映画『アメリカン・スナイパー』★戦場に放り込まれた臨場感で知る彼の現実

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/166568/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


イラク戦争に従軍した、米軍の最強スナイパー:クリス・カイルさんの
自伝がもとになっているそうです。

予告編から、衝撃的でした。
クリスの銃の先には、イラクの子供。
武器を手にした子供には、それを使わないでくれ!と願い(クリスも私も)
武器に近づく子供には、それを拾わないでくれ!と願う……(同)


クリスたちと一緒に、従軍しているような臨場感は
その“現実”に放り込まれたような、興奮のカメラワークで
サラウンドな緊迫感に包まれつつ
クリスたちが、どう感じ、迷い、判断したのか?――を
垣間見させてくれたように思います。
(観て、感じ取ってくださいませ)


▼~▼ 内容よりも雑感です。

▼▼▼



1.イラクでのこと

クリスが子供に照準を当てる―――というのも、衝撃ですが
そういう状況が、作り出されていることが問題です。

そもそも、イラクの“市民“は、兵士ではない人たち。
武器をとることで、市民ではなくなる……?(ゲリラ戦?)
クリスらは、兵士ではない市民に、銃を向けている現実。
それとて、心にかかることだと思うのですが
武器を手にした相手に、悩む間などないので、
攻撃してくるものは、“排除“の対象になることに変わりません。

驚かされたのは、イラク人同士のこと。
アメリカ兵と会話したことを咎められ、
“仲間内”に、殺されてしまった親子がいました。
殺し方も、ドリルを手にした残忍な方法..です。
同じ国民同士なのに……
守るモノが、クリスたちとは異なるのだ、と認識します。

クリスは、9.11のあと
祖国や家族・仲間を守るため、“敵“に立ち向かう正義を、信念として
イラクに赴いていました。
紛争の混乱の中、自分を生かす強さをくれるものは、まず
信念なのでしょう。


2.帰国してから


たとえば、と言ってはなんですが
仕事でも、深刻な事態があると、自宅に帰ってもどこに居ても
そのことが頭から離れない、ということがありますよね。

クリスは、尚更。その“戦地版“と申しましょうか。
正当な理由が心にあっても、人を殺すことの重みは、はかりしれませんよね…

(『ロード・オブ・ザ・リング』の結末と重ねますが、
自分が生きるか死ぬかの想いをして守った!と思っても、
それと関係なく生きている人々とのギャップが、埋められない……
というのは、わかる気がします。)

それと、妻のこと。
夫の負担があるなら分かち合いたい、と言う思いやりは、よ~~くわかります。
けれど、負担の大きいことほど、分かち合う(理解・共有)のは難しいかも……
それを経験した人でなければ、本当にわかってもらえないのではないかと……

だから、バーで、心の準備をしてから帰宅しようとするクリスには
従軍が、どれだけの重荷を残したものかが、ひしひし伝わる。

そんなクリスだから、自分と同じ経験と苦悩を知る者の力になろうとする。
それは、自分自身にも、救いになっていたのかもしれないナ……
なのに……orz

要反転→→力になろうとした青年と出かけたクリスは、その日、彼に殺されてしまった……



3、オリンピックのメダリスト

イラク側のスナイパーも、すごい人でした。
オリンピックのメダリストだと言う。(シリアから出場)

平和の祭典:オリンピックでは、その射撃の腕は讃えられました。
表彰式の録画映像は、栄光の姿を映しています。

しかし、戦地では、精巧な殺人兵器ともいうべき姿。
彼とて、クリスとは違う“理由”で、“仕事“をしているわけですが
“栄光のオリンピック”が、ひとしお切ない……(いい演出ですね)


▼▼▼


政治・宗教・民族etc.を越えた世界平和を、心から願いつつ
きびしい現実には、(願うだけでなく)賢明な対応が求められます。

クリスが、その敵を1人、撃ったおかげで
何人もの仲間の命が、守られたこともあれば
すぐ隣にいた仲間が撃たれて、反撃したこともあった。
あるいは、自分も、撃たれていたかもしれない―――

イラクへ従軍した――ということが、どういうことなのか?
スナイパーとして、家族として、人間としての
クリスを通して、思い知らされました。

命の危険にさらされ、苦悩しながら
キレイ事では済まないことに、携わる人がいるおかげで
他の人の安全や平和が守られている――ということには
感謝や敬意、慰労の気持ちを感じます。
(汚れ仕事をしてくれる人がいるから、他の人がキレイでいられる)


ラストシーンにも、製作者の敬意を感じます。





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映画『きっと、星のせいじゃない』★“愛”言葉は“OK!”その先もずっと…

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/166498/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


ガン患者の会で出逢った、10代の男女(ヘイゼル&ガス)の物語ですが
いわゆる病気モノではなく、青春ラブストーリーというのに惹かれて
鑑賞しました。


二人は、ヘイゼルの愛読書の作家を訪ねるべく、アムステルダムに
行くことになります。
(ウィレム・デフォー演じる作家が、かなりのクセモノ(―_―)!!)


作品の印象は、
病気の女の子ヘイゼルが、どうなってしまうのかを看取るようなものでなく、
むしろ、残された者に向けられた視線を、感じるものでした。


▼~▼ 以下、内容にふれて雑感です。


日本では、2人に1人がガンになるというので
ガンは、他人事ではありません。
ある日、突然、病名がわかることも、昨日と違う自分に逢ったよう……

しかし、“完治“すれば、また同じように生きることができる――
けれど、まったく同じではないのは、必ずしも、完治は保障されていないこと。
いつか、再発するかもしれない不安はある。(←骨肉腫で片足切断したガス)

あるいは、もうダメかと思ったけれど、一命をとりとめて
低空飛行の安定が、続いていることもある。(←甲状腺がんのヘイゼル)

死を、身近に感じてしまうことは否めません……
そこで、繰り返し出て来るのが、“無限”と“永遠“ということ。
(ガスの友人は、恋人と“ずっと”を唱えながらキスの嵐…^^;)

ガスは、死後、自分の存在が“忘却”されることを恐れていました。
かつ、広く世間に名を残したいとも。
それは、多分、命を失いたくない強い想いなのだと思われますが
そんなガスに、ヘイゼルは、“無限”について語ります。
それは、ヘイゼルの愛読書からの言葉です。

……と言っても、単に、人の魂は死しても不滅だ――
などと言うのではありませんよ。
その“無限”ですら、長い短いのあるもの……
(詳細は、劇中のヘイゼルの言葉で確かめて下さいネ)

ヘイゼルの愛読書は、病気の女の子が亡くなってしまうものの
終わり方が唐突らしいのです。
ヘイゼルは、“その先“を知りたがっていました。
それは、自分に重ねたようで
死後、残された家族への“気がかり“でもあったようなのです。

物語の先は、読者(ヘイゼル)の良いように、想像したらいいと思うのですけどね……
しかし、自分の死後、残された両親のことを思うと
客観的に、確かに納得できる“未来“を見せて欲しかったのでしょうね、ヘイゼルは。
自分の死後は、自分にはわからないのだから……
(ヘイゼルいわく、葬儀は、死者のためでなく、残された者のためにあるとも。)

その先を教えて!と言っても、作家が答えるはずもないのですが
ガスが、メールしてくれたり、メイク・ア・ウィッシュを使ってくれたりして
作家に逢いに、いざ、アムステルダムへ!\(^o^)/
(アムステルダムの街並もステキです♪)


しかし、作家は、歓迎どころか、飲んだくれてイヤな感じ。(―_―)!!
病気だからって、何でも思い通りになると思うな!などとも言うのですよ!

秘書が、お詫びにと案内してくれたのは、アンネ・フランクの家。
階段をいくつも上りながら、必死に今を生きようとしたアンネの生きざまにふれる二人。


物語の先――というのは
作家には、自分の娘の死後の時間のことだったのか?
唐突に終わった――というのは、作家自身の心の時間が止まったからなのか?

“無限“や”永遠”は、それが底のない哀しみであれば、残酷すぎる――
忘れないでほしい――と去る者が願うとき、残された者は
“忘れない物語“を、どう続けながら、命の旅を続けていけばよいのだろう…………

“その先”とは、死を予感するヘイゼルのためのもの――と思い込んでいるのですが
死は、誰にでも起こること――と思い知らされるのです……

要反転↓

あとになって、ヘイゼルのために、ガスが
遺書のように、“その先“を創作してくれていたことを知ります。


▼▼▼


避けられない“死“について想う時は
禅問答のように、“無限“?に、悩ましいドツボにはまってしまいそうですが
死後のことよりも、今、ささいなことでも幸せだ!と感じていたいです、私も。
その輝く時間こそが、永遠のもの――


ラストシーンの、ヘイゼルの笑顔のアップがイイ☆
彼らの“愛“ことばは、”Okey“。
その安らかな響きに、すごく愛を感じるんだな……
ずっと、ここ(心)にあると信じられるんだな……





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映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』★初恋の相手は色んな意味で特別な人

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/166064/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


初恋の相手というのは、色んな意味で特別な人☆ですが
女学生アナが、初めて恋した青年実業家のグレイ。
彼は、人を愛せない――と言い
“特別な嗜好“の持ち主だった……


~~女性の作家*脚本家*監督による、女性のためのラブ・ストーリー~~
というので、見てみました。
(女性だけで集まって、ワイワイ&コソコソやる、独特の雰囲気がありそう^^;)

今回は、序章(次もある)なので
▼~▼ 以下、とりあえず雑感です。

▼▼▼


初めて恋する乙女:アナと
人を愛せない、イケメン青年実業家:グレイ。
言い変えると
降ったばかりの新雪のような、純白の乙女と
支配欲の強い男。

↑この設定で、キケンな感じです(>_<)

ベストセラーという事ですが、ファンの女性たちは
何が起こるか(何をされるか(>_<))ドキドキしながら
指のすき間から、覗き見る感覚だったのでしょうか。


大きな声では言えませんが(汗)
女性たちも、“安全な範囲内”で、昼のメロドラマのようなコトに
関心が無いわけでないのでしょう……(←人ごとっぽく^^;)


ロープだの結束バンドだのを、まとめ買いしたグレイには
ヘンタ〇の予測と警戒をさせつつ…(―_―)
“安全な”男であることを、担保しているのがいい。
(そうでないと、ホラーになってしまいそう…(>_<))


グレイの悪シュミ、いえ、特別な嗜好は、あくまでも
彼の屈折した“心の闇“の体現。
倒錯的であっても、寸止めを越えないのが、―女性のため-です(*^_^*)


イケメンでお金持ちなのに(←プライベートジェット&ヘリでお迎え♪)
そんな嗜好があるのは残念……orz
と言っては、打算的ですが
グレイを好きになったアナは、離れたくない。
つきあう=契約する、という体裁をとるグレイに対して
“お試し“期間を、引っ張りながら、様子をうかがうアナ。
(素直に、懐に飛び込めない相手なの……orz)


“新雪”に足を踏み入れた男性が、つぼみを開かせるように
新たな道を、女性に指し示す――ということですが
それは、男女双方ともに、そうなることで“愛“を感じ合える?ということも
あるのかも……(←経験不足なもので…^^;)


……でも、プライベートな“嗜好“を見るのは、目のやり場に困る……(汗)
氷が、肌を這うのを見るのは、映画『ナインハーフ』以来かな……
http://cinema.pia.co.jp/title/131704/

思えば、『ナインハーフ』のミッキー・ロークは、モテモテでした。
私は、ウブで、“『ナインハーフ』のミッキー・ローク”は対応不可(>_<)でしたが
あれだけ、モテモテだったということは、女性たちは
相手役のキム・ベイシンガーに自らを重ねていたのかもしれません……よね…(滴)


そう思うと、この原作の女性ファンの心理も、頷けなくはない…
(それ以上は言えない^^;)


▼▼▼


一話完結で済まないほど、グレイの“心の闇の根“は深いということでしょうか。
(“フィフティ・シェイズ“ですもんね)
付き合うのに、契約書を交わすって……汗


このグレイ氏には、過去に、具体的に何があったのか?に興味を持ちつつ
最後には、アナと、心から愛し合える男になってくれるのか?に期待しつつ
続編を待ちましょう。




ショパン前奏曲第4番ホ短調
http://blogs.yahoo.co.jp/yutake2415/42000799.html









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映画『フォックスキャッチャー』★金持ち坊ちゃんの“支援”から“支配“の果て

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/166624/
あらすじ・配役はこちらを参照ください。


レスリングの金メダリストが、後援の富豪に殺された実話――
というのが辛くて躊躇しましたが、
スティーヴ・カレルの演技が好評なのと、チラシ中央の“上から目線“が気になって
鑑賞しました。


作品の印象は、スポーツの後援をしてくれた富豪が
純粋にイイ人(篤志家)というわけでなく
屈折した人間性の嫌らしさが、徐々に露わになり
ついに、ヒドイものを見た!(>_<)と言う印象です……
……ですが、そのあたりに、思うところある作品です。


▼~▼ 内容にふれて雑感です。


1.スポーツ選手の実情

まずは、レスリングの金メダリストの兄弟:マーク(弟)とデイヴ(兄)。
金メダリストであっても、その後、経済的に恵まれるとは限りません。

マークは、富豪ジョン・デュポン氏の信念に共感し(←そのときはそれなりにイイ人)
彼の援助を受けるべく、彼の自宅“フォックスキャッチャー“で
共同の選手生活を送ることにします。

持てる者が、金銭的援助をする――
そこまでは、ありがたいことではあったのです。


2.ジョンと母

始めはイイ人だと思っても、段々、その人となりがわかってくると
純粋にイイ人――というのは、少ない(いない?)のかもしれません……

実は、ジョンの母は、馬術をこよなく愛し、
ジョンの好むレスリングを嫌っていましたが
ジョンは、母にレスリングのことを、認めてもらいたかったようです。

その方法が、レスリング選手への“援助”と言う形で
“指導者”になることでした。(不純な動機を感じてしまう)


3.チームメイトか“支配者“か

この富豪ジョンは、子供の頃から、親友と呼べる人がいなかったようです。
(親友と思っていたのに、母から雇われた子だった…orz)

お金のある人は、お金が邪魔して、孤独になってしまうのかも……
けれど、逆に、お金でチームを作れば
とりあえず、“チームメイト”になれるわけですよ。

ジョンは、始めは、レスリング好きの仲間が欲しかったのかなと思う。
ソウルオリンピックを目標に一緒にがんばるのは、選手のためにもなり
感謝もされる。


けれど、富豪であるジョンには、“支配者グセ“がついていたと思うのです。
(ジョンの試合は勝って当然なので、部下が、ジョンにも秘密で八百長を仕組む)

コーチとして、指導者ヅラ(失礼!)……いえ
“支配者”として、振る舞うことになるのです。

冒頭、キツネ狩りと思われる、乗馬に乗った狩人と猟犬たちが映りますが
ジョンにとって、集めた選手は猟犬のよう……(選手たちに失礼!)
金メダルというキツネを捕りに行かせるのです………(まさにフォックスキャッチャー!)

だから、始めは、レスリングへの良き理解者のようなジョンも
支配者としての顔が強まると、暴君になっていったよう…(>_<)

選手たちに向かって、手を打って“指導“するジョン。
パンパンッと響く音が、独り芝居のようで、虚しく聞こえてくる………


4.兄と弟

さて、このジョンの“人となり”を炙り出していくのが、マーク&デイヴの兄弟。

マークことチャニング・テイタム☆←素朴なイケメン肉体派☆
彼を通して、試合の向こう側の様子が、よくわかりました。

兄デイヴから独立したいと思ったこともあったようですが
デイヴが、“フォックスキャッチャー“の事実上のコーチに来てくれて
強くサポートしてくれるシーンは、とても良かったのですが
そのとき、すでに、ジョンとの関係が危うかったのが、ハラハラ……


5.スティーヴ・カレル ←ジョン


殺人事件を起こしたジョンは、統合失調症の病名がついたらしいですが
作品では、富豪の“わがまま思い込み“のような印象でした。

個人的見解ですが…

殿さま気質の方は、自分の思ったように周りが動かないと、ご機嫌が悪くなり
何をしでかすかわからないので(滝汗)
“御乱心“しないように、なだめてないとダメなんです。(>_<)
しかも、自然に振る舞わないと。嫌々ムードを悟られないように…(―_―)!!

この、スティーヴ・カレルさんは、コメディ畑出身だそうですが
それが、良かったかもしれません。
始めは、穏やかでイイ人っぽいので、油断するんです。^^;

いくら、ご機嫌ナナメでも、一線は越えないだろう……と思わせつつ
段々、雰囲気とのギャップで、予測つかない感じになり
予測つかない人間というのは、始めからコワモテの人より怖いです……


▼▼▼


金メダリストはなぜ殺されたのか――と言うキャッチコピーでしたが
メダリストを含むスポーツ選手の実情が背景となった、悲劇でした。


スポンサー頼みだと、スポンサーのご機嫌をうかがうこともありますが(汗)
カネの力をちらつかせては、一般に、いい関係は築けませんよね……
(困った坊ちゃんだ……)


作品は、事件の悲劇を残しますが、悲劇とともに、あらためて
被害者メダリストの功績も残ることを願います。


東京オリンピックの開催が決まり、子供たちのスポーツ振興には良い傾向だ
と言われる方もいます。
そのときだけでなく、
安定したサポートが、必要なところにいくと良いのですが……(*^_^*)




関連:『Fame』★David Bowie




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映画『悼む人』★他者への悼みがそれぞれの愛に変わるような


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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/165101/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

映画レビュー(ネタバレ表示)→コチラ



↓以下はコチラと同じですが、要反転あります。


見ず知らずの人の死を悼む――
奇なるも
静人(=高良健吾さん)の清々しい姿から始まる。
ワケあり青年の、巡礼の旅物語と思いきや
それは入口。

他人を悼むのはオカシイと言いながら
静人についてくる、夫殺しの女と
夫の霊?と、静人の3人旅は
ほかの人のエピソードも交え
生と死、愛と哀しみ、そして受容あるいは赦し…etc.
複雑にからんで、見逃せない面白さと
心のやり場に迷いながら、見入りました。


▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


1.夫殺しの女(or殺させた夫)

この夫婦にあるのは―愛と死と永遠―(なんとも耽美です…)
あなたの中に、真に永遠に入り込むには、死しかないと言う――
(夫=井浦新さんの、哲学的でクールなのに熱い雰囲気が絶妙☆)

人は(少なくとも私は)
揺るぎない永遠の愛を求めたいものだと思う。
そして、愛しても愛しきれない想いの底で
苦しみ、もがいてしまうもの――

生前、濃厚に愛し合う彼らですが
妻は、溢れるほどの十分な愛を感じたとしても
夫は、満たされていない……(←厭世的)

かくして、「愛しているなら俺を殺せ」という
恐らく、“愛“でしか理解できない言葉が発せられ
むりやり妻に殺させた夫は、この世を彷徨うことになり
殺すことになった妻も、苦悩に陥る……orz

そこで思うのは、
静人さん、このような他人の死を悼みきれるものなのですか?と。
自己満足なのではないのですか?と。
…………私への答えは、ラストにありました。(4)


2.イジメ殺された少年の母

これは“悼む人”の真骨頂かもしれない。
静人の“悼む”とは、供養とは別に、生前に想いを寄せること。
イジメ殺された少年について、その母から話を聞く静人。

どんなに息子を案じて、大切に思っていたか
そして、失った悲しみが、どれほどのものか………

母=麻生祐未さんの悲痛な叫びは
そのまま、息子への愛情として心に突き刺さり、涙が出る。

そんな、親が、悼んでも悼み切れない哀しみだからこそ
他人である静人が、余りある哀しみを“悼み分け”することに
意味があるのかも…….
慟哭のエピソードでした。


3.ライター薪野と、静人の母

静人に興味を持ち、静人の母のもとへ、取材に来る薪野。
(始め、薪野は、興味本位っぽく、軽いんだナ…)
迷惑に思う母は、ガンの末期。体もしんどい。
静人には、他人の死を悼む前に、実母をもっと案じたほうがいいと思ってしまう。

そんな薪野は、買春がらみで、ボコられて
失明・生き埋めにされるが、一命を取りとめる。

一度、死の淵に立った薪野が、再び、静人の母を訪ねたとき
その佇まいは、軽くない。
お互いの、命のともし火を、大切に見つめるよう……

薪野と静人は、同時に存在しませんが
薪野と母を見ていると
静人の“悼む“という行為は、死の淵に立ってみることなのか――
と思えてくる。

そして、幻のような静人を、母が見るとき
母の心の中にある、今治の海の風景も、広がっていく――
いとおしい命たちが、大きな包容に、包まれていくように……………….


4.“悼む人”↓↓(ネタバレ?)  要反転


やがて、夫殺しの妻が、静人のように、夫を“悼む人“となる。
(ナルホド、悼みたい人は静人だけではないですもんね)
心からの想い(愛)が、永遠になっていくようで
その境地にたどり着いたとき、死者にも生者にも
愛という救いが見えるのか……




▼▼▼


静人の個人的な“哀しみ“が、他人を通して普遍的な“祈り“となり
やがてまた、
それぞれの大切な人への“想い(愛)”に、凝縮されていくようでした。


見るたびに印象が変わる――とは、石田ゆり子さん。
複雑で重い内容ですが、救われる作品でした。
それぞれの想いに、届くものがあると思います。








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テーマ : 邦画
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映画『ストックホルムでワルツを』★知る人ぞ知るジャズ『モニカのワルツ』♪

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/165946/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

スウェーデンのジャズ・シンガー:モニカ・ゼタールンドの実話です。
と言っても、存じ上げませず
新鮮な気持ちで鑑賞しました。

ウイキ→こちら

動画あれば→コチラ


“スウェーデンのジャズ・シンガー“ということですが
やはり、本場のアメリカで成功することを夢見ていました――

冒頭から、主演のエッダ・マグナソンの歌唱力に引き込まれました
美女です(^_-)-☆)

▼~▼ 内容にふれて雑感です。

▼▼▼


1.母国語で歌う♪

ジャズ・シンガーなら、アメリカでの成功を目標とするところ。
しかし、エラ・フィッツジェラルドに言われます。
形だけ真似てもダメだと……

心に響いてこそ歌手冥利――ですもんね。
モニカは、母国語で歌うことにしました。
自分のジャズ、自分の歌にしたのが良かった。
母国の人々にも聞きやすいし、心にも響きます。
モニカはスターになっていきます。


2、シングルマザーとして


娘を、両親にみてもらいながらの歌手生活。
娘を第一に思うけれど、始めたキャリア(歌手)も
途中で降りるわけにはいかない…
仕事を持つ母は、どうしても、板挟みになりますよね………

男をたぶらかし(汗)もしますが
女として淋しいというよりも、恋に落ちたというよりも
娘のため、“家庭“を築きたいと思うモニカ。


けれど、仕事と家庭の両立はむずかしい……orz
自分に合わせてほしくても
ダンナ様には、ダンナ様の事情がある。

多忙でも、干されても、ストレスになる仕事。
お酒とタバコが、いつもそばにあるモニカ。
トイレで寝ている母を見つけた娘が、しのびない……



3.『モニカのワルツ』

しかし、このまま下り坂の悲劇の歌姫ではなかったモニカ。

主演のエッダが、聞かせて見せるミュージカルのシーン♪
これはスゴイ♪
エンタメ度大↑↑↑

そして
自ら、アプローチしてもぎ取った、ビル・エバンスとの共演!!!

↑コレは、最ッ高!にうれしかったのではないでしょうか!


音楽をやっていた父は、娘を思えばこそ
歌手活動をセーブするように、勧めていましたが
さすがに、ビル・・エバンスと共演したモニカには
感無量でしょう…………….


『Waltz for Debby』
(スウェーデン語では『モニカのワルツ』)
共演で歌う、この曲がとても優しくて
心に、心地よい風が吹いてくるようです♪



▼▼▼


いろいろありましたが、作品は、モニカの輝きを残して終わります。


ジャズを母国語で歌ったモニカ。(なるほどナ~という想いです)


見た目も、モニカそっくりのエッダ・マグナソンの歌唱力で
ジャズを楽しむのも、良いですよ♪





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テーマ : 洋画
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映画『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』★事件よりもジョニー臭はプンプン^^;

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/165411/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


モルデカイ卿は、イギリス貴族。
怪しいアート・ディーラー(詐欺?)をしてきましたが
いよいよ、破産寸前(>_<)
そんな折、
絵画修復士の老女が殺され、ゴヤの幻の名画と関わっていたことがわかります。
絵画関係でヤミがらみ――とくれば、
モルデカイ卿にさぐらせようと、MI5から依頼されます――


大好きなジョニー・デップの新キャラです!


殺人事件にチョビ髭さん♪というと
名探偵ポアロさんみたいですが
これは、犯人捜しモノではありません。(しいていえば名画捜し?)
そんなストーリーも、そこそこのアクション、コメディetc.も
それらは、モルデカイ卿の人となりを見せるための台座のよう。


(序盤の、モルデカイ夫妻の会話が、
なんだかモタついているように思っても(汗)
それも、モルデカイ卿のキャラ紹介なのでしょう…)

コープ監督の『シークレット・ウインドウ』のとき
サスペンス・ストーリーよりもジョニーの演技力を見せる作品だと感じましたが
今回も、名画がどうなったかよりも
セリフや表情、仕草で、ジョニー臭はプンプン……


▼~▼ 内容にふれて雑感です。(ネタバレなし)


▼▼▼


1.使用人ジョック:ポール・ベタニ―←イチ押し☆


モルデカイ卿の使用人:ジョックです。
彼は、ボディガードなのですが
その不死身の奉公ぶりよ!

何度か誤射されてしまい、ドキッと心配させられますが
彼は、強靭です。(*^_^*)

↑彼の“受難“のシーンは、本来、笑えるものではありませんが(>_<)
そんな不屈・不死身のジョックには、頼もしさを覚え
クスっと、笑ってしまいました……

受難を悲劇にしないで、(ブラックにも)笑いに変えるのは
勇気のいることかもしれませんが、このジョックには
魅力を感じました☆


2.MI5警部補:ユアン・マクレガー


この警部補は、モルデカイ卿の大学同窓生で
モルデカイ卿の妻を、慕っています。
なので、今回の事件で、夫人とは何度か二人きりで逢うような状況も…。

夫人と、なるべく二人きりになりたい警部補は
外国に行っていたモルデカイ卿が、帰って来ないようにと
ほかに用事を作って、空港からほかの便に乗せてしまうのは
個人的にはツボ^^;

奥さんも奥さんで、「ふつうの話が出来る人がいいわ」みたいなことを
警部補に言うもんですから……^^;



3.下ネタに注意(―_―)!!


そこここの下ネタには、ご注意くださいませ。

特に、夫人が訪れた、某貴族のおジイ様。
殺された絵画修復士の老女の愛人――ということでも、色気のある話なんですが^^;
夫人をトイレに誘うのですよ……(―_―)!!
貴族といえども、人間だもの、生モノか…….(>_<)
ボケたのか、あるいは、ボケたふりなのか……

……と思っていると、それがただの下ネタではなかったんですよ(^_-)-☆


▼▼▼


“秘密”を持つ名画を追いながら
変な人にも追われるドタバタ。
そこに、絡んでくるモルデカイ夫妻の事情。


好みはそれぞれですが、私はついていきます(*^_^*))
また見てもいい(^_-)-☆




……………….もらいゲ○は勘弁して(―_―)!!





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テーマ : 洋画
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映画『大菩薩峠』★雷蔵サマの机竜之介~人の命を奪う者への必罰

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主演:市川雷蔵☆

作品について(全三部)
↓あらすじ・配役はこちらを参照ください。

1:大菩薩峠〈1960〉   
2:大菩薩峠 竜神の巻     
3:大菩薩峠〈1961〉   


先に見た片岡知恵蔵サマのが
見るのが辛くなるほど強烈でした。その分
ラストで仏に逢ったような、救済的で衝撃的な感動がありました……

そんな筋書きを知っても、やはり、雷蔵サマの机竜之介を拝みたく
鑑賞した作品です。
一言で言えば、もうわかっているからか、見るのが辛くなりはせず
あくまでも、雷蔵サマの竜之介を堪能する♪という感じで
これはこれでOK☆


▼~▼ 内容よりも雑感です。

▼▼▼


残虐非道で、剣の道の風上にもおけない男がかまえるのは、“音無しの構え”。
音も無いが、人の心こそ無いような…….
そんな男だから、恨まれ、仇として追われる。


しかし、悪の化身のような竜之介を、ただ、恐怖と恨みの対象にしていないのが
この作品の魅力なんでしょうなぁ……
殺気立った男に、女が惹かれてしまうのも、
男運のない女の性(さが)なのでしょうか……orz
(それが、雷蔵サマだから、納得してしまうんです)


雷蔵サマの竜之介が、崖から落ちたとしても
白い着物は、汚れることもなく
髪は、乱れることもない。
乱れるのは、中村玉緒さん演じた女性の(←ひとり三役のそっくりさん!)
女ごころ☆       罪な男なんですヮ


あらすじ→コチラ





さて、冒頭は、大菩薩峠で、孫娘を連れたお爺さんが
竜之介に、理由なく切り殺されます。


物語の始まり――と割り切ってみれば
“理不尽“の極みで始まるこの物語は、人間の罪深き業(ごう)と
どこにもたどり着けない“彷徨い”のようです…….


けれど、いわれなく切り殺されるなど、あっていいはずはなく
昔から今なお続く、理不尽な命の扱いには
哀しくも憤りを感じる、今日この頃です………
人を殺してみたかったとか
誰でも良かったとか……


竜之介は、「斬りたいから斬る」などと言いました。
そして、そんな竜之介の憎いところは
己の業の深さを、感じていること。
悪いと知っているのに、自分に殺されるのがその人の運命だ――などと思うこと。


運命ならば仕方ないと、思わせようったって
そうは、いかんぜよ!!!(一般論です)
原作は、未完でも、映画は一応、天罰?のようなものを
竜之介に下します。


雷蔵サマには、どこか、底の深い哀しさがあるので
末路を迎える竜之介には、悪い男といっても、憐れっぽさが残ります……


▼▼▼


なぜ、今さら、大菩薩峠をネタにしたかと言うと――
小学生が刺されて亡くなるという事件がありました。
とても赦せるものではありません。怒りと哀しみの気持ちでいっぱいです。
理不尽に刃物で殺されるなんて、フィクションで十分です。


不条理に人の命を奪う者には
きっと、それなりの罰が下るもの――
この作品の結末も、そう教訓していると、再認識したい気持ちなのです。合掌。







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テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

映画『ジョーカー・ゲーム』★任務も面白さも“伏兵”で成り立つのかも

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/164470/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。


予告の、亀梨さんのスパイっぷりに惹かれたので鑑賞しました。
第二次大戦前夜の日本――と言う想定ですが、フィクションです。

ドイツが開発した“新兵器”の図面情報(=ブラックノート)が
某アジアの駐米大使に渡ったらしい。
元軍人で、D機関(諜報部)で訓練された嘉藤(亀梨さん)は
ブラックノートを奪う任務を追う――

↑あらすじは簡単ですが^^;
嘉藤が、スパイになるいきさつや、スバイ訓練の過程。
ブラックノートを捜すまでに、バレナイのかというハラハラ
バレてからの(―_―)!!ドキドキ……
そして
悪い意味でもイイ意味でも居る、“伏兵”の存在……etc.etc.


亀梨さんのキレのある、カッコいいスパイを堪能しました☆
そして、ジョーカー・ゲームは、
誰がジョーカーかわからないのもミソ…(オット!)


▼~▼ その他内容よりも雑感です。

▼▼▼


1.情報を制する者は


先の大戦での日本の敗因は、種々あると思いますが
情報戦に敗れた――とも言われますよね。
情報を制するものは戦いを制する――
(いや、情報でもなんでも駆使して、戦わずして勝つ道を探ってほしい)


結城が率いる“D組織“が、スパイ活動しますが
軍は、そんな姑息なことは、武士道に反するなどと言って
むしろ、D組織によるブラックノートの奪取を邪魔までする……(―_―)!!

↑フィクションだから、内輪の足の引っ張り合いもあり?と思いつつ
当時には、当時なりの理屈もあったとしたら
そんな“内輪もめ“も無くはないかも……


(現在とて、それぞれの言い分は、お互いの揚げ足とりになって
日本の方向性は、一直線でもありませんよね……(汗))
政治的言及は避けますが、残る武器が、竹やりと大和魂しかなくなるようでは
勝てません……(>_<))


2.結城(=伊勢谷友介さん)


以前から、私の伊勢谷さんのイメージは、将校の軍服姿がキマル人。
今回は、D組織のリーダーということではありますが
将校でもあるので、終始、軍服着用でバッチリ☆
立ち姿だけで絵になりますね。



3.リン(=深田恭子さん♪)


深田さんは、助けてあげなきゃ、と思わせるキャラで登場。
ヒーロー・王子様(亀梨さん)は、戦うだけでなく、
お姫様も助けないといけません。


↓要反転



ジョーカーの一人でした^^;
深田さんを、ただ、か弱い女性にしてはもったいないですもん。
ハニートラップでしょ!


亀梨さんと、シーツにくるまった(キャ!)、ある種のラブシーン。
クルクル回転する二人の激しい動きに、引き寄せられます。
ドキドキしてしまいますが(汗)
コレで、終わるはずないゾという、リンの手のひら返し(>_<)


けれど、それだけでも終わらない。
亀梨さんピンチ!(>_<)のときには、援助してくれる(*^_^*)
そんなアメとムチに
峰不二子をチラッと感じるのは、私だけではないのでしょう^^;



▼▼▼


そもそも、病気の仲間兵士をかばう優しさから始まる、嘉藤の転身。
そんな“優しさ”が命取りになるぞ、とも言われますが
D組織の主義(理想)は――自他ともに殺さない―
(とはいえ、死者は出てしまう現実よ……)


残虐非道でなく、駆け引きやアクション、スリルや意外性が楽しめて良かったです。


ジョーカーと言いますが
ゲームの最後で、味方していた“副官”がわかる感じは
トランプのナポレオンのようでもあります。







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テーマ : 邦画
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映画『マエストロ!』★ンダダダダン!音楽が心に響くのってイイ♪

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/164642/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。

原作はコミックだそうです。
映画では、音楽(byベルリン・ドイツ交響楽団!)が体感できるのも
楽しい♪

再結成されたプロ・オーケストラの再演までの道のりが本筋ですが
物語の魅力は、彼らを指揮する男:天道でしょう!
天道は粗野なんですが、西田敏行さんの人間味がとても良かった♪


▼~▼ 内容よりも雑感です。

▼▼▼


1、音楽は心にひびかないと


たとえば、歌が上手いというとき
音やリズムが譜面どおり――なら上手いかというと
必ずしも、そうではないですよね。
上手に歌ってるのに、心に響かない……ということもあります。

たとえば、村田英雄さん。      →コチラにあれば


ある方の言われたことには、彼は、多少、音程が外れるけれど
かえってそれが、歌の世界感を広げ、
迫力ある男節となって、歌の魅力になる――というものでした。

思うに、プロならば、上手いかどうかは上手いのは当然で
心に響くかどうかなんだな……と思いました。


2、天道さん~西田敏行さん~

再結成のオーケストラ団員の前に現れた、指揮者:天道。
いや、はじめは、指揮者というより、口のわるい棒フリおっさん……
いや、はじめは、指揮棒すら振ってなかった……
(フルーティストの乙女:あまねは、ジジイって呼んでた……(―_―)!!)

再結成の演目は、
・ベートーベンの交響曲第5番『運命』
・シューベルトの交響曲第8番『未完成』

団員も慣れていると、コンサートマスター:香坂(松坂桃李さん)。

けれど、その“慣れ“=楽勝ムードが、演奏の落とし穴なんですな。
始めの音は、ユルかった……orz
天道の雷が落ちた!(>_<) こんな演奏でプロなのかと。
で、このおっさんの口が悪い、ワルイ……
でも、言いたいことはわかる^^;

今だと、ハラスメントと言われそうですが(汗)
やさしく撫でていては、イイモノが引き出せないこともありそうです。
楽器にも、ガツン(!)と喝を入れてと…^^;

香坂と衝突もしますが
西田さんのじんわりした温かさが、根底にあるから
罵声に、スゴ味があっても、冷たくは無いのです。
それに、天道もワケありで、苦労してる……


3.一瞬の音 永遠の感動

そして、音は、ただ、出ているのではなくて
それを演奏する人間の経験や想いが、表れていくものなんですね……
(これは、言葉では語り切れず、音でしか感じられないかも)

あまねが、フルートを聴かせたとき、
彼女の“経験”したものが、映り出されますが、その“哀しみ”だけでなく、
モロモロ含めて、彼女という人間が作り出す音の世界に
聴く人の感動の涙は、誘われるんだろうなぁ……….と思う。


なにしろ、音楽は、一瞬で消えていくもの。
この一瞬が、最初で最後。
そこに、どれだけ、自分の想いをこめられるのか……


それは、音だけではないですよね。
仕事など、各自の毎日もそうです。
今日を、今を、タラタラ過ごしていたら
天道に、怒鳴られそうですよ(汗)。


同じバイオリニストだった“父の音“に、こだわっていた香坂には
その父を知る者として、天道が諭す言葉もいい。
言い方は、歯に衣着せませんが^^;
的を得たことをピシャッと言われると、吹っ切れそうです。


人ひとり殺すつもりでやれ!と、のたまった天道は
本番では、指揮で、団員に“仕掛けて”きた!
この一瞬の音のタイミングを、逃さないゾという緊迫感!
その一瞬に、命をかけた音が響く!


そして
そんな演奏のあとに、“天籟(てんらい)”を聴くという――――
一瞬が永遠の感動になっていく………….


3.音楽はイイ♪  ~いまさらですが^^;


筋書きも、西田さんも良いですが
やはり、終盤の演奏は素晴らしいですよ!!


ああ、ベートーベンも、シューベルトも、素晴らしいかもしれないけれど
心に響く演奏♪も、素晴らしい!!!(それ以上、言いようがないです)
素晴らしいと、涙出そう……
天にも昇る――といいますが、感動はハイに↑↑↑↑↑↑
(コンサートもそうですよね)


▼▼▼


演奏の音が消えたとき、観客も、“天籟”を聞いたと思う。
きっと、“何か”は降りたと思います―――――


たまたま一泊帰省した娘と、鑑賞しました。
他に泣いていた人の心にも、きっと、響いたんですね。(*^_^*)






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