<)
八千草さんのような、上品でおだやかな風情の方が
ゆっくりと歩を進め、あたりを散策する姿には、癒されますね。


2、お寺の池にて(竜神池)


思い出の池は、湧水の池。
透き通った水を、昔のままに、たたえていました。


懐かしいわァ……と思いながらも
“昔のまま“の場所には、そのときと同じ感情が、
そのまま、よみがえるのかもしれません。
今まで、無意識であった感情も、
湧水のように、あふれ出てくるのかもしれません……


3、宮との再会☆★☆←このシーンは、私には、とてもすばらしかった!


市子は、一ファンとして、宮の自宅を、訪問する機会を得ました。
(注:宮は、市子の“正体“を、帰宅後に知る)


宮は、奥さんともども、歓迎してくれますが
市子の“何か“を感じとったのか、髪や顔を、触らせてほしいと言います。
「どうぞ」という市子。
指でふれる宮。


↑ああ、ココがたまらない…………….
市子のことは、宮は、初対面と思っている。
初対面でも、自分には何かを感じて(運命?)
それを慈しむように、思い出にとどめるべく
自分に、触りたいと、彼は言ったのだ………


指で触れているときの、宮=仲代さんの表情が、いいんだなァ……………….
ここには、恋とか愛などという言葉では、壊れてしまうような
心の奥底に秘められた感情が、温かな情として、あるのですよ……
(仲代さんには、いい意味で色気を感じるーーと言っておきます(^_-)-☆)


市子には、(自分が、若かったらなァ…)という思いも、あったかもしれない……
好き――という気持ちを抱いた人には
それが、もう激情でなくても、切なさは、あのときと同じだと思うから……


その後、宮は、市子に踊ろうと誘い、ダンスします♪
ダンスなんてと思うなかれ!
宮は、この一期一会を思えばこそ、ダンスという形にとどめたと思う。
(ダンスは楽しい♪)


市子が、帰りに奥さんに渡した、飴玉の入った袋を見て、宮は、初めて、
市子が、“あのときの少女”だったと気付く。
このズレは、息子と母のスレ違いよりも、ずっとずっと、切なくて奥ゆかしくて
再会を、深いものにしています。(*^_^*)


▼▼▼


市子が、ぜひ見たかった絵も、
軽井沢での、優しい人々との出逢いの積み重ねで
めぐり逢うことができました!


若葉がそろうと、古い葉は緑色のまま、葉を落とす“ゆずり葉”。
色鮮やかなまま、人生を、生き切れたなら……
美しい思い出とともに……




にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析



テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『予告犯』★斗真さんのイイ人オーラが“予告“したような結末か

142642565665371468179.jpg



作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/165911/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

動画サイトで、翌日の犯罪行動予告をするのは
新聞紙で、顔を隠した男(=シンブンシ)。
まあ、黙ってみてろよ、と……

↑生田斗真さんの、この“挑発“に誘われて、鑑賞しました。


顔を隠して、正体を伏せながらも、やることは
世間的に共感を得そうな、善玉的な制裁行動。

正義漢にでもなったつもり?と戸田恵梨香班長に、言われてしまいますが(>_<)
彼(or彼ら)は、そうやって、一人でも多くの人に知られることで
ある“善行”を、成し遂げようとしていました。
一方、
彼らは、すでに、後戻りできない大きな“罪”を、背負う者でもありました――


▼~▼ ネタバレ(!)して雑感です。


▼▼▼


1.労働問題


苦渋の中、努力が実ればラッキーです。
エリート警官の吉野(=戸田恵梨香)は、這い上がれた組。
そして、自分の成功経験から
うまく結果が出せない人は、努力が足りないのでは?と思ってしまう…

ネットで、正義の制裁予告をするシンブンシたちも
そのたぐいだと思って、社会のせいにして甘えるんじゃない!と
“説教の絶叫”をする吉野。

しかし、シンブンシ斗真は、かつて
バリバリにがんばっていた派遣社員でした。
けれど、“非正規雇用“の壁が、彼の努力を打ち砕いてしまった……

文字通り、血を吐くような努力をしても、結果は期待通りになるとは限らない…
人心は非情だから、法律が守ってくれるかといえば
その法律のせいで(穴だらけで)、もっと悪い立場になってしまうこともある…orz

ハローワークで、希望通りの職種が見つかればいいですが
自分の希望より、相手の要求に合わせられるかどうか、と言う感じかと……
(ちなみに、こんなのもあります→コチラ


どうにか就いた仕事は、人を人と思わない雇用主。(>_<)
雇ってもらった負い目があるから、多少はガマンするとしても
フィリピンから父親捜しに来た少年が、亡くなったとき
ソレをやっちゃぁオシマイだろー(怒!)というようなことをしでかしたもんで
ブラック雇い主は、シンブンシ斗真らの、
人情の怒りの鉄拳によって(←あえてこう言う)
殺されてしまいました……

その彼らが、シンブンシとして、世間の注目を集めながら
一方で、街では、少年の名前をかたって
少年の父に、たどり着くきっかけを探ります。


2.匿名で制裁


法で裁けなくても、天罰が下ったほうがいいんじゃないか――
と思われる事例ありますよね(汗)。
『必殺仕事人』や『闇奉行』……私は好きでした^^;

人の興味をひくのに、“正義”の制裁であれば、
共感や好意を得られやすいかもしれない……
(犯罪にはなりますが)

シンブンシで顔を隠すくらいなら、姿を隠せばいいのにと思いますが(汗)
姿はあれど顔ナシ、というのは、絶妙です。
姿があることで、生身の人間という親近感がわく。かつ
顔を隠すことで、存在が個人でなく、普遍的な感じになりませんか。
制裁することも、シンブンシ個人の恨みでなく
世の中“代表”と言う感じになるような……

逆に、彼が、“個人“として、警察に捕まりそうになったとき
味方してくれた人がいました。
大それたことを仕出かしている彼に共感していたから、ということですが
シンブンシの彼が、素顔をさらした一個人になったとき
そこにいるのは、
自分が守ってあげるべき、弱い立場の一人の人間――という印象が
心をよぎったのではないかと思われます。

ともあれ、人は人のために、ソコまで出来るのだ!というのを
シンブンシも、他の人も見せてくれるのがイイ☆


3、自分個人には限界か…orz


少年の遺骨を父親に届けてあげたい、と思い
少年の遺体への無礼から、雇い主を殺し(>_<)
ほかのシンブンシ仲間には、社会復帰してほしいと願い
誰か生き残ったら、悪事は死んだ奴のせいにすればいい、と入れ知恵しながら
シンブンシの制裁(心中)予告をした、シンブンシ斗真。

結果、シンブンシ斗真一人が死に、仲間は、シンブンシ斗真のせいにして
社会復帰できそうな結末になる。
(なんか納得しかねますが……(―_―)!!)

不遇な境遇から這い上がり、エリート警官になった吉野には
他人のために、ソコまでして果てた“シンブンシ斗真”が、
残念でならなかったろう……orz

死ぬ気があったなら、再び、頑張れたかも……とも思いますが
自分ひとりが罪を背負うには、そうするしかなかったか……

あるいは、自分を生かすのは、他人のために何かするよりも
しんどすぎることもあるか……………orz
……にしても、残念です。
残念ですよ、シンブンシさん…………


▼▼▼


生田斗真さんは、“イイ人オーラ”が好きです。

いわゆるヒーロー然とした“制裁男”でなく
オーラが生かされたような、イイ人で、切なく終わりました。
(ふてぶてしいまでに、もっと、図太くても良かったのに(>_<))

戸田恵梨香さんの芯の強さと
ほかの人のキャラ強さも、作品をドラマチックに引っ張っていました。


PS:回らないお寿司→スーパーのお寿司もか^^;




にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村




blogramで人気ブログを分析



テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『夜叉』★男と女は深い業を背負った愛に狂おしい夜叉

81f14G2L+eL__AA1442_.jpg


作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/113981/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


≪出演≫
高倉健 :修治~~ミナミの元ヤクザ。今は漁師。背中に“夜叉”の刺青あり。
田中裕子:蛍子~~ミナミから流れてきた呑み屋の女将
ビートたけし:矢島~~蛍子のヒモ。シャブをさばくチンピラ     ←この男、凶暴スギ!
いしだあゆみ:冬子~~修治の妻



↑このメンツで、観たくなりました☆

堅気になった健さんが、
田中裕子&ビートたけしによって
ヤクザの世界に、また、首つっこむことになってしまう(>_<)….のみならず
田中裕子と不倫関係にまでなってしまう……という……orz

↑トンでもない話ですが(>_<)
健さんのヤクザは、いわゆる、どーしょーもない暴れん坊ではなくて
曲げられないスジが、一本通っている。

そして、そんな修治が、蛍子への同情?を越えて、一線を越えてしまう…
というところに、ドラマがあるんですね。
そこに、私の、女としてのナマ心を、かき立てられます……


▼~▼以下、内容にふれてノーガキ雑感です。

▼▼▼


夜叉の刺青は、真っ赤に燃えるモミジの中にある女の顔―-
「夜叉は背中にあるんじゃない、アイツの心にあるんだ」
それは、破壊的な鬼神でなく、男気にあふれた修治の根性。


漁師として、背中の夜叉も胸の内のソレも、隠して生きてきた男:修治が
蛍子に逢ったことで、あらわにされてしまう……
「夜叉、言うんやて…」
他人事のようにつぶやきながら、修治の心に入り込んで、とらえてしまう蛍子…
(妻から見たら、ズルい女…)


蛍子は、どーしょーもないヒモ男(矢島)から、逃げるわけでなく
むしろ、一緒になることが幸せだと思い込んでいるオンナーー


蛍子の、幸せに不器用な雰囲気が、
一本気の男性を、かばいたい衝動に、駆りたてるのでしょうか…
(ここで力にならなきゃ男でない!みたいな…)


矢島が、シャブのことで、組から殺されそうになるのを
蛍子から助けて……と泣きつかれた修治は
組に、自分なりのスジを通しに行ってあげます。
(自分だって殺されそうなのに(>_<))


・ヒモも捨てられないから、助けたい。
・男気のある修治からも、愛されたい…
愛されることに満たされていないから、結果、欲張ってしまう…….
修治に、ソコまでさせてしまう、蛍子の夜叉ぶりよ!!(>_<)


そして、殊更に思うのは
堅気の真人間として生きてきたはずの修治が、(妻子もいるのに)
蛍子と一線を越えてしまうこと……(ああ、健さん…)


二人とも、ミナミから来た、というところに
共通の匂い(同じ世界を知る人)を感じて、気持ちが接近したようです。
ここでは、ヨソ者の修治が、家庭でも感じなかったくつろぎを
(故郷のような?)蛍子に感じるのです。          
 (注:必ずしも家庭がくつろげるとは限らない(>_<))


男性の真意は、私には、わかりかねますが
その男の真面目さに惹かれて、すごく好きになってしまった結果
真面目さとは反対に、不道徳な道(不倫)に、
その男を引き込んでしまうことがあっても
やはり、好きという気持ちには、逆らえないのか……


蛍子は、やがて、風に吹かれるように、浜を去る。
修治の子を身ごもったと知った蛍子が、浮かべる微笑には
してやったり、という、“怖さ”さえある……


妻の冬子が、カウンター越しに、蛍子と差し向かいになったとき
夫の手前、愛想笑いを浮かべながらも
(アンタに夫は渡さないわよ!」)と、牽制球を投げたようでしたが
蛍子に、してやられました,……


そして、蛍子が、去ったのはいいけれど
恋は立ち去る者のほうが美しい……(ですよね…)
修治の心につけた火は、多分、ずっと、
くすぶり続けるのでしょう………………………


▼▼▼


男は、背に夜叉を背負い、女は、業(ごう)を背負っていたーー
と言いたいところですが
「男と女やもん」
双方ともに、深い業を背負い、愛に狂おしい夜叉――だったのかもしれません……



(不倫はダメなんですが)
日常の抑制というものから、解放されたフィクションにおいて
修治と蛍子が、堕ちていく恋のありさまは、運命のような必然であって
そんな二人の世界には、憧れすら、感じてしまう………………………….

















にほんブログ村 映画ブログ 映画日記へ
にほんブログ村


にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村

テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『42~世界を変えた男~』★“忍耐と克服“&GMの器の大きさ


T0012119q.jpg



作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/161232/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。


大リーグで、初の黒人選手となった、ジャッキー・ロビンソン選手の物語です。
第2次大戦後、まもなくが舞台ですが、根強~~~~い黒人差別です(>_<)

そんな差別に打ち勝ったよ、というサクセスストーリーではありますが
差別の周囲と戦い、くじけそうな自分と戦った、“克服“の物語といったほうがいいかもしれません。
そして
そんな彼を支えた、GM:リッキー(ハリソン・フォード)の存在が、とても良かった☆

▼以下、内容にふれて雑感です


▼▼▼▼


1.差別と排他


予想されていたことですが
ジャッキーへの差別は、酷かった……orz
「まだ南北戦争してるのか?」
法律上はともかく、慣習で、差別が常態化しているので
チームメイトであっても、メイトでなし(>_<)

チームメイトが署名運動までして、ジャッキーを排斥しようと、嫌がらせ
ホームの地元民も、押しかけて、脅迫し、嫌がらせ
遠征先のホテルも、宿泊拒否、嫌がらせ……(FBIも巻き込むほど!(>_<))
周りの大人の差別観は、無垢な子供にも伝わっていくのが、やるせない……

ココゾというところで
“やり返さない勇気”を、リッキーが説けば、
「神から忍耐を与えられた」と、踏ん張るジャッキー。負けるナ!

そんな中
サイテーに、ゴクアクに、酷かったのは、相手チームの監督!


バッターボックスに立つジャッキーに、これでもかこれでもかと
悪口雑言、罵倒、侮蔑の嵐、アラシ、荒らし……
あまりに酷すぎて、観ていられない…………orz
品格なさすぎ!


けれど、このトンデモないシーンが
人の心に訴えてくるものは、大きい!


2、同情と受容


トンデモ監督の悪口に、リッキーは言います。
「あの監督のワルさが、ジャッキーへの同情を生む」と。(だから悪いことばかりでないと前向き☆)


ともすると、上から目線になる恐れありの“同情”ですが、
リッキーは、“痛みの分かち合い“だと言ってくれます。


このリッキーは、よく聖書を引用する方で
神の前で恥ずべき人間であってはならない、という善き人です。

アノ監督の所業は、わかりやすくみっともなくて
同じ差別主義者でも恥ずべきことだ、とアリアリと感じるはず。

他の白人も、信心深い人のはずですが、人間だもの……?
恥ずべき行為がわからぬ、迷える子羊。
排他するのは、受容できない、自らの器が、小さいからなんでしょうね……
人のフリ見て、我が身の器の小ささを知る……?
(かくいう私も自戒をこめて、気をつけマス)


困難は予想されるのに、敢えて、黒人選手の入団を推進したリッキーは
器の大きい人、ということになりますが、
そんな彼が、なぜ、そこまでして黒人への入団にこだわったのかを
ジャッキーは知ります。


それを聞いても、野球を、友情を、人の心を大切にするリッキーの
器の大きさに、感銘をうけました。
イイ人だぁ~、リッキー。
(↑ハリソン・フォード☆いいとこモッテってます(*^_^*))


▼▼▼▼


黒人選手の先駆けとなった「42」ジャッキー・ロビンソン選手も、ご苦労様ですが
彼を誕生させ、支えたGM:リッキーの存在が
予想外に、生かされた演出で、良かった☆


それが自分の使命や夢であっても、強く、誰かを支えることは、尊いことで、
見ていて、気もちの良いものです(*^_^*)


個人の努力ももちろんですが、
仕事上の実感としても、支えてくれる人がいて、自分の世界が動いていくものですもんね。


エンドロールには、ご本人のお写真。
実際、色々、いやな目に遭いながらも、道を切り開いてこられたんですね……
しみじみ、目頭が熱くなりましたよ。













テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『許されざる者(2013)』★最後に許せなかった者

T0011080p.jpg




作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/160530/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。




イーストウッド主演の『許されざる者』には
“許されない罪”とは、どの範囲なんだろうか…などと思わされるのに
その疑問さえ、安っぽく感じるほどの作品でありました。

殺人でなくても、人格を著しく傷つけたり、人の心を殺すようなことは、
厳しく罰せられるべきもの、というのが1つあったと思われます。

このリメイクも、楽しみでしたが、同時に、怖い気持ちもありました……
あの衝撃を、どうアレンジするのだろうかと…。設定は、似ています。

ある娼婦の顔を傷つけた男2人を、成敗してくれた人に報奨金を出すという
娼婦たちの依頼を受けた男たちが、たどった道は?……ということです。

場面は、明治維新直後の北海道。
士族を捨て、剣を捨てた、元・人斬りの十兵衛が、
生活苦から、“や・む・な・く“殺しを請け負います。
依頼は、旧知の金吾(柄本明)。
ついでについてきたのは、アイヌ青年・五郎。

北海道が舞台というのは、“さいはての地“というだけでも、
寒さも心に震えそうなドラマが期待されます。
開拓民(和人)とアイヌの人の関係にも、哀しみを見せます。
そして、雪。

冒頭から、白い雪上での乱闘・殺戮あり、真っ赤な血が、鮮烈に画面を染めます。
その血は、人の死を意味するだけでなく、生きていた、という証のようでもあります。
この極寒の地、厳しい自然条件の中での“生”を、意識させられます。

普通なら、ワルモノ退治して、かたき討ちできて、依頼人も、請負人もスッキリで
子供のいる生活も潤って、良かったね☆となるはずなのですが
オリジナルのように、いえ、オリジナルよりも強く、今回の結末は、心に寒かった……

以下、内容に触れて雑感です。(結末はボカしてます)

▼▼▼

1、柄本明さん=金吾

十兵衛に畏怖を抱きつつ、友と呼び
彼も、十兵衛と同じく、ワケアリの過去を経験したらしいけれど、
石炭に夢を持ち、前向きな気持ちで、娼婦の仇打ちに臨む………

……と思っていましたが、やはり、前を向けないこともあります……orz
その風情が、柄本さんのやるせなさにピッタリ☆

幕臣の彼らの場合、時代が移り、自分の“生きる場所”探しをしながら
その実、“死に場所”探しもしてきたのかもしれません……
死に場所というのは、ただ、その場所というのでなく
どう死ぬか、ということでもあります…

かたき討ちというのが、新しい自分探しであったかもしれないけれど
“その時“、金吾に決意させたものがありました。←ここの柄本さんの表情が深い(*^_^*)
そして、その後の金吾の運命にも、意地と美学が潜んでいるかと。

2、死について

殺す、殺される、半殺し…etc.のシーンが多用され、ピリピリします。

そのたびに、例の“仇うち”のことが遠ざかり
目の前の“殺し”、“死”が、ただただ、無残なこととして、見えてくるのです……
娼婦の顔を傷つけたヤロウは、女の命を奪ったも同然なんだから
殺されて当然だよねとは、共感とは別のこととして、訴えてくるのです。

そして、過去に、皆殺しにしたという十兵衛であっても、真相はどうなのか?
死ねずに苦しんでいた人への同情から、手にかけたということではなかったのか…?

“死”というものの尊厳は、金吾の姿にも、強烈に語らせます。(オリジナルとも重なる)

3.十兵衛のこと

過去を捨て、新しく生きようというのは、誰でもトライすることなんだと思います。(ブログ名やHNの変更もそうかと^^;)

それで、幸せならいいけれど、そうでなければ、どう進むか……?
このままで進んでも、未来が無さそうなら、戻ってみることもあり得ます。

金吾いわく「人はそう簡単に変われるもんじゃない」 (←柄本さんの説得力ありすぎ^^;)そして
十兵衛の背中に、背負う過去を感じたのは、顔に傷を持つ娼婦。
↑この背中のシーンは、いいアングルで、語ってくれてます。

生活のために、十兵衛が戻った道は、人斬りの道。
出来ることは、“昔とったキネヅカ”なんですね。
(そういう意味でも、若いときに、“いい道”つけておいたほうがいいかな)

ふと、思ったのは
多分、母親なら、子供のためなら、何だって恐れず悪びれず、
気の咎めがあったとしても、ミニマムではないかと思うのです。(母は図太し)

けれど、渡辺謙さんは、子供のためなんだから、妻との約束を破っても仕方ないじゃないか…….
と、言い切れるタイプではないんです。
武士の心根、男の魂としては、子供のためであったとしても
多分、それを言い訳にしなければならない自分の状況に、遂にいたたまれず
恥じ、そして、許せなくなったと思うのです………

▼▼▼

良心や正義の成敗(殺人)であっても、あとに残るものは何なのか…
最後に許せなくなるのは、自分自身なのか?
今回は、特に、そんな印象が、強く残りました。


PS:イーストウッド版を未見の方には、鑑賞をおススメしておきますネ(^_-)-☆







ECナビ↓


テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『勇気ある追跡』★『トゥルー・グリット』にジョン・ウェインの爽やかな風吹きぬ

51v051wROoL__SL500_AA300_.jpg



作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/9385/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。


母の退院の話が出ました。(*^_^*)
今後は、なかなか遠出もできなそうですが、(多分、はじめて)二人で見た映画が『トゥルー・グリット』でした。
母と一緒に観たので、いい想い出です。(*^_^*)




『トゥルー・グリット』は、『勇気ある追跡』のリメイクと聞いていました。
『勇気ある追跡』で、ジョン・ウェインがアカデミー主演男優賞を受賞したということもあり
リメイクとはどこが違うのかも気になって、鑑賞しました。(時間経ってマス^^;)


物語は、父を殺した犯人を制裁するために、少女マティが、
無法系の保安官(←元泥棒!?)コグバーンを雇い
逃げる犯人らを、追っていきます。
マティと保安官のほかに、賞金かせぎのラ・ビーフが合流しますが
ラ・ビーフは、はじめは、ピュアな助っ人ではない^^;(→あとで、すご~~くイイ人に!!涙(T_T))
マティをひよっこ扱いして、返そうとさえします。(それでは本末転倒なのョ……)
それやこれやで、3人は合流し、父の仇に追いつきます。


以下、雑感です。
『トゥルー・グリット』との違いに、ふむふむと思った結末は、要反転。


▼▼▼


この作品のみどころは
ジョン・ウェインの渋い男前が、馬にまたがり
手綱をくわえて、二丁拳銃をバンバンぶちかます、ということもありましょうが
私への魅力は、なんといっても
“”マティのたくましさ“”です。

『赤毛のアン』のアンにも、芯のある強さ、くじけない強さ、めげない明るさに
とても元気をもらえるのが、嬉しいのですが
このマティも強い!!

父の遺体を引き取りに、一人で町にやってきて、大人の男たちと
色々と交渉・かけひきするのですが
まず、ひるんでいない!

女子供と言いますが、少女が、一人で町にやってくるのも、とても危なそう……
でも、つけいるスキを与えない。
小娘だと思ってバカにしてたら、オジサンのほうが、やられちゃいます。

マティは、父を殺した憎い男へ、それこそ“倍返しだ!”というくらいの気迫がある、のみならず
賢いんです。
婦女子の自分に腕力はなくても、知恵と、守ってくれる法と
心強い弁護士さんもついている。

何かあったら、法に訴えるわよ!というマティの姿勢には
“訴えてやる~(T_T)”という感じのひがみっぽさでなく、
守られるべき自分の立場は、守られて当然なのだ、という説得力が感じられました。
(泣き寝入りすることはないんだな~と思う)

でもね、マティも女の子だもん♪
顔はきれいに洗いたいヮ(*^_^*)
で、一人で川に行ってしまったら……
仇である男の一味に、さらわれてしまうのです(>_<)

そんなピンチが、盛り上がって、ハラハラドキドキのみどころを
作ってくれるのですが………..

『トゥルー・グリット』を観た私は、暗い気持ちになってきました……
ああ、マティは……orz

以下、要反転。






マティは、蛇の穴に落ちてしまい、腕をかまれてしまいます。

『トゥルー・グリット』では、コグバーンが、マティを助けるべく
治療のために、引き返しました。
そして、25年後のマティの姿を映して、終わりました。

そのとき、マティは、腕を失っていました。
逆に言えば、腕を失うことで、マティは生き延びることができたということ。

あのとき、仇を追っていたけれど、それを諦める勇気を持つことで
マティが救命できたということには、片腕になった衝撃とともに
マティを抱えて、コグバーンが引き返してくれた選択に、感激しました。

まさに、『トゥルー・グリット』=真の勇気、のタイトルがしみました。


そんなことがあったので、この作品でも、
このあと、マティの腕が失われるシーンを見るのは辛いナ……と思っていました。

けれど、この作品では、そこは映しませんでした。
マティが、助かったところで、コグバーンも爽やかに退場します。
どちらのエンディングが好きかは、お好みです。






『トゥルー・グリット』の結末のほうが、原作に近いようで
窮地のマティに対して、コグバーンがほどこした“決断“の正当性を、より強調した印象で
リメイクと言われながらも、別作品の魅力を、作り出したようです。



▼▼▼


この『勇気ある追跡』は
マティも、コグバーンの選択も、もちろん見どころなのですが、やはり
スポットライトは、ジョン・ウェイン☆
ジョン・ウェインが最大の魅力で、カッコ良く、
結末も、爽やかな風を余韻にすることで、この作品は、うまく出来あがっているのだと思います。


よく覚えていないのですが^^;
「俺は、まだまだ死なねえよ」って感じに、終わったかな……^^;

ストーリーは、ストーリーで、原作はあっても
それを演じるとなると、演じ手の魅力を生かした展開・終わり方ってあるなあ~と
この作品では、あらためて感じましたョ。











テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『横道世之介』★世之介さ~ん「あなたを忘れない」

T0012790q.jpg




映画レビューです(ネタバレ表示なし)
http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id341931/rid96/p1/s0/c1/




作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/158701/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD22764/story.html
↑あらすじはこちらも参照ください。




長い上映時間でした。
省いてもいいかなと思う部分もありましたが
若い時代を懐かしみながら鑑賞しました。

大好きな吉高由里子さんは、ここでも、ステキなお嬢様でした☆
吉高さんが、「世之介さ~ん」と呼べばこそ、と言ってもいい^^;










.

テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『夢売るふたり』★生ナマしくも健気な“松たか子”絶賛です☆

夢売る~1




作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/157383/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください



映画レビュー(ネタバレ表示)です。(▼▼で、くくっています)
http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id342623/rid60/p1/s0/c1/


各人各様に、想う所を、炙り出される作品だと思います。
中途半端な雑感レビューですが^^;
松たか子さんが、とても良かったので☆







テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『夕凪の街 桜の国』★生きとってくれて、ありがとう

161.jpg



映画レビューです。(ネタバレ表示なしです。)

http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id327271/rid282/p1/s2/c7/



先の大戦。
原爆投下された広島を 舞台としています。

夕凪は、原爆で、止められた命の時間のようで
桜は、それでも、流れゆき今に続く時間のようです。

私たちには、忘れられない人々がいて、
忘れてはならない事実が あります。

ちなみに
レビューの中で、言及した彫刻家の方の記事です。
 
http://blogs.yahoo.co.jp/yutake2415/2997819.html
 
http://blogs.yahoo.co.jp/yutake2415/33729443.html



・゜・☆。・゜。・。・゜・☆。・゜。・。・゜・☆。・゜。・。・゜・☆。


『父と暮せば』     
http://cinema.pia.co.jp/title/10347/

『黒い雨』    
http://cinema.pia.co.jp/title/s-9901


も、広島の原爆投下を扱った作品でした。

(戦後、日本が原爆を扱った映画は、永井隆博士の随筆をもとにした 『長崎の鐘』だそうです。)

色々な視点で、被爆関連作品は作られますが、
観るたびに、あらためて刻まれる哀悼と祈念の想いが あります。





作品について   http://cinema.pia.co.jp/title/17999/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。








テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『欲望という名の電車』★虚栄の愚かさだけでは割り切れない思いが残る




映画は、1951年の作品。テネシー・ウイリアムズ作。

身を持ち崩して家を失ったブランチは、
”欲望”という名の電車に乗って、
貧しい妹夫婦の元へ転がり込んだ…。


映画でも、本でも、作品を見るときに本当に意図するものは何なのか、と考えると思う。
共感したり、反感を持ったりしながら、教訓を得ることもあるし、この作品の主旨はこうです、と言いきれない作品もある。思い切った断定を避けて、感じるだけにしたほうが無難な作品もあるだろう。
たとえば、“この作品の主旨はブランチの虚栄の愚かさです”と言うのが本質だとしても、
それだけでは割り切れない思いがした。

以下、思うところです。(内容にふれます)


あらすじの参考に
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AC%B2%E6%9C%9B%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E5%90%8D%E3%81%AE%E9%9B%BB%E8%BB%8A_(%E6%98%A0%E7%94%BB)




①ブランチのお気取り

自分がボロボロになって惨めな気持ちになったとき、そのままボロ雑巾になって
自暴自棄になろうと思うときと、粉々に崩れそうな自分を壊れないように固めるつもりで、
しっかりメイクをして、いい服を着て、アクセサリーを着けたりするときがある。

ブランチは、家もお金も夫も、何もかも失っていた。
貧乏な妹夫婦の居候らしく分相応に振舞え、何、気取ってるんだ、と思われるのも、
人の自然な気持ちなのだろう。取り繕わないでボロボロになってしまえ、と。
今まで上にいた人へのヤッカミの残酷さも感じさせる。

②男を渡り歩いたブランチ

愛を失った淋しい女が男を漁っていた、と言うのは、はしたないと言えばはしたないのだろう。
しかし、無一文の女が生きていく手段だとしたら、蔑むよりもむしろ不憫に思う。
それが暴露されたブランチは、再婚の機会を逃してしまう。
汚れたという烙印を押された女は、再び、具体的な幸せを手に入れてはいけないのか。
①と合わせると、中身が汚いくせに外見だけ気取って、何も知らない男を欺くのか、
と人の蔑みが増すのが情けない。

この辺りを、例えば宮尾登美子さんが描写したならば、虚栄よりも“哀歓”が
滲むように思う。


③妹の夫をバカにしたブランチ

ブランチも誰も、誰かを下に見ることで自分の優位性を確かめたい心理が働くのかもしれない。
良くないことだけれど、その行為は、ブランチの宝石と同じ役割を果たしていたと思う。
自分を少しでも立派だと思っていたいと言う…。それが、まさしく虚栄なのだけれど。


④優しさに応じるブランチ

ついに、精神の破綻をきたしてしまったブランチは、施設(病院?)に収容されることになるが
彼女は、恋人が迎えに来てバカンスを過ごすと思い込んでいる。
迎えに来た男女に、失望し錯乱したブランチだったが、紳士的な男性の対応に応じる。
「優しくしてくれる人の言うことを聞くわ」
これは、認知症の方にもあてはまると言う。
記憶や理性を失っても、優しさを求める気持ちを人は失わない。
レディらしく男性と歩くブランチには、虚栄よりも、“人間の尊厳”を感じた。


⑤妹夫婦の破局

「義姉さんが出て行ったら、俺たちは元通りだ」
そんな夫の期待も虚しく、赤ちゃんまで産んだ妹は、姉が家を出た後、
結果的に姉を心身ともに傷つけた夫から去ってしまう。
姉が来てから、夫婦の生活は変わってしまった。
いつもどおりの生活なら、いつもどおりのままなのに、違う要素が入り込んだために、
抱かなくてもいい感情も芽生えて、憎まなくていい人を憎むことにもなる。
そして、その要素が取り除かれたからといって、元に戻るとは限らない。(浮気もそうかも)


~~~~~


多分、客観的に見れば、虚栄云々、という目で、ブランチを見ることが的確なのでしょう。
しかし、ブランチの非を教訓にすることがあったとしても、
彼女を上から目線では見たくありませんでした。
誰にだって色々あって、それなりに生きていかなければならないのだから…。
彼女にもある悲しみには、心を寄せたくなりました。



また機会があれば、あれこれ思い煩ってみたい作品でした☆






テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『夜の終りに』★男と女の一夜ゲーム(^_-)-☆


 



1960年、ワイダ監督作品。ポーランド。


男が、女に言う。
「感傷的なゲームをしないか?」


恐らく、この作品が、旧ソ連社会主義体制のポーロンドにおける検閲下で
製作・公開された、ということを踏まえなければ、
ちょっと、イデオロギー的な会話のある
とある男女の一夜物語を何気なく楽しんだ、ということなのだと思います。


抵抗の監督と言われるワイダ作品の例えば、
『大理石の男』(←昔見たとき、ピンと来なかった)や
『灰とダイアモンド』など
そこに、描かれた政治色のある若者でなく、
制約されない自分の意思で生きている若者という、
民主的な世の中では普通の光景になるこの作品が、
監督にとっては“異色作”ということに、驚きました。


さて、内容は、出逢ったばかりの男と女が、
男の部屋で一夜を過ごす、という、ドキドキするような内容です。


ゲームをしないか、と言った男に対し、女は
「協定書をつくるわ」と、答えます。
協定書が“脚本”代わりに、そのあと、粋な会話が繰り広げられます。
それは、挑発するようでもあり
するりとかわすよう様でもあり……



男「反逆とは、抑えきれぬ思考と感情のほとばしりだ。
  つまり、僕は反逆者ではない。(君の)協定に縛られている。」
  ~・~・

女「次のセリフ、忘れちゃった……」
  ~・~・

男「目覚めたら、新しい脚本が待っている」
  ~・~・

女「30分くらい、あなたに恋してた」
  ~・~・


そして、よせばいいのに、野球拳みたいな遊びまでして…^^;
でも、男が「僕は紳士だ」と言って、終わってくれます。


やがて、朝になって、「さよなら」という女に、
男は、寝たふりをしています。
女は、部屋を出て、階段を降り始めますが……。


このラストシーンは、“普通”のロマンスとしてみても、
十分、気が利いています。


いつの時代でも、どんな社会背景でも、
若者には、“その後”があって、
男と女には、甘いロマンスがあるのですね☆





作品について http://cinema.pia.co.jp/title/17576/↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。







テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『善き人のためのソナタ』★善き人は……


映画レビューです。(ネタバレ表示です)
http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id326052/rid179/p1/s2/c6/

悪しき者として、過去の清算という 重荷を背負うとしても
善き者として、救われる部分も 人にはあるはず……

それで、観ている者も 救われる思いが感動になることがあります。



                    レビュータイトル、なんとかしようと思わなかったのか……orz


作品について http://cinema.pia.co.jp/title/16953/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。




テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『八日目の蝉』★いい“八日目”を見せてくれたと思います。

 

 
映画レビューしました。(ネタバレ表示あり)
映画『八日目の蝉』★公式サイトです。
 
原作未読でしたので、楽しみに鑑賞しました。
随分、涙がこぼれました。
でも、終わりには、希望があって良かったと思います。
 

映画『行きずりの街』★祝・仲村トオルさんの50本目

 

 
(結末は言ってません)HPです。http://www.yukizuri.jp/
 
丹波篠山の塾の講師・波多野は、祖母の危篤にも連絡のつかない教え子・ゆかりを捜しに
上京した(進学先)。ゆかりのマンション近くで、波多野は、男たちに追いかけられた……。
 
「このミス」の原作未読です。ミステリーと愛、の宣伝に惹かれて鑑賞しました。
このようなミステリーの面白さは、解決したい事件の解決にも興味をひかれますが
それがメインでなく、むしろ、きっかけやスパイスとなって、解決の糸をたぐるうちに、
もっと大きなものが、発見されることにあります。
ここでは、愛か絶望か、と謳われています。
うつむき加減な小西真奈美さん☆が、そそります(笑)。
 
      ①ゆかりは、なぜ、行方不明になったのか?
      ②波多野は、なぜ上京までして、ゆかりを見つけなければならなかったのか?
 
テンポが良く、ミステリーの答え捜しを、飽きずに見ました。
   理由から、“波多野の過去”が見えてきます。そして
過去へのあがないのために②があるのかな~と、思えてきます。
 
そして、クローズアップされていく“波多野の過去と今、これから”が私には
見どころになりました。(▼雑感です。)
 
 
▼▼▼
 
波多野は、高校の教え子だった雅子と結婚&離婚を経験しました。
ゆかりを捜すうちにたどりついた、バーのママになっていた雅子。
12年ぶりの再会。
別れた人に、どう逢いますか?どんな言葉が、まず、出ますか?
 
言いたいことは言い切れないほどあったとしても、実際、目の前にしたら
挨拶ていどになってしまうのです、
最初は…。営業用の笑顔の下に、気持ちをいっぱい押し隠して。(←小西さんの表情がイイ☆)
もし、2回目があったら、その時は、思いのたけをぶちまけるんです。
恨んでる気持ちはありますから。でも、その恨みは、すごく愛していたからなのね……。
だから、もしももしも、今、受け止めてくれるのなら、抱えてきた陰性思考は
すべて愛に変わりうるのです。取り戻したいから……
 
仲村さんは、若いときに、若さのわりに大胆な行動をしたわりには
その後のフォローは青くて酸っぱくて、その青さを後悔しつつ、ずっと引きずっちゃった、
という男が、いい意味で、とても合ってます。
 
若い時には、君を尊重すればこそ、なんて、恩着せがましい別れ方で、カッコつけたつもりでも
40歳も過ぎれば、そんな“逃げ”が、カッコ悪いことに気づいている。
だから、逃げたくなかったんですね、ゆかりの問題には。
 
「国語の教師なのに、言葉が足りない」
本当に、言う想いがないのか、言うべき言い方が見つからないのか、
言うことがありすぎて言えないのか……
ウンでもスンでもないのって、じれったい……。
 
自分のときには逃げたくせに、ゆかりちゃんは追いかけるんだ~と
妬きたくなる気持ちもあったかもしれませんが、雅子も、大人になりましたからね。
妬くよりも、今の波多野は、女を見放す男ではないんだ
ということが嬉しかったかもしれません。
だから、惚れ直す(笑)。
 
▼▼▼
 
 
主役の仲村トオルさんは、
影を引きつつも光ある、魅力的な役柄だったと思います。
 
ですが、ごめんなさい。
全体に、スルスル、行ってしまった感が……。
「行きずり」ならぬ、通り過ぎてしまったの……。
 
もうちょっと、心のトゲにひっかかってくれても良かったかな~と。
仲村さんの、デビュー25周年☆50本目という記念作品ですから
女の子よりも、実は、失った自分自身を捜してました!!
というインパクトが、もっとドギツクても、良かったかな……
 

映画『予感』(イラン作品)★雑感です


日本未公開だったそうで、YAHOO映画にもありません。

↓参考まで(画像もこちらから)
http://www.nhk.or.jp/sun-asia/aff/works/8th.html

【あらすじ】
会社社長の夫と、精神科医の妻。死産から関係がよくない。
ある日、路上でのトラブルがきっかけで、ある兄妹と知り合った夫。
以来、夫は、その娘と頻繁に連絡を取り合うようになり、
妻と離婚する、と言い出すが……。

イラン作品は、ほとんど見ていないかもしれません。
お国柄を知らないので、ストーリーとは別のところに驚いたりもしました。
夫と彼女が、喫茶店でパフェを食べるシーン。
イランにもパフェがあるんだ、とか、男女ふたりでお店に入ってもいいんだ、とか
そもそも喫茶店があるんだ、とか……ですね。

雑感です。結末にはふれません。

①「愛が冷めたら、別れて友達になる」

夫が、妻に言うせりふです。
当然、妻は、彼女と別れてくれ、と言います。

でも、
よそに向いてしまった気持ちを、やめろと言われてやめられるのか、
難しいように思ってしまうのです……。
妻は、家庭は壊したくない、と言いますが、
家庭を壊さないことはできても、気持ちを戻すのは難しいかな~と。
気持ちが戻らなくても、家庭が維持できればいいかな~とも……。

愛が冷めたら……と言ってますが、ふと思いました。
結婚は、もちろん、愛によって結ばれていてほしいものですが、
そればかりではないですよね……。
打算的なことを言うわけではありませんが、昔は、日本でも、結婚しないと食べていかれないような死活問題でもありましたよ。(少なくとも叔母はそうでした)
だから愛がなくなっても、捨てられたら困る、という人もいます……。
この妻は職を持っているので、これには当てはまりませんが
やっぱり、好きな人から捨てられたくないんです。
しかし、もう夫の子供を産むつもりがないのです……。
けれども、夫は、子供が欲しいのです。若い娘と親しくなったのは、子供が欲しいから、
だけではないと思いますが、実際には、そういうケースもありますよね……。
それも、愛ということで。

②その後のこと

こういう場合、たいてい誰かが死ぬんです。
当事者の片方が死ねば、それで関係は終わりますが、当事者が生き残った場合、
どう展開しましょうか。(作品は、当事者以外の人が死にます)

二人が新しい道を歩んだ場合。
・明るい未来を予想させて終わる
・暗雲立ち込めて終わる

よりが戻る場合。
・前より良くなりそうな予感
・よりひどくなりそうな予感
・パッと見では良し悪しがわからないほど、問題が水面下に潜ってしまった場合


物語はどう終わったらいいのか、と小説でも映画でも思うのですが
終わらせる必要はないんだな、と気づかされることが
よくあります。
この作品も、ものすごく劇的ではない印象かもしれません。
特に、“終わり方”は、ですね。
多分、ああなって行くんだろうな~と思いつつ、でも、違うかもしれない……。

不倫後の顛末なんて、誰にもわからないものなのでしょう……。



映画『夜行列車』★狭い廊下ですれ違う様な~雑感です


1959年の作品。

夜行列車(寝台車)での一夜物語。


夜は、寝る時間になれば、もう今日は終わりで
明日の朝が来るまで、もう何もない時間......
と思いますが、夜行列車は違います。
夜という短い時間の、車内という限られた時間で
何かが起こりそうな密度がありそうです。


ちょっとした手順で、相部屋になった男女を中心に話は進みます。
軽く?キスを交わしてしまいますが><
単なる一夜のアバンチュールではありません。
その後、事件が持ち上がります.......。


やっと、すれ違えるほど混雑した廊下。
その袖振り合いこそが、刹那の一夜の人々の出逢いを象徴するかのようです。


なぜ、その列車に乗るのか、
降りたら、どこへ行くのか、誰に逢うのか......
作品は、さほど、どうということもなく、無事に列車は目的地に行って
乗客を降ろして終わります。


列車を降りた彼女は、その後、幸せなのでしょうか。
駅で待っていた妻と帰った男性も、その後、
つつがなく暮らしているのでしょうか......。
知る由もありません。


そのときに、逢っただけで、
そのときに、廊下ですれ違っただけで
もう2度と逢うこともない出逢いを、私たちも、日々、
繰り返しているのかもしれません。


そのときには、なんの意味もなかったかもしれないキスを
いつか思い出したとき、
何か、意味を教えてくれるのかもしれません。


『夜行列車』は、毎日の縮図なのかな~と、ふと、思いました。



映画『夜の上海』★綺麗な街の灯り…


映画レビューしました。
(一応、ネタばれ表示なしですが、内容にふれてないこともないです)
http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id327984/rid110/p0/s0/c0/

お気レビさんのレビューで見たかった、2007年の作品です。


夜のタクシーに乗って、灯りを見ていたら、ふと
アノときも、こんな灯りだったなぁ~
と思い出しながら、
気持は、まだ溶け切れていないなぁ~
などと、思ったのでした……。>>(ため息)

映画『余命』★命と向き合って


映画レビューしました。(ネタばれ表示です)
http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id331967/rid38/p0/s0/c0/

人の困難を作品中にみるときは、私は、どれだけ、
その人の気持ちに近づけるだろうか、と思います。

この作品のヒロインの立場なら、自分は、どう思い、どうしただろうか、と
思いながら鑑賞しました。

鑑賞直後は、作品が通りすぎていったような印象でした。

そのあと、堕胎する某作品を鑑賞しました。
その作品の価値云々とは別に、堕胎したことが非常に
残念に思うとともに、この『余命』を思い出しました。

この作品は、命に対して真摯に向き合った、いい作品だったと
思っています。

映画『容疑者Xの献身』★あなたに感謝しています


映画レビューしてはみました……。
http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id330418/rid136/p0/s0/c0/


原作ファンには、思い入れのある作品でしょうし、
ストーリーから推察する、容疑者X=石神の心情は
原作の世界から、すでに推し量られていることなのでしょう。


石神にとって、これはまさに“献身”という言葉がふさわしく
“犠牲”とは異なるものなのでしょう。
彼は、恩人と思っている花岡さんのために、何かできることをすることが
彼の喜びだったと思うからです。


その人がいることで、今の自分が存在していられる幸せ。
その人のために、できるだけのことをしたい。。


しかし、
想うがゆえに、罪を犯してしまう石神。


人間の強さ、弱さ、善と悪、理屈と感情………。
堤さんの配役で、とても期待していました。
堤さんの石神役は、とても素晴らしかったと思います。
それが、小説にはない良さではないかと想いますが、
いかがでしょうか......。


福山さんは、堤さんの石神を描く上で、バランスよい、相手役になっていたと思います。


プロフィール

yutake☆イヴ

Author:yutake☆イヴ
こんにちは☆
使い方がよくわかりませんがヨロシクお願いします。^^;

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
フリーエリア
PVアクセスランキング にほんブログ村
リンク
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
フリーエリア