映画『終の信託』★その人の苦痛に寄り添おうと思う気持ちが愛なんじゃないかなと

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/159644/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。


担当患者から、“命の終末”を託された女医が、コトを為し終えたあと
検察から追及される……


医療か殺人か~というコピーはセンセーショナルですが、
司法の答えは、簡単に“殺人“です。しかし
監督曰く、医療からも司法からもこぼれた“人”を描きたかった、というように
だてに2時間超の作品ではありませんでした。


単に、割り切れないよね、ということでなく
そこには、女医・綾乃の“言い訳”ではなく、“信念”と“裏付け”がありました。


思うところあるので、内容にふれて雑感です。(▼で区切ります。)


▼▼▼▼


「そのときが来たら早く楽にしてください」

苦しみを抱えながら生き続けたくないと、誰でも、思うことだと思います。
それは、自分の苦しみからの解放だけでなく
介護で家族に迷惑をかけたくない、という他者への思いやりでもあります。

そんな“苦しみ”が
何となくわかる程度の“観念”でなく
自分が実際に“体験”すれば、その苦しみは自分のモノとして共有することになります。

それらが、前半、伏線になっていました。



1、綾乃の自殺未遂。

:これは、綾乃の不倫関係の傷心と言う背景にもなりますが、
そこで、1度、死にかけることで、綾乃は“息ができない苦しさ”を体験します。
(やはり、実感しないと本当の苦しさはわからないものです)


2、患者・江木が貸してくれたCDのオペラ

:傷心の綾乃に、『私のお父さん』を聞かせます。
深刻そうなことでも喜劇だったりする、という慰めにもなるようですが
そこで、江木が話す“ヴェッキオ橋”のこと。
その橋に実際に行ってみて、初めて、その歌が歌われている背景がわかったと、江木は言います。
そこでも、“実際に体験しないとわからない”ことがあることが、強調されます。

3、江木の妹・雪のこと

:子供のころ、満州で、妹が銃撃され、
ただ死を待つだけになってしまったことを、綾乃に話します。

そのとき、母親は、子守唄を歌い、妹が安らかな永遠の眠りにつくことを願っていたと言います。

江木は、喘息の肉体的息苦しさや、家族への肉体的・経済的負担を気にかけていましたが
1番、心にかけていたのは、この妹のことだったと思われます。
あとで知りますが、娘にも、妹の雪の字を充てていることから偲ばれます。



◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:


尊厳死・リビングウイル…などと言いますが
究極は、この“もう助けられないのに苦痛だけが残ってしまう時期から救ってほしい”ということなのだと思います。
あの妹の状況で、人はどんな状況でも最後まで生きることを考えなければならない、などと
言える人はいるのでしょうか?

「だからって、まだ息のある患者を死なせてもいいって言うのか!」
と、言う検察も、間違ってはいませんけど…

まだ生かすことはできた、と他の医師が言うのもそのとおりでしょう。
どこにも可能性はあります。不確実でも。
ああすれば良かったと第三者は好き勝手に言うでしょう。
実情を知らないから言える。自分に責任がなければ、なんとでも言える。

そして、ネックなのが家族でした。
家族は、家族であっても、家族の命・運命には責任を持ち兼ねるものなのかもしれません。
何を言っているのかというと…

“江木と綾乃”のように、病気にかかると、“患者―医師”関係が成り立ちます。
この頃は、個人情報の保護とかで、家族にもむやみに話せない状況もあるようです。
けれど、重病になり、治療法やその後のことなどは、“患者―医師”関係だけでは済まなくて
家族の意志も重要になります。
江木が、最期を綾乃に託したと言っても、家族は、江木からは何も聞いていなかったと言います。

どんなに本人が納得しても、遺された家族が納得していなければダメなんですね。
江木は家族には話すな、とは言っていませんでしたが
やがて、当人“不在”になるときは、もはや“患者―医師”関係だけでは無くなる。

ましてや、どんなに本人が納得して“信託”したとしても、
死に際しては、“患者―医師”関係の間に、司法が入り込んでくる。
本人が満足したかどうかではないのですね。
安らかな死を看取ることすら、罪に該当したとすれば、悪いコトになってしまう。

余談ですが、過去に、当事者どうしで納得した処置を、第三者が犯罪だと騒いで訴えた事件がありましたが
その当事者が、関係ない奴は黙っとれとばかりに、訴え返したというのがありました。

人の死は、もはや個人的なことでなく、
法の手の中にある、と認識したほうがよさそうな現実を感じます。

殺人罪で有罪を認めさせようとする、検察の威圧にも、綾乃はひるまず、
毅然と、真摯に、ひたむきに、江木を苦痛から解放したかったという綾乃の姿には、心打たれました。
(草刈民代さん、とても良かった☆代表作になると思います)
(大沢たかおさんは、イヤな役ですが、彼自身、嫌みのない人だから、場面が泥臭くならなくて良かったかと)

それは、医師としては、情緒に流れ過ぎた判断だったかもしれません。
江木だけでなく、家族や法まで見て、一筆もらうべきだったかもと、遠巻きにいる私は思います。
けれど、“信託”というとおり、
信頼して託すとは、あっちこっち根回しして、言い訳を固めて、やっと為されることではないのですよね。

殺したなんてとんでもない!苦しみから解放して差し上げたかった……
綾乃の思いやりからしたら
法を犯さず、殺人者と言われないために、
苦痛に見殺しにされている人が、少なからずいるのではないかと思うと、いたたまれなくなる……


▼▼▼▼

これは、医療でも司法でもない、ラブストーリーだと書いてありましたが
どうすることができなくても、どうならなくても
背中をさするくらいしかできなくても、
その人の苦痛に寄り添おうと思う気持ちが、愛なんじゃないかなと思います。



◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇:*:☆:*:◇




ところで、尊厳死に関わった医師の物語に
死を処方する男』というのがありました。(主演:アル・パチーノ)
ジャック・ケヴォ―キアン医師です。(もちろん、やみくもに行っているわけではなく

尊厳死を望む人たちと面談し、適応の無い人は断る。)
彼は、殺人ではなく、“医療奉仕”だと言っていました。
お互いに納得しても、第三者が有罪だと言って、物議を醸すのも
穏やかではありませんね……むずかしいことです。





自分や家族が元気なときは、死や終末について考えなくて済みますが
自分の死は他人事ではないのですから
身辺整理は、しておこうと思います。








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