映画『その夜の侍』★もてあまされたプリンを絶望のままには

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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/159672/

あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。

 

 

妻をひき逃げで殺された男の“復讐”をめぐる物語だそうですが

(遺された夫・健一:堺雅人さん。ひき逃げ犯:山田孝之さん。)

堺雅人さんが、どんな男を演じるのかの興味だけで、鑑賞しました。

 

冒頭から、定まらない“殺気”と“狂気”を走らせる、健一(堺さん)。

その手には、隠しきれない包丁。

これから、殺るつもりなんだと、匂わせる……

 

(以下、結末までふれて雑感です)

 

.

▼▼

 

.

その後、健一の様子は、一時、押しとどめられたようになり

ひき逃げ犯の木島の悪行の数々が、これでもかと、陳列される。

 

やがて、無神経に生きているような木島も、実は

健一に殺害予告を受けて、死の恐怖にさらされているとわかる。

けれど

転んでもただでは起きないこの男は、ふてぶてしくも

自分が死亡させた女性の兄を脅迫したり、暴行したりして、殺人もいとわない狂暴ぶりを発揮する。

 

生き埋めにされそうな瀕死の兄が、必死で、木島に言う。

「“平凡”は全力で作り上げるものなんだ!」

 

そのとき

ああ、これは、“平凡な日常”を奪われた人たちの映画なんだ、と初めてわかりました……

 

 

:*::


ものすごい哀しみを経験した人たちの物語があるとき

私は、哀しみの酷さには、心を寄せようとしてきたつもりだった。

その哀しみが時間を止めてしまうことも、知っているつもりだった。

そこの哀しみから、立ち上がろうとする“再生”を、応援するつもりだったし

復讐しようとするなら、報われることも願ったりした。

 

けれど、哀しみに暮れた人たちのことを思っていたつもりでも、大切なことを

忘れていたような気がした。申し訳なかった。

 

それは、当然すぎることで、無意識に気づいていたはずのもの。

それは

大きな不幸に襲われたら、今までどおりの“平凡な日常”は、奪い去られるということでした……

 

だから、哀しいことがあっても、人は、平常通りの生活をしようとして

心の中に、失われた“今までどおり”を、少しでもとどめようとする。

 

健一が、いくつもプリンを食べながら 「プリン食べちゃだめよ」という

糖尿病の自分を心配してくれる、妻の遺した留守電を、何度も聞き続けてきたのも

プリンを食べることで、失われた“平凡な日常”を、感じていたのだと思うと、とてもとても切ない……

 

そうして、そんな生活を終わらせて、ひき逃げ犯を殺して、自分も死のうとする健一。

 

 

ここからが、堺雅人の真骨頂☆でした!!!

 

それまで、山田孝之が演じた木島が、最低の下の下の下……という、人間のクズっぷりが生かされる。

 

雨の中、ずぶ濡れの演出も、すごくいい。

怒りも虚しさも、悔しさも、それまでの思惑も、それこそ、そこにありそうな感情の何もかにも

高ぶらせるようなのに、一切、無視して、一気に流していきそうで、

虚しさが極まるような、いや、極まるどころでもなく、なんとも、どうしたらいいのかわからない、ドロまみれの二人………

 

加害者と被害者の対峙には、“復讐と赦し“のどちらかがあるのかもしれなかったけれど

その雨は、それさえ、流していったようでした……………..

 

ちなみに、加害少年へ無言の赦しを感じた『息子のまなざし』は、絶賛の作品ですが

この木島には、そんなものはあるはずない。

ならば、怒りをたぎらせての復讐か?と言えば、それすら、失せる……

それすら、雨は汚しながら、流していったよう……

 

「たあいのない話がしたい!」

 

憎い仇を殺そうってときに、健一がそんなことを言うのは、ダメ押しだった。

 

そう……

こんな、何とないだけの木島をどうにかしたところで、妻は還らない。

納豆を買うかどうかの、たあいない話のできる生活は戻らない。

 

健一は、ただ、今までの“平凡な日常”を、返してほしい!

どうにかしてほしい……

そのときの堺雅人が、とても哀しい

とても、とても、哀しい……………………………

 

 

そうして、ラストシーンが、究極!

 

ずっと聞き続けてきた、妻の留守電を消去する健一。

そして、プリンを食べるでもなく、もてあます……(←PG12的ですが、ココではプリンを食べてはいけないのです)

 

今まで、それを生きがいにし、怒りの矛先にしてきたであろう復讐を、果たせたわけでなく

復讐心を向ける価値もないほどの男だと実感し

ましてや、赦す道理が、あるはずない……

 

大切な人も、平凡な日常も、戻らないままで

納得できず、満たされない、

虚しさのかけらもないような感情を、どこに、どう運べばいいのか?

 

もてあますほかないでしょう……

 

あの、グチャグチャになったプリンは、健一の気持ち

怒り・哀しみ・やるせなさ

そして、平凡な日常……

 

それらが

グチャグチャになって、崩れて

グチャグチャになって、涙になっていった……

 

前半、木島のイヤラシサに押され気味だった堺雅人らしさが爆発した。

 

 

:*::

 

 

止まったままの時間は、そう簡単には進められないよね……と思いながらの共感しつつ

一方で、良かったのが、新井浩文さん。(妻の兄)

 

新井さんは、つかみどころのなさそうな悪者を演じていたりするので、警戒していましたが

今回は、“平凡さ”を強調したような、普通の人で良かった。

そして、言う事も良かった。

「健一さんには、幸せになってほしいんです」

亡き妹を思い続けてくれるのは嬉しいけれど、不幸になった人が、不幸なままでいてほしくない。

それが、人の道ってものでしょう?

 

世の中は、嫉妬や競争もあって、人の不幸を願うイヤな人もいるけれど

他人にも、せめて、平凡な日常を送るくらいの幸せを願うのが、人間なんだと思います。

 

 

プリンにまみれながら、プリンを口にしなかった健一。

 

プリンは、健一にとって、唯一の平凡で

それは、もう、“平凡の崩壊”という、絶望的な終わりだったのかもしれないけれど

 

プリンを食い漁っていた、今までとは違う健一なのだと、思いたかったのは

きっと、彼を、絶望のままにしておきたくなかったからだと思う。

 

幸せになってほしい……

義兄の言葉が、私の心で、そう言っていた…………….

 

▼▼

 

不快なシーンもあるので、おススメしにくいですが、堺さんの作品は観て良かったと思います。

 

 

 

 

 





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