映画『ゲーテの恋 ~君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」~』★若者は恋して失恋して小説を書いた~雑感です。


公式サイトです。  http://goethe.gaga.ne.jp/
作品について http://cinema.pia.co.jp/title/157034/



ゲーテ作『若きウェルテルの悩み』の元になった出来事を見せています。
といっても、映画の中の出来事と、小説の内容と、実際にゲーテに起こったことと
少しずつ違うようです。

好きになった人に、婚約者がいたのと
付き合い始めたあとで、別の人と婚約したのでは、
後者のほうが、悲恋のショック度が大きいと想われます。
ゆえに、映画は、ゲーテのショック度を大きく演出していたかと。



法律家をめざしていた若者が、恋をして
熱烈に想い入れて
離れていても、いとわずに逢いに来て
彼女が喜んでくれそうなことを、せっせとして
相思相愛だと、信じて疑わなかったのに…………

いえ…………
愛する人は、相思相愛だったけれど
結ばれない運命があった………………



結ばれない運命があるとき、私は、少なくとも、そこに“相思相愛”があったのなら、
幸せだと思いたいほうです。
結果的に選ばれないなら愛されているとは言えない、という意見もありましょうが、
選ばれなかった、ということと、愛されていない、ということは同じではなかったと
劇中では、思わせてくれるので、それは良かったと思います。

別れても、捨てられても
そこに愛はあるのだと、思えるのと思えないのとでは、
心の支え方が違います。

しかし、選ばれずに、1人、放り出されてしまったと感じた寂寥と孤独には
やはり耐えられない、と想うもの。
愛する人が、わが命であったのなら、その人を失うコトは、
自らの死を意味するも同じということには賛同します。

ゲーテは悲しみを形にしたもの(小説)を、愛する人の好意のおかげで
世に出すことが出来、そこ(この世)で、自分を生かすことができました。
「若きウェルテル」の結末は、彼女への腹いせ?破れかぶれ?の気配もありますが
作品の中に、どんな形であれ、2人は留まれます。
(彼女だって、彼以上に辛かったと思いますよ。)

映画は、悲恋たらたらでなく、恋に元気なゲーテの姿がコミカルでもあり
ゲーテの恋にガンバレ!と応援しているような気持ちになります。
人物たちも、生き生きと、画面の前に出てきているように感じられ
テンポよく進みました。

注目したのは、ゲーテの恋敵になってしまった上司役のモーリッツ・ブライブトロイ。
映画『ミケランジェロの暗号』では、まじめなドイツ人青年。
映画『ソウルキッチン』では、主人公の兄で、前科者。
幅広く拝見していますが、今作でも、恋に不器用な青年だけれど、プライドの芯は強いゾという
彼には適役だったと思います。

ところで、原題は『Goethe!』
この!マークが、この作品語っているかも。
おお!という驚愕や賛美であり、ああ.!という嘆息でもある……かもしれませんが
ゲーテの恋の情熱を感じられるのが、イイ☆ 








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映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-』★なぜ開戦に至ったのかを考える上で~雑な雑感です。


公式サイトです。http://isoroku.jp/
作品について http://cinema.pia.co.jp/title/156819/


先の大戦に関する話があるときに、いつも思うことがあります。

誤解を恐れず言えば、話し手や作り手には、もちろん、反戦のメッセージがあることでしょう。
民間人への攻撃シーンには、怒りと悲しみのメッセージが、こめられます。戦争反対。

けれど、なぜ、そんな戦争に至ったのかということには、あまり触れられていないようにも思います。
悲惨な結果を観て、熱く反戦を唱えるならば、
原因については、冷静に、知らせ、知るべきだと感じています。

先の大戦と言いましたが、名称1つとっても、“太平洋戦争”ではなく“大東亜戦争”と呼ぶべきだと言う人もいます。
日本の戦後史観は、事実は1つであっても、イデオロギーが入り込んだりして
複雑になってしまったと思います。
(ここでは、私の主張は差し控えます)

作品は、山本五十六氏が、いかに、あの戦争を把握・理解して開戦に臨み
終戦(講和)を想定していたか、ということと、逆に
周囲のおエラ方が、何を考えていたか(何も考えていなかったか?)を見せたかったように感じました。

ところで、政治とマスコミの関係は、意味ありげでした。
先の戦争のときに果たした(というより煽った)マスコミの罪。
世論に名を借りた煽動。
煽った後始末の責任はない………それ以上はやめますね。


70年前に、日本とアメリカが戦争したことも知らず、どちらが勝利したかも知らない若者もいると聞きます。

・真珠湾攻撃は、だまし討ちでなく、手違いで起こってしまったこと。
・当時の日本が、経済的・政治的に、どういう状況だったのか
・大東亜共栄圏とは?(これは、宿題ですね^^;)

戦後70年目として、映画になれば、知らなかった人も見て、“何となく”知るきっかけになるのではないかと思います。
“何となく”というのは、失礼ですが^^;
戦争スぺクタクル(でもないと思うのですが^^;)として、見せようとしているせいか
戦争原因論的な部分の印象が、ちょっと、うすいかもしれません。

それと、反戦と国防について。
あまり、ここで、述べたくはないのですが…………….雑感として。

一般論として、軍人だから反戦家とはいえない、というご意見もありましょうが
軍人(特に司令官)の本分は、国防でしょう。
国防の手段の1つとして、戦争があることは否定しませんが
国防という視点で見たら、軍人だから戦争反対ではない、とは言えないと思っています。
いかに、戦わずに勝つか、ということだと思います。

戦争に限らず、国を動かすトップが、
やってみなければわからないでは、困ります。
リスクを想定できる人に、国のかじとりをお願いしたい……

戦争は悲惨だから反対!なのは、わかっています。
それなら、なぜ起こったのか、なぜ防げなかったのかを考える上で、上映の意義はあったと思います。



付記~~

実は、伝達の遅れは、寺崎さんと言う方の送別会で、大使館は不在だったからと聞いていましたが
作品では、翻訳?の手間取りということになっていました。
どうも、公式発表では、翻訳?の手間取りということになっているらしい。
そして、送別会問題で責任を取るべき立場の人が、その後は、出世ポストについていたらしいとも……

事実関係がどうなのかは、そのときの“公式発表”で、いくらでも作れてしまうものです。
戦後70年たったということですが、戦後間もなくでさえ、占領下の日本で、
事実が否定されたり、無根のことがでっち上げられたりしたことは否めません。

作品は、先の大戦の開戦前後の詳細よりも、山本五十六という人物の紹介にとどまるのは
時間の関係からも仕方ないかと思いますが
映画や小説を鵜呑みにしないまでも、考える機会にはなると思います。











映画『ダウトーあるカトリック学校でー』★すみません、腹立ちました(>_<)雑感です。


作品について  http://cinema.pia.co.jp/title/25511/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。


・カトリックの学校長~メリル・ストりープ
・神父~フィリップ・シーモア・ホフマン
この2人が、ある“疑い=ダウト”をめぐって、意見を戦わせる―――
というか、メリル校長が、一方的に懐疑的であり、否定的――――――――



(内容にふれて雑感です)


ある疑いとは、神父と男子学生との性的疑惑。
校長は、神父への疑いを確信していると言い
神父は、思いやりを向けただけだと言う。

心理劇と聞いていたので、鑑賞を楽しみにしていましたが、その疑惑内容に触れたくない気持ちでした。
けれど、その疑惑内容の詳細には触れず、
舞台劇の原題に即したように、“寓話”として見せていました。

おそらく、この疑いの物語は
嫌疑・真実、確信・信用、正義・過誤、寛容・懲罰…etc..という観点で、ふくらませて話すのが、
適切なのかもしれません…

けれど、ごめんなさい。
私は、雑感(ほぼ校長への非難・グチ?)でお許し願います。

鑑賞中、真実はどうなのか?ということが、1番、気になると思いますが
ふと、映画『ラストキス』の一節が、脳裏に…
~~世の中は、グレーゾーンのほうが広い。ムリに白黒つけようとすると不幸になる~~
真実は明らかにしたほうがいいけれど、知らないほうがいいこともある。
(それにもし、真実が明らかにされたら、この物語のテーマ=“疑い”が、かすんでしまいますよね。^^;)
あくまでも、“疑い”に関する“寓話”ということで。

そもそも、“疑い”を明らかにしたいのなら、男子学生と真摯に面接すれば済むことです。

校長は、神父を良く思っていないらしく、この嫌疑を理由に、失脚させたいだけのよう。
そのためには、“疑い”のまま、男子学生を退学させることもいとわない。
エエ―ッ!おかしいでしょう?

作品の意図は、良く思っていない相手に疑いを抱いたらどうなるのか、を見せたかったのでしょうか……?
校長は、真実を明らかにする、適切な手段を講じないまま
ただただ、神父に、自分の思い込みを認めさせることだけに心血を注いでいきます。
観ていて、腹が立って来ます(ー_ー)!!

校長は、なんとしても、神父に罪を認めさせようと、人を騙す罪を犯しますが
それ以上に、彼女が、教育者としての本分を忘れていることに、立腹するのです。
(視力の低下した老シスターへの思いやりがあって、悪い人ではないのですけどね)

教師は、学生を、学ぶ者としての道が啓かれるように、導くべきものであると思っていますが
彼女は、男子学生を教育(=導くこと、救うこと)することを忘れ
規則あるいは正しい道から外れた疑いだけで、排除しようとしました。

神様を奉るところは、“それ以外”に対しては、悪魔や魔女として排除・破門するという手段をとることがありますが
私は、それは、神様に名を借りた人間の過ちだと思っています。

神様ならば、救いの道を開くものであり
教師ならば、生徒に道を開くものです。
(けれど、そうでない傾向が、少なからずあると思われマス)

校長と言う立場のシスターは、神様にも近い立場であるはずなのに
自分の心に芽生えた“疑い”の扱い方さえ、知らなかった……
情けないことですが……orz
彼女もまた、迷える子羊ということで赦される者かもしれませんが
生徒の身にもなってもらいたいものだと思いましたよ。




思慮深そうでそうでもなく、自分だけが正しいと、思い込んだら回りが見えなくなる、
ヒステリックなおばさんと化した校長シスターが、メリル・ストリープならではの存在感で、
魅せた作品だったと思いますが
フィリップ・シーモア・ホフマンが、グレーゾーンなイメージを醸し出しているのも、なかなかいい。










映画『ニューイヤーズ・イブ』★1年を仕切りなおして良い年が迎えられそうな\(^o^)/



公式サイトwww.newyearseve.jp
作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/156814/


よくある、“恋人同士が、雨降って地固まって、新年を祝う”というのとは違います。

ニューヨークを舞台にした、8つのケースの大みそかのエピソード。

大みそかに仕事をしていても、真夜中の0時には果たしたい約束があったり
もう、今年の大みそかが、人生最後の大みそかかもしれなかったり
求婚したのに捨てられた人と再会したり
愛していても、一緒に居られない人もいたり
大みそかだからって何?……と、冷めている人もいたり
人生をかけた仕事に行くのに、エレベーターに閉じ込められた人もいれば
出産を控えた人もいる……etc.

それぞれの大みそかを、次々と織り交ぜて見せながら、刻々と過ぎていく特別な1日。
まったく飽きません。

それらが、ドタバタ喜劇ではないけれど、楽しくて切なくて、
鑑賞者も含んだ、それぞれの境遇の人への温かいまなざしになっているようで
とても心地よいのです。
(ゲイリー・マーシャル監督は、そのままサンタクロースになれそうですもんね♪)


大みそかは、誰もが、1年をやれやれと振り返り、新年が良い年であることを祈りながら
自分自身もリセットして、新年こそは!との思いを抱くときでもあるでしょう。

そういう意味で
印象的なのは、タイムズスクエアでの大みそかのイベント『ボール・ドロップ』のアクシデントでした。
(内容に触れます↓)

▼▼

クリスタルボールが新年の60秒前からポールを落ち、
日付が変わった瞬間に大量の紙ふぶきが舞うイベントですが
上に上げる途中で故障が起こり、ボールが途中で止まってしまうのです。

大イベントでの失態に困る、現場責任者。
時間をかせぐためのコメントとはいえ、気が利いていましたねェ~。

ボールは途中で止まってしまったけれど、
我々も、年末にあたり、立ち止まってみることが必要だ、などと言うのです。
(ものは言い様ではアル……^^;)


▼▼

毎日の生活は、線上にあって、ずっと続いていることに代わりはありませんが
週や月という節目があるから、無意識に、足を揃えなおして歩きだせるように思えます。
そして、1年という大きな節目の終わりである、大みそか。

やはり、今年1年はどうだったかな……との想いは、誰しもあると思います。

特に、今年は、東日本では大震災がありました。
私も、個人的に、そのことが心に大きく残るだけでなく
生き残れたことを思うと、人生観も生活感も、大きく変わりました。

日々の悩みや気がかりは、公私ともに何かとありますが、
よくよく思えば、そんなことは小さなことだったりします。だから、そんなことで
恨んだり卑屈になったりして、日々を、暗く過ごすのは
せっかく、今生きている時間が、もったいないかと………^^;

……時々、それを忘れて、愚痴ってしまったりもしますけども…^^;
思い直す意味でも、立ち止まって振り返ることが必要だ、というコメントは良かったと思います☆

8つのエピソードがあるので、どこかに、思い当たるエピソードもありそうで
人物と自分を重ねてみるのも面白いと思います。

ヒラリー・スワンク
サラ・ジェシカ・パーカー
ミシェル・ファイファー
ロバート・デニーロ
アシュトン・カッチャー…etc. 豪華俳優のみならず
ジョン・ボン・ジョヴィは、歌手として出演し、聴かせてくれるのも嬉しい♪

たとえ、大きな運命は変えられなくても、失意だけが残るわけではない。
いつでも、人の温かさは、多少でもそこにありそうだ…….と思えそう……

“大みそかの話”だからというだけでなく
1年を、仕切りなおす気持ちになれて
年末(年頭)に観るには、いい作品ではないかと思います。
良い年が迎えられそうな気がします。(^_^)


PS:『バレンタインデー』と同様、おまけNG集があるのも和やか(*^_^*)
失敗もあって、いいんです。

今年、イマイチだった人は、来年はきっといい年でありますように(^_-)-☆







映画『ワイルド7』★そういう殺(や)り方もある^^;~雑感です。


公式サイトです。 http://wwws.warnerbros.co.jp/wild7/index.html
作品について http://cinema.pia.co.jp/title/156318/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。



極悪人を、超法規的に葬り去るという、極秘使命を負っているのは、凶悪犯罪者7人。
原作コミックで、知る人ぞ知るという作品なのだそう。

7人といえば、『七人の侍』へのオマージュだと思いますが
映画として、『七人の侍』と比較すべきものではないのでしょう……
7人それぞれのキャラクターを生かした、人間ドラマを見せるつもりはなさそうで
7人という集合体に、ちょっと、何人か周囲に出ている人がいる、というスタンスか。
(椎名桔平さん、宇梶剛士さん……)

極秘というわりには、公衆の面前では目立つし、殺し方はハデですが
トレーラーから発進して
隊列を組んでのバイクシーンや、銃撃戦のアクションは、ストレス解消になりそう。



ところで、終盤のエピソードに、ちょっと思うところありました。
その経過はと言うと、サラサラ~とその状況になってしまった感も、否めないのですけど……
(ネタバレ↓)





悪人退治は、終盤までは、とにかくド派手に、銃を撃ちまくってしとめる。
今回の1番のワルをしとめるのも、そういう流れで、ガンガン攻めていくので
そのまま、撃ち殺されるのかと思った。

でも、それだけではつまらないですよね……(←残酷なことを言っているような^^;)
ワルにはワルの懲らしめ方がある。
その場で、バンバン撃って“殺ル”のは、むしろ、情けかもしれない。

ふと、主演の瑛太を思う……
映画『一命』での、彼の死ぬに死ねないという、あの壮絶なシーンのイメージが強くて
今作も、誰かを“殺ル”という役どころよりも、もし殺られるときは、一思いに楽にしてあげて!(>_<)などと思ったり…。

つまり、ワルは、その場で、一思いには“殺らない”。
やくざやマフィアから恨まれるように仕組んで、コワ~イ闇社会の処分に任せることにした。
追われる恐怖と、闇の連中からの、死の苦痛を味わわせる。
残酷ね…………

内容は、サラッとしていましたが^^;
そういう、遠回しな処分が意外でした。





深田恭子さんも、いいポジションで、出ていました。
ファンの方は、深キョンにハートを撃ち抜かれるのでしょう(笑)。




映画『friends -フレンズ- もののけ島のナキ』★“どこまでも君の友達”――コレに泣けてしまう


公式サイトです。 http://www.friends-movie.jp/
作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/155967/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。



予告編で観た赤ちゃんがカワイイなと思ったことと
赤鬼(ナキ)の声(香取慎吾さん)が、味わいあってイイ声だなと思っていました。

鬼と赤ちゃんの話かと思っていましたら
浜田広介作『泣いた赤鬼』が原案と聞いて、興味をもちました。



『泣いた赤鬼』はどんな話?と聞かれて、話しているうちにも
涙が出そうになってしまうほど、温かくも、ホロ悲しい物語です。


『泣いた赤鬼』(あらすじ)
人間と仲良くなりたかった赤鬼のために、親友の青鬼が、人間にとってのワル者を演じ
赤鬼に、自分を退治するように仕向けてあげる。
人間の味方を演じた赤鬼は人間と仲良くなるが、人間の敵を演じた青鬼は、
赤鬼が人間と仲良く暮らすことを祈りながら、姿を消してしまう。
どこまでも君の友達―――という手紙を残して……
それを読んだ赤鬼は、号泣する。



赤いもののけ=ナキは、かつて、人間ともののけの戦いで、母親を失ってから
人間を嫌っていました。
そのとき、一生分泣いたから、ナキ。それからは、泣かないと決めていました。

そんなある日、兄についてきて、もののけ島に紛れ込んでしまった赤ちゃん=コタケの面倒を
ナキがみることになりました。

一緒に生活していると、情が移りますよね。
ましてや、相手は赤ちゃんですから。
赤ちゃんは、泣くし、ジタバタして、手がかかりますが(でもカワイイ)
そうして、手のかかる分、情も強く移るんですね。

なんとか、人間の島に赤ちゃんを帰したナキ。
そこからが、『泣いた赤鬼』の再現でした。

青鬼=グンジョーの行動が、ちょっと唐突に思われそうでしたが
『泣いた赤鬼』のいきさつを踏まえたこともあってか
涙が、ポロポロこぼれました…………………。

子供の頃から、ずっとそばにいてくれた友達が
友達だからこそ起こした行動で、去っていく………
シーンとしては、伏線のあった、アノ“矢印”が効いていました。

“赤ちゃんと赤鬼”から始まって
“どこまでも君の友達”が、“赤鬼と青鬼“へスライドしていきながら
全体として、“人間ともののけ”に大きな友愛が広がったのか―――?

人間を得て、竹馬の友を失ったとも言えるのかもしれませんが
私は、あえて、失ったとは思いたくないのです。去ってしまったけれど……でも
青鬼は、“どこまでも友達”と言っているのですから
たとえ、2度と逢えなくても……………

『泣いた赤鬼』のイメージで見てしまうと、青鬼=グンジョーのウエイトが半端に思ってしまいそうですが
あくまでも、『もののけ島のナキ』ということなら、良いのでしょう。
それに、やはり、“どこまでも君の友達”――コレに泣けてしまうのです……………
私も、ナキに“泣き”だったので、良かったと思います




~~どこまでも君の友達~~
どこまでも友達でいてほしい人は、いますよね。
この青鬼のような“友情の表現”には、あらためて考えさせられます。
友達・仲良しって、何でしょうって……
本当の親友って………?

思い遣る気持ちを、最大限持ち続けることかな……と
今のところは、思ってみようと思いました。



ちなみに、
『まほろば・童話の里 浜田広介記念館』があります。(子供の遠足で行きました)
敷地内に広介さんの生家もあります。





映画『ミッション:インポッシブル / ゴーストプロトコル』(MI4)★面白いに決まってる(^_^)~雑感です。


公式サイトです。http://www.mi-gp.jp/
作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/tb/tb?movie_id=153753
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。




ロシアのクレムリン爆破の濡れ衣を着せられた、ハントたちIMF。
真犯人を突き止めるのと、真犯人が目論む、核テロの阻止が、ハントたちの使命だが…。


ドバイの超高層ビルのシーンを楽しみに鑑賞しました。
ハントが、窓伝いに移動するのですが、コレは怖い!!!!!!!(>_<)
うまく移動できるかは、吸盤のような手袋の調子しだいなのですが
お約束のように、調子が悪くなるのです……(T_T)
私の手が、汗でベトベトになりました。^^; 

このドキドキのほかに、ここのシーンでは、
時間的 かつ なりすましのハラハラもあって、良かった(^_^)

そして、ドバイということで……
“砂嵐”発生!
ただ、逃げるのではない。ただ、見失うのではない。
砂嵐が、意外性を持って、効果的でした。

立体駐車場でのシーンも、好き☆
設定はシンプルなのかもしれませんが
カメラワークの良さなのか、整然としたスピード感に、興奮しましたよ。


***


今回は、『ハートロッカー』のジェレミー・レナーの参加ということも、目玉☆

なぜ、彼が、ハントのチームに参加したかの経緯と
なぜ、冒頭で、ハントが受刑者になっていたのかが、終盤わかります。

ドキドキハラハラで、心拍数上げながら、全力疾走で観ていた作品ですが
ちょっと、切ない優しさを最後に残してくれるのも良かったと思います。


 ***


MIシリーズは面白いに決まっていると思いましたが
そう思えるシリーズってスゴイと思いません?

うまく行かないことが、現実には多いですから
紆余曲折しても、段取り通り行ってくれる~そんなにうまく行くかあ?(笑)~
と言うのを観るのは嬉しい☆

年末だからか、これなら年が越せそうだな~と思えましたよ☆




余談です……
核テロを起こそうとする人が出てきますが、
あながち、架空の発想ではないらしく
世の中には、人類削減計画など立てている人もいると聞きます。
その人には、そのほうが得策らしいけれど、自分の都合で、人類・世界を滅亡に向かわせるのは、
やめてほしいですね。


トムの年齢を、気にしてはいけないのかもしれませんが
スタントを自分でこなすトムが、そのこだわりのまま
いつまで、このシリーズを続けられるのか?が、気になるところ。






映画『リアル・スティール』★作られた評価でなく“リアル”に…雑感です。



公式サイトです。http://disney-studio.jp/movies/realsteel/
作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/155570/


元チャンピオンボクサーの父と息子を描いた『チャンプ』で感じた、温かいモノを思い出しながら
高評価の作品に期待して、鑑賞しました。

近未来。
より過激になった格闘技は、ロボットが行う時代――という設定。

ロボット格闘技で、かろうじて生計を立てている、元ボクサーの父が
元妻の死後、初めて、息子に逢う。
その時の二人は、“他人”だ。血のつながりしかない。

けれど
息子は、今どきの子らしく、格闘ロボットに詳しい。
経験とガッツと無謀?のみで、勝負している父よりも、豊富な知識。
ともあれ、“格闘ロボット”が、二人をつなぐ共通語になり、
2人の“格闘ロボット生活”が、スタートする。

この格闘ロボットたちは、ドラえもんのように、自分というものがないので
2人の仲をとりもつような、気の利いたことはしませんが(苦笑)
人の言葉や、動き(シャドー)を認識したり、真似たりできる。

↑コレが、まず、ミソ☆でした。

シャドーを利用しての“ロボットダンス”
息子とコラボしているのが、すごくイイの☆
「観客はショーが観たい」というセリフそのままに、見せられるものを見せてる感じ♪
激しい戦いの前の、遊び心★
ビートが加速しそうな、ダンサブルな音楽が、テンション上げてきます!

そして、デスマッチのような格闘シーンは、
リングサイドで応援するような興奮!

特に、父とロボットの動きが、シンクロして
相手ロボットをかますシーンは、気持ちイイ☆!!!
ロボットと父が、完全一体化with息子!

経験しかなかったような父の(失礼!)
でも、あればこその経験が、花を咲かせたというようなシーン。
(ボクのパパは最高だ!と息子も思ったはず。)

同じものに向かっていると、生まれてくる絆。
続けていれば、強まってくる絆。
理屈で無い、血のつながりが、もっと温かな血を、通わせる……

格闘ロボットの勝ち負けもだけど、
父子で、リングサイドで、1つになっていることのほうが大事……?
でも
やっぱり、勝負は勝ちたい!

そして、お約束どおりに、華々しく終わるのかと思ったら……
↓ここで、思う所ありました。(ネタバレです)


▼▼

それは、死闘を繰り広げた、彼らのロボット=アトムが優勢だったと
会場の誰もが思っているはずなのに、“判定負け”になること。
(おかしいでしょう????)

相手のチャンピオン側が、“勝ち”を作らせたというのは、ミエミエ……
「内容で勝って、判定で負けた」←アナウンサーもそう言うしかない……

でも、会場の興奮は、アトムへのエール。
形だけの判定なんて、なんの意味もない。

……このようなコトは、日常的にもありそうです。

表面的な評価は高くても、中身はどうなのかと。
そのときは低い評価しかされないもののほうが、内容的には高いこともあるように思えます。

操作された評価ではなくて
しっかり、内容を見れば、何が“本物”なのかは、わかる――

勝ち負け・良し悪しは、観た人の目で、心で、見極めればいい!
作られた評価なんて、いらない。


▼▼


そういう意味での“リアル”を、含んでいるのかは、わかりませんが(苦笑)
楽しめる作品でした。







映画『源氏物語 千年の謎』★“情”のほとばしりが走らせた筆~もっと源氏を観たかった…orz


公式サイトです。http://www.genji-nazo.jp/index.html



(内容に触れて雑感です)

なぜ、紫式部は『源氏物語』を書いたのか?が、テーマらしく
物語(光源氏)の世界と、現実(紫式部)の世界とが、描かれてています。
私は、なぜ?を知るよりも、とにかく『源氏物語』の世界に浸りたい!
と言う気持ちで、鑑賞しました。

『源氏物語』は、過去に映像化されたときも期待して観ましたが
それぞれに、物語の世界観や、特に源氏の理想像があり
映像化が難しいものの1つだと思っています。
(ハードルは低めに…(^_^))

まず、世界観に浸るには、平安朝の調度品・衣装など、美的要素が重要だと思いますが
これは、素晴らしかった☆
アカデミー賞を受賞した『地獄門』の衣装を観たときに、なんて美しいのか……と思いましたが
その時のような感激☆
(この美しさを眺めたくて、写真集まで買ってしまいました☆)

そして、源氏の君☆
(生田斗真さんは、健康的すぎるかも……と、始めは思いましたが^^;)

亡き母への思慕が、母の面影を映す人(藤壷)への憧憬を募らせ
結ばれてはならぬ人という運命が、はげしい“渇き”を生む。
そして、たとえ、想いを遂げてしまったとしても、その悦びは、ひとときのこと。
あとには、新たな哀しみが残り、ますます渇いてしまう……。
そして、また
新たな水を求めるように、潤いの香りある女たちに惹かれてしまう、源氏…

母への渇愛だったものが、やがて、男性としての情愛も、駆動力になっていったとしたら
はかなく消えゆく退廃美に酔いながらも、
女を求め続ける源氏が、女たちからの愛にせめぐ姿にも
生きている強ささえ、感じるものかもしれない。

たとえ、道ならぬ恋であっても、人を恋い慕うことは、心トキめかせるもの。
恋に苦しくても、それが、生きる力でもありうる。一方で
「この苦しい胸のうちを」源氏の君と、共有できるなら
この一夜、この一時しかない命であっても、かまわない………と感じてみたい……。

とは言うものの、作中の女性は
六条御息所を中心に、藤壷・葵の上・夕顔 まで。

源氏を激しく愛する、六条の情念が、生霊となって、
源氏と関係した、葵・夕顔を、嫉妬の力で、殺してしまうのがメインのようで、
それが、紫式部の秘めた恋心に通じる、ということらしかったのですが…

残念なのは、安倍清明が、六条の生霊を封じ込めるシーンの多用。

そもそも、『源氏物語』なら、源氏の君(の女性関係)が観たいのです。
『源氏物語』というタイトルを背負うなら、もっと源氏を、コテコテに観たかった…

一歩ゆずって、六条の生霊のエピソードがメインになったとしても
そこには、源氏への深い愛があればこそ。

けれど、六条を封じ込める清明のシーンが、少なからずあることで
陰陽師の悪霊退治モノ(確かに悪霊ではあるけれど)になってしまい
六条の嫉妬が、源氏への“深い愛”からだという印象が、薄まってしまった様なのが残念…
(苦しくはかなげな、田中麗奈さんの六条は、良かったと思うのです)

源氏は源氏で、行き場のないたくさんの愛を、持て余していたはず。
恋に狂おしい源氏の君を、もっともっと観たかった……orz
(源氏の君は、ただのマザコンやプレイボーイではないゾ!と)

できれば、一線を越えた、源氏と藤壷の大切なシーンは、もっと引っ張ってほしかった…
ぼやけた実像と、影が、魅せる。
ぼやけた実像は、はかない現実にいる二人。そうあってはならないはずの…
だからこの先、いつまでも、この秘め事が、影となって、二人の心に残るのだろうと思わせる
いい映像でした。

源氏の君は、藤原道長がモデルだろうと言われますが
紫式部が、『源氏物語』に、何をどこまで込めたのか…?
一説には、下級貴族出身の、彼女の“野望ありとも言われますが
女性としては、野望よりは、願望あるいは切望?と言いたいところです。

ラストには、源氏と紫式部が、すれ違う。
「どこまで、私を苦しめるのか?」と問う源氏に、答える紫式部。
(それは、道長への言葉でもあるのか)

苦しい…とは言え、そこまで、恋うることだけに生きられる、源氏の世界。

紫式部が、なぜ、それを書いたのか?
それは、自らの心に眠っていた“情”のほとばしりが、筆を走らせたから……
私は、そう思いたい…



個人的に↓
(斗真の君には、嫌らしさがないので、見せてくれるなら4時間超の『源氏物語』でもいい。
斗真さんのシーンだけ、巻き戻して何回も観たい ^^; )







映画『リミットレス』★限りないのは知性だけでなく~雑感です。


公式サイトです。http://limitless-movie.jp/



うだつの上がらなかった一人の男が、ひょんなことから
脳ミソを、フル稼働できる薬をゲットしたら……という物語。




100%脳フル稼働と言う設定を見たくて観ました。^^;
いいでしょうねェ~、パリッとして。
脳は20%しか使われていないから、フル稼働したら、デキル人になるというわけです。
気持ちいいでしょうねェ~。
デキル男になっている主役の彼の瞳は、輝いていましたよ。
(主役の彼は、『特攻野郎Aチーム』のイケメンさん♪)



頭の回転の良さ=前に前にビューンと進んでいく映像に、引っ張られるようで、
何度も出てくるのが印象的でした。
ロバート・デニーロが作品に重みを添えていますが、作品は、軽妙に楽しむ感じの作品でした☆

~~~

でも、1/5しか使っていないから、何十年も寿命があり得ているのかもしれません。
100%脳フル稼働だと、寿命が今の1/5ということもあるかも。
疲れてしまいそう。

ヒトの遺伝子も、何やってるかわからないのがあるそうですから……
何でもかんでも、意味をもたせてはいけないのでしょうね……
無用の用も、必要。
無駄に見える余白も必要。

彼の場合(彼ら、と言うべきか)、薬で、リミットレスになっていたので
“薬害”という展開もあり
薬に頼るのはどうなの、という部分もあり(のび太くんが、ドラえもんに頼るようなものかと)
教訓的に終わるのかな~と思ったら
タイトルの『リミットレス』が、ラストには、“そういうこと”で生かされてました。

結局は、リミットレス。
人間の脳ミソは、限りない可能性がある、という結論でいいですか?^^;

~~~

ところで
脳の可能性というと、いわゆる計算や理解が早いなど、インテリジェンスの部分の話になるのは当然のことですが
「心の主座は脳にある」とすれば、脳は、知性だけではなくて、
情性~思いやりや優しさ~がフル稼働すべきなのではないか?と思ったりもしましたが……

薬がなくても、人の気持ち~情~というのは、良くも悪くも、底なし=リミットレスでしたね^^;
たとえば、愛や憎しみ…etc.

そういえば、
映画『ダウト~あるカトリックの学校で』のテーマとなった、「ダウト=疑い」は、底なし沼のようでした。
そして、その疑いの沼に、自らがはまってドロ沼になる……

それやこれや
人の心・脳ミソを扱った作品には、とても興味を惹かれます。






映画『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』★途中下車でつかんだ手に何かが伝わったら…









映画レビューです。(ネタバレ表示ですが、結末はボカしています。)

http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id340259/rid37/p1/s0/c1/




公式サイトです。http://www.railways2.jp/ 

富山の鉄道が舞台でした。

個人的に、息子が、富山に転入したので、何度かお邪魔しました。

引越しのときには、レンタカーを借りて、ドキドキしながら運転して、買い物して

一緒に食事して……いい思い出です。



そんな思いだけでなく、いい作品だな~と思いましたよ。

願望だけでなく^^;、いい雰囲気だな~と☆









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Author:yutake☆イヴ
こんにちは☆
使い方がよくわかりませんがヨロシクお願いします。^^;

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