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映画『手塚治虫のブッダ-赤い砂漠よ!美しく-』★清らかな風に吹かれたら~雑感です。

 

 
公式サイトです。http://wwws.warnerbros.co.jp/buddha/
 
 (雑感です。)
タイトルは忘れてしまいましたが、以前、釈迦の弟子の物語を見たことがありました。
アナンという弟子の修行を見るのですが、
修行とは、そのまま生きていく様子であり
迷いであり、悩みであったように記憶しています。
その彼を通して、観るものの心も、どこかに導こうとしていたように思えます。
 
この作品も、そう予測していました。
ブッダ=悟った人、そのままのタイトルですものね。
しかし、ブッダがそうならんとする手前の、シッダルタ王子時代でした。
むしろ、中心は、シッダルタ王子と戦いであいまみえることになる、
奴隷少年チャプラーだったかもしれません。
 
こう言ってはなんですが、仏法のありがたいお説教を、
今、聞きたい気分ではないのに
あえて、この作品を見てしまいました><
今は、清らかで美しいものを見て、心が洗われたいというよりも、
傷つき悩み、ドロドロしたものを見聞きして、
一緒に、泥沼でドロドロになりたい気分です………
そのほうが、救われるように思える……
その点、この話は、ありがたいお説教ではなかったのが良かったです……
 
吉永小百合さんの語りに、説得力があったのは
“生・老・病・死”=四苦です。この逃れられない苦しみについて
何が苦しいかと言えば、“思うようにならないことが苦しい”と。
 
思うようにならない、と言えば、すべての苦悩がそうかもしれません。
思うように生きられないから、悩み、苦しむ………
 
~~~
半月ほど前、ご近所の青年が、自ら命を絶ったのはいたましかった。
名門大学を卒業したばかりで、はたから見れば、
順風満帆に思われていたらしかった。
生きていればやり直すこともできるのに、と……
しかし、一方で、
自分自身に置き換えたとき、もうやり直しなど出来ないと思い知ることもある。
このまま、花が枯れるように、散るのを待つのが人の生きる道なのかと、迷う……
 
命を絶つ人は、生きることをやめると思ってきたのだが、むしろ、彼らは、
生きることに強い想いがあったからこそ、命を絶ったのではないか、とも思えてくる。
自死の青年は、まだ若いのに……と思ったけれど、彼は、もしかしたら
生きるのを辞めたのではなく、
もう一度、生き直すために、死を選んだのではないかと………
死も、新たな生を生きるための選択肢の1つなのではないか、などと………
 
~~~
劇中、奴隷からのし上がったチャプラーが、
野心のために戦いを挑んだシッダールタに
近づいたとき、“清らかな風”を感じて、ひるむ。
この“清らかな風”とは、なんとも不思議だ。
ブッダになる人なんだから、当然といえば当然の、
それらしいわざとらしさかもしれない。
 
けれど、ふと、この“清らかな風”に、思い当たるふしはないか………
 
悩みや苦しみにはまったとき、人は、生きることを苦しいという感覚で、
意識してしまうことがあると思う。
いちいち、“生“が重くなる。
けれど、仕事でも恋愛でもいい。
何か、“清らかな風”のような、良い風に吹かれた自分を自覚できると
いちいち、生きることを意識しなくて済むような、
呪縛から解き放たれる感覚を知ることがあると思う。
 
チャプラーを通じて、そんな風を吹かせたかったのかな、と勝手に感じたのだが
アニメだからか、さらっと過ぎていった……^^;それはそれとして、
それが、救いの風だとしたら、“老”と“病”の近くにいる私にも、 
吹いてほしいものだな~と、思ったのでした。
 
死を、新たに生きなおすための選択肢の1つ…….なんて、
まだ思いたくないから……
 
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Author:yutake☆イヴ
こんにちは☆
使い方がよくわかりませんがヨロシクお願いします。^^;

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