映画『はやぶさ/HAYABUSA』★わかっていても涙があふれてしまいました

公式サイトです。http://movies.foxjapan.com/hayabusa/index.html

映画レビューです。(ネタバレ表示)ネタはすでにバレていますが……
http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id339914/rid27/p1/s0/c1/


他にも、「はやぶさ」映画は作られているのですね。
①は、見はぐってしまって残念…orz

①角川 「はやぶさ HAYABUSA BACK TO THE EARTH」(上坂浩光監督 プラネタリウム用)
②東映 「はやぶさ 遥(はる)かなる帰還」(瀧本智行監督 渡辺謙主演)
③松竹 「おかえり、はやぶさ」(12年3月公開、本木克英監督 藤原竜也主演)

ネットでも、涙ぐんで見ましたが
映画で、感動をあらたにしました!

竹内結子さんが、わかりやすく解説してくれる設定なのと
西田敏行さんが、周りを固めるべく奔走している人間味が
良かった作品だと思います。



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映画『ワイルド・スピード MEGA MAX』★ギアはトップに入れてGO(5)!\(^o^)/



公式サイトです。http://mega-max.jp/


『セカンドバージン』とか“セカンド童ナントカ”(byモテキ)もありますが
セカンドでもサードでもなく、ギアはトップに入れて、快走したい☆気分満々で
この5作目を、楽しみに鑑賞しました!

ドミニク(ヴィン・ディーゼル)とブライアン(ポール・ウオーカー)不在の
3作目のTOKYO ドリフトのときは、つまらなくなってしまったと
正直、がっかりしました…orz

が、その後、過ち(?)に気づいたのか
原点に戻るように、4作目を作ってくれました。
その結果、時系列的には、1作目→2作目→4作目→5作目(コレ)→3作目と
なってしまったようですが^^;、5作目=MEGA MAXのタイトルに恥じない、
いい出来を感じました☆

ストーリーの詳細は、あまり重要ではないと思いますが^^;

★冒頭から、ドミニクの脱獄シーン!
プリズンブレイクではありませんので、鉄格子をどうにかしようとはせず
当然、車で移送中にやらかしてくれます。
ここは、ウオーミングアップです、心拍数上がります!

★列車から高級車を盗むシーン
ここでも、かなりムリしてくれるので、始めから飛ばすな~という感じです。
でも、これも、序の口なんですね~。

そして、肉体派警官(←『スコーピオンキング』のザ・ロック☆)
闇のボスなどが登場。
ドミニクと仲間たちが、あるモノを盗むことになります。

ここは、もう、ストリートレースの域を越えて
クライムアクション的な、泥棒モノになっていますが
基本は、車、クルマ、くるま!!で行ってくれる!!
↑これは、スゴイものを見せてくれたと思います。

ちょっと言ってしまいますと……
直線での、加速・爆走も、ドキドキですが
あるモノと一緒に曲がるときが、すごいんです!ウオオ~~~!と、叫ぶと思う。(心の中で^^;)

岸和田のだんじり祭りの“やりまわし”(?)を思わせるような
迫力ある“曲がり”と
そこら中への“ぶつかり”と“壊し”
(感覚的には、『トランスフォーマー』くらい、モノが壊れたかと……^^;)

最初からヒートアップして飛ばしてるな~と思いましたが、
終盤も、ダメ押しで、突っ走ってくれました!!

そして、やはり、お預けにしてほしくない、基本的な“ストリートレース”も
ちゃんと、見せてくれたのが嬉しい。これが原点ですもんね。

~~~

この作品には、もちろん、ワイルドなスピード狂を、期待していますが
ただ、カーアクションを見たいだけでは、ありません。
ドミニクとブライアン、そして家族・友人たちの姿を見たいのです。
4作目が、いい調子で、軌道修正してくれての
さらに上をいく、本作です!
(クロスペンダントの件も、適度にしんみりして、イイ☆)

ラストで、クールダウンしたときに、ああなってくれたらいいな~と思うようにも
コトが運んでくれました。
(ちょっと言ってしまうと……注…………………………………『ジャッカル』の結末のようです)

~~盗むことより仲間が大事~~
彼らを擁護するとか、善悪の判断とかは、次元の違うことですが
後味も、良かったです。

彼らの爆走~~モヤモヤしている方には、おススメです!
私も、スッキリ☆

……エンドロールの最後まで、観ててください。
え?次はどう展開する!?次回も楽しみ~☆


PS: 素朴な疑問~~美女へのおさわりの手は、左で良かったのか!? ^^;




映画『利休』★“こだわり”を捨てられたら~雑感です。

野上彌生子原作の小説『秀吉と利休』の映画化です。
三國連太郎さんの利休像には、風情と説得力を感じます。
あらすじです。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD11487/story.html

弟子の山上(やまのうえ)宗二の“こだわり”を捨てると言う言葉に、
思う所ありました。

利休と宗二の関係は、師弟関係であっても
茶の湯に対する考えかたが、双方、複雑であります。
映画では、わかりやすくなっていたので、私の雑感も簡単です…。
宗二は、かなり頑固者(強いこだわり)として登場します。

ときの権力者・秀吉の不興を買って追放になった宗二が
極秘に、利休と再会した折のシーンで、宗二は、自らの“こだわり”を反省します。

それは、茶器の話として述べています。
今まで、宗二は、茶器はこうでなければ!との思いが強くあったらしい。
(『山上宗二記』でも、名器についての記載あり)
けれど、茶器はこうあるべき、というこだわりそのものが、茶の湯には
邪魔(余計)なことではないのか、ということでした。
この茶器ではダメだとか何とかと、こだわっているうちは
茶の湯を極めていないのでは、ないかと……。

       

……“こだわり”で、ふと苦い思い出が……

私の祖母は、茶道の師範でした。

けれど、祖母とは義理の間柄でもあり、心許せる関係ではありませんでした。
祖母は、いとこ達にもですが、いろんな人を評価しては、他人に話していました。
私は、自分が評価されて他人にそれを話されるのが、とても嫌で
なるべく祖母とは疎遠でありたいと思っていました。

でも、祖母が、どう評価(けなす・くさす含む)しようと、
今となっては、気にすることなどなかったと思います。子供なんですからね。
親も、落ち度がないように、と緊張感をたぎらせていましたから、
余計にでしょうか。
つまらないプライドでも、あったのでしょうかしらね…………>>

こだわらないで、ちゃんと祖母からお茶を習っておけば良かった……と
後悔しています……。

  

こだわりすぎると、大切なものを失うことがあります。
宗二は、結局、秀吉の不興を買って、死罪になってしまいました。


悩み多き憂き世に、どうしても譲れない“こだわり”も生まれたりはしますが
なるべく、こだわりの呪縛を捨てて、さら~っと生きられたら
いいと思いますね。
 




映画『セカンドバージン』★それを純愛と呼び、感じたい……雑感です^^;


公式サイトです。http://www.secondvirgin.jp/pc/

テレビドラマは未見です。
45歳のバツイチキャリアウーマンと、17歳年下男性(妻帯者)との不倫恋愛だそうで
回を追うごとに視聴率が高まったのは、濃厚な(!)ラブシーンへの期待かららしい。
それでか、さらなる期待が映画化につながったらしいけれど、そのわりにラブシーンは薄くて、
それを期待した方には不評らしい……(―_―)!!

不倫を肯定するわけではありませんが
どうしても人を好きになってしまったときに、そのあとに来るもの(出来事や感情など)については
興味をひかれるものです。
何を見せてくれるのかに期待して、鑑賞しました。

日本を離れて、マレーシアで再会した二人のエピソード。
男性は、危ない仕事に関わっていて、瀕死の重傷を負って意識不明。
女性は付き添っているが、意識が戻ったとき、彼は彼女を知らないと言い
出て行け!とまで言う……。

濃厚なラブシーンがない理由は、彼が重傷を負って動けないから、と言うことがありますね。^^;
(思い出のシーンに、それを入れてもよかったかもしれませんが……)


ドラマを前提にしているので、この作品だけで独り立ちはしていないようでしたが
もし、今回は、純愛を意識していたとしたら、ちょっと想うことがありました。
(個人的には、不適切な関係こそ、純愛であるべきだと思うので、ですね)

エピソードを言うと
・猫の名前
・歌のこと~『はぐれそうな天使』

離れている間、相手は自分のことを想ってくれているのかどうか……
恋人同士は、もちろん、不安定な関係なら、よけい、気がかりなことです。
逆に言えば、想いつづけることしか出来ないわけですから。
でも、想いは見えないし、確かめることが出来ない。
確かめる、ということの1つが、激しいラブシーンと言うこともアリだとは思いますが
そんな“直接的”なことだけでも、ダメなんですよね………

今回、良かったな~と思ったのは、上の2つのエピソードが、“間接的”だったと言うことです。
看病しながら、彼に触れるという“直接的”なことはできても
彼の心に触れることは出来ません。
彼の心に触れることができたのは、間接的なエピソードがあったからでした。

間接的=遠回しのことは、巡り巡るからなのか、時間の経過も含めて
厚みのあるものとして、伝わるものです。

そして、そんな“間接”ワザが映えるのは、純愛なんですよ。

不倫を擁護するわけでも、弁解するわけでもありませんが
好きになってしまった人への想いが、一途な“純愛”であるならば
私には、濃厚なラブ―シーンは不要です。

届かない、触れられない……
でも、間接的にでも、伝えられるものがあるなら、私は、それ純愛と呼び、感じたい……

な~んて、思ったのでした(^_^)


映画『極道めし』★美味しいだけではない後味が切ない(雑感です)


公式サイトです。http://gokumeshi-movie.com/


刑務所の、とある雑居房には、4人プラス新入り1人。
今年も、おせち料理をかけて、美味しかった料理の自慢をすることになった。
始めは、不参加の新入りも、話をすることになって……

マンガ原作だそうです。既読の方は、美味しい料理を、観て味わえる楽しみがあるでしょう。

“極道めし”=刑務所の“臭いメシ”のイメージから、身構えていました。
刑務所と言えば、映画『パピヨン』の壮絶な、受刑シーンを連想します。
刑務所で食べると言えば、刑務所の“臭いメシ”ですが、アレは、臭いどころではなかった……
必死で脱獄しようとするパピヨンは、飢えから、生きたゴキブリを食べましたね………(>_<)

……というイメージ先行だった“極道めし”でしたが、ほのぼのとしたファンタジーで
ちょっと切ない……

美味しい食べ物は、幸せな気持ちになれますね。

・大きなオムライスには、上にカレー、中にカルボナーラ☆
カレーが少し残ると、私も、オムレツにかけるのが定番ですが^^;
オムライスの中に、カルボナーラ(スパゲッティ)を入れるというダメ押しは、したことなかった~(笑)。

そして、
・おっぱいプリン☆

初めて同僚から、販売しているのを聞いたとき、エエーッ!とビックリ!
買うの、恥ずかしくないですか?^^;
同僚いわく、美味しいし、そのうち、慣れるとのこと(^_^)
ちなみにhttp://www3.omn.ne.jp/~pudding/
この頃は、ご当地おっぱいプリンもあるそうな^^;


出所した“新入り君”が、ラーメンを食べに行きます。
湯気の立ったラーメンのアップは、それだけで、食べたいな~食べたら美味しいだろうな~と、思わせますね。

そのラーメンは、美味しいのです。
でも、食べてる途中で、味が変わっていったと思います……

麺をすすって、つゆも飲み干して、
多分、そのラーメンが、あみ出された時から、今この瞬間までの時間や想いのすべてを
彼は、胃袋にしまいこんだのだと思う……
美味しいだけとは言い切れない、“後味”も一緒に………

(だから、刻みネギも残さず食べるべきだったと思いつつ、それは未練か........)


美味しいものを、美味しい状態で、味わえるということが
“幸せの味”なのかもしれませんね。


映画『モテキ』★モテ期と言えども、女難か?^^;

公式サイトです。http://www.moteki-movie.jp/index.html

誰にも1度は来ると言う(1度しか来ない!?)「モテ期」なんだそうです。
予告編の、モテモテワッショイ♪な雰囲気を期待して、鑑賞しましたが、予想外に
シリアスと言うか、現実の厳しさと言うか、生生しさと言うか……(>_<)

ゴメンナサイ、さほど絶賛じゃなかったけど……^^;
以下、雑感です。

麻生久美子さん(るみ子)にモテモテですが、どちらかと言うと、全体に、女難か……>>

若い男子=藤本の願望は、等身大の実物男子の本音なんでしょうねェ……^^;
そっち目線だと、ロマンティックではないの………orz
モテキと言えども、涙の味は、しょっぱそう……(泣かないけど……)

現実身を痛感すると、序盤のミュージカㇽ路線(withパフューム)で、はじけるのは、正解でしょう♪

そして、BGM・歌(カラオケ?)の数々……http://www.moteki-movie.jp/aboutthemovie/index.htmlこのシーンに、この歌、自分の気分etcが、乗っかると、嬉しいかも♪

…………歌の勢いで、恋に走れ!とばかり、くじけずガンガン!と強気になっていると
『SP』の笹本さん……でなくて、真木よう子さんに、飛び蹴りくらいます……^^;



身につまされたのは、るみ子です。

るみ子は、藤本が好きなのですが、藤本に言われてしまうのデス……
趣味も合わない、話も合わない……だけでなく、合わせようとするのが重いッ!って………………………….
さらに、嫌われたくないあまりに、必死のるみ子は、
「私の悪いところを直すからぁ―――――っ!」
と、しがみついてしまうんです…………。ああ、そうなったら、もう、ダメよ…………….(T_T)

なんだか、自分を見るようだった…………orz
好かれようと思って、自分がムリしているのがわかるけど、
相手に悟られてしまうのも、イタイ……痛々しい…………重ッ……




でもでも
モテキだろーが、なかろーが、アイドルの歌に励まされて、恋に走れ走れ――ッ!ですね。
自己完結という、あきらめに走らず、
狙った獲物をGET!する努力は、汗まみれ&泥んこまみれになっても、惜しまないことを
おススメしますネ(^_-)-☆

…………………なんてナ~  (byリリー・フランキー)
リリーさんの、パフッと空気の抜けた感じは、なんとなく、イイ……


映画『親愛なるきみへ』★ラストシーンに救われた想いがしました。

映画レビューしました。(ネタバレ表示なしです)
http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id340308/rid26/p1/s0/c1/

公式サイトです。http://www.cinemacafe.net/official/shinkimi/pc.html

機内で、映画『Dear John』という、ラッセ・ハルストレム監督作品を見つけました。
彼の作品は、素敵な雰囲気と余韻に浸れるので、大好きです☆

原作は、『きみを想う夜空に』(邦訳)です。

この邦題が、言い得ています。
恋人たちは、同じ月を見て、お互いに一体感を感じるのですが、
原作は、その夜空を見上げて終わります。
それはそれで、切なくていいのですが
私は、必死で(?)希望が欲しい………

映画では、(詳細は言いませんが)
切なく、夜空を見ただけにしなかったのです………\(^o^)/
詳細を、というより、詳細を説明するヤボはしていないので、
どうにでも、想像していいと思います。
なんでもいいから、なんでもいいけど
このシーンをくれて、ありがとう☆と思いました。


テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

映画『マーラ―  君に捧げるアダージョ』★妻の不倫を肯定はしませんが…雑感(暴論?)です。

公式サイトです。http://www.cetera.co.jp/mahler/

名作『バグダッド・カフェ』のパーシー・アドロン(と息子のフェリックス)監督作品ということに
興味を惹かれました。(『バグダッド・カフェ』は、人の匂いがしそうなほどの人間臭さを感じる名作だと思っています。)

作曲家マーラーと、妻アルマの物語ですが、冒頭に、事実は事実でも、周辺事項は創作とのおことわりアリ。

作品は、19歳年上のマーラーが、妻アルマの不倫に悩んで、精神分析医フロイトに告白・回想するように進みます。妻が不倫した理由さがし~~という感じなので
身に覚えのない方には(?)、
面白み(ピンと?)は薄いかもしれません


ちなみに、マーラーのこと 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BC

色々なことがありますが、
妻アルマは、マーラーと結婚するに当たり、自分もしてきた作曲を禁止されます。
夫(と才能)にだけ尽くせということなんだと思います……。
アルマも、今までの恋人には無い、才能と魅力をマーラーに感じていたので、それを受け入れて結婚生活を続けていくのですが………やがて、尽くすだけの生活に、出口が欲しくなるのです……。
それが、不倫という形になってしまうのですが……

以下、私の雑感(暴論?いいわけ?)です。

作品は、妻の不倫のきっかけになるような(?)マーラーの罪を探らせるように、進みますが
一見すれば、不倫妻なんてもってのほか!と思わせるような妻の不貞・奔放ぶりが
アルマに、ちょっと不利です^^;。

彼女は、ただの遊び女ではないのです。不倫は悪いコトと言えば悪いですが、単なる不満のはけ口ではないのです、
夫に仕えるだけの人生が、妻としての幸せの価値だと言われれば、そうかもしれません。
それが、幸せのすべてという奥さん方も、いらっしゃいましょう。
でも、すべての妻たちが、それで、ずっと満足かと言えば、そうではない人もいるということです。
(不倫を肯定しているわけではありません)

たとえば、結婚するのに、仕事をやめて家庭に入ってくれといわれ、しばらくそうしていたけれど
〇〇ちゃんのお母さん、と呼ばれるだけの自分ではいやだ、と思うようになる奥さんもいるように、ですね。

自分の才能や助力が、夫マーラ―の作曲の活力になるのは、妻としても、もちろん嬉しいことではあっても
自分自身を殺すことに、苦しさを感じることが全くないわけではない……

たとえば、自分の眠っていたものを目覚めさせるきっかけをくれた人がいたなら
それで、自分が、生き生きと生きているという実感を感じられたことに気づいたら、
その誰かに、惹かれていくのは、当然のことであると思います。
必ずしも、始めから、恋愛感情ではなくても、ですね……

要は、夫は、自分(と自分の才能)のために、妻には生きてほしい(身の回りの世話含む)けれど
必ずしも、自分が、妻の生きる支えになっているかどうかは気にかけていないのが、原因ではないかと思います。
妻は、自分に尽くすことが幸せだと思い込んでいるかもしれなくて。
夫の言い分も、もちろん、あるとは思いますが……^^;私は、このアルマの気持ち、わかりますよ……………………。

かといって、二人の亀裂ばかりではありません。
さすがに豊かな愛情があふれるような、交響曲第5番のアダージェットの調べには、
アルマが、自分自身を夫の曲に捧げ、彼もそれに応えているという感動を覚えます。

「1から始めるのはムリなのよ!」
たとえ、抑えたものが抑えきれなくなって、結婚生活がギクシャクしたとしても、
諸事情で解消しきれるものではありません。
スッパリ終われるほど、割り切れない部分もありますよ……(本当のところはわかりませんが)

そして、事実としては、アルマの曲の解禁があるので、一応の闇から抜け出したことにはなるのでしょう。
(劇中では、はっきりしてなかったかも……)

ただ、(私がおバカさんなのか^^;)
交響曲第10番~未完です~のアダージョを、アルマに捧げたのでしょうが
そのインパクトが弱かったように感じます。

~~~~

そんなアルマは、マーラ―の死後、私の大好きな絵画『風の花嫁』を描いたココシュカと
交際していたそうです。
その絵の女性こそアルマだそうで、そこには、また哀しい男女のなりゆきがあります………



映画『若草の萌えるころ』★申し訳ありませんが…“!!!“な雑感です。



あらすじです。http://movie.goo.ne.jp/movies/p14029/story.htm

大学生のアニーは、同居中の伯母ジタ(原題『ジタ伯母さん』)が
脳卒中で倒れ、余命いくばくも無い中、自宅で看とることが耐えられず、
家を出て、夜どおし、街を彷徨ってしまう……



ジョアンナ・シムカスの美しさが絵になるとも聞き
不安定な少女の心の揺れを、私情豊かに描いた感動作だとも聞きましたが…

確かに、愛する人が死に行く様を見届けるのは辛いことで、アニーが看病放棄して、家を出てしまうことは、それほど、耐えられないほどの悲しみの表現でもあるのでしょう。
でもですね…………。

~~~すみません、以下、個人的にブチまけてます。不快注意です。



ある夫は、妻が妊娠してお腹が大きくなるにつれ、近づくことを避けたとか。
それは、距離的に遠巻きに傍観するだけではなく、買い物で重いものを持つなど
お腹が大きくてしんどい思いをしている妻に手伝うこともないということを
意味するものでした。
その理由は、大きくなっていくお腹を見るのが“気もち悪い”から、というもの。

そんな理由で、身重の妻を見ないようにしている夫がいることに、愕然としながら
立腹しました。手伝えよ!と。

~~

リストラされてしまった、ある壮年男性のこと。
幸い、妻は仕事をしていましたが、帰宅してから
炊事などの家事一切をするのは、大変なことでした。
妻は、家にいるなら、少しでも家事をしてくれたらいいなと、夫に思いますが
夫は落ち込んでいるし、何より、家事をこなしたことがありません。
始めは、仕事と家事を両立させても、やがて、妻にも疲労がたまれば
夫に不満もたまります。手伝えよ!と。

けれど、そんな夫に、文句を言うのは、妻のいたわりが足りないですか?
家事の1つもしてあげようと思わない夫のほうが、妻をいたわっていないと思うのは
女のわがままですか?

~~~

大好きな人には、ずっと元気でいてほしい。それは当然です。
けれど、誰しも病気にはなり、死を迎えることがあるのも、当然のこと。

倒れた伯母さんの命が短いことは、わかっています。
けれど、それがショックで、いなくなるなんて……
子どもということでしょうか……(大学生なのにね…)

事態に目を背けることが出来るのは、あるいは、何もしないでいられるのは
結局は、他人事あるいは非現実的なこと、としか受け止められないからなのでしょうか。

映画では、伯母さんは、静かに寝たままのシーンしかありませんが
実際には、ただ、そばで手を握って祈ればいいものではありません。
いくら死にゆく人だからといって、放置しているわけではないと思いますよ。
いずれ亡くなるとしても、死の直前まで、人間らしく、清潔な
いい状態で休んで頂きたいものでしょう?

オムツを替えたり、体位交換したりと
交代で、看る必要があります。人手は多いほうがいい。

それなのに、死にそうな伯母さんのそばにはいられません……などと言って、
世話(手伝い)をしない……
(前述の男2人を思い出したユエン)

なるべく家に帰らないように、夜の街を彷徨って
ネコがどうした~羊がどうした~と、あれこれありますが
そんな逸話の1つ1つは、もうどうでもいいです><(それが、映画のみどころであっても)
と言うか、行きずりの男と結ばれてる場合か!?

いくら、カワイイお嬢さんのお悩みでも、
早く帰って、看病を手伝えよ!と思います。


~~

ラストシーンは、楽しかった伯母さんとの思い出が
伯母さんとともに消えていく……という、切なくも、
余韻も生かせるシーンではあるのに
彼女の家出ほっつき歩きで、かすんでしまった……orz

それぞれの感じ方や事情があって、好き嫌い、出来る出来ない、
ということは、あるのだろうとは思います。

けれど、その人の手助けを必要としている人が、目の前にいるのに
自分の感情・状況を優先して、“何もしない”ということが
私には、とても残念に思います。

でも、それを言ったら、作品が成り立たないのですけどね





映画『探偵はBARにいる』★“恋の街”サッポロが舞台~雑感です。


公式サイトです。http://www.tantei-bar.com/

>探偵は、行きつけのバーのカウンターに陣取り、店の黒電話で仕事の依頼を受けている。
(msnニュースより)


“行きつけのBARのカウンターで”というのが、まず、ツボでした。

そして、舞台は札幌。ススキノ。

札幌には1回、出張で行ったきり。
お気レビさんと待ち合わせで、夕食をご一緒したのが懐かしい。
丁度、私の座席の正面に大きな窓があった、ビルのレストラン。
階下には、まっすぐに伸びた大通り。
車の明かりが、まっすぐに並んで、夜を彩っていました。
あの道の先に、ススキノがあったのですね。

~~~

冒頭から、ガシャガシャしたカメラワーク。
この“雑”な感じが、肩に力を入れなくていいからね~^^;と、言っている感じで気楽に鑑賞。
でも、無慈悲なシーンもあり……(T_T)

街中での、ギュ、ギュという雪を踏む音が、北国らしくていいなと思った。
これは、ミナミの街にはない風情ですもん。

~~~

探偵というと、松田優作さんのような、ダークビターな風情とか
ジェレミー・ブレット演じたシャーロック・ホームズのような、知的イメージとか
あるかもしれませんが、大泉洋さんは、……(ちょっと苦手でしたが^^;)
BAR探偵には、ピッタリなのでしょう……

松田優作さんが、(いい意味で)不健全だとすると
大泉さんは、(いい意味で)、不健康な感じで……^^;
雪に埋もれたら、そのまま、死体になってしまうのではないか……と懸念されながらも
はねのけるしなやかさのあるギャップ^^;

女性大好きらしいけど、女なら誰でもいいわけではないらしい、という節度?もあり^^;。

~~

「ここに電話して。夜はたいてい居るから」
携帯電話を使わすに、BARにかかってくる電話で仕事を受ける、という設定が、個人的に好きでした☆
ケータイで縛られたくない、という、その風来坊さが、いい。

~いつでもどこでも、お電話一本で、すぐに御用をいたしますです、ハイ~
と言うのは便利ですが、もみ手で仕事しております、という感じより
多少、自分のペースで仕事してるから、という部分があるのは、羨ましさもあって、いいです。
(人んちの電話だし)

かくして、そんな探偵も、ケータイを使うシチュエーションが来る。
ケータイを持つのが当然な人だったら、そんなことは、ポイントにはならないのでしょうけど……^^;

あれ?おかしいな?と思って、そのケータイをかける探偵………
なんとなく、うすうす気づいてることだとは思いますが、それが、明かされるのは
スッキリはします、でも、そうなってほしくない結果を残す……

~~~

探偵の相棒=松田龍平さんは、いつもながら、飄々としてますが^^;
ピリリとした、インパクトあります。
小雪さんは、美しくも、どこか哀しい……。(だからか、先が見える?^^;)
西田敏行さんは、大物実業家ですが………ヤクザかと思っていました……(>_<)

~~~

今度は、札幌のBARで、ご一緒しましょう♪




映画『人のセックスを笑うな』★会えなければ終わるなんて、そんなもんじゃ……(>_<)~雑感です。

                     10057731221_s.jpg

あらすじです。http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD11969/
以下、内容にふれた雑感です。

美大生(男)と、年上の臨時講師(女)。
美大らしく、モデル(男)と画家(女)の関係で始まるのが、さりげない。そして
何となく恋人チックな関係になるけれど、彼女は人妻とわかり、しかも、急にいなくなってしまう…

ハートマークが二人の唇からこぼれるような、ウエットな濡れ場がいいと言う人もいれば
青年が、年上女性に惹かれている関係そのものがいい、という人もいるよう。

確かに、男には男の、女には女の、それぞれの羨ましさと危うさ、もろさみたいなものが
感じられて、この二人の未来までは考えてはいけないような気分になりつつ
でも、この先、二人はどうなっていくのだろう……と思いたくなるのも、自然なことでした。

この年上女性=永作博美さんには、多くの“年下の男の子”が惹かれ、
心乱され、振り回されたことでしょうねエ…。
この彼女は、年下男子をチョイっと糸で引っ張りつつ、近づいてくると、パッと先に行く感じです。

特に、永作さんの個性になりますが、彼女は、年上オーラをプンプンさせてないのです。
同年代フウ風を吹かせています。
松山クンのいかにも、素のままのような日常会話のタメ口にも違和感のない、同世代な雰囲気。

けれど、彼女は、いわゆるカワイイばかりの少女ではない。
やはり、腐っても(?)年上女性。
自分から、手の内を見せながら 男の胸に飛び込むことはしない。
(たとえ、本心はそうしたいと思っていても、ね)

彼の前を、風のように、さっと走りさってしまうから
チーターが、走るものを追いかけてしまうように、年下男子クンは、彼女を追い続けてしまうよう……

ところで、その年上女性が、本当に“独り”なのか“人妻”なのかで、状況は変わる。

この場合、人妻であることが、すごくいい。←だからなのか、年下クンに、必死(?)でない……

そして、多分、それが反感を感じさせる(?)設定になってるのもいい。

「言ってなかったっけ」と99%、彼に話していなかった夫の存在を、悪びれずに
隠していないわよ~、という態度。
年上だなァ~いや、小悪魔だなァ~、いや、中悪魔か……

小悪魔は、自分が悪魔だと自覚しています(たぶん)。
けれど、中悪魔以上は、「そうだったっけ?」と、知らばっくれます(苦笑)。

年下男性クンの純情を、純愛を、グイっと引っ張っては逃げ、追いかけさせて、煽っておいて
当たり前のように、夫を紹介する……これは、悪魔でしょう?(苦笑)

悪気の無いのが、1番ワルイ……orz
けれど、その悪気のない無垢な感じ(?)に、年下男性クンは、ますます惹かれてしまうもんですか??
(もう、私、わからないデス……)
でも、永作さんには、ソレがあるんですね。

多分、年下男性クンは、経験上、女性との関係は、
友達か恋人のどちらかしかないと思っているふしがあるかもしれません。
この場合、彼には、彼女は恋人。
恋人だと思って信じているから、彼女の行動は、え?なんで?となる。

けれど、たとえば、年上女性には、友達・恋人(夫・パートナー含む)のほかに、
“なんとも言えない関係”というのも、同列に存在していそうに思います。
ズルイと言えばズルイのですが……

この“何とも言えない関係”で来るもんですから、年下男性クンは、
彼女の掌で、転がされるほかありません……。じたばたしたきゃするほかないんです……。

この関係は、恐らく、突然いなくなるのもアリで、逆に、
終わったようで続いているのもアリ。
都合がいいと言うか、余裕があると言うのかな……
(ズルイと言えばズルイのですが…… )

この“何とも言えない関係”で、作品が流れているようでしたが、
なんだか、振り回されながら、流されている感じが、心地よかったりもして不思議です。

一方、この “何とも言えない関係”というのを作るのが
私は下手なんだな~と、思い知りました……orz

逢えなければ終わりだァ―――ッ!!と、自分の頭上にだけザーザー雨を降らして
濡れネズミになってしまう私……。

そして、最後の字幕。なぜこれが字なの?と思いながらの

『会えなければ終わるなんて、そんなもんじゃないだろう』

なんだか、フワフワした心持ちで見ていた自分に
この言葉が、ドーンとみぞおちに落ちてきました………
(構成的には、ヤボったかったかもしれないけど)

そんなもんじゃないって、私もそう思いたかったよ……。
思いたかったけど、自信がなかったんです……orz

そんなもんじゃない!そうだそうだ!

………したら、年下男子クンは、この先、どうするんだろう……


男と女の関係は 自転車みたいなものなんでしょうか?
こぎ続ければ、倒れずに、とりあえず前に進んでくれるのでしょうか……??



ゆっくりなら、私も、自転車を漕いでいかれそうって、思った…………………


映画『ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路』★残酷な恋の結末は深い愛の痛みか

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天才作曲家モーツァルトの、4歳年上の姉・ナンネルが14,5歳の頃のこと。
一家は演奏旅行の途中、修道院に立ち寄る。
その離れに住んでいた、フランス王女ルイーズとナンネルは親しくなる。

兄・王太子に仕える青年への恋文を、ルイーズから託されたナンネルは
ヴェルサイユ宮殿に上がり、その彼と王太子に逢った……。


~~~~

才能を育てることが許されなかった時代に生きた女性は
どんなだっただろう……というフィクションらしいですが、1つ1つのエピソードは
現代でも身に覚えのある人には、何かしらの思い入れを感じてしまうのではないかと
思います。私も、思うところありました。(内容にふれます。)

▼▼

①ルイーズのこと

修道院で暮らす王女もまた、自由に生きられなかった女性の1人です。
(どの身分の人も、制約はあったのでしょう)

王女とナンネルとの関わりは、シーンの変化だけでなく
明るさと救いを感じられて、良かったと思います。

それは、友情を育めたという喜びだけでなく(いい友達☆というのは、それだけで人生に張り合いをくれますよね)後半、神に救いを求める生き方を選んだ、ルイーズの言葉にもあります。

その言葉を聞いたときのナンネルの状況は、絶望の淵だったはずなんです……。
あのような状況は、現代にもあります。それでも、生きていかないといけません……
そんなとき、支えになってくれる親友の言葉は嬉しいです。

②ナンネルの才能


ナンネルは、演奏旅行にはかかせない人員なのに、クラヴィーアの演奏以外は許されない。
女だから、作曲はダメ。バイオリンもダメ。
かといって、音楽の練習ざんまいだったから、料理は得意ではない。
自分の将来は、どうなるの?という不安もありましょう……

娘の才能を伸ばそうとしない父親に、腹が立ちますが、ふと親の言葉を思い出しました。
「才能が身を滅ぼすこともある」

才能に期待するあまり、それに没頭したのはいいけれど、開花しきれるほど世間は甘くなく
結局、中途半端。かといって、自分の才能へのプライドは捨てきれず、つぶしが利かないまま、不遇に終わるという人は少なからずいると。

ナンネルの父も、女性蔑視ということでなく、娘を想ってのことかもしれないな~
とも思います。

③ナンネルと王太子


ナンネルは、自分の音楽に興味と理解を示してくれた王太子に依頼されて、作曲します。
そして、その演奏を聴き、自分も演奏します。

そのシーンは、とてもよかった………

演奏時間には限りがあります。哀しいことに……
けれど、このメロディーの五線譜が、王太子であるのなら
そこに並んだ、音符の1つ1つが、ナンネル自身なのかもしれないな~と思えてきました。

演奏しているこの時間は、すぐに消えてしまうけれど、この音のなかで
五線譜と音符は、一心同体。
何者にもじゃまされずに、時間と空間を、ともにできる。

この先、どんなことがあっても、この時間を、誰も否定することは出来ないし
この音楽を、誰も、消すことはできない。
確かさだけを享受できた、と言っても過言ではない…

その後のナンネルのことを思えば、本当に、キラキラと輝いた演奏、美しい時間でした……


④密室で何が!?

ナンネルが旅立つ前に、王太子と2人だけになりました。
突如、響く王太子の罵声。追い出されるナンネル……。一体、そこで、何が?

解説などでは、このロマンスも音楽も王太子には気まぐれだったらしいですが、
それでは、ナンネルが可哀想すぎます……

王太子をかばうようかもしれませんが
残酷な恋の結末は、それだけ、王太子にも深い愛の痛みだったとも言えなくはありません。

王太子は、音楽の才能を通して、彼女に敬愛と思慕の情を持っていたと思います。
けれど、立場上、ナンネルと結ばれることはできない。
最後の再会には、“死”を意識した演出もしていた……。

王太子は、どうすることも出来ない二人の関係を、美しく終わらせられるほど冷静になれなかったのではないかと思います。別れが辛ければ辛いほど、悲しみよりももっと強い負の感情(たとえば憎しみ)が、沸き起こってくることは否めません。
そして、感情が暴発して、愛する対象まで傷つけてしまう………

むしろ、特別な感情が無いほうが、人には優しくなれそう……?

▼▼

ナンネルが、火にくべるのは、王太子のために作曲し、演奏した楽譜。
あんな別れ方をした人との楽譜なんて、残したくない……

ナンネルが作曲家として、後世に残らなかった理由の1つとして
切ない結末を見ましたが、たとえば
愛していたのにあんな別れ方をした人とのメールを消すようなもの、であるなら
同類あい憐れむで、馬車に揺れるナンネルの瞳に、
虚ろな自分が、重なってみえるかもしれません……


ちなみに、ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル。
フェリックス・メンデルスゾーンの姉です。
有名な弟の陰に、彼女も隠れてしまいがちですが、楽譜が遺されているのが幸いです。
そうすると、ナンネルの本当の曲も(劇中は創作だから)、聞いてみたくなりますね。




公式サイトです。http://nannerl-mozart.com/pc/

映画『ライフーいのちをつなぐ物語―』★いのちって何?と考えなくても答えを感じてくる!

                             life.jpg

公式サイトです。http://onelifemovie.jp/index.html

動物と同じ目線で、動く『ナショナルジオグラフィック』を体感したい気持ちで鑑賞しました。
動物のとある生態~~と言えば、シンプルにそうですが
動物には、教えられることが、多々あります。

余計なメッセージはなく、いい映像を見せてもらった感じです。

以下、雑感です。(内容にふれます)▼▼

①ミズダコのこと


予告編で観て、以前、テレビで見たのを思い出しました。

ミズダコは、産卵後、孵化するまで半年ほども、飲まず食わずで、
(つまり餓死する)卵を守り続けます。
そのときは、なんと、オスのミズダコが、卵を狙いに来ていました。
まだ、小さかった息子が、それを見て、ひどく怒っていたのが思い出されます。

メスは、命をかけて卵を守っているのに、オスは、同じ種を食おうとしている場合じゃないだろうと。

今回は、襲われる映像はありませんが、卵から小さなタコが泳ぎだしているのを見ると
母ダコの命が、そこにバトンタッチされたようで、感慨深かったです。

②ハエ取り草のこと

食虫植物です。

これは、購入したことがありました。虫が止まると、葉を閉じて消化するそうです。
虫はなかなか、葉に振れないので、閉じた様子を子どもに見せられなかったので
スミマセン、ちょっと触れてみました。

すると、スーッと葉が閉じてくれたので、そのときは、子どもも喜んだのですが……
それきり、うちのハエト取り草は、開いてくれませんでした……(T_T)

映画では、閉じたり開いたりする、と言っていたのですけどねェ…
でも、聞くところによると、葉を閉じるのは、植物には、かなり体力を消耗するそうなんです。
私が、無駄に閉じさせてしまったので、疲れてしまったのか……
あるいは、胃もたれ?でも起こしたのか……??

③グンカンドリのこと

皆、今日を、今を生きるのに必死で、食べ物を捕獲します。
人間ぐらいでしょうね。食べ過ぎの心配をするのは。

グンカンドリは、他の鳥が捕まえた魚を、横取りするのです。
ズルいぞ!グンカンドリ!と思うのです。

けれど、そのズルさを、知恵とも言うのでしょう……
要領がいい、とも。
グンカンドリにも、守るべき家族がいて、自分も生き延びなければなりませんからね。
いい悪いでは、ないのですね。

④温泉に入れるサルと入れないサルのこと

寒さしのぎに、温泉に入れたサルの母子。良かったねと思うのですが
どうやら、強い家族だけが、入れるのだそうです。

なんとも言えない差別化です。

動物社会には、助け合いの共同社会もあれば、同じ集落だからこその序列もあります。
なんとも言えません。それが、秩序というのでしょうか。

ふと、思うのは、人間社会です。
人間社会でも、わざとであれ、無意識であれ、差別が無くはありません。
いじめや、のけものもあります。

人間も動物だから、こんなサルのように、差別があるのは、
持って生まれたもので仕方ないのでしょうか?

けれど、人間も動物だから~~という考えを、ここで持ち出してしまったら
ダメだと思うのです。
人間は、やはり、動物であって、動物ではないゆえんがあると。

特に、差別・いじめには、そう思います。

差別したり、いじめる、というのが、動物的行動だとしたら
人間は人間だもの~~そうしないことが、人間らしさなんじゃないか、と強く思いますね。


▼▼

それやこれやの食うか食われるか、生きるか死ぬか……
今、逃げ切れても、明日の保障などありません。
しかし、命は、はかないものではありませんよね。

クジラのプロポーズ合戦は、スゴかった!!(>_<)
力強く、かつ、海が狭く見えそうだった……^^;

今日、生きていることが、確かなこと。

いのちって何?と作品は、冒頭で問いますが
そんなことを、いちいち(苦笑)考えなくても
答えは、感じてくるはずです☆



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こんにちは☆
使い方がよくわかりませんがヨロシクお願いします。^^;

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