映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』★姪が取り戻したかけがえのないモノ

作品について http://cinema.pia.co.jp/title/167829/
↑あらすじ・配役はこちらを参照ください。
・ベルヴェデーレ宮殿公式サイト→コチラ
第二次大戦中、ナチスに奪われた伯母アデーレの肖像画を
姪マリアが、(裁判してでも)取り戻そうとする――ということですが……
教会やユダヤ人家庭などから、ナチスが略奪した芸術品の
保管場所をつきとめて、当時、奪還しようとした様子は
映画『ミケランジェロ・プロジェクト』にありました。
その中で、無人のユダヤ人宅の壁に、絵を戻すシーンがありましたが
それは、象徴的な理想の姿で
実際は、なかなかむずかしかったんだろうな……と思われます。
当時、子供だったマリアも、“返還キャンペーン“の波に乗れたときは
すでに、80歳を過ぎていました。
ヘレン・ミレンは、ただ、見た目の高齢女性を演じたわけではありません。
随所で挿入される過去の映像から
彼女が、背負ってきた重いモノの正体に、心を動かされます。
▼~▼ 内容にふれて雑感です。
▼▼▼
1.「クリムトの絵」か「個人の絵」か
アデーレの絵は、夫がクリムトに注文して描かれたもので
個人の肖像画として、自宅に飾られていたものでした。が
ユダヤ人である彼らの家から、ナチスが剥がし取って
ウィーンのベルヴェデーレ宮殿に、移動されました。
しば―――――らく、ベルヴェデーレ宮殿(美術館)に置かれていたので
その絵は、“クリムトが書いた「黄金の女性」の絵”として
公共物のような感覚になり
“オーストリアのモナリザ“とも呼ばれる。
本当は、個人が支払った所有物で
相続も遺言されていた、私的な絵だったのに……orz
美術館においたままでもいいから“返還“して!と、マリアは譲歩しましたが
美術館は、美術館のものだと譲らない(>_<)
2.遺言か遺志か
話し合いによる返還はされず、
事情で、マリアが在住するアメリカで訴訟を起こすことになります。
アデーレが、死後、ウィーンの美術館に置かれることを希望したフシもありますが
所有権は、マリアの夫にあり、相続は親族へ、と遺言していました。
(ややこしいでしょう?)
美術館は、至宝としての芸術的価値で譲れないし
マリアの弁護士は、当初は、金銭的価値(汗)でがんばりました。
けれど、マリアには
“懐かしい伯母さんの絵“――だけじゃない、譲れないモノがあったようです。
3.ウィーンへの想い
絵の返還にあたり、マリアは、
ウィーンに行く必要があるなら、及び腰になっていました。
故郷ウィーンは、思い出の場所であるけれど
ナチスと、一般の協力者からも
迫害に遭い、家財もろとも奪われ、
マリアは、泣く泣く両親を置いて、夫と逃げ延びてきたのです。
(そのシーンは、まさに生死の境を逃げきった!という緊迫感です)
アメリカ人として、すでに長く生きてきたマリアは、
あのウィーンに、戻りたくないのです…………….
↑この気持ちは、本当に、いたわしいことです……….
そのような想いの中で、“あの絵“だけは返してほしい!と
切に思うことの意味が、画面から伝わってきます。
そんなウィーンには、
自国の罪を贖おうとする青年(ダニエル・ブリュール)がいて
滞在中のマリアの助けになってくれるのが、嬉しい☆
▼▼▼
ナチスにより奪われた時間や家族は、戻りません……
壊れた幸せも、元通りにはなりません……
けれど、端的には、形ある絵は、元に戻れます。
それがすべてではないけれど
奪われっ放しでなく、“取り戻す”という行為は、
家族の尊厳をかけた気持ちだったかもしれません。
意地でも取り戻したとはいえ、個人でしまっておくのでなく
「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 1」と、
アイデンティティを持ったその絵は
苦難の歴史を背負った、かつ、クリムトの名画として、
別の場所(ノイエ・ガレリエ)で展示され、
広く鑑賞できるのはありがたいことです(*^_^*)

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