映画『ビッグ・フィッシュ』★人生の完結を




今まで大ぼらを吹いていた父親の死期が近くなりました。
息子は、大ぼらを吹いていた父を理解できず、
距離を感じていました。


最近、鑑賞した「いつか眠りにつく前に」でも、感じましたが、
(映画レビューしています
http://info.movies.yahoo.co.jp/userreview/tyem/id329505/rid27/p0/s0/c0/
子供は、親に近い存在なのに、親がどんな人生を歩んできたか、
何を思って生きてきたか、実は、ほとんど知らなかったりします。
むしろ、確執が生じてしまい、疎遠になってしまうこともあるでしょう。


この作品の父子は、そのような関係でもありましたが、
いよいよ父の臨終が近くなったとき、
父は、最期も自分らしく、最期のときを大ぼらで”演出”し始めます。
最期のときくらい、と思ったか、息子も黙って聞いていますが、

「続きは、お前が話せ。」

恐らく、もう息が続かなくなってきたのでしょう。
父は、話をやめるのではなく、自分の死の”演出”を息子に託したのです。
死の間際の父の言葉です。
いつもなら、断りそうな息子も、そのまま話を続けました。
映像は、息子の語りどおりに流れていきます。
父が、今まで出逢った人たちすべてが、父の旅立ちを見送っています。
それは、あたかも新たな旅立ちを祝福しているように、
朗らかで、暖かな光景でした。

そして、いよいよ、そのときが来て.....。

池に一匹の大きな魚が放たれ、悠々と泳いで行きました...............。

私は、ここで、ジワジワと涙がにじみました。
大ぼらを吹いていた父を、軽蔑していたような息子が、
父の死に際し、父を大きな魚にしたことに。
父に負けない、大ぼらを吹いたことに...............。

ああ、息子は、父と同じところにたどりつけたのだな、と。
人生の、いい幕切れだったね、と。
幸せな最期だったね、と..........。


死は、生とは切り離せないものです。
いつか、必ず死がきます。
そして、切り離せない、と思うのは、
人生は”死”までも含んでいると思うからです。
死んだから終わり、ということではなく、
死んだときに、その人生が完結する、という感覚です。


この、父の見送りは、息子にも、幸せな時間だったと思います。
父の”人生の完結”を、父親好みに、素晴らしく演出できたのですから。



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こんにちは☆
使い方がよくわかりませんがヨロシクお願いします。^^;

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