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映画『飢餓海峡』★“無”に帰せず愛憎残る“道”

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/2891/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


原作:水上勉        (映画は変更部分あり)
洞爺丸海難事故を、基にしています。(作品では昭和22年)
事故での身元不明の2遺体、もう一人の男の存在、前後する放火殺人事件……
そして、男と女が出逢い、10年後に起こった新たな事件と、その後……

戦後間もない日本で、むさぼるように生き、かつ
人として、幸せに、良く生きようとしていた人々――
けれど、台風に煽られるように、人の運命は弄ばれてしまう……


・樽見(犬飼):三國連太郎 ~復員後、わけありの大金を手にし、行きずりの八重に分ける。
・八重:左幸子~犬飼からの金で娼妓を抜け上京するが、再び、娼妓にならざる得なくなる。
・弓坂刑事:伴淳三郎~海難事故に紛れた放火殺人犯を追う。八重にも聞き込みする。
・味村刑事:高倉健~事故から10年後、舞鶴沖での心中事件に見せかけた殺人事件を担当する。

10年越しの殺人事件の真相解明に、興味をもたせつつ
生きるということの生なましい強さに、惹かれます。
(現代は、なんだかんだ言っても、ヌルイかも……)

劇中「貧乏人の逃げ道はそこしかない」という、刑事のセリフがありました。
それは、捜査推理上の、突き放した言葉ではなく
不可抗力への同情さえ、思わせるものでした。
貧乏とは、善悪の手前にあるもの――のような。
貧乏を飛び越えようと着地した先が、善悪のどちらになるのかは
自分では決められなかった、かのようなですね…………

この作品の面白い所は、真相に迫りながらも、それがゴールではないこと。(汗)
頼みは、自白のみ。真相は当時者しか知らない。
けれど、その曖昧さに、モヤモヤするどころか(映像の演出も独特☆)
スパッと割り切れないところに、人間の複雑さを見るようで、余韻が深いのです。


▼~▼ 内容にふれて(!)雑感です。

▼▼▼

1.爪☆      ←映画版のツボ☆

訳アリの大金を手にした犬飼が、八重という娼妓(宿場女郎?)と出逢い
一夜を共にしたとき、八重が、犬飼の爪を切ってあげる。
翌朝、大金を八重に分けた犬飼は、行方知らずとなりますが
八重は、切った爪を、感謝と思慕の印とするように、ずっと持ち続けました。

時々、その爪を取りだしては、話しかけたり、首筋を這わせたり(!)する八重。

心の中の見えない想い出よりも、爪であっても形あるほうが、
愛する対象の存在を、確かめることが出来て、嬉しい☆
マニアックですが(汗)、思う人の爪でさえ愛おしい八重が、可愛い。

その爪が、あとで、なりゆきを“引っ掻く“ことになります。


2.善人でいたい

性善説になりますが、人は、基本、良くありたいと思うモノだと思うのです。

犬飼が、その後、樽見と言う名の篤志家として、
あちこちに寄付していることを知ります。
過去の罪滅ぼし?と思われますが、罪がなくても
自分に福があれば、おすそ分けしたいと思うのも、人情ですよね。
(売名だけの人もいるか…?(>_<))

過去に何があっても、未来は善人として生きて行こう!――
それは、良いことだと思います。けれど
もし、過去を知る人が現れて、化けの皮が剥がれれば、善人ではいられなくなる……?
善人の自分は、罪など犯すはずはないか?いや
“善人”で居続けたいがために、悪に手を染めるという矛盾を、人間は犯すのか……(>_<)

要反転↓



10年ぶりに、ただ感謝を言いたくて、樽見=犬飼を訪ねた八重。
けれど、“過去“に呼び戻されたとき、樽見は、過去と八重を葬ってしまった!
良き自分を守るために……と言っていこう……

「アンタ、イイ人だね、私にはわかる」
初対面で、八重は、犬飼にそう言っていたのに……orz



3.北海道への船で(ネタバレです!)要反転↓


10年前の遺体の件は、曖昧なまま
八重(と目撃した書生)殺しの罪は、確定的な樽見は
原点に返るが如く、北海道行きを希望する。

連絡船から、八重への弔いの献花を、
弓坂刑事に続いて、投じるはずの樽見だったが、
あっと言う間に、海に身を投げてしまった!!!!

もう逃げられない――というより、犬飼は
その海に、“すべて“を沈めたかったのか…………
波のざわめきが、心を乱すのは、
突発的な樽見の行動の衝撃だけではない……


▼▼▼


もし、北海道で、アノ男たち2人と、出逢っていなかったら
犯罪に、巻き込まれていなかったかもしれないけれど
大金を手にして、成功し、篤志家になることも、なかったかもしれない――

もし、青森に、渡っていなかったら
八重に、握り飯をもらうこともなかっただろうし
“爪“を切ってもらうことも、なかったかもしれない――

“愛憎渦巻くという飢餓海峡“
もし~~たら~~れば~~
原点の北海道に戻る手前で、文字通り、すべてを“無”に帰してしまった男を見ると
生きるとは――生き抜くとは――
いったいどんな意味があるのか……と思ってしまう。

しかし
非情に進む船が残す波動が、“無”ではなく、“道”を残すようなラストシーンには
愛憎を抱き合わせながら、人が生きていくことの重みを、感じずにはいられない………


↑完全版は3時間超ですが、引き込まれました。
手応えある名作です






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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『ヘラクレス』★ザ・ロックの真骨頂!待ってました!\(^o^)/

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/163933/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

半神半人のヘラクレスの神話のこと→コチラ

↑ところどころ、片鱗はありますが、オリジナルストーリーです。
ドウェイン・ジョンソンというより
ザ・ロックさんが帰ってきた!という喜びで、鑑賞しました!

そもそも、ザ・ロックさん♪
スコーピオン・キング』が、適役でした☆
惚れ惚れするような筋肉美だけでなく、
ザ・ロックさんのリーダー的オーラが良かった♪
見て楽しい英雄譚でした。


その後、改名して、ジャケットを着ての出演などありましたが
ザ・ロックさんは、ザ・ロックさんのままで、ジャケットなど脱ぎ捨てて
生身の裸一貫で(!)、銀幕を破らんばかりに、大暴れしてほしかった!^^;

ザ・ロックさんも、そう思っていたらしく、
満を持しての ☆☆ヘラクレス☆☆ \(^o^)/
ストーリーそっちのけで、肉弾的英雄美を堪能するだけでも、十分☆

ガオーッと、雄叫び、棍棒をブン回し、バッタバッタとなぎ倒す――
ライオンとは、素手で戦い、圧勝!    野獣か……^^;

▼~▼内容に触れて雑感です。

▼▼▼


ゼウスと人間の子:ヘラクレス。
ゼウスの妻ヘラの憎しみを避けるため、“ヘラの栄光”=ヘラクレスの名を
巫女?から、授かりました。
ヘラが差し向けた毒蛇を、あどけなく、ムンズとつかんでシバキ挙げた、
赤ちゃんのヘラクレス。
~~栴檀(センダン)は双葉より芳し~~
赤ちゃんでも、神の子は違う(*^_^*)

途中端折りながら、“十二の難業”をこなしていく、ヘラクレス。
(これを、全部、映像化したら長編になると思いますが、大作になったかも……)

王家に生まれながら、訳アリで、傭兵となったヘラクレスは
攻められて困っていると言う国を、援助します。
その戦いぶりも、棍棒ブン回すなどして、盛り上がります…が…

ところで、このヘラクレスには、ロマンス系は、ほぼ無し (―_―)!!
愛する妻子は、過去に、謎の死を遂げています…orz
真相が不明のまま、ヘラクレスが、妻子殺しの汚名を着せられていたのですが
終盤、真実が明らかになります。
同時に、加勢した国に、騙されたことも……orz
傭兵とはいえ、カネの問題では無くなってきて、
また、ウオーッと、ひと盛り上がり。


ここで、私のポイントは、☆ピーター・ミュラン

(ジョン・ハートやジョセフ・ファインズも、目玉ですが)

彼の、独特の渋みある声は、味わいあります。
この作品でも、それが聞けるのが嬉しい。
でも、ヘラクレスが加勢した国の重臣という役どころでは、
もったいないなーと思っていたら
ムチを、びしばしと、うならせてくれました。で
ヘラクレスの敵に転じての2ショットで、見せ場を期待していましたが
ヘラクレスの圧勝で、あえなく、出番終了……orz
でも、シーンにハクが付きましたね。


▼▼▼


登場人物のカタカナ名が、覚えられなくても。
ヘラクレスのたくましすぎる腕に、しがみつくつもりで見ていれば
なんとかなります^^;

(罪のない人たちが、戦死・負傷するのは、心苦しいのですが……)
棍棒を振り回して、ボコボコ、フッ飛ばすヘラクレスには
もう、こりゃかなわんわ………

火事場の馬鹿力のような、怪力&破壊力も、みな、かなわんですが
うわーとは、盛り上がる(*^_^*)

なんだかんだで、けた外れのスゴイものを見るのは
気分転換&ストレス解消になりました☆

ザ・ロックとして、またこのような、この世の者とは思えない
真骨頂☆肉食系アクションを、期待しています(*^_^*)




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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『NO ノー』★明るく未来志向のインパクトに人心はついていくのかも

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/165302/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


チリ。1988年。
ピノチェト独裁軍事政権の継続の是非を問う、国民投票が行われることになった。

賛成派・反対派ともに、1日15分のテレビ放送で
国民の支持を得ようとする。
広告会社のレネは、友人から、反対派のテレビ放送の“助言”を頼まれる……


大好きなガエル・ガルシア・ベルナル主演です。

社会・政治色っぽい問題提示を匂わせつつ
仕事としてだけでなく、自分の意志を込めながら
いかに、人の心に響く広告を作るか――

コミカルな部分もあり
社会情勢上の、命がけのピリピリ感もあり(>_<)
引き寄せられる作品でした。


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


1.独裁政権下での投票


ベトナムの記事でも、触れましたが
一党支配の国では、選挙で、体制は変わりません……
独裁政権では、独裁なんですから、民主的に――ということは
ありえないと思われます。

けれど、国際世論の手前、“形だけでも“国民投票して
独裁政権が勝利したら、民意ということで、基盤は強固になります。
ピノチェト大統領は、圧勝の前提で、投票を許可します。

と言うのは、国民は
YESかNOではなくて、YESか棄権する、と思っているから。
NOなんて投票したのがバレたら、酷い目に遭うかもしれないことを
従来からの残虐行為で、経験済みだから…….

それと、今のところ、平穏に暮らせている人は
変革を恐れることもあって、とりあえずYESと言う人もいます。

しかし、変革を望む人には、一大チャンス!
投票で、独裁政権を終わらせることができるなら
無血開城ではないですか(*^_^*)



2.広告の製作


レネは、定評のある広告マン。
ガエルの、真摯で魅力的な風情が、ピッタリ☆

広告は、売りたいものの特性を簡潔に知らせつつ
インパクトがないといけません。
レネは、政治とはいえ、公約や主張よりも
インパクト重視路線で押します。
なるほどねェ~

反対派リーダーの政策演説は、一番重要なことかもしれませんが
それでは、つまらなくて、見てくれないと……
見てくれなければ、始まらないと……
確かにねェ~

ふと、思うのですが,……
この一世一代の投票~今後あるかどうかわからない~は
まず、インパクトありきなんでしょうが……
(政策・主張こそ大事なんですよね…)

広告制作にあたり、当然なのですが
コンセプトがあるというのが、あらためて、新鮮なことでした(当然なのに)
例えば、NOのデザインに虹を使いますが
ただ見た目にキレイだから、というのでは、納得されない。
反対派の集合体として、各団体の特色を色に重ねて云々……と説明する。
こじつけ?と思ってしまいそうですが(汗)
短いシーンでも、意味やコンセプトがあって、組み立てられているんだ……
ゴメンナサイ、私、そこまで考えて、CM等、見てなかったです(>_<)
コンセプト――気をつけてみます。



3.主張と危険(>_<)


広告マンとしてのレネだけでなく、
家庭人としてのレネがありました。
そうすることで、一般人の目線も、感じられます

レネの妻は、活動家で、逮捕もされています。
諸事情で別居中ですが、息子の母としてだけでなく、レネの想いはあるようです。
そして、レネも、仕事としての“助言“を越えて
NOのCMに、積極的に、関与していきました。
(上司は、YES派のCMに関係しているのに(>_<))

けれど、出来レースのつもりだったYES派が
NOのCMが好調なのをよく思わず、レネにも、圧力をかけてきます。
特に、子供に危険が迫っては大変(>_<)

現政権下では、政府がらみで、行方不明者が何人もいると言う事実。
インパクトある明るい未来志向のCMでも、
現政権の闇の部分を見せ、現実の危機を、視聴者に印象付けることも忘れない。


▼▼▼


かくして、NOが勝利したことは、言ってもいいですよね。(*^_^*)

一般ピープルには、わかりやすさが大事、と言う一面は、よくわかりました。
いくら、正しいこと重要なことでも、小難しいと、曲解されることもある……(汗)
要点だけ、ズバッと言って、詳細はあとからついて来て~(^_-)-☆

よく、“未来志向ですから”と言っていたレネ。
ガエルの笑顔そのままに、明るくてイイ☆







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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『グレート・ビューティ/追憶のローマ』★“根っこ”にある尽きせぬ愛に還るとき


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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/164417/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


40年来、小説を書いていない作家ジェップは
夜な夜なクラブで遊びまくる、ダテ者でした。
あるとき、初恋の女性の悲報を知った折、
彼女は、自分に想いを遺していたらしいと知ります。
蘇る初恋の情熱は、ジェップに、再び、
作家の息吹を与えるべく、新たな風を吹き込むのか―――
……と言う話だと思っていたのですが、そんなに簡単じゃなかった…^^;

退廃的で、虚無的で、哲学的で、情熱的……

この、ローマの物語は、いわゆる観光案内的ではありません。
悠久の都ローマが包含する、長く深い空間と時間が生み出す
人々の営みが空気となり、作家と周囲の人々を、大きく包み込んだ
なんともいえない、重厚な味わいが、魅力です。

ストーリーの糸が一本、通っているようでいて
それは、大河のようで、エピソードが、てんこ盛りなので
意味不明?的な部分もあります。(汗)

けれど、わが人生を思えば、メインのストーリーなんてなくて
色んな人が出てくるし、寄り道もするわけです….^^;
そうやって、いつかどこかに、たどり着いていくのかな……


▼~▼内容ふれて雑感です。


▼▼▼


1.虚無感とトリック


40年も、何となく遊びながら、生きてきたとしても
美酒や美女に溺れていたなら、それなりの満足感には浸れたかもしれない。
けれど、遊び的なことには、虚無もありましょう。
こんなこと、ずっとしてていいのかな…….と。

ジェップが、現在の自分に虚無を感じたとしたら
初恋の彼女の死を、知ったときかもしれません。
ましてや、彼女は、自分への思慕を抱いていたと知ったら……
今までの、彼女不在の、自分の人生の虚しさが、
ひとしおではないですか……orz
(そこから、彼の、哲学的な思考の旅が、始まったか)
虚無や失望があるなら、ここから消えてしまいたい…
手品のトリック(イリュージョン)のように、
あっと言う間に、苦痛なく消えてしまいたい…
けれど、消えない自分は、ここに(ローマに)存在するほかない……
そして、もし、自分にトリックがあるとすれば、作家たる自分の“筆”の中にある?
そこに至るはすだと思いながら、彼を見守る。



2.終わらないトレインと終わる命


虚無感には、どこかに、“死”の陰がつきまとっていると思う――

初恋の人の死は、強烈に、心に刻まれますが、のみならず
劇中には、悩ましい青年の死もあり、作家は
その死に、涙しました。

そして、作家は、人は必ず死に至る―ことに、改めて気づきます。
(終わりがある)
終わってしまうことの哀しさ、寂しさは、究極の虚無感でありましょう……

されど、面白いのは、クラブの電車ごっこ(トレイン)。
いい大人が、猥雑に、トレインに興じる。
(それはそれで盛り上がりますけどね^^;)
長い人の列は、つながって、グルグル回る。
トレインは終わらない――とつぶやく、作家。

このとき、不思議にも(いや、当然か?)
トレインに終わりがない、ということに、すごい虚しさを感じることです……

終わることの虚無・終わらないことの虚無……
ああ、人生不可解……
これもまた、トリックか……



3.シスター・マリア(聖女)


終盤に登場の、聖女マリアが、強烈な印象を残しました!(御年104才!)
インタビュアは、聖女から話を聞きたがりますが
たくさんの顔の皺が、聖女の歴史を語るようです。
と言うか、俗世間の人に話しても、聖女の真意は伝わらないんじゃないかと……

質素な彼女は、草の根を食すと言う。根っこは、大事だからと。

信仰の証として、長い階段を、膝で上り
這いつくばるようにして、頂上のキリスト像をめざす、聖女。
このまま、このか細い老女は、
神に召されてしまうのではないかと、思ってしまうけれど
聖女の一段一段は、確実に神の元に近づき、彼女の信仰は達成される☆

根っこをしっかり、心に持って、前に上に進めば
必ずや、自分のたどり付きたいところに着く――と諭されるようです。
作家も、40年前(根っこ)の自分――彼女を愛し、小説を書いていた頃――に
戻ることが肝要と、自覚したのかも。


▼▼▼


ラストシーンは、作家が、新たな風を吹き込まれたように
雄弁に語り出し、新作の誕生を、予感させて終わる。

それは、初恋の彼女への再びの思慕(終わらない愛)が、
原動力となっているようなのですが
やはり、人を愛する気持ちが、人を生かす一番の原動力なのかも☆
それが、一番美しいコト(グレート・ビューティ☆)と私は思いますネ☆



↑不消化な雑感でアレなのですが、作品は映像で魅せて語っています。
2時間超ですが、機会があれば、鑑賞されて感じてくださいませ。






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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』★モナコを救ったグレース公妃のまばゆさ

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/164835/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


グレース・ケリーのこと→コチラ

モナコ公国のこと→コチラ


グレース・ケリーのことは、
ハリウッド女優・モナコ公妃・ケリーバッグ・交通事故死…etc.
ということくらいしか、わかりませんで
グレースが、モナコ公妃になったあと
モナコがフランスからの脅威にさらされていたことがあったとは
この作品で、初めてしりました。

作品は、危機を回避すべく行動した、グレース王妃のふるまいもですが
陰謀のスパイさがし、というのも、興味を惹きます。
(事実に基づいたフィクションと)


▼~▼内容ふれて雑感です!

▼▼▼


1 公妃になる

神父さんのセリフにもありますが
“公妃“になる――ということの意味を、思わされます。
妻になり、母になる――ということとは別のこと。
公人となる、と申しましょうか。

ただ、その地位についただけでは、人はついてきてくれない。
国民のため、福祉を充実したくても、その立場だけでは、協力を得られない。
一般に、仲間や身内が困っていたら、親身になってくれますよね。
そのときは、公用語(フランス語)も話せなかったようなグレースは、
どこか、よそ者に感じられていたようでした。

そうして、結婚して何年か経ってから
公用語も、立ち振る舞いも、一から勉強することに。
(今まで、誰も教えてくれなかった!)
この奮闘ぶりは、公妃という大役になるゾと言う覚悟を感じます。

特に、高貴な身分の方は、人に囲まれていても
心ゆるせる人ばかりではないから、かえって、孤独になってしまうのに
スパイ?の噂もあったのでは、まったく、落ち着かない(>_<)


2公妃の腕の見せどころ


フランスの要求をのまなければ、モナコは侵攻されてしまう(>_<)
しかも、モナコは軍隊を持っていないと言う……
平和的解決を!と言っても、どうやって…
国境は、フランスが閉鎖しているし…(T_T)

争いごとには、とにかく、味方をつけることでしょうか。
ヨーロッパでも、大衆でも、世論を味方につけようと。
グレースは、元女優(そのときは、現役ギリギリ)
人目にふれるところに出れば、花が咲くし、ニュースになる。
着目されれば、モナコは忘れ去られず、危機のことも、他国にもさらされる。

そうして、開いたのが、赤十字の舞踏会。
この舞踏会の件は、病院リフォームの相談の折には
リフォーム費用よりも優先されるようなもので、踊ってる場合か?と
想う代物でありました。

しかし、寄付など、人への認知・勧誘を考慮すると
宣伝広告イベントは、必要なものでもある……?
と、すれば、このモナコ危機回避に、赤十字舞踏会は
赤十字のためにも、モナコのためにも、有益☆

赤十字の旗の下、各国VIPを招待してモナコの味方につけながら
敵のド・ゴール大統領まで、招待してしまう。

キラキラ輝くような、グレース王妃のスピーチが、聞きどころです。
一般論で、語り初め、フランス、攻めてくるなよ!という願いたっぷりに
平和を祈念。

公妃の切実な涙は、人々の良心に、沁み込んでいったよう……

ともあれ、この会議で、危機は2国間だけの事柄ではなくなり
フランスのモナコ侵攻も無くなって
ついでに、スパイも捕獲し、モナコ大公家は、安泰(*^_^*)~~なんとアノ人が!(―_―)!!


3.ヒッチコックのこと


ヒッチコックは、グレースがお気に入りだったようで
公妃となってからも、映画出演依頼していたのには、ビックリです。
(よく、頼みに行けたな~)
いわゆる、“仕事と家庭の両立”というわけには……


グレース自身も、出演する意気込みでいました。しかし
どんなに、公妃と女優を両立できる、と思ってみても
“公妃不在“ということがもたらすマイナスは
モナコ公国へのマイナスになりかねない、ということを実感して
出演をとりやめました。


出演依頼したのは、映画『マーニー
(ブログ記事にしてません(>_<))
盗みを働いては転々としていた美女は、子供の頃のある出来事のトラウマで、
赤い色への異常な恐怖を、抱いていました。
子供の頃に何があったのか?を探るミステリーを、グレースに代わって、
ティッピ・ヘドレンが演じています。


▼▼▼


グレースが、自動車を暴走させるシーンには
最期を暗示させるようで、ドキドキしてしまいますが……


グレース・ケリーの伝記ではなく、
グレース公妃の公妃たる輝きの姿に、スポットライトを当てて
まばゆい作品に、仕上がったと思います。

ニコール・キッドマン、素敵でした☆





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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『ジゴロ・イン・ニューヨーク』★大人の可笑しさと哀しさのジゴロ・ブレンド


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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/165180/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。



監督・脚本・主演:ジョン・タートゥーロ
With ウディ・アレン
歯科女医:シャロン・ストーン
ラビの未亡人:ヴァネッサ・パラディ




ウディの発案で、ジゴロになったジョンが
シャロン(とレズ友)を相手に、稼ぐ一方で(汗)
未亡人ヴァネッサに、惹かれていく……

ジョンによる、飄々としたテイストの、ジゴロ企画です。とはいえ、
友人のウディ参加で、ウディ味が濃くなっている印象あり。(悪くないけど^^;)

主演のジョンのセリフより
狂言回しのウディの、セリフかアドリブかわからない“しゃべり”のほうが多いかも。
それはそれで、十分、ジョンの存在感はあって
ちょこまかしたウディが、可笑しい(*^_^*)

ジゴロとはいえ、ジョンの雰囲気からは、“醸し出す“だけかと思いましたが
シャロンとレズ友の3人での“行い“を、見せるとは……(>_<)
いや、そこで、ひっかかってはいけない…(汗)


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


1.ニューヨーク /ブルックリン


ブルックリン区のこと

ユダヤ系アメリカ人のこと


アレンの書店は、ブルックリンにあります。

人種のるつぼといいますが
アレンの妻は、黒人という設定で
超正統派のユダヤ人が、コミュニティを持つ街。
(行ったことがないので、ピンとこないのですが…)
男性より女性のほうが多いらしいでので、ジゴロ市場も成り立ちそう?



2.ジョンのジゴロ


口八丁手八丁、ということでは、ウディのジゴロも見てみたい気もしますが
ビジュアル的に、アレか……

実は、ジョン・タートューロは、ちょっとコワい印象で、苦手だったのですが
本作では、つかみどころのない感じが、むしろ、孤高な感じで
飄々としたダンディズムが、ありました。


花屋さんということで、アレンジした花束を手にした姿は、クール☆
とってつけた感がなく、サマになっています。
う~~む、いい感じのジゴロ感あり!

私は、そんなジゴロ像で、十分だったのです……
ソコまで見せてくれなくても……(汗)

けれど、ジゴロとは、男女の擬似関係。
お客さんが、シャロン・ストーンなら、その熟れっぷりに
本物の恋愛も、生まれそう……?
(なにせ、にわかジゴロゆえ)

されど、ソコまで見せるゆえ、段々と、愛が見えてくるのですね。


3.未亡人ヴァネッサ


ユダヤ教のラビの未亡人で、厳格な戒律の中で、生きています。
(地毛を見せてもいけない!)とはいえ

小悪魔的な魅力ある彼女は
若い時よりも、柔らかくて深い表情だな……と思える大人の魅力もある。
どこか、寂しげな雰囲気も、男心をくすぐるのか
言い寄ってくる男がいても、不思議はない。(不本意ですが…)

そんな未亡人が、ジゴロ(ジョン)に逢い
彼の手のぬくもり(愛撫)に、涙するのがいい……

それは、彼女が吐き出した“孤独の形”か――
自らを律して、自覚すらしていなかったかもしれない
“孤独の実感”か――

今、緊張の糸がゆるみ、本当の自分が、涙となって流れ出る……

孤独とは、本心をさらしても、受け止めてくれる人がいないことなのだとしたら
今、その涙を、黙って受け止めてくれているジョンに
ぬくもり以上の温かな情愛を感じることに、不思議はない。
(できれば、恋という一言ではすませたくない、“想い“なのです)

そして、ジョンの心の変化を、
ジゴロ業での“異変?”で見せるのは安易なようですが、
彼の誠意が、正直に伝わる。
(なにぶん、にわかジゴロですし…^^;)


▼▼▼


ジョンのジゴロ――というのも、けったいな見どころですが^^;
ポン引きで儲ける、ウディの立ち回りの上手さは、地で、行ってる感じ^^;


大人の可笑しさ(クス笑含む)と哀しさを
オシャレにブレンドした風味は、ウディ流っぽいようで
ジョンのジゴロがいればこその、出来☆







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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『マイ・ルーム』★“おじいちゃんの部屋”に集まった愛に満ちた光

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/113746/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


・父 マーヴィン  :20年位寝たきり
・姉ベッシ―(=ダイアン・K) :父の介護中、独身 白血病
・妹リー(=メリル・S) 美容師の資格取得中、実家とはご無沙汰、夫を追い出す
・リーの長男ハンク(レオナルド・D) 別れた父を慕い、母に反抗的、自宅に放火
・姉妹の叔母:腰が悪いが動ける、TVドラマ好き




原題は『Marvin’s room』 ←おじいちゃんの部屋


2トップの姉妹の配役も魅力ですが
レオナルド・ディカプリオのナイーブな青年像も、まぶしいです。
(レオの評価の高さから、鑑賞したいと思っていました)


介護・病気・親子、そして姉妹――
1つ1つ、重いテーマを含みますが、全体のトーンが暗くなく
今、光を感じながら、しっかりと生きている強さに、励まされます。

それぞれの個性と主張の強さが、それぞれの立場にある人の気持ちを
代弁してくれているようです。
そういうぶつかり合いが、現実には、きびしいかもしれないので
本音をぶつけながら、家族の絆の糸を、手繰り寄せるような姿に
大切さを感じます。

きっかけは、姉が白血病になったこと。
骨髄移植のドナーを捜すために、長年、ご無沙汰だった妹に連絡し
妹は、息子2人を連れて、実家に帰省します。
その前に、別れた父を慕う、妹の長男は、母への反発から、実家に放火
施設入所しますが、ドナー検査のために、外出許可を得ますが
ドナー検査を受ける気はないと言います……

姉の病気が治るかどうか――が気になるところですが
ゴールは、そこではないのが、ミソであります。


▼~▼ 内容にふれて(結末含む)雑感です。

▼▼▼

1.介護のこと

介護は、誰が、どう看るのか最善なのか――
それに答えはありません。
姉は、父を思うあまり、あるいは、ほかに方法がなかったから(?)
ひとりで、(独身で)、寝たきりの父を看てきました。

結婚して、遠方に住む妹との疎遠は
自分のことより、父の介護を優先してきた姉と
施設にお任せしたい妹との、考え方の差異でもあるよう。

姉は姉で、割り切れない想いがあって、父を、介護してきた。
自分の人生を進めてきた妹には、羨む気持ちが無いと言ってはウソになるかと…
でも、姉=ダイアン・キートンは、優しい雰囲気で
父への愛にあふれているし、妹とその子にも、優しい目を向ける。
それは、ドナーになってくれるかも…などという打算ではないと思えます。


2.妹であり母であるリー


シングルマザーのリーは、資格取得に燃えているし、
アグレッシブに生きている印象です。
というか、当たりが強い(>_<)
息子にも、ガミガミ・イライラした雰囲気になっているので
長男が、反発するのも、ムリはないか……

でも、言い訳しますと(汗)
それだけ、リーは、生きることに必死なんですよ。
仕事もして、家事・育児も、要領よくこなす――
しかも、それが、毎日毎日……

訳あって、夫を追い出すことになったリーは
男親の分まで、やっていかないといけない。
時間にも心にも、余裕が無い時には、待っていられなくて
ギスギスしてしまうんです……(ゴメンネ)


3、妹の長男ハンク


ディカプリオは、感じやすさが、ナイフのような危うさになった青年が
絶妙に、魅力的だと思います。
孤独が怒りに変わり、怒りは、硬いのにもろい哀しみになって
ポロポロと崩れていくような心情が、映し出されるようなんです。

そこにいない父への思慕と、そこにいる母への憎悪――

おそらく、本当に欲しいのは、母からの優しい愛情かな…
お母さん、キツイですもん…
現実がそうだと、非現実なところに、憧憬の目を向けて、代償しようとしますもんね…

けれど、母が父を追い出したのは
息子(自分)を危険にさらしたからだと、知る。
ファンタジーが崩れたとき、うまく、現実を受け入れられるかどうかが、ネックか…

母への想いも、重なるのか
優しくしてくれる伯母に、なつくハンク。
なのに、母へのあてつけか、ドナー検査は受けないという……

しかし、姉の生きるチャンスを奪うな!と諭す母。
ハンクが思う以上に、母は、身内(自分含む)を思っていることに気づいたかな…
そして、医師の勧めもあり、ドナー検査を受けるハンク。

ドナー検査を受けるということで、まず
家族が同じ方向を向いたような、まとまりを感じさせます。


4.おじいちゃんの部屋で(ネタバレです)

↓要反転

しかし、ドナー適合者はなく、姉への骨髄提供は無しに。
治癒の可能性が、低くなってしまうのは、残念なのですが……
“おじいちゃんの部屋”(原題)に、皆が、集まって
おじいちゃんの好きな、鏡の反射で、光を作りました。


この光が、この家族の光なのでしょう。
家族を愛する喜びの光――
支え合う愛情があれば、明日は悪い日ではない(きっと!)――

機嫌よさそうなおじいちゃんの表情は
この家族たちの(姉の病気含む)行く末が、悪くないことも、予感させます。



▼▼▼


介護も、結婚も、親子関係も、仕事も……etc.
人生には、期待どおりに行かないことが多いです……orz

多分、ほかの作品では、すごく暗い流れにもできそうな出来事です。
けれど、この作品は、重暗くならないのが、とてもイイです。

特に、姉妹の叔母さんが、いいポジションでした。
彼女は、腰が悪く、そのエピソードも壮絶なんですが(汗)
キャラがイイ☆
父の介護の手伝いをしているようで、TVドラマに観入っちゃって^^;
ドラマのことで、頭がいっぱいなところが
ナンチャッテムードを醸し出しているので、ところどころ、和むんです(*^_^*)

深刻な問題とは、真面目に向き合うとしても
ドンヨリすることはありません!
深刻な問題だからこそ、ナンチャッテムードも必要だと思っています。
(不謹慎ではなくですよ)

おじいちゃんの部屋に、皆が集まる――
シンプルな終わり方ですが
温かい気持ちになりましたよ。





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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『ふしぎな岬の物語』★遠くから見守るだけじゃ大丈夫じゃないから


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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/164265/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


海風を感じる、岬カフェ。
店主:悦子をめぐる人々の物語――

カフェが舞台、というのも、ステキですが
村治佳織さんのギターも心地よくて、鑑賞に、誘われました。


豪華キャストの面々が、パッチワークのように
それぞれの人生の一部を、
ときに、のどかに
ときに、残酷に、見せていきます。

小百合さん演じる悦子は、はじめは、人々の行事や出来事を
隣人として見守っていて、それだけでも
人生いろいろありますよね……というムードになっていきます。


が、やがて、それらを踏まえて、悦子自身の人生や胸中に迫っていきました。
女神さまのような小百合さま=悦子が
あたかも、下界に降りてきて、人間としての心の叫びを吐露・激白したのが
私には、とても、共感できました。


▼~▼内容ふれて雑感です!

▼▼▼


夫が他界し、知人も病死し、友人も転勤した……
悦子から、通り過ぎて行ってしまう人々…
そんなときに、起こった、カフェの火事。

焼け出された悦子が、自称:悦子を見守る甥(=阿部寛さん)に言う。
「あなた、自分ひとりが私を守ってるって思ってるでしょ?」
そこから、悦子の激白が始まりました――

その前に、
30年来のカフェの常連で、悦子の“親友“のタニさんのこと。(=鶴瓶さん)
親友と言いましたが、今までは、なーなーでも良かったですが
今や、転勤することになったタニさんは、別れたくない。
思い切って、告白しようと、釣ったふりまでした鯛を
カルパッチョにして、悦子と食事する。

でも、タニさんは、告白できなかった…orz
タニさんは、30年来の友情を守って、清らかに転勤していったとさ…

確かに、30年の常連さん、さよなら~ありがとね~と言う気持ちは
観る人それぞれの、別れがたい“別れ“を思い出させてくれるようで
私も、目頭が熱くなった。
やはり、吉永小百合さんは、友情を壊さずに、
連絡船に手を振り、美しい想い出が絵になるような別れが
ふさわしいのか………

けれど、ひとり残された女心としては、
「ありがとね~」だけでいいのか?と言えば
よくないです(T_T)

タニさんがさばいた鯛のカルパッチョを
「カルパッチョ最高☆」と喜んだ悦子だって
ただ、カルパッチョだけが最高だったわけではなかったと思うのです。

一方、甥っ子は、叔母・悦子への特別な愛情を抑えて
“見守る“ことに徹していたらしいですが
敢えて、悦子が、激白した言葉からは
こんなふうに感じたのです。

-遠くから見守るだけじゃ大丈夫じゃないのよー

亡き夫も、美しい虹の絵を遺して、あの世から、見守っていたかもしれない――
甥っ子も、迷惑をかけながらも、距離を保って、見守っていたかもしれない――
親友のタニさんも、転勤しても、遠くから、見守ってくれるのかもしれない――

でも、遠くから見守るだけでは、孤独の寒さは、癒せないんですよ…………

永遠なんてない。
命ある者は息絶え、形あるものは壊れる……
そんな無常な世界だからこそ、今、そばにいてくれる温かさが、欲しいんですよ……
(なんか泣けてきてしまう……)

人間の本音というか、女心の本音というか
それが、浮き彫りになった悦子の姿が、本当に良かった…………….


▼▼▼


壊れたものなら、直し
失ったものなら、取り戻しに……(甥っ子の語りより)
命の再生(赤ちゃん(*^_^*))もあり……ラストは、再生モードなのがイイ☆


村のフォークソング愛好会(←豪華キャスト)の陽気な歌で
メデタシメデタシ♪なのが、嬉しい(*^_^*)





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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『ケープタウン』★ZULU族アリがたどりついた砂漠と青空

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/165203/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

タイトルが『ケープタウン』で、
アパルトヘイトのあった南アフリカ共和国が舞台だと
わかりやすくなっています。
原題『ZULU』は、黒人の部族名。
これはこれで、“ZULU族”の物語を見せるんだな、という予感も。


・黒人の警部 アリ    :フォレスト・ウィテカー
・白人の刑事 ブライアン:オーランド・ブルーム(以下オーリ)


白人の少女の殺人事件が発端ですが
単なる犯人さがしではありません。(それも、緊迫感ありますが)

犯人を追いつめながら、アリの人間像が、浮き上がってきます。
そして、アパルトヘイトを過去のものとして“赦し”てきた彼が
直面した事態とは……(>_<)
なにしろ、フォレスト・ウィテカーが演じていますから、魅せてくれます!


▼~▼内容(主にアリのこと)にふれて雑感です!

▼▼▼

冒頭は、父が虐殺(焼死)されるのを観ていた、少年アリ。
これだけでも、アリが、どんな傷を、心に抱えて生きて来たかがわかります。
今は、母と二人暮らし。
同僚の白人妻が、かつての人種差別への非難を口にしても
マンデラ大統領が話したように
アリは、過去は忘れて未来に生きるから、差別主義者も“赦し”ている、と言います。


それは、とても尊いことで、“赦せる”とは深いものだな……と
安らかな気持ちで、鑑賞していたのですが……


やがて、アリには、心だけでなく、“体“にも傷を負っていたことがわかります。
しかも、居合わせた白人警官は、助けるどころか、からかって終り……
アリは、おそらく、それが原因で
女性と、距離を置いていたようでした。
それが、また、新たな心の傷を生みますよね……………


そんなこんなのアリが、ひどい白人を赦せたのは
きっと、母親が居たからではないかと。
母の愛情に支えられ、母のために平穏に暮らすことが、1番の幸せ。
たとえ、憎しみはあっても、それを越えるだけの愛情に包まれれば
赦すことができるのかもしれない……


逆に、もし、大きな愛情を失うことになれば
抑圧された憎しみは、頭をもたげ
その愛情を奪った原因に対し、爆発的な憎悪が噴き出すのだろうと思う…….


終盤の砂漠のシーンは、絶賛です☆


夜の砂漠に、朝日が昇る。
うやむやになりそうな事件が、明るみになって解決していく兆し。
前をフラフラ歩く男のあとを追うアリ。
ついに、一番悪いヤツを追いつめていくアリ。


日は高く上り、青空が砂漠を覆う。
乾いた砂漠は、涙も枯れるような殺伐とした空間――
で、ありながら、まぶしいほどの青空が、清々しい。
アンバランスなまでに、このダイナミックな光景に、
どんな結末を期待したらいいのか……
アリは、どうするのか,……
どうなっていくのか……(>_<)



↓要反転



今まで、“赦し“で生きて来られたのは、母のお陰なら
その母が殺される原因を作った大元のワルを、生かしちゃおけませんよね…
警官として逮捕することも重要ですが
彼は、あの時点では、母の仇と言う個人的なことだけでなく
虐げられたZULU族の人たちすべてに成りかわって
天誅を下したのだと思います。
アリは、自分の命がもたないことを感じていたのかも……



▼▼▼


原題どおり、ZULU族を演じたフォレストが、
愛憎に満ちた人間ドラマとして、魅せてくれた作品ですが
オーリの存在も、良かったんですよ。


フォレストが演じた、黒人の哀しみの物語――
これだけでも、見ごたえはありますが
オーリの、子持ちバツイチの男という人生を、合わせ見せることで
厚みも、スリルも、倍増しました。
(ラストシーンのブライアンの表情が意味シンなんですが
多分、“希望“の含みだと思いたいです。)


残酷なシーンもありますが(牛裂きほどでは…(>_<))
ストーリーにも人物像にもスキがなく、
見入った作品でした☆






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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『マージン・コール』★リーマンショックの前夜譚を俳優陣で魅せる

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/164304/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

マージン・コールの意味→コチラ


出演者の面々に惹かれて、鑑賞しました。
内容は、リーマンショックの前夜譚のようです。
(タイトルからすると、損失の“警戒水域”を越えしまう(>_<)と言う感じか)

その日、突然、リストラされたリスク管理課のエリックは
部下のピーターに、USBを託して退社する。
USBに、経営危機のリスクを示すデータを見つけたピーターは、すぐに上司に報告。
緊急の取締役会議が、徹夜で行われた結果は……

“アカデミー脚本賞ノミネート“の緊迫感に
身につまされつつ、のめりこみました。


▼~▼内容にふれて雑感です。


1.エリック(←その日、解雇)


冒頭から、仕事の途中で、いきなり、解雇を言い渡されるエリック……orz
解雇される者と残る者が分けられる、残酷なオフィスの喧騒が虚しい……

家のローンもですが
今まで、勤め上げてきたものは、何だったのか……と、愕然してしまう……
それでも、エリックは、“重要事項“を伝えようとしますが
リストラ係は、非情にも、あとのことは居る人で考えるから、
すぐに出ていけと言う…
それでも尚、エリックが、“重要な”USBを、部下に託していったのは
不本意にも、業務半ばで去ってしまうことへの、責任感と良心でしょう。
会社のことを考えている人を、クビにする“合理化“とは、
なんと”不条理“なことか……

あとで、“危機”を知った会社は、今度は、脅迫するように
エリックを、連れ戻すんですよ。
勝手にしろッ!と思いますが、危機のしわ寄せは、上でなく社員に来ますからね…


2.社長   ←ジェレミー・アイアンズ


ジェレミー社長は、視覚的にも、雰囲気的にもOkです♪
が、この社長も、“物言い“したくなるキャラであります。

この危機についての説明を求める際にいう事がいい……
「数字はいいから、赤ん坊に話すように、説明してくれ」
数字はいいって……(―_―)!!

経営手腕というものは、必ずしも、数字を必要としない
ドンブリ勘定でいいのかどうかは、わかりかねますが
この期に及んで、数字で、損失を見なくてもいいの?
このトップにして、この危機あり?

その前にも、気づいた人が、上に進言していたようなんですが
上は、数字の意味がわからなかったのか、無視してきたらしい……
ホントに?
なんだか、大きなドロ舟に乗っていたことに、今頃、気づかされるような……orz


3.サム(←エリックの上司:ケヴィン・スペイシー)


部下のリストラ勧告中に、ペットの犬が死にそうで、苦悩しています。
ワンちゃんも大事ですが、心配はソコ??と思ってしまう……
けれど、このワンちゃんのことが、あとで効いてきます。

会社の危機回避のため、徹夜会議で決まったのは
サムの部下が、価値の乏しくなった商品を、価値がありそうに思わせて
売りまくること。(詐欺?)
危機回避と言っても、一時のこと。
部下たちも、リストラの運命線上にいる。

部下に、詐欺?の片棒を担がせたようなサムも
プライド的には、辞めてしまいたい……
けれど、「カネが要る」と言う現実の前には
首の皮一枚でも、つながっていたいという哀しさよ……


気になるのがラストシーン。(想像含む)

死んだワンちゃんを、サムが、庭(?)に埋めようとしています。
妻と思われる女性が家から出てきて、「もう、あなたの家じゃないのよ」
と言ったかと
「カネが要る」と言ったサムは、特に家庭的に、訳アリということだったか……


▼▼▼


自分は、自分の責任を果たしているつもりでも
全体が崩れたら、自分も潰されてしまう……

会社も、家庭も、ペット(?)も、大切なものが、
あるとき一瞬にして、夢の如く消えてしまうこともある,…….

気持ち的には、テンション下がりますが(゜_゜>)
魅力ある俳優陣で、テンポよい脚本で、興味深い作品でした。






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テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

映画『蜩ノ記(ひぐらしのき)』★こんな理不尽の中で人を生かすもの

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/162194/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


ある事件の真相を秘めたまま、十年後に切腹する覚悟を決め
藩の家譜をまとめる戸田と
戸田の最期の三年間、監視権助手を務めた、壇野。


これは、言い訳もせず、ただ覚悟に向かい、生と死に向き合って生きる
戸田の潔さにも魅了されますが、フィルム撮影の風情よく
心に響く作品でした。


▼~▼内容にふれて雑感です。


▼▼▼


1.ミステリーの部分


そもそも、何があって、戸田は切腹することになったのか…
「詮索は無用に願いたい」と、戸田は言いますが
壇野でなくても、気になるところ。

戸田は、ただ、端然と死を待つ男――というだけでなく
ものすごい“使命“を、背負わされた男の像として
真相に迫っていく、ミステリーの面白さがありました。

過去をさかのぼるとき、そこには“事実”と同じく
揺るぎない個人の“心情“が、あります。

それを、知らなければ知らないで、歯がゆいですが
知ったら知ったで、もっともどかしくなってしまう……



2.歴史は鑑(かがみ)?


戸田が死ぬまでに命じられた、家譜の編纂。
藩の歴史書だから、都合の良いことだけ、残したいもの……?

歴史の歪曲や捏造…
その時点では、真相を知る人がいても、ひとたび、文書化・記録化されると
それが、“事実“になってしまう……

歴史を映す曇りなき鑑(かがみ)とは、その真偽を見定める
冷静な良心が無ければならないかと……
(でっち上げたウソを、のぼせながら、吹聴すべきじゃないよと)

一方、事実を暴くことが、必ずしも、正しいと言い切れないのも
人間社会のイヤらしさでもある……

そのために、自らを悪者とし、ひとりで、責めを負う戸田は
守るべきもののためには、名誉と命に代えても、守るという…………
そんな家譜を記録する、戸田の胸中は、いかばかりか……

そんな記録・家譜とは何ぞや!
歴史とは、歴史は鑑(かがみ)とは、何ぞや!(>_<)


3.“理不尽”と“生きる支え”

わりと、自由や勝手が、謳歌できる昨今です。
それなりに、もちろん我慢も必要ですが
各位の思い通りの人生などほど遠かったんだな……と
再認識させられる、封建時代には、“理不尽”がそこらじゅうに…orz


藩の存続のため、一人で不名誉を背負った戸田だけでなく
壇野とて、納得しがたいトラブルの処分として、戸田のもとに来たわけで
農民らは、法外な年貢の取り立てや
身分制度による、理不尽な扱われ方で、命も落とす。

そんな理不尽な社会や時代のなかで
何が、人を生かし続けてきたのか……と思ってしまう……

けれど、その中で、“生きる支え”という語が、ありました。
苦境の中でも、縁(えにし)で結ばれた誰かを、縁(よすが)とする心が
自分を生かす――

あるいは、“義を見てせざるは勇なきなり”(by論語 )
理不尽な友の死に際し
友情の絆が、どうしても赦せない怒りを、正義に変えて、一矢を報いんとする――

そして、理不尽を承知の忠義を、自分の生きざまとし
「死ぬことを自分のものとする」という、孤高の誇り――

彼らは、理不尽を前にして、なんとなく生きてなどいない。
「一日一日を大切に生きる」
その言葉が、生きる気迫となって、ずっしりと、心に響く………………


▼▼▼


思えば、どの人も、限りある時間を生きているわけで
誰もが迎える“その日”まで (姑息なズルなどせず)
自分に恥じない生き方をしないといかんな……と、襟を正される想いがしますね。


壇野が、ひとり見せる刀さばきも、移りゆく刹那の時を煌めかせ
美しい。






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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『黒部の太陽』★男たちの熱意もろもろが貫かれたトンネル

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/23584/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


映画『猿の惑星 新世紀』で、電力確保のために、
http://blogs.yahoo.co.jp/yutake2415/41724127.html
“水力発電”を、復活させようというのがありました。
水力発電の確保――と言えば、黒部ダムでしょう。

黒部ダムオフィシャルサイト→コチラ


『黒部の太陽』は、黒四ダム建設での“トンネル工事”を、主に扱った作品です。
今さらですが、これは、大変な工事でしたね――と
一言では済ませられない想いの詰まった、必見の一作でした。


建設事務所次長・北川:三船敏郎
熊谷組・岩岡:石原裕次郎



熊谷組さんと黒四ダムのこと→コチラ
岩岡のモデル(笹島建設さん)と黒四ダムのこと→コチラ


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


1.映画のはじまりも大変(>_<)


黒四ダムを造る――というのも大事業ですが
これを映画にするまでも、大変だったらしいです。

三船敏郎さん、石原裕次郎さん、そして宇野重吉さん(息子:寺尾聡さんも)らの
熱意の結集ということも、見逃せない話です。→コチラ


このキャストで、もう、観たい!と思わせてくれますが
その期待に、十分、応えてくれていますね。


2.トンネルを掘る<<貫く

ダムを造る――と言っても、どこから?と思ってしまうのですが^^;
まずは、重機を運べる通路がないと、始まりません。
ということで、トンネルを掘る作業が、メインとなっています。

しかし、そこには、“破砕帯“と呼ばれる軟弱な部分があり、
崩れやすく、水が漏れてきてしまう部分がありました。
そことの格闘が、見どころです。

水を抜くほかの通路も、いくつも掘ってみるのですが
あっちも崩れ、こっちも水が襲い(>_<)……と言う感じで
工事は難航。進まず、ドン詰まった感じが……orz



3.現場の下請けさん

この工事は、いくつもの下請けさんが請け負っています。

石原裕次郎さん演じる岩岡は(←親父さんの後釜)
大卒で、親父さんからは、理詰めの図面屋などと
揶揄されています。
経験頼みのたたき上げである親父さんとは、兄のことで
確執がある岩岡ですが、現場を、引っ張っていきます。

けれど、やはり、現場は過酷です。
労働安全週間にも、事故は起こる。(労災ゼロどころでない犠牲が…)
あまりの危険に、リタイア者も続出。
人数が減れば、残った者に、過重労働が……orz


4.リーダーの北川の立場

トンネル掘りが難航し、人員も減るなか
北川は、鬼軍曹のようなハッパをかけますが
現場・下請けだけ叩いても、やはりムリ……

上にかけあいますが、そこで
「ガンと同じで、ムリなものはムリだし…」みたいなことを言われてしまう…

実は、北川の娘(次女)が、白血病になっていました。
ここで、“ガンみたいにムリ“などという例えをされるとは…orz
しかし、男:北川は、そう言われたからこそ
闘病する娘のためにも、ムリなことは無い!との決意も新たに
挑んでいったように思います。……上も説得しつつですね。


▼▼▼


結果は、事実どおり、トンネルが貫通します。
これは、トンネルが通じた、というより
関係各位の熱意と意地と根性と…
その他もろもろが通じた!というかんじでしょうか…

そして、喜びにひたる北川に、ある知らせが……orz

そして、成功の喜びの陰に、171人の犠牲者がいたということも
忘れてはならないことです。
犠牲者を出さない決意の北川でしたが、リスクは、想定外のところにもあり
本当に、残念でいたましいことです………

ダム工事の話――とだけ思っていた自分が恥ずかしい……
裕次郎さんは、大画面の上映にこだわったといいますが
DVD・ブルーレイでも、どんどん鑑賞OKだと思います。

北陸新幹線が開通したら、黒部ダムを訪れたいと思っています。

ラストシーンは
すぐに通り抜けられるバスを降りて、
トンネルの中を歩く北川の姿が、誇らしく、雄々しい。






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