映画『セイジ―陸の魚―』★生と救い~痛みを分かち合ったとき~


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作品についてhttp://cinema.pia.co.jp/title/156821/
↑↑あらすじ・クレジットはこちらを参照ください。


≪あらすじ≫
就職内定した大学4年の夏、自転車の旅の途中、事故に遭った青年(以下、旅人)は
ぶつかった車の運転手が勤めるパブ『HOUSE 475』に、しばらく、留まることにする。
手当してくれたオーナーの翔子、雇われ店長のセイジ、常連客ともなじんできたある日
身近で、連続殺人鬼による事件が起こる。
その後、まもなくして起こった、衝撃的な出来事を目にした旅人は、逃げるように、その地を去っていった。
20年後、今度は、高級車に乗ってやってきた“旅人“の目には、何が映り、何を感じたのか……………




原作未読なので、映画の雑感です。
西島秀俊さん主演(=セイジ)なので、観てみました。

旅人の目線が主ですが、同じシーンを、別の立場で見せたり
何でもなさそうなシーンもあとで見返すと、あのことを言ってたのか~などと
人は、それぞれの時間を、それぞれの事情で生きているんだナ~と、さりげなく思わせるのがニクイ。

▼~▼内容とネタバレ(要反転で)雑感です。

▼▼▼

……と言うのは、セイジ(とタイトル)に背負わせているのが、はじめ
“生きることの虚無“のようなものに、感じられたから。

翔子には、「セイジは生きることを諦めている」とまで言われてしまいますが
セイジの厭世感は、必ずしも、文字通りではない。

翔子が、そう感じたのは(感じたいのは)セイジは、やはり、空虚な側にいる翔子に
愛を通じた“生“を、与えてはくれなかったからだと思う……orz
(私を愛さないのは生を諦めているからなんでしょ、と言うのは端的なんですが…)

セイジも、過去からの“旅人”のように、ふらっとやってきて、店長になったのだけれど
西島演じるセイジの眼差しは、旅人のままだったように思う。(この雰囲気、イイですよ)
そこに定住して暮らしているのに、どこか、よそ者オーラが漂っている。

かといって、すねているわけでもなく、旅人が「常連さんといて楽しかった」というと
セイジは「いいことだ」と微笑んだ。
人との馴染みあいを、“いいこと“と認識しているのに、セイジは、敢えて、それに染まらない。
なぜ?
セイジは、ものが見えすぎるから、哀しい結末まで見えてしまうのだろうーーと推察した老人もいたけれど
人生は、結末で言ったら、皆、最後は死別にいきつくものです。先を見すぎちゃダメ(>_<)
その“途中経過”で、生きているんです。
途中経過で、一喜一憂して、過ごしているんですよね……

けれど、大きすぎる事件を経験してしまうと、それが、その後の途中経過を覆い尽くしてしまうこともある……
セイジには、家族をめぐる事件があったことがわかります。
信頼と絆でつながるはずの家族を、セイジは、理由があって、壊していました。
(その理由を、一瞬で見せますが、胸の痛むものです)

劇中のロックで、♪~ここから始まる~と、力強いシャウトがありましたが
それは、過去なんてどうでもいいから、ここ(今)から幸せに生きることを始めようぜ!
という、セイジへのエールのようでもありました。

かくして、「生きるとは何か」という命題が、グルグル渦巻きながら
「生きて苦しむ者はどう救われるのか」という、心身の痛みをも、巻き込みながら
グイグイと、私を締めつけていきました……


そして、ついにあのとき、セイジは、可愛がっていたりっちゃんの“苦境”の前にいました……




↓要反転(ネタバレ)


りっちゃんの家は、殺人鬼に襲われ、親は殺され、りっちゃんは、左手と“心“を失っていました。
心優しい大人たちは、りっちゃんを案じて、寄り添ってくれますが
りっちゃんの痛みに届いて、哀しみから救うことの出来る人は、いないようでした。
本当に、その人の哀しみに到達することは、むずかしい。

たとえば、野生のイノシシが可哀そうと思う、動物愛護団体さんの署名活動もわからなくはないけれど
失われた命を無駄にしたくない、と言う想いから、セイジが、死んだイノシシをボタン鍋にしたのだとしたら
それもまた、供養という寄り添いなのではないかという事です。

セイジは、ほかの人が踏み込めない一歩を踏み込んで
そこにある哀しみの本質に、近づこうとする人なのでしょう。

絶望的な表情のりっちゃんの前に、セイジは、現れましたが、お見舞いという雰囲気ではなかった。
まるで、自らの闇夜を引き裂いて、そこにたどりついたようでした。
無表情のリっちゃんを、しっかりと見据え、セイジは、右手に持った斧を
自分の左手に、降り落としたのでした……
りっちゃんの顔に、血が飛び散り、涙のように、濡らしました……………………


同じ痛みを知らなければ、痛みを分かつことはできない――のかもしれません。
そして、
自分の痛みや苦しみを知って(分かつ)くれる人がいることで、救われるのかもしれません。
(これは、象徴的で、極端な例ですが)

そのときに、飛び出していったきりの旅人が、20年後のりっちゃんに逢って
ホッっとした気持ちになるのは、旅人だけではないでしょう。
りっちゃんは、救われたんだナ……
今は、笑顔で暮らせているんだナ……

そして
「一瞬でいいから生きたい」と思っていたセイジが、あの瞬間に、“生”きることを込めていたのだとしたら
セイジの心も、りっちゃんのおかげで、救われたのかもしれない……と思えてくる。

人との何気ない関わりを「いいことだ」と言ったセイジが、求めていたものだったのかもれないナ……

神様に祈ったとしても
最後に人を救えるのは、人間なのかもしれないナ……と思ったり。


▼▼▼


人には言えないほど重たい過去を、実は、あの人もこの人も(あなたも?)
引きずりながら、生きるという“旅“を、しているのかもしれません……


陸の魚というより、もっと、砂漠のような乾燥感もありましたが
ただ、不機嫌で厭世的な男、というのではなく(汗)
優しさと弱さがにじみ出る西島さんが、セイジを魅力的にしていたと思われます。
(観て良かった~(*^_^*))


夢を追いかけるのが、生きることーーという青春時代もありますが
糊口的に生きる現実こそ、重要なことではないか……と、私は、実感しております。
旅人と呼ばれた学生が、(今やレクサスに乗れる)安定した生活を送れてて
オバサンは、安心したよ。^^;


翔子役の裕木奈江さんも、サバサバしながらも、女の寂しさが、ホロっと出ていた雰囲気が
透明感あって良かった☆











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