映画『幸せパズル』★ マリアの涙に捜していた1ピースを感じました

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作品について http://cinema.pia.co.jp/title/156409/
↑あらすじ・クレジットはこちらを参照してください。



アルゼンチンの作品です。
生活感や宗教観など、背景の価値観は異なるかもしれませんが
これは、私には、とても共感&痛感した作品でした。
(というか、自分を見ているような生なましさだった……)


あらすじはシンプルです。
夫や息子(←自立する頃)のために、家事に勤しんできた熟年主婦マリアが
誕生日にプレゼントされたジグソーパズルに、のめり込み
大会に出るまでになるのです。……が…



子供の頃、『マイ・ライフ』という映画が、ありました。
主婦が、ジョギングを始めることで、新しい自分を見つけるという作品で
一緒に観た祖母は、良かったと言っていました。私も、そんなもんかな~と思いながらも
オバサンがジョギングを始めるというだけで、映画の題材になるんだ~
という意識しかありませんでした^^;



でも、それは、ジョギングもパズルも、きっかけであって
彼女たちに始まったことは、心が掘り起こされる、大きな意識・価値観の変化だったのだ!
ということが、最近になって、ひしひし感じます。


以下、結末に触れ気味に、ほとんど雑感です^^;。



▼▼▼▼


もちろん、家族のために、美味しい料理を用意しよう!とか
家の中もきれいに掃除しよう!という気持ちは、主婦たち(自分含む)にはありますよ!(*^_^*)


けれど、家族たちは、そんな“主婦“のことを
自分が、快適に暮らすための、“当然の存在”になっていて
彼女が自分自身のために何かをすることを、無意識に受け入れていないようなんです…


この件に関しては、あまり書くとグチっぽくなるので、やめますが^^;


たとえば、マリアが買ってきた果物を、気に入らなかった夫が、文句を言ったとき
マリアは、「それなら自分で買ってきて」と言うシーンは、端的に表しています。
夫も、思ったことを言っただけで、悪気はないと思いますが、そんなことが積もり積もれば
あるいは、この場合のように
パズルに目覚めたマリアが、“自分“という人間の存在を自覚したようなときに
(←この感覚、わかって頂けますでしょうか?)
文句を言う夫に、アンタ何様なん?と思ってしまうこともあるよね、ということです……



この作品は、パズルをモチーフにしているのが、面白い趣向だと思います。



冒頭の、マリアの誕生日パーティ(←と言っても自分でご馳走をふるまうの)で
割れた皿のかけらを、パズルをするように合わせ
かけらの拾い残しがないかを確認するマリア。


予兆でもあり、マリアの人柄を見せてくれます。




そして、マリアがジグソーパズルにとりかかっているシーンは
感情を抑えた感じで、でも、イイものを見つけた☆という楽しさが
マリアの表情や指使いに、にじんできます


でも、夫が言うんです。
「パズルなんか無駄だ」
……なんて余計なことを……orz


けれど、そんなやり取りを、夫婦は案外してるのかも。
自分にとっては無駄でも、ほかの人には大切で生きがいだったりすると
それを否定されると、自分自身をも否定されたような虚しさを感じます……


だからということもあってか、マリアは
パズルの試合で組むことになった男性宅への訪問を、家族には、伏せたままにします。


さて、いわゆる、“出逢い不倫モノ“であっても、
女性の生き方の問題に焦点を当てる作品には、思うところあるのですが
この作品は、パズルという共同作業を通しての出逢いが
ただの色恋でなく、自分を新たに生かす出逢い、ということが嬉しい。


でも
“パズルの関係“で、パートナーの男性とは相互に、情が移ったとしても
二人の関係に、誤ったピースを、無理に、はめ込むことはできない……
(この当たりの関係の描写は、淡々と見ながら、深いものを感じます……………..)


そして、1度は優勝し、世界大会(ドイツ)にパートナーと行けそうな好機がやってくる。
これは、ある意味、平凡な主婦のパズルサクセスストリーか!と
思われるのですが………
優勝してハッピーエンド。そんなに、簡単な事情でないし、
迷えるマリアの胸中に、はめるべき、正しいピースは何か?ということになります。


ここのシーンが、すごくいいんだなあ~。
じっくり焼き上げたアップルパイが、ぷうんといい香りを放つようなと言いましょうか……


パートナーには、ドイツには行かれないから航空券はいらないとマリアは言います。
(主婦だと家を空けるわけには行かない事情があります)
すると、パートナーは、航空券は商品券にも換えられるから持ってて、と言います。
マリアは、帰り道、泣きだしてしまいます……………..


この涙ですよ!
自分が、航空券をパートナーに差し出したときに
たとえムリでも、一緒に行こう!と言ってほしかったんじゃないかしら………….
自分の居場所になっていた “パズルの場”にいた彼には、共有や共感というものを
期待する関係だったと思うのです。
その彼に、一緒に行くことを誘われたら
行かれなくても、もうパートナーを組めなくても
納得して、別れる(=パートナー解消)ことが出来たのではないかと思うのです。

それが、マリアがほしかった、パズルピースの1つかと。


そんな、パズルパートナーの男性は、あっさりだし
夫は、パズルはくだらない、と言う人だし……orz

あふれる涙も、心を埋めるピースにはならなくて…….

そんなことがあっての
ラストシーンの、マリアのたたずまいが、なんとも言えない…………….

もし、心のすき間を見つけても、それを埋めるのは
自分と言う一人の人間でしかないのかも、と言うような、ちょっと寂しくも強いメッセージの印象もあるし
すき間は、そのまま、
野の風に吹かせておくほかないのかも……という、無常観のようなものも、感じたのでした。


▼▼▼▼


映画は、そんな終わり方なので
心には、はめ残されたパズルの1ピースを、感じるかもしれません…………….^^;

けれど、そんな作品のあとには
自分の心も、埋められないすきまだらけだね……と気づきつつ^^;
“幸せ”を感じる1ピースを、捜していきたいね……と思いたくなります。

……マリアもね(^_-)-☆















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