映画『サラバンド』★惜別の旋律

あらすじ参照↓
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=7270




内容にふれて雑感です。


・30年前に離婚した元夫婦:ヨハンとマリアン
・ヨハンの息子ヘンリックと亡き妻アンナと娘カーリン
・マリアンの娘~施設にいる


マリアンが30年ぶりに元夫のもとを尋ねます。作品は
そこで繰り広げられる、“家族の肖像”です。
お互いの関係について、それぞれの思惑や因縁があり、とても底の深い、
興味深い内容となっています。
が、パッと見は、通り過ぎていく感も否めないかもしれません。
噛めば噛むほど旨味が出るタイプの作品かなと、生意気にも思います。



①別れて30年ぶりに再会した夫婦は、お互いをよく知る良き友人でした。
愛憎とは、もはや無縁で、冷静に事実だけを捉えられる関係になっているようでした。
淡々とした関係も、いいものでしょう。

②息子ヘンリックと父ヨハン。ヘンリックと娘カーリン。
①とは対称的に、この関係は、かなり粘着的でした。
息子としてのヘンリックは、父ヨハンから、
不十分な愛情しか受けていないと感じているらしく、ずっと不満を抱えてきたように思いました。
その不満が、娘を“溺愛”するという名の“がんじがらめ”になっていました。
愛情に関する不満を、娘のチェロに関する“干渉”で満足させようとするかのようなのです。
それが、あたかも娘のためで、娘を愛するがゆえであるかのように。
幼い時は、それが“指導”という形であったとしても、成長した娘には、“自立”を阻むものになっていきました。

その前に、彼は、おそらく妻に対し、切望する愛情への満足を求めていたと思われます。
妻は、妻であるという諦めからか、元は他人という達観からか、本当に夫を包括していたかはわかりませんが、察するに、彼にとっては“よく出来た妻”だったと思われます。
(妻には、それがストレスとなり、短命になったかはわかりませんが。)
ですから、妻が亡くなった後の彼は、喪失感を埋めるように、自分の意識が、一気に、娘へ向かったように見えました。
妻に先立たれた男性の喪失感は、世間を見ても感じるところです。
愛する人が亡くなったから、ということでも済みそうですが、夫の妻に対する思いについて、これだけで、長く考察出来そうなので、ここでは割愛します。

タイトルの「サラバンド」は、ヘンリックとカーリンのチェロ演奏ですが、
自立することを決めた娘との惜別の旋律になったようでした。
結局、彼は、自立する娘を、受け入れられず、自殺を図ります。
もし、私がカーリンなら、どう思うでしょう。
“ああ、お父さんは、私が選んだ道を認めてはくれなかったのだ。二人で演奏したサラバンドは、私のはなむけにはならず、父は自分の鎮魂曲にしてしまったのか。
自殺は、私への抗議なのか……………。”
 

父親であるヘンリックは、自分の要求どおりにならない現実世界を生きようとすることをやめました。
妻に対する甘えは、許しましょう。しかし、娘を残して自殺しようとした彼の判断は、まるで駄々っ子のように思えてしかたありません。もう少し、大人になれなかったかと思ってしまうのです。
自分の道を歩もうとした娘カーリンにも気の毒です。
幸い、ヘンリックは一命をとりとめましたから、自らを省みて、その後の人生を意味あるものとして生きていって欲しいと思いました。

③元夫の家族の愛憎劇をみたあとで、施設の娘に逢いに言ったマリアンの心境の変化を察することができます。どうせ、娘は自分を誰かもわからない、と思いながら面接していたようなマリアンが、娘を改めて、“自分の家族”と認識しながら面接したことが伺えます。


泣いても笑っても、家族は家族。肉親は肉親。可愛さあまって、憎さ百倍になることもあるでしょう。
憎しみは、愛情にも似た強い感情です。静かに過ぎ行くような情景でしたが、その根底に渦巻く“粘着的”な人間の感情を、過剰な演出なく見せることが出来る、というのは、巨匠の巨匠たる所以なのでしょう。

思うところ多い作品でした。




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