映画『ディア・ドクター』★倒れた人を支えきれない嘘だと知ったのか

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/26344/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。


(ネタバレ雑感です)

――その嘘は罪ですかー―

無医村にやってきた“ニセ医者”の話ということと、↑このコピーで
観るのを遠ざけておりました。

そんな簡単な結論ではないんだろうな、と思いつつも
ニセ医者でもいい人ならいいじゃない、という結論ならイヤだなと思っていたから、
(↑このコピー、罪ですよ…^^;)

同じ想いは、映画『悪人』でもありました。
あれは、誰が悪人だとか、本当の悪人はいない、とか言うことが
自分の結論にはならず、私に残ったのは
主役の彼が、“悪人”として、恋人の前から去ることになった、という状況に
ドラマが集約されているのではないか、という事でした。

『ディア・ドクター』は、ニセ医者が悪いとか仕方ない、ということが
自分の結論にならなくて、ホッとしました、
(感想は、各人各様ですよ(*^_^*))

私の心に残ったことを、述べてみます。


◇:*:☆:*:◇:



① ニセ医者・伊野が失踪したこと
② 「ディア・ドクター」


① について


あらすじを読むと、ある日、いきなりいなくなったみたいでしたが
(そうと言えばそうかもしれませんが^^;)
ガンを、医師である娘に隠してほしいと言った、かづ子の家に行く途中での
失踪でした。

帰省していた娘は、もう仕事に戻るという日に、母親の容体を、伊野に尋ねますが
伊野は、かづ子の希望どおり、真実は伝えませんでした。けれど
娘の次の帰省は、1年後と知った伊野は、診療所を出て、かづ子の家に向かいました。
とっさに、真実を隠すことは、かづ子のためにならないと思ったのでしょうね。

かづ子の家に着く前に、伊野は、畑仕事をしているかづ子を、遠目に見つけます。
伊野に気がついて、小さく手を振るかづ子。
白衣を脱いで、大きく振った、伊野。
その後、伊野は、かづ子に近づくこともなく、何も言わず、立ち去ってしまうのです。

「かづ子さん、本当の病気のこと、娘さんに話さなかったら、もう、2度と逢えなくなってしまうよ」
と言いたかったのでしょうけど、伊野は、大きく手を振ったのを、かづ子への“さよなら”にしました。
娘さんに言ったほうがいい、でも、かづ子さんは言うなと言った……
でも、このままでは、かづ子さんは、治療の機会を逃してしまう……

口止めされた自分が言わずに、本当の状況を知ってもらう方法が
“失踪”だったのですね。
おかしいとわかれば、一から調べてくれますものね。

本当の医師でも、この設定は作れると思いますが
ニセ医者にしたことで、伊野に内包されてたと思う “後ろめたさ” (陰の部分)が
作品を厚く、面白くしました。

伊野は、村人をだまし、見捨てた……ことになりますが
かづ子を助けたい気持ちが、そうさせたんですね。

あとで、事情聴取された業者さんが言いますが
「倒れそうな人を、とっさに支えようとする人の気持ち」が、伊野にニセ医者をさせたように
伊野の、かづ子を助けたい気持ちが、とっさに、失踪という行動をとらせたのでしょう。





② について



“ディア・ドクター”は、ニセ医者さんへの親愛が、込められているのだと思いますが
私は、特に、このラストシーンの、かづ子の胸の内なのではないかと思います。


病院に入院したかづ子の元に、医師でない職員として、さりげなく顔を見せます。
多分、かづ子のいる病院を、選んでやってきたのだと思われます。


そんなとき、一体、どんな顔で、現れたらいいものかと思ってしまいますが
伊野には、邪念はなく、ただ心配してお見舞いする気持ちだけだと。
もう、医師ではなく、友人として。


そんな病院職員(伊野)は、マスクをして、やや後ろ向きではっきり見えませんが
伊野の笑顔が、マスクのはじから、こぼれて見えるよう……
最後まで、想像を膨らませてくれます。


そのとき、伊野に気づいたかづ子は、心の中で
とても懐かしく、親しみを感じていたと思います。
なんだ、ニセ医者か、と思ってはいても
自分の約束を守ってくれた、信頼はあるはずです。
再会を驚きながら、親しみを込めて、
ディア・ドクターと、心でささやいていたのかもしれないな~と
思うのです。


◇:*:☆:*:◇:


――その嘘は罪ですかー―

どんな意図で、そのコピーを付けたかはわかりませんが^^;
確かに、キャッチ―ではあります。

嘘は、色々なこと、色々なウソを含む、とも解釈できます。
が、敢えていえば

ニセ医者というウソは、この作品では、背景で
1番、重要なウソは、かづ子の病気にまつわるウソだと感じています。

ニセ医者だから、誤診したのではない。
わざと、ウソの診断を作り上げたのは、自分に倒れてきた人を、支えようと思ったのと同じ。
けれど、そのウソをつき通すことは、倒れた人を支え切れるものではない、と気づいた。

コピーにからめば
――そのウソは罪だと感じた――
そして、自分への非難は顧みず
そのウソのための“約束”を、壊さない手段(失踪)をとった……
この展開が、感動的でした。

とにかく、鶴瓶さんのゆるさが、絶妙。
あの、ゆるさに、本当のことが吸収されてしまうような……




(余談)

そのコピーが、かなり鑑賞意欲にブレーキをかけるほど、気になっていて
映画『熱いトタン屋根の猫』のレビュータイトルを
~~そのウソは、嘘ですか?~~にしていました。^^;
こちらは、嘘をウソのままにはしない……という方向性が、あって、コレはこれで名作です。




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